スコット・ロス(Org) ジョン・ブル(1563-1628):サルヴェ・レジナ/イン・ノミネIX ジョン・ブロウ(1649-1708):ヴォランタリー第29番 アントニオ・カベソン(1510-1566): ディフェレンシアス/イタリアのパヴァン フランシスコ・コレア・デ・アラウホ(1576頃-1654): 3つのグロッサ/10声のティエント/2声のティエント ペドロ・デ・アラウージョ(1633頃-1684):バターリャ フレスコバルディ(1583-1643): カンツォン第3番 ザミュエル・シャイト(1587-1654): Cantio Sacra 「Wir glauben all an einen Gott」 J.S.バッハ:幻想曲 ト長調BWV.572 ジャン・アンリ・ダングルベール(1635-1691):5つのフーガ |
スコット・ロス(Org) | |
録音:1974年/1975年。 #現地品切れとなっており、このまま廃盤となる可能性もあります。 | ||
シュザンヌ・ダンコ(S) ヴィシー音楽祭リサイタル(全19曲) ビゼー:四月の歌 グノー:ヴェネツィア/ナイチンゲール/おいで/芝生は緑 ベルリオーズ:ヴィラネル ショーソン:妻への賛歌 デュパルク:悲しき歌/旅への誘い フォーレ:夜明け/夕べ ドビュッシー:夢に/花に/夕べに フォーレ:牢獄 プーランク:田舎の歌/快活な歌/他 |
シュザンヌ・ダンコ(S) ロジェ・ブートリー(P) グイード・アゴスティ(P;*) | |
録音:1955年8月25日/1949年3月22日(*)、以上ヴィシー音楽祭。 | ||
フランク:ピアノ五重奏曲 ヘ短調Op.14 フォーレ:ピアノ五重奏曲第2番 ハ短調Op.115(*) |
ヴラド・ペルルミューテル(P) パルナンSQ [ジャック・パルナン(Vn) マルセル・シャルペヌティエ(Vn) デネシュ・マルトン(Va) ピエール・ペナソウ(Vc)] | |
録音:1967年6月2日、ラジオ・フランス第107スタジオ/1966年5月31日、ラジオ・フランス第167スタジオ(*)。 | ||
アルフレッド・デラー(CT) パレストリーナ、ダウランド、 モンテヴェルディ、パーセル、バッハ、他 |
アルフレッド・デラー(CT) デスモンド・デュプレ(G) ハロルド・レスター(Cemb) | |
録音:1965年-1979年。 彼の死の数日前、パリでの最後の歌唱も収録。 | ||
ハイドン:ピアノ・ソナタ集 | アラン・プラネス(P) | |
録音:1989年3月4日。 | ||
トゥルヌミール:室内楽作品集 | ベルナール・プランティ(T) デヴィ・エリー(Vn) アンリエット・ピュイグ=ロジェ(P) O.R.T.F.SQ | |
録音:1972年/1973年。 ピュイグ=ロジェはトゥルヌミールの弟子だったようだ。 | ||
IMV-007 廃盤 |
ブラームス: ヴァイオリン協奏曲 Op.77(2種の演奏) |
ダヴィッド・オイストラフ(Vn) クリスティアン・フェラス(Vn;*) シャルル・ブリュック指揮 O.R.T.F.so. |
録音:1967年5月30日、サル・プレイエル、パリ/1966年7月14日、サル・プレイエル、パリ(*)。 | ||
IMV-008(シュティヒ=ランダル(S)&ロスバウト(P)、歌曲リサイタル1956年7月31日、エクサン・プロヴァンス音楽祭)→ PREISER PRCD-93458 でレーベル移行再発売。 | ||
ジャチント・シェルシ(1905-1988): プラーナム第1/コ・タ(シヴァの踊り)/ I Presagi/Riti/Trio/Manto/キャ |
平山美智子(S) マウリツィオ・ベン・オマール(Perc) フェデリコ・モンデルチ(Sax) イタリア・ヌーヴォーEns. グルッポ・ムジカ・インシエメ アルド・ブリッツィ指揮 | |
録音:1988年9月20日、ストラスブール音楽祭/1987年5月28日。 仏ディアパゾン・ドール受賞盤。 | ||
ドビュッシー:歌曲集 | ベルナール・クリュイセン(Br) フランシス・プーランク(P) ジャン=シャルル・リシャール(P) | |
録音:1962年/1975年(別資料では1965年)。 | ||
ヤーノシュ・シュタルケル(Vc) プロコフィエフ:チェロ・ソナタ ハ長調Op.119 ガスパール・カサド(1897-1966):無伴奏チェロ組曲 ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第3番 イ長調Op.69 ヒンデミット:無伴奏チェロ・ソナタOp.25-3 |
ヤーノシュ・シュタルケル(Vc) アラン・プラネス(P) | |
録音:1983年11月18日/1961年6月12日。 | ||
IMV-012 廃盤 |
イルマ・コラッシ(Ms) | イルマ・コラッシ(Ms) アンドレ・コラール、 リリ・ビェンヴェヌ、 マリネット・ギャレイ(P)他 |
グザヴィエ・ダラス(Org) ニコラ・ルベーグ(1631-1702):6声の組曲(*) / ギヨーム・ガブリエル・ニヴェール(1632-1714):2声の組曲(*) マシュー・ラーヌ(1630頃-1725):1声の組曲(*) / アンドレ・レゾン(1650頃-1719):3声のミサ(抜粋)(#) J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調BWV.565 (+) グザヴィエ・ダラス(Org) | ||
録音:1967年5月7日(#)/1970年7月9日(+)/1972年12月20日(*)。(#)のみモノラル。 | ||
ポール・ドレンヌ(T)フランス歌曲を歌う ドビュッシー、グノー、ミヨー、プーランク、ラヴェル、 ロザンタール、ルーセル、サティ、ソーゲの作品 |
ポール・ドレンヌ(T) アンリ・ソーゲ(P) | |
録音:1957年11月&12月、1959年1月、3月&4月。 何と伴奏が作曲家のソーゲ! | ||
プーランク:歌劇「人間の声」 | ジャーヌ・ロード(S) ジャン=ピエール・マルティ指揮 フランス国立o. | |
録音:1976年。 | ||
ユーグ・キュエノー(T) マショーからデュパルクまでの歌曲アンソロジー |
ユーグ・キュエノー(T) ジョエル・コーエン(リュート) ローズ・ドボス(P) | |
録音:1960年8月7日/1976年5月25日/1980年2月。 | ||
IMV-017 廃盤 |
スコット・ロス(Cemb) | |
録音:1979年11月24日/1981年9月16日/1983年1月15日。 | ||
シャルル・ラヴィエ:Liturgie pour un Dieu mort(世界初録音) | ||
録音:1961年/他。 | ||
D.スカルラッティ:ソナタ集(17曲) | チュ・シャオ=メイ(P) | |
録音:1995年11月15日/1994年1月14日。 | ||
ヴェルレーヌと彼の詩に作曲した音楽家たち シャルル・ボルド(1863-1909)、ドビュッシー、フォーレ、 オネゲル、トゥルヌミール、ヴァレーズの歌曲 |
シュザンヌ・ダンコ(S) イルマ・コラッシ(Ms) ベルナール・クリュイセン(Br) テレサ・シュティッヒ=ランダル(S) ベルナール・プランティ(T) ジャン=ポール・フシェクール(T) ハンス・ロスバウト(P) フランシス・プーランク(P) アンリエット・ピュイグ=ロジェ(P) ロジェ・ブトリー(P)他 | |
録音:1955年-1996年。 | ||
アンリ・ルドロワ(CT) ロッシ、ブリュメル、モンテヴェルディ、 リュリ、ランベール、他の作品 |
アンリ・ルドロワ(CT) | |
録音:1985年、エクサン・プロヴァンス音楽祭、ライヴ/1987年、ヴェルサイユ・バロック音楽センター、ライヴ。 | ||
IMV-022 廃盤 |
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調Op.83 ・クラウディオ・アラウとシリル・ヒューヴのディスカッション クラウディオ・アラウ(P) イーゴリ・マルケヴィッチ指揮フランス国立o. | |
録音:1976年6月10日、ボーリュー劇場、ローザンヌ。ローザンヌ音楽祭、ライヴ。 | ||
カトリーヌ・コラール バッハ(リスト編):前奏曲とフーガ シェーンベルク:3つのピアノ作品Op.11 ドビュッシー:練習曲集より フランク:前奏曲・コラールとフーガ メシアン:「幼児イエスに注ぐ20の眼差し」より アミ:Epigramme バッハ:前奏曲とフーガBWV.846 |
カトリーヌ・コラール(P) | |
録音:1966年-1974年。 癌で早世したフランスの名女流、C.コラールの録音。ラヴェルなど絶品だ。 | ||
モーツァルト:歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」 | テレサ・シュティッヒ=ランダル、 テレサ・ベルガンサ、 ルイジ・アルヴァ、 ロランド・パネライ、 ハンス・ロスバウト指揮 パリ音楽院o. | |
録音:1957年、エクサン・プロヴァンス音楽祭、ライヴ。 一時期EMIからも出ていたが現在は廃盤。モーツァルト・ファンは結構探されている方の多い名盤だ。 | ||
アンドレイ・ヴュール(P) バッハ:フーガの技法 ベートーヴェン:6つのバガテル リスト:ピアノ・ソナタ スカルラッティ:3つのソナタ |
アンドレイ・ヴュール(P) | |
録音:1989年2月22日、5月13日、1991年5月14日、1994年3月12日。 | ||
カルロス・ダレッシオ(1935-1992):Un vague extrêmement précis with textes by Marguerite Duras |
Delphine Seyrig Sami Frey(reciters) カルロス・ダレッシオ(P) | |
録音:1985年8月8日。 | ||
ラヴェル:歌劇「スペインの時」 | マニュエル・ロザンタール指揮 フランス国立o. | |
録音:1944年。 | ||
アンドレ・マルロー〜有名な演説集 | ||
録音:1964年/1966年/1975年/1937年。 | ||
ロリー&エルンスト・ウォルフィッシュ ケクラン:ヴィオラ・ソナタOp.53(#) ミヨー:ヴィオラ・ソナタ第2番 マルセル・ミハロヴィッチ(1989-1985): ヴィオラとピアノのための「Textes」 ジャン=ジョゼフ・カサネア・ド・ モンドンヴィル(1711-1772):ソナタ協奏曲第6番(*) |
エルンスト・ ウォルフィッシュ(Va/Vn;*) ロリー・ ウォルフィッシュ(P/Cemb;*) | |
録音:1957年11月15日/1979年1月。 エネスコ、メニューイン、カザルスの親友だったデュオとのこと。 | ||
ジャン・ウィエネ(1896-1982)〜 ピアノ・インンプロヴィゼーション 1950-1964 |
ジャン・ウィエネ(P) | |
録音:1955年-1964年。 | ||
モーリス・ジャンドロン(Vc) ベートーヴェン: チェロ・ソナタ第1番 ヘ長調Op.5-1/ チェロ・ソナタ第5番 ニ長調Op.102-2 ブラームス:チェロ・ソナタ第1番 ホ短調Op.38 |
モーリス・ジャンドロン(Vc) ジャン・フランセ(P) | |
録音:1952年1月22日&29日、1953年4月3日。 これまた伴奏が、ジャンドロンの友人でもあった作曲家フランセ! | ||
ポール・ドレンヌ(T)フランス秘歌曲集 シャルル・ケクラン(1867-1950):Le Colibri モーリス・ドラージュ(1879-1961):Berceuse phoque マルセル・ド・マンジャルリ(1899-1989): La Cigale & la fourmi/L'Oiseau blessé par une flèche アンリ・クリケ=プレイエル(1894-1963): La Cigale et la fourmi/La Poule aux oeufs durs/ La Chanson du bon sommeil d'automne - マルセル・ドゥラノワ(1898-1962):Le Serpent ルイ・デュレ(1888-1979):Le Bestiaire アンドレ・カプレ(1878-1925): Le Corbeau et le renard/Quand reverrai-je hélas ミシェル・シリー(1919-):Sonnet sur la mort de son fils アンリ・ソーゲ(1901-1989): Le Jour où la mort viendra frapper à ta porte ルイ・ベート(1895-1953):Jeux rustiques ジャン・フランセ(1912-1997):L'Adolescence clémentine モーリス・ジョベール(1900-1940):En Arles マクシム・ジャコブ(1906-1977):Cartes postales ジョルジュ・ヴァン・パリ(1902-1971): Chanson romantique/Notre Amour était un beau rêve (extraits de Virginie Déjazet) ピエール・プティ(1922-2000): Valse de Neipperg (extrait de La Maréchale Sans Gêne) |
ポール・ドレンヌ(T) アンリ・ソーゲ(P) アンリ・クリケ=プレイエル(P) アンドレ・コラール(P) | |
録音:1958年-1961年。 | ||
ブリュックナー:交響曲第7番 ブラームス:交響曲第1番(*) ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」〜前奏曲と愛の死 |
オイゲン・ヨッフム指揮 フランス国立o. | |
録音:1980年5月8日&1982年5月14日(*)、以上サル・プレイエル、パリ。 以前は247782という番号でもご案内していたもの。ヨッフム晩年のライヴで、彼の指揮でこの曲目なら言うことはない。ライヴの臨場感溢れるすばらしい演奏、これは必聴! | ||
サラ・ヴォーン、1985年パリ・リサイタル | ||
録音:1985年11月2日、シャトレ劇場、パリ。 | ||
IMV-035 (2CD) 廃盤 |
プーランク:歌劇「カルメル派修道女の対話」 | レジーヌ・クレスパン、 フェリシティ・ロット、他 ジャン=ピエール・マルティ指揮 フランス国立o.&cho. |
録音:1980年4月25日、シャンゼリゼ劇場。 | ||
スコット・ロス没後10周年記念盤 | スコット・ロス(Org&Cemb) | |
録音:1974年-1983年。 INA既出の2枚(IMV-001、IMV-017)をスリップ・ケースに入れたもの。 # IMV-017 が廃盤となっており、当セットも入手出来ない可能性が高くなっています。 | ||
ネルソン・フレイレ(P) シューマン:交響的練習曲(+)/蝶々 ショパン:即興曲Op.36(#)/スケルツォOp.31(#)/ アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ(*) バッハ(ブゾーニ編):主イエス・キリスト、我汝を呼ぶ BWV.639 バッハ(シロティ編):前奏曲 ト短調BWV.535 |
ネルソン・フレイレ(P) エルネスト・ブール指揮 南西ドイツ放送so.(*) | |
録音:1971年4月、バーデン=バーデン、南西ドイツ放送局(*)/1984年6月、シャンゼリゼ劇場(#)/1988年5月(+)/1994年8月。 2000年頃にはどちらかと言えば知る人ぞ知るという存在になってしまっていたフレイレ、だがその後DECCAへの新録音が始まったり、アルゲリッチのデュオも再開したりするなど、復権の兆しが高まっている。もちろんその腕はずっと健在で、ここでも1980年代の録音は技巧ばりばりだし、1994年の物も、抒情を湛えた素晴らしい物。ブールとの共演も珍しい。 | ||
IMV-038 廃盤 |
イレーネ・ヨアヒム(S)歌曲リサイタル シューベルト、ウェーバー、シューマン、ブラームス、 フォーレ、ドビュッシー、ベルク、ジャベール、 プーランク、サティ、ラヴェル、ドラージュ、 オーリック、ケクランの歌曲 |
イレーネ・ヨアヒム(S) ジャーヌ・バトリ(P) ナディーヌ・ドゥスシェ(P) モーリス・ドラージュ(P) |
録音:1951年1月29日&2月12日、1959年5月23日。 有名な大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムの孫、イレーネ(祖父はドイツ=ハンガリー系だからヨアヒムだが、孫はフランスの歌手なので、正しい読みはイレーヌ・ジョアシャン)のレアなCDだが、幾つかの曲の伴奏が凄い。フランス近代歌曲の普及に貢献したメゾ、バトリである。彼女は自分のソロ録音の時に自らピアノ伴奏しているぐらいだからピアノはお手の物なのだが、これはやはり見事と言えよう。 | ||
フランソワ・クープラン作品の歴史的録音集 クラヴサン第25組曲 より [空想にふける女(*)/さまよう亡霊たち(*)]/ オルガンのための「修道院のためのミサ曲」より(2曲)(#)/ クラヴサン第2組曲 ニ短調より[第1曲−第8曲](+)/ オルガンのための「修道院のためのミサ曲」より(1曲)(**)/ クラヴサン第14組曲 ニ長調〜シテールの鐘(##)/ そうは言われたくないものだ(++)/私の心の甘い絆(++)/ そよ風がこの地を優しく包み(++)/ クラヴサン第13組曲 ロ短調 〜フランスのフォリア、またはドミノ(***)/ クラヴサン第14組曲〜恋の夜うぐいす(###)/ クラヴサン第6組曲 変ロ長調〜神秘的な障壁(###)/ クラヴサン第1組曲 ト短調〜サラバンド、威厳(+++)/ クラヴサン第11組曲〜光輝、またはボンタン夫人(+++)/ オルガンのための「修道院のためのミサ曲」より(6曲)(****) |
ルッジェーロ・ジェルリン(Cemb;*) モーリス・デュリュフレ(Org;#) アルベール・レヴェック(P;+) アンドレ・マルシャル(Org;**) ヴィルヘルム・ケンプ(P;##) ポール・ドレンヌ(T;++) マルセル・シャルボニエ(Cemb;++) エドヴィゲ・ベルジェロン(Gamb;++) ドリス・ロショー(Cemb;***) エメ・ヴァン・ド・ヴィール(Cemb;###) マルセル・ド・ラクール(Cemb;+++) スコット・ロス(Org;****) | |
録音:1950年3月9日、トリノ、ライヴ(*)/1947年12月27日、サン=エティエンヌ・デュ・モン、パリ、ライヴ(#)/1952年12月6日(+)/1951年6月17日、スソー夏の音楽祭、ライヴ(**)/
1955年7月、エクサン・プロヴァンス音楽祭、ライヴ(##)/1954年4月17日、ライヴ(++)/1948年2月10日、ジュネーブ、ライヴ(***)/1958年9月18日、スソー夏の音楽祭、ライヴ(###)/1966年1月26日、ライヴ(+++)/
1977年1月18日、Lombez、ジュール県(****)。 デュリフレから始まり、1970年代後半のスコット・ロスに至るまで、F.クープランの歴史的録音を集めた貴重なディスク。特にレヴェック、ロショー(アンセルメのストラヴィンスキー「結婚」の録音にピアノで参加していた)、ド・ラクールといった奏者は元々の録音が少なく、まさに貴重な復刻となる。 | ||
マド・ロバンの芸術 アンリ・フェヴリエ:小鳥 ジュリュス・ベネディクト:ジプシーと小鳥 ヨアヒム・グラント:華麗な大ワルツ パオロ・トスティ:アヴィケッラの二重唱(*) エヴァ・デラクァ: Nit provencale / Villanelle "J'ai vu passer" ジュリュス・ベネディクト:ジプシーと小鳥 フェリシアン・ダヴィド:歌劇「ブラジルの真珠」〜かわいい小鳥 ヨハン・シュトラウス: Vienne le temps / Nos coeurs avaient vingt ans Je ne suis qu'une femme / Legende de la foret viennoise(+) アンドレ・メサジェ: オペレッタ「ムシュ・ボーケール」〜ナイチンゲールのワルツ グノー:歌劇「ミレイユ」〜おお、かよわきつばめ アンブロワーズ・トマ: 歌劇「ハムレット」〜オフィーリアの狂気のアリア オッフェンバック:歌劇「ホフマン物語」〜あかしでの小鳥 レオ・ドリーブ:歌劇「ラクメ」〜鐘の歌 ヴェルディ:歌劇「リゴレット」〜慕わしい人の名は ドニゼッティ:歌劇「ランメルモールのルチア」〜この世の苦い涙を ジュリュス・ベネディクト:ヴェネツィアの謝肉祭 |
マド・ロバン(S) ヨアヒム・グラント(P) マルセル・カリヴェン指揮 ラジオ・リリクo.、 マリオ・ポデスタ(*) ヴィリー・クレマン(+) 他 | |
録音:1946年/1956年。 ロバン(1918-1960)ははじめミュージック・ホールで歌っていたが、1945年にオペラ座で「リゴレット」のジルダを歌ってデビュー、驚異的な音域を持つコロラトゥーラ・ソプラノとして活躍した。早世したため録音は少ないが、その芸術は今日にまで語り継がれている。収録時間:75分20秒。英文テキスト付き。 | ||
IMV-041 廃盤 |
デゾルミエール〜パリ・コンサート ストラヴィンスキー:弦楽のための協奏曲ニ調 ダラピッコラ:アルセーの6つの歌(*) サティ/デゾルミエール編曲:梨の形の3つの小品 ブーレーズ:水の太陽(#) バルトーク:ディヴェルティメント |
イレーネ・ヨアヒム(S;*/#) ジョセフ・ペイロン(T;#) ピエール・モレ(Br;#) ロジェ・デゾルミエール指揮 フランス国立放送o. フランス国立放送cho.(#) |
録音:1950年7月18日、シャンゼリゼ劇場、パリ。初出。 | ||
ハスキル〜ブザンソン音楽祭 モーツァルト:デュポールの主題による変奏曲K.573 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第18番 Op.31-3 シューマン:子供の情景Op.15 シューベルト:ピアノ・ソナタ第16番 イ短調D.845 |
クララ・ハスキル(P) | |
録音:1956年9月7日、ブザンソン音楽祭、ライヴ。一時期IMV-061という番号でも出ていた。 M & Aから出ている物だが、音質向上。INAのアルヒーフ使用であることを証明するように、リサイタルの最後の拍手にかぶさって、多分放送時のフランス語によるアナウンスが入っている。IMV-061と併せ、当レーベル最大のヒット作となった名盤。 | ||
アンリ・ソーゲ(1901-1989):未発表録音集 無伴奏チェロ・ソナタ(1956)(*)/感傷的な様相(1957)(#)/ Les Jeux de l'amour et du hasard(1932)(#)/ 歌曲集「地獄の情景」(1948)(抜粋)(+)/ エドゥアルド・ポエタのアリア(**)/ シラーの詩による4つの歌曲(抜粋)(##)/ Musique pour Cendrars(1986)(++)/ La Chevrefeuille(1944)(***)/ アンリ・ソーゲ、「感傷的な様相」に付いて語る(###) |
ラフアエル・ソマー(Vc;*) ジャンヌ=マリー・ダルレ(P;#) ジャック・フェヴリエ(P;#) ドダ・コンラート(B;+) レオン・フライシャー(P;+) ユーグ・キュエノー(T;**) アンリ・ソーゲ(P;**) イレーヌ・ヨアヒム(S;##) ジャーヌ・バトリ(P;##) クロード・メローニ(Br;++) ジャン・スレム(C−T;++) ジェラール・スゼー(Br;***) アンリ・ソーゲ(P;***/語り;###) | |
録音:1948年-1986年。 これは注目。録音年代は多岐にわたるが、フランス音楽ファンは買いだろう。ダルレとフェヴリエの共演と言うのも珍しい。ジャケットは猫を抱いているソーゲの写真。 | ||
IMV-044 廃盤 |
メシアンのピアノ伴奏による歌曲集 ドビュッシー:ボードレールの5つの詩 メシアン:ハラウィ(愛と死の歌) |
マルセル・バンレ(S) オリヴィエ・メシアン(P) |
アンセルメの「エディプス王」 フランセ:室内オペラ・コミック「びっこの悪魔」(*) ストラヴィンスキー: オペラ=オラトリオ「エディプス王」(+) |
ユーグ・キュエノー(T;*) アンドレ・ヴェシエール (Br;ディレシアス;+) ジャン・ヴィラール(語り;+) マリー=テレーズ・オレ (イオカステ;+) ジョゼフ・ペイロン(エディプス;+) ルシアン・ロヴァーノ(クレオン;+) ルイ・リャラン(羊飼い;+) エルネスト・アンセルメ指揮 フランス国立放送o.、 フランス国立放送cho.(+) | |
録音:1951年5月3日、シャンゼリゼ劇場。 | ||
ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス(S)リサイタル A.スカルラッティ:すみれ(*) アンドレ・カンプラ:(1660-1744):蝶の歌(*) ヘンデル:「ヨシュア」〜アリア(*) シューマン:くるみの木Op.25-3(*) ブラームス:あなたの青い瞳はOp.59-8(*) リヒャルト・シュトラウス:献呈Op.10-1(*) ホアキン・ニン(1879-1949):恋すれば子供のように(*) エドゥアルド・トルドラ(1895-1962): Madre, unos ojuelos vi(*) エンリーケ・グラナドス(1867-1916): 歌曲集「トナディーリャス」 〜嘆きにくれるマハIII「あの愛しい伊達男」(*)/ 歌曲集「カンシオネス・アマトリアス」より(*) [第6曲「それは朝のひと時」/ 第4曲「松林へ出かけた娘たち」] マヌエル・デ・ファリャ(1876-1946): 歌曲集「7つのスペイン民謡」より(*) [第1曲「ムーア人の織物」/ 第2曲「ムルシア地方のセギディーリャ」/ 第4曲「ホタ」] ホアキン・トゥーリナ(1882-1949): ファルッカOp.45-1(*) オットリーノ・レスピーギ(1879-1936): もし、いつかあの人が戻られたなら(#)/ ストルネッロを歌う女(2種の歌唱?)(#) エンリーケ・グラナドス(1867-1916): 歌曲集「トナディーリャス」 〜嘆きにくれるマハIII「あの愛しい伊達男」(#)/ 歌曲集「カンシオネス・アマトリアス」 〜第4曲「松林へ出かけた娘たち」(#) ホアキン・トゥーリナ(1882-1949): ファルッカOp.45-1(#)/カンターレスOp.19-3(#)/ 作曲者不詳(カタロニア民謡):Canto del Lliadre(#) ホアキン・バルベルデ(1846-1910):カーネーション(#) |
ヴィクトリア・デ・ ロス・アンヘレス(S) ピアノ伴奏 | |
録音:1950年3月14日、ラジオ・フランス・スタジオ、パリ(*)/1950年6月4日、トゥールーズ、ライヴ(#)。モノラル。初出音源。24bitリマスタリング。 スペインの名花、ロス・アンヘレス26歳時の歌唱が登場。彼女の録音としては最初期に属する物であるとともに、お国物を多数含む注目のCDと言える。なお、ジャケット写真は録音と同年代と思われるロス・アンヘレス。正に「艶やか」の一言。 | ||
ハスキル&グリュミオー、ブザンソン・ライヴ1957 モーツァルト: ヴァイオリン・ソナタ第40番 変ロ長調K.454 ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ第3番 変ホ長調Op.12-3 モーツァルト: ヴァイオリン・ソナタ第28番 ホ短調K.304 ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ第10番 ト長調Op.96 |
アルチュール・グリュミオー(Vn) クララ・ハスキル(P) | |
録音:1957年9月17日、ブザンソン音楽祭、ライヴ。モノラル。MUSIC AND ARTS等で既出の音源だが、マスター・テープからの初復刻。24bitリマスタリング。 大好評を博したハスキルの1956年ソロ・リサイタル( IMV-042、一時期 IMV-061という番号でも出ていた)に続くブザンソン・ライヴは、グリュミオーとの1957年リサイタル。前回も聞きやすいリマスタリングだったが、今回も同様。なお、ジャケット写真はこれまであまり目にしたことのない物(グリュミオーが何かに驚いたように目を丸くして右手で左前方を指差し、ハスキルが微笑みながら同方向を見ている)が使用されており、ファンには嬉しいプラス点。 | ||
アンドレ・メサジェ(1853-1929): 歌劇「イゾリーヌ」(1888) |
ジャニーヌ・ミショー(S;イゾリーヌ) ジャンヌ・ロラン(イゾリン) ウィリー・クレメント(オベロン)他 ルイ・バイド指揮 ラジオ・リリクo.、 フランス放送cho. | |
録音:1947年9月21日。 指揮者のバイドは、メサジェと、このオペラを一回指揮したことのあるアーンの両人の直弟子。 | ||
バルトーク:ヴァイオリン・ソナタ第2番(*) ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番(*) パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番(#) クロード・デルヴァンクール(1888-1954): 「舞踊組曲」より(#)[ロンド/ブーレ/バスク風] |
クリスティアン・フェラス(Vn) ピエール・バルビゼ(P) | |
録音:1960年9月18日、Royaumout Festival。ライヴ(*)/1954年3月5日、サル・ガヴォー(#)。 その道半ばにして亡くなったフェラス(1933-1982)は、故国フランスでは今日でも根強い人気を誇る。EMIへの録音が多いわけだが、意外にライヴは少なく、当盤は貴重な存在になるだろう。特に珍しいデルヴァンクールの作品では、素晴らしいテクニックに加えウィットに満ちた演奏で、彼のお茶目な一面が垣間見られる。 | ||
アイザック・スターン、パリ・ライヴ ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第2番Op.12-2 バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 BWV.1001 パガニーニ・ラ・カンパネラ(クライスラー編) プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ヘ短調Op.80 ヴュータン:ヴァイオリン協奏曲第4番(ピアノ伴奏) ハイドン:ヴァイオリン協奏曲 Hob.VIIa:1〜アダージョ スーク:4つの小品Op.17〜ブルレスケOp.17-4 クライスラー: フランクールの様式によるシチリアーノとリゴードン |
アイザック・スターン(Vn) アレクサンダー・ザーキン(P) | |
録音:1953年2月13日&20日、サル・ガヴォー、パリ。ライヴ。初出音源。 アイザック・スターンは非常の多くのレコーディングを残したことで知られており、1945年から1997年にかけて250作品の400近いレコーディングが残されているが、ライヴ演奏はごく少量しかない。 今回発売される1953年2月のサル・ガヴォーでのコンサートは、世界的に活躍するようになってまだ間もない若い頃の録音であるが、すでに卓越したヴァイオリニストであったことが随所にうかがえる非常に貴重な記録。 曲目面でも興味深い点が見受けられる。後にユージン・イストミンと組んでスタジオ録音されたベートーヴェンの「ヴァイオリン・ソナタ第2番」は大評判だったものの、 イストミンとの相性は今ひとつとされる。また、このベートーヴェンと、今回のコンサート・レコーディングの数ヶ月後に録音されたプロコフィエフ「ヴァイオリン・ソナタ第1番」(SONY SMK-64534)を除き、 ここに収録された作品にこの後の商業録音が無いのも見逃せない点だ。 スターンのディスコグラフィにバッハ「無伴奏ヴァイオリンのための6つのソナタとパルティータ」が欠落していたことは周知だが、ここに収録されたソナタ第1番BWV.1001は、 スターンの唯一のレコーディングとなっており、ストラクチャーの確かさ、はっきりした美意識がうかがえる。パガニーニ「ラ・カンパネラ」では、ほかのヴァイオリニストが技巧に走るなか、 スターンはあくまでも自然の音楽性を大切にしていることがわかる。ヴュータン「ヴァイオリン協奏曲第4番」は戦前は練習曲としてよく使われていた。スターンは体全部を使って力強く演奏している。 そういうパワフルな演奏は彼の個性であり、素晴らしい特質となっている。1950年代初期のレコーディングは数少ないが、華やかなヴィエニャフスキー「協奏曲第2番」、 フランツ・ワックスマン「カルメン幻想曲」、サラサーテ「AIRS BOHEME」は、スターンのレパートリー中でも難易度の高い作品であろう。その後スターンはそういったきらびやかな作品から遠のき、 室内楽を好んで演奏するようになっていった。若き日の彼の録音として、重要なリリースと言えるだろう。 アレクサンダー・ザーキンは1916年-1917年ペテルブルグでレオニード・ニコラーエフに、1925年からベルリン音楽大学でレオニード・クロイツァーとエゴン・ペトリに師事し、そのほか作曲と音楽学も学んだ。 1925年-1933年には独奏者およびピアノ四重奏団員として、ヨーロッパ各地を演奏旅行。1940年からはおもにアイザック・スターンの伴奏者として活動した。 | ||
ジョルジュ・ポンピドゥー〜演説集と対談集 1967-1973 | ||
ポンピドゥー(1911-1974)はフランスの政治家で、最後は大統領を務めた(1969-1974)。 | ||
カザルス指揮のプラド音楽祭ライヴ、おそらく初出 モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 K.216(*) シューベルト:「ロザムンデ」〜間奏曲第2番 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番(#) |
アルテュール・グリュミオー(Vn;*) ミエチスラフ・ホルショフスキ(P;#) パブロ・カザルス指揮 プラド音楽祭o. | |
録音:1953年、ライヴ。おそらく初出となる音源。 これは注目、カザルス指揮の新発見と思われる音源が登場。おそらく彼にとって3曲とも初レパートリーとなる曲目。共演もグリュミオー&ホルショフスキと豪華であり、特にグリュミオーとの共演は曲を問わず今回が初登場だと思われる。カザルス・ファン、独奏2人のファン、ともに必携の新譜といえるだろう。 | ||
F=ディースカウの「冬の旅」 おそらく最若年ライヴ、何とプラド音楽祭にて シューベルト:歌曲集「冬の旅」 |
ディートリヒ・ フィッシャー=ディースカウ(Br) ジェラルド・ムーア(P) | |
録音:1955年、プラド音楽祭。ライヴ。初出音源。これは貴重な音源、カザルス指揮による協奏曲などの録音(IMV-057)に続くプラド音楽祭ライヴ第2弾。 ドイツ歌曲の録音といえばまず名前があがるF=ディースカウ(1925-2012)。その中でも彼のライフ・ワークともいえる「冬の旅」は、これまでに10種類以上のCDが発売されており、名伴奏者ムーアとだけでも1955年に同曲のEMIへの第1回録音を録音したのに始まって3種のスタジオ録音がある。今回特に注目されるのはこれが1950年代のライヴ録音であるという事。これまでにこの年代の彼の「ライヴとされる」同曲は1948年(伴奏:クラウス・ビリング)、1952年(伴奏:ヘルマン・ロイター)、1953年(伴奏:ヘルタ・クルスト)という3種の録音が出ていたが、これらはおそらく放送用のスタジオ録音で、聴衆の存在は感じられない。また、CD-R使用のFKMからは、当盤が発表されるまでは彼の同曲唯一のライヴであった1978年のポリーニとの演奏(FKM-1012)が出ているが、これは50歳を過ぎてからの歌唱であり、今回の、正にスター街道を駆け上がっている時期の演奏はまことに貴重。さらにプラド音楽祭という大舞台でのライヴだけに、これは楽しみだ。 | ||
シュザンヌ・ダンコ、 サティ、ドビュッシー、ラヴェルを歌う サティ:交響的ドラマ「ソクラテス」(管弦楽版)(*) ドビュッシー: 歌劇「ペレアスとメリザンド」(新版)〜3つの抜粋(+) ラヴェル:シェエラザード(#) |
シュザンヌ・ダンコ(S) ダリウス・ミヨー指揮 RAIローマso.(*) デジレ=エミール・ アンゲルブレシュト指揮(+) シャルル・ミュンシュ指揮(#) フランス国立放送o.(+/#) | |
録音:1954年4月5日(*)/1952年4月29日(+)/1950年7月24日(#)。 1955年ヴィシー音楽祭リサイタル録音がコレクション・シリーズ「INA, memoire vive」の最初のタイトル(IMV-002)としてリリースされてから13年、2000年に逝去したこの名歌手へのINAからの2つめのオマージュ。ダンコは(+)を1957年にアンセルメ指揮で全曲録音、(#)をやはりアンセルメと2度録音している。 シュザンヌ・ダンコはベルギーに生まれ、ブリュッセル音楽院に学び、1936年ウィーン国際コンクール入賞、E.クライバーの推薦でプラハに行きフェルナンド・カーピに師事。1941年ジェノヴァでフィオルディリージを歌ってオペラ・デビュー。1947年ミラノ・スカラ座での「ピーター・グライムズ」、1949年サン・カルロ劇場での「ヴォツェック」のイタリア初演に出演。グラインドボーン音楽祭などではモーツァルト歌手として定評があった。 | ||
IMV-061(ハスキル、ブザンソン音楽祭ライヴ 1956)は、IMV-042にて再発売されています。 | ||
リヨン国立管〜創立100周年記念 ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ(*) ウェーベルン:パッサカリア(*) ワーグナー:「神々の黄昏」〜 ブリュンヒルデの告別の歌(#) ドビュッシー:海(+) ストラヴィンスキー:うぐいすの歌(**) シベリウス:交響曲第5番(**/##) |
ヒルデガルド・ベーレンス(S;#) エマニュエル・クリヴィヌ指揮(*/#) セルジュ・ボド指揮(+) デイヴィッド・ロバートソン指揮(**) リヨン国立o. | |
録音:1984年(おそらく(+))&2002年。音源:ラジオ・フランス/BBC(##)。 リヨン国立管弦楽団は1905年設立され、アンドレ・クリュイタンス、シャルル・ミュンシュ、エルネスト・アンセルメ、ピエール・モントゥー等と名演を残して来た。当団が有名になったのは、1987年より常任になったエマニュエル・クリヴィヌの功績が大きく、DENONなどに多くの名演が残されている。デイヴィッド・ロバートソンの後任として、2005年9月からは準・メルクルが3年契約で音楽監督に就任している。 | ||
これは貴重、ブルショルリのCDが!! ハイドン:ピアノ・ソナタ第48番 モーツァルト:幻想曲 ハ短調K.475 ショパン: 夜想曲Op.62-2/ワルツ[第11番/第13番/第16番]/ マズルカOp.30-4/バラード第1番 デュティユー:ピアノ・ソナタ サン=サーンス:練習曲Op.111〜第6曲「トッカータ」 シューベルト(フィリップ編):ワルツ/カプリース |
モニク・ド・ラ・ブルショルリ(P) | |
録音:1959年-1962年。おそらく初出音源。 ピアノ・マニアの間では話題に上りながらも、CDが存在せず聞くことすら困難だったブルショルリの録音が、突如INAから登場。 ブルショルリ(1915-1972)はパリ音楽院でイシドール・フィリップ、エミール・フォン・ザウアー、アルフレッド・コルトーらに師事。50代と言う壮年期に事故が元で亡くなったためもあってか、残された録音は全くCD化される気配もなく、たしか当盤が彼女のCD第1号。とにかく録音が出るだけでも御の字で、その演奏を聞かれた方も稀少な状況のため、これは聞いて見るしかないだろう。マニアの間では非常に評価の高いモーツァルト「ピアノ協奏曲」など、眠っている録音もまだ多いはずなので、是非復活を希望したい。 ・編集者及びロンペック氏より(国内代理店翻訳/年代等前後がありますが、原文のままです)・ Monique de la Bruchollerie ここに収められたアンリ・デュティユーのピアノ・ソナタは彼の妻ジュヌヴィエーヴ・ジョワに贈られた作品だが、彼女に続いて聴衆の前で初めて演奏したのはモニク・ド・ラ・ブルショルリだ。ブルショルリは作曲家自筆のスコアを持っていたが、このスコアで演奏されたのは1回きりで、その後デュティユーが修正を加えている。CDにはシャンゼリゼ劇場でのふたつのコンサートと、シャトレでの1コンサートからのレコーディングを収録。デュティユーのソナタは1962年、シャンゼリゼ劇場での演奏。この時は1949年に印刷された楽譜を使っている。シャトレでのコンサートではフランス製ピアノを使っており、シャンゼリゼ劇場のスタインウエイとは音色が明らかに違っている。サン=サーンスのトッカータ、師事したイシドール・フィリップの編曲によるシューベルトのワルツは初期の演奏。ブルショルリは1966年、ルーマニアでの交通事故で左腕を痛め、演奏家としての道をあきらめなければならなかったが、不自由な体でも演奏できるよう鍵盤をドーナツ状にしたキーボードを設計し、体を支えながらの演奏を可能にした。パリ音楽学院で教鞭をとり、その後はフランス南東部のエクサン・プロヴァンスに " Music in the Street " を設立、ピアニストを目指す若い生徒たちを指導した。ブルショルリの熱心な個人レッスンは、イヴ・ナットの指導にあたった母親譲りといえる。ブルショルリは代々の音楽家の家系に生まれており、母親は作曲家ボワエルデュ(1775-1834)の子孫、父親も作曲家メサジェ(1853-1929)の従兄弟にあたる。死の数ヶ月前、かなり病状が悪化していた時期も次の企画を考えるほど音楽に対する意欲は失われることがなかった。ブルショルリの死後、フランス国営放送ではラジオやテレビで特集番組が組まれた。テレビではチャイコフスキーのピアノ協奏曲が放映され、ホロヴィッツとはまったく違った激しい演奏だった。トスカニーニがこのような指揮をするのも初めて目にするものだった[カデンツァ注:代理店の翻訳ミスか?]。1960年代半ばにはアンリ・デュティユーのピアノ・ソナタが放送された。この作品はデュティユーの妻ジョワによる華やかで古典的な演奏で知られており、他のピアニストにはあまり演奏されることがなかった。ブルショルリはこの作品を徹底的に作り変え、それを南米で初めて演奏した。説得力のある強さ、知的なアプローチで、ジョワとは違った素晴らしい演奏となった。数週間後にはモスクワとレニングラードで演奏したが、ここでも聴衆の評判はよかった。スヴャトスラフ・リヒテルは「彼女の演奏は独創的で、我々の時代のピアニスト、ミュージシャンの間では非常に話題となっていた」と語っている。演奏から数十年たっているが、今聴いても驚かされる。ブルショルリとエミール・ギレリスは1938年のウジェーヌ・イザイ・コンクールで共に入賞したことで親しくなり、彼女はギレリスを称賛していた。その頃彼女はイシドール・フィリップから学んだテクニックのことで悩んでいたが、ギレリスとの交流により「鍵盤の奥から作り出す」丸みのある音を追求するようになった。それは後年彼女が教鞭をとるようになって、生徒に指導したことでもある。ブルショルリは時間にあわせて演奏することを嫌ったので、録音されたものはごくわずかしかない。戦前の78回転盤にいくつか、1948年にEMIで録音した数曲の中にはCDに収録されたサン=サーンスのトッカータもある。VoxからもLPが出ているが、廃盤になって久しい。レコーディングの少ないブルショルリの名前が近年忘れられてきているとしても不思議ではない。1936年のウィーン国際コンクールで第3位,1937年の第3回ショパン・コンクールで第7位の成績を残している。戦後1946年には、国立ポーランド・フィルハーモニックに招かれ演奏。1950年代後半にはラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番で大成功を収めた。1948年、パリでシャルル・ミュンシュ指揮パリ音楽院管弦楽団と演奏、その後ミュンシュとアメリカへ渡る。1952年ボストンでアンセルメと公演し、フィラデルフィア、シカゴ、クリーブランドを経てドイツに向かう。ドイツでは全公演をチェリビダッケと共演する。ニューヨークではカーネギー・ホールで2週間5回のコンサートを開催。ニューヨーク・タイムズの音楽評論家ハロルド・ショーンバーグから「魂のこもった深みのある演奏はルービンシュタインに勝るとも劣らない」と絶賛された。ブルショルリはヨーロッパ各地はもとより、アメリカ、ロシア、アフリカを回って精力的に演奏活動してきたが、1950年代後半になって癌を患いしばらくコンサートからは遠のくことになる。第2次大戦から1ヵ月後、ドイツから招きを受けて演奏したところ、他の東ヨーロッパ諸国と同様、熱烈な賞賛を受ける。1956年ブタペストでのコンサートでは30分もの喝采が続いたという。東西両ドイツでも頻繁にコンサート活動を行っており、何回も共演したオイゲン・ヨッフムは、次のように評している。「彼女はミュージシャンの身体と魂をもっています。演奏は明快で透明であるだけでなく、コンポーザーと深いところで結ばれているといえましょう。例えばブラームスを非常に深く捕らえている。私は彼女の絶対的な感覚と音楽形式に対する厳しさが特に素晴らしいと思っています。リハーサルで、すぐに感覚をつかみます。これはフランス人の特性といえるでしょう。彼女にはまた鋭敏な感受性ももっているが、これは典型的なドイツ特質です。彼女にはフランスのピアニストにはない深さがあります。叙情的な要素と同時に壮大な要素も持ち合わせているのです。ドラマチックな気性もあります。これらの特質と個性が人間的な温かみ、女性には珍しい力強いパワーの源となっているのです」。ヴィルヘルム・ケンプは1973年のインタビューでブルショルリを「輝くばかりのEフラット・メジャー」と評している。「彼女の表情にはあらゆる苦悩を乗り越えた明快さがあって、その様子はまるでモーツアルトを弾いているかのようだ」。30年の短いキャリアであったが、「若き女神」と称賛されたブルショルリを知るには貴重な1枚である。 | ||
ヴィリー・クレマン(Br)〜オペレッタを歌う ルイ・ガンヌ(1862-1923):「笛吹きハンス」より(6曲) [ナディーヌ・ソートロー(S) アルベール・ジャコブ指揮ラジオ・リリックo./放送日:1955年1月30日] アンドレ・メサジェ(1853-1929):「ヴェロニク」より(5曲) [リリアーヌ・ベルトン(S) ジュール・グレシエ指揮ラジオ・リリックo./放送日:1952年12月14日] ルイ・ベイツ(1895-1953):「すずめ」より(3曲)[ジュール・グレシエ指揮ラジオ・リリックo./放送日:1955年1月2日] シャルル・ルコック(1832-1918):「愛の歌」より(4曲)[アンドレ・コラール(P)/録音年不祥] モーリス・イヴァン(1891-1965):「メキシコの太陽に」より(4曲) [クリスティアーヌ・ジャカン(S) ジュール・グレシエ指揮ラジオ・リリックo./放送日:1955年4月10日] フランツ・レハール(1870-1948):喜歌劇「ロシアの皇太子」より(5曲) [コレット・リエダンジェ(S) ジュール・グレシエ指揮ラジオ・リリックo./放送日:1955年8月28日] | ||
クレマン(1918-1965)は当時イギリス領であったカイロ生まれで幼少時代にフランスへ渡り、学生時代はエコール・セントラル(パリ中央工科大)を目指しながらヴァイオリンや絵を習うなど芸術への関心も高かった。最終的には数学を断念し1938年にパリ音楽学院に入学、途中戦争で中断されながらもリヨン音楽学院を卒業、1941年の卒業時には歌唱と舞台表現部門で満場一致により最優秀賞を獲得。モーリス・ジャケモンの主宰する Theatre des Quatre Saisons Provinciales(「田舎の四季」劇場?)に加わる。1942年から1944年までの2シーズンはセカンド・バリトンとしてオペラに出演、この2年間にオペラ、オペラッタのレパートリーを広げ、「ウェルテル」のアルベール役、「ファウスト」のヴァランタン役、「蝶々夫人」のシャープレス役、「ボエーム」のマルチェッロ役、「セビリャの理髪師」のフィガロ役を演じた。舞台のデビューはクザヴィエ・ルルーの歌劇「ならず者」の端役だった。 クレマンは作曲家のルイ・ベイツの紹介でラジオ局 Lyric Broadcast と契約。1944年にエドモン・オドランの歌劇「マスコット」のピッポ役を演じる。共演者はファネリー・リボイル、ヨゼフ・バイロン、デュヴァレエ。ファネリー・リボイルとは1946年に「 Operetta Evocations 」(オペレッタへの誘い?)でも共演している。1945年にはオペラ・コミーク座と契約。これまでもよく演じてきた「セビリャの理髪師」のフィガロ役でデビュー。ルイ・ベイツは1946年のオペラ誌で次のように称賛している。「クレマンのフィガロ役はとにかく素晴らしい。声はゆったりとして、計算された尊大さがよく表現されている。役柄に対する洞察力も素晴らしい。」 Clement自身は1954年のインタビューで「フィガロは私の大好きな役だが、オペラ・コミーク座で3年間演じてきた「ペレアスとメリザンド」も忘れがたい役だ。」と語っている。ドビュッシー傑作とされているこの作品は1945年に彼のレパートリーに加わったもので、ツアー中にジャック・ジャンセンの代役として出演したのが最初であった。オペラ・コミーク座ではこのほか「ボエーム」のマルチェッロ役、「ラクメ」のフレデリック役、ルコックの「アンゴー夫人の娘」のアンジェ・ピトゥ役、メサジェ「ボーケール氏」の題名役、シャブリエ「いやいやながらの王様」の Henri de Valois 役を演じている。オペラ・コミーク座以外の公演にも出演しており、1949年にはオドランの「偉大なモンゴル」をパリ以外の地方やスイス、ベルギー、モナコ、ルクセンブルク、北アフリカなどのフランス語圏で公演している。 歌手としての素晴らしさはもちろん、控えめで誠実な人柄もファンに好かれていた。「セビリャの理髪師」の劇中に歌のレッスン場面で、主役クラスの歌手はそこで自分の持ち歌を披露していいという慣わしがあるが、1957年のアヴィニヨンでの公演では、ピエール・サヴィニョールがムソルグスキーを歌えるようにと、クレマンが遠慮したというエピソードがある。また1960年にヴィシーの第1回歌唱コンクールのときは、寛大にもライバルに出だしのサインを送ったという。レパートリーの広さは群を抜いており、「魔笛」、「真珠採り」、「椿姫」、「美しきエレーヌ」、「ロメオとジュリエット」、「マノン」、プランケットの「コルヌヴィユの鐘」、メサジェの「熱中」等々もこなしていたので、評論家の間では「何でも屋」とさえ呼ばれていた。また、初演作品にも多く出演した。 1965年2月、ベルギーのリエージュ劇場でカールマン「チャールダーシュの女王」公演中に体調を崩し、18日の最終公演を降板、3月7日にパリで白血病のため死去した。享年46歳。 | ||
シュヴァルツコップ、歌曲リサイタル 〜エクサン=プロヴァンス音楽祭 1954 J.S.バッハ:アリア「汝わがそばにあらば、 喜びもてわれは行く」BWV.508 グルック:流れる小川に ベートーヴェン: ゲーテの詩による3つの歌〜寂しさの喜び モーツァルト:夕べの思い/警告 ペルゴレージ:アリア 「もしも私を愛してささやいてくれるなら」 ヘンデル:「アタランタ」〜親愛なる森よ マルティーニ:愛の喜び シューベルト:シルヴィアに/愛は裏切った/ 一人住まい/鳥たち/焦燥 シューマン: 歌曲集「ミルテの花」〜くるみの木/ことづて ブラームス:別れ/「4つの歌」〜永遠の愛について ヴォルフ: 「ゲーテ歌曲集」〜ミニョン/ 「イタリア歌曲集」〜私たちは長いこと黙っていた/ 「メーリケ歌曲集」より [眠るみどり児イエス/さようなら]/ 「イタリア歌曲集」〜いいえ、若いお方/ 「アイヒェンドルフ歌曲集」より [夜の魔力/ジプシーの少女]/ 「スペイン歌曲集」〜私の巻髪に包まれて スイス民謡:二人の恋人 |
エリーザベト・ シュヴァルツコップ(S) ハンス・ロスバウト(P) | |
録音:1954年(おそらく7月)、エクサン=プロヴァンス音楽祭、ライヴ。以前MELODRAMからCDが出ていた演奏ではないかと思われる。だとすればマスターからの初復刻&久々の再発売となる。 | ||
フランチェスカッティ&カサドシュ、 エクサン=プロヴァンス国際音楽祭 1951 ライヴ、初出 モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ハ長調 K.296 フォーレ:ヴァイオリン・ソナタ第1番Op.13 シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第2番 ニ短調Op.121 ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ より(抜粋) |
ジノ・フランチェスカッティ(Vn) ロベール・カサドシュ(P) | |
録音:1951年7月13日、アルシュヴェシュ劇場、エクサン=プロヴァンス国際音楽祭、ライヴ。おそらく初出音源。 フランチェスカッティのこうしたソナタのライヴは珍しく、まとまったアルバムとしては初めての物になるのではないだろうか。曲目から見ても、彼としては珍しい作品が多い。弦のファンなら迷わず手に入れたい。 | ||
ジェラール・スゼー〜リサイタル シベリウス: 6つの歌Op.88 より [花の定め Op.88-6/2つのばら Op.88-2]/ 5つの歌Op.37〜「日の出」 Op.37-3/ 6つの歌Op.36〜「ささやく葦」 Op.36-4/ 6つの歌Op.50 より [野原でおとめが歌っている Op.50-3/ 静かな都会 Op.50-5/ばらの歌 Op.50-6]/ 2つの歌Op.60〜「死よ近づくな」 Op.60-1/ 5つの歌Op.37〜「はじめての口づけ」 Op.37-1 キルピネン: An das Lied / Den fjelden zu / Alte Kirche / Fjeldlied ヴォルフ: 「メーリケ歌曲集」〜朝早く/ 「スペイン歌曲集」より [主よこの地をになう者/ お前の母はやさしい子よ] ラヴェル: ドゥルシネア姫に思いを寄せるドン・キホーテ アーネ・ドルムスゴー(1921-): Quartre chansonns espgnoles anciennes モーリス・ジョベール(1900-1940): Ah,la corde,la corde.. Op.33a No.1 La belle mariee Op.33a No.2 アンドレ・ジョリヴェ:Poemes intimes ジェラール・カルヴィ(1922-):Caravelle ハリー・ウォレン(1893-1981):Vous le savez comme moi |
ジェラール・スゼー(Br) ダルトン・ボールドウィン、 ジャクリーヌ・ボノー(P) アタウルフォ・アルヘンタ指揮 ポール・ボノー指揮 | |
録音:1956年10月9日、1951年5月24日、1951年6月9日、1954年6月13日、1947年5月30日、1948年3月14日。 フランスの美声バリトン、ジェラール・スゼーのビロードのような歌声は今でも語りつがれている。ジャケット写真は有名なRoger Viollet。モノクロの陰影を見事なまでに再現。ドイツ物とフランス物が有名だった彼だが、このライヴ集では北欧物からアメリカの作曲家まで、幅広い芸風を聴くことが出来る。 | ||
スメタナSQ、1956年北欧ライヴ! ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第4番(*) スメタナ: 弦楽四重奏曲第1番 ホ短調「わが生涯より」(*) シベリウス: 弦楽四重奏曲 ニ短調「親愛なる声」(#) |
スメタナSQ [イジー・ノヴァーク(Vn) ルボミール・ コステツキー(Vn) ミラン・シュカンパ(Va) アントニーン・コホウト(Vc)] | |
録音:1956年6月9日、スウェーデン(ストックホルム音楽祭?)(*)/1956年6月12日、ヘルシンキ(シベリウス音楽祭?)(#)、以上ライヴ。モノラル、初出音源。収録時間:77分25秒。おそらく彼らによる初音盤曲である(#)を含む、チェコの名弦楽四重奏団、スメタナSQの貴重なライヴ集。1956年に北欧を演奏旅行した歳の物で、当盤には「初めてのスウェーデン公演。2度目のフィンランド公演」(以上代理店表記」の演奏が収められている。 1945年に結成された同団体、(*)は1951年以来レパートリーとなったベートーヴェン作品の中でも好んで演奏した曲のひとつで、最初にスタジオ録音したベートーヴェン作品でもある。最終楽章の活気溢れる演奏が魅力。(#)では作曲者の思いが見事に表現され、例えばポルカで使われるルバート奏法は多すぎず、かつ少なすぎることもなく、最終楽章ではヴィオラの表情豊かなトレモロが第一ヴァイオリンのハイEをひときわ際立たせる。(#)の演奏地ヘルシンキへ、当時プラハから出向くことが困難だったことを考えると、恐らくシベリウス・フェスティヴァルかなにかで招かれたと思われる。フェスティヴァルの趣旨もありシベリウスの四重奏曲を演奏したようだ。シベリウス作品はスメタナ四重奏団のレパートリー外なので、これ以降1970年までの15年間に3回しか演奏していない。しかし録音からは、彼らが自分たちのレパートリーと同様、堂々と、また楽しんで演奏している様子が感じられる。 | ||
カザルス、ヴェーグ、ゼルキンのシューマン〜 1956年 プラド音楽祭ライヴ集、初出! シューマン: ピアノ三重奏曲第3番 ト短調Op 110 (*) ピアノ五重奏曲 変ホ長調Op.44 (#) |
パブロ・カザルス(Vc) ルドルフ・ゼルキン(P) シャーンドル・ ヴェーグ(Vn;*) ヴェーグSQ団員 (#) | |
録音:1956年7月11日(*)/1956年7月12日(#)、以上プラド音楽祭、ライヴ。ともに初出音源。 既にこれら2日のプラド音楽祭ライヴ録音は、MUSIC AND ARTS のセット(MUA-1187)に3曲が含まれているが、当盤の2曲は初登場。 | ||
ロスバウト、1956年「ライヴ」の ドン・ジョヴァンニ、おそらく初出 モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」(*) *ボーナス・トラック モーツァルト: 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」(抜粋)(#) |
テレサ・ シュティッヒ=ランダル (ドンナ・アンナ;*) シュザンヌ・ダンコ (ドンナ・エルヴィラ;*) アンナ・モッフォ (ツェルリーナ;*) アントニオ・カンポ (ドン・ジョヴァンニ;*) マルチェッロ・コルティス (レポレッロ;*) ローランド・パネライ (マゼット;*) ラフアエル・アリエ (騎士長;*) カーラ・カステラニ (ドンナ・アンナ;#) レオポルド・シモノー (ドン・オッターヴィオ;#) ハンス・ロスバウト指揮 パリ音楽院o.&cho.(*) | |
録音:1956年7月12日(*)/1950年&1952年(#)、以上エクサン・プロヴァンス音楽祭、ライヴ。(*)はおそらく初出音源。 ロスバウトが1956年に録音した当曲は EMI への録音が知られているが、これはほぼ同キャスト(マゼットがアンドレ・ヴェシエールである点が異なる)ながらスタジオ収録で、このライヴは初登場&ロスバウト5種目となる同曲全曲と思われる。(#)は WALHALL などから先に発売されていた物だが、マスターからは初復刻だろう。 | ||
エドガー・ヴァーレズ〜「砂漠」の創造 エドガー・ヴァレーズのインタビュー (聞き手:ジョルジュ・シャルボニエ)(#) [ Retour en France / Auditeurs et critiques / L'auditeur et la musique / L'aide au créateur / Opéra - Image - Musique / Physique et Musique / Son organisé - Art-Science ] [ボーナス・トラック] Présentation radiophonique de Déserts par Jean Toscane (Texte de Pierre Boulez) / エドガー・ヴァーレズ:デゼール(砂漠)(*) |
ヘルマン・シェルヘン指揮(*) フランス国立放送o.(*) | |
録音:1954年12月-1955年1月(#)/1954年12月2日、パリ・シャンゼリゼ劇場、世界初演(*)。(*)は先にTAHRAから発売された(TAH-599)音源。 (#)は1955年3月5日と1955年4月30日にフランス国立放送より放送されたもの。インタヴュアーのシャルボニエはフランス国立放送の芸術・科学担当プロデューサーを務めた人物で、評論家としての著書も日本に紹介されている。 Disc 1: 79.50, Disc 2: 75.42。 | ||
何とペルルミュテルの モーツァルト「ピアノ協奏曲」!! モーツァルト: ピアノ協奏曲第21番 ハ長調K.467(*)/ ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調K.271「ジュノム」(#) |
ヴラド・ペルルミュテル(P) ルドルフ・アルベルト指揮(*) フランス国立放送o.(*) フェルナン・ウーブラドゥ指揮(#) パリ室内楽協会o.(#) | |
録音:1955年2月26日(*)/1957年5月23日(#)。おそらく初出音源。 これはびっくり、ペルルミュテル(ペルルミューテル)のモーツァルトに協奏曲があったとは! つい先ごろ、VOX (MUSICAL CONCEPTS) からCD復刻されたピアノ・ソナタ全集 (MC-141)での名演が記憶に新しいだけに、これは嬉しい発売。更に(#)の指揮がフランス物マニアならご存じ、ペルルミュテルも参加した仏パテの「パリのモーツァルト」(CZS 5 73590 2; 既に廃盤で入手不能)でも交響曲第31番などを担当したウーブラドゥであることも、このアイテムの価値を一層高めている。 | ||
エクサン・プロヴァンス音楽祭60周年記念
ロスバウト、1955年の「コジ」、初出 モーツァルト:歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」 テレサ・シュティヒ=ランダル(フィオルディリージ) ナン・メリマン(ドラベッラ) リタ・シュトライヒ(デスピーナ) ニコライ・ゲッダ(フェルランド) ロランド・パネライ(グリエルモ) マルチェッロ・コルティス(ドン・アルフォンソ) ハンス・ロスバウト指揮パリ音楽院o.[録音:1955年] グノー:歌劇「ミレイユ」 ジャネット・ヴィヴァルダ(ミレイユ) ニコライ・ゲッダ(ヴァンサン) クリスティアーヌ・ゲロー(Taven) ジュール・バスタン(Ramon) ミシェル・ダン(Ourrias) マドレーヌ・イグナル(Vincenette) アンドレ・ヴェシエール(Ambroise) アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院o.[録音:1954年] ボリス・クリストフ、1955年リサイタル ストラデッラ:歌曲「愛はかくも私を悩ます」 カルダーラ:アリア「太陽の光のように」 ベートーヴェン:アリエッタ「この暗き墓場に」 シューベルト:魔王 D.328 Op.1 ムソルグスキー:「死の歌と踊り」〜トレパーク/蚤の歌/他 ボリス・クリストフ(Br) ハンス・ロスバウト(P)[録音:1955年] プーランク自作自演、1950年〜プーランク:ピアノ協奏曲 フランシス・プーランク(P) シャルル・ミュンシュ指揮フランス国立放送o.[録音:1950年、ヨーロッパ初演時?] デゾルミエールのトゥーランガリラ、1950年 メシアン:トゥーランガリラ交響曲 イヴォンヌ・ロリオ(P) ジネット・マルトノ(オンド・マルトノ) ロジェ・デゾルミエール指揮フランス国立放送o.[録音:1950年、ヨーロッパ初演時?] | ||
記載無きものも、ほとんどが初出と思われる(クリュイタンス指揮の「ミレイユ」は、EMIのスタジオ録音と年&配役がほぼ一致しているので、この流用である可能性有)。 ヨーロッパの音楽祭シーズンの先駆けとして、毎年7月初旬に南仏エクサン・プロヴァンスで開催される、エクサン・プロヴァンス音楽祭60年の歴史のうち、初期の1950年代の主要な演目を収録した6CDセット。この音楽祭では指揮者や出演者の豪華さだけでなく、舞台美術、舞台監督、振付師、フィルムメーカーなど舞台を支えるスタッフに新進気鋭のメンバーを採用して、彼らの新しい試みを積極的にとり入れていることで知られている。1948年第一回目の音楽祭ではモーツァルト歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」だけが上演された。ザルツブルクやグラインドボーンまでは行けないフランスの音楽愛好家のために特に選ばれたという。音楽祭の企画は立てたものの、出演者の交渉までにはいたらず、このときのキャストはミラノ・スカラ座からキャストを借り出している。 創始者ガブリエル・デュシュルジェは、無名の若いアーティストの発掘に力を注いだ。フランス人テノール、ロベルト・アラーニャは彼女が後に発掘した大型新人のひとり。1955年のコジ・ファン・トゥッテは今回が初出。後に絶大な人気を博したテレサ・ベルガンサはこのときまだ登場していない。彼女の発掘は2年後の1957年(当レーベルからIMV-024で既出)となる。テレサ・シュティッヒ=ランダルとのデュエット「Two Teresas」も同時期。デュシュルジェはオペラ作品の初演だけでなく、器楽曲や交響曲にも関心が高かった。また作曲家アンリ・ソーゲ、ジャン・カルロ・メノッティのようなトラディショナル音楽だけでなくピエール・ブーレーズ、ルイジ・ノーノ、イアニス・クセナキスといったアヴァンギャルド・ジャンルの作品も取り上げた。 当CDに収録されているプーランクのピアノ協奏曲とメシアンのトゥーランガリラ交響曲は、アメリカで世界初演されたのち、数ヶ月遅れてこの音楽祭でヨーロッパ初演された。プーランク自作自演のピアノ協奏曲は、かなりいい演奏。デゾルミエール指揮のメシアンは非常に速いテンポで演奏されている。 グノーのミレイユはフレデリック・ミストラル原作のMireioを題材とした3幕劇。南フランスの方言であるプロヴァンス語が使われている。エクサン周辺の片田舎ボード・プロヴァンスを舞台とし、土地の方言であるプロヴァンス語が使われている。演奏の合間に挿まれる台詞が原作の雰囲気をよく伝えている。フランスでの活動が少ないボリス・クリストフの演奏は非常に貴重な録音。「他より先んじる」をモットーとするデュシュルジェらしいセレクトと言えるだろう。 ボーナス・フィーチャーとしてフランス・ラジオ局のライヴ中継を追加。作曲家ジョルジュ・オーリック、アルテュール・オネゲルに加え、会場にいた音楽評論家の言葉を収録している。 | ||
カラヤンのインタビュー?と、カラヤンによる楽曲解説 Herbert von Karajan - en V. F. (French version)(*)/ France IV Haute Fidelite (カラヤンの楽曲解説)(#) | ||
収録:1977年、42分(*)/1964年、35分(#)。 (*)は『フランス国立放送局「 France Inter 」の音楽専門番組 "Radioscopie" からジャック・シャンセル [Jacques Chancel] のカラヤンについての解説(詳細不明)』とのことだが、テレビ番組でのシャンセルによるカラヤンへのインタビュー映像が存在するため、今回はその音声部分ではないかと思われる。 (#)は『カラヤンがピアノを弾きながら、ブラームスの交響曲第1番と第2番について楽曲分析と解説をフランス語で行なっている』という。 共に大変珍しいものと思われ、指揮演奏こそないが、カラヤン・マニアは必聴だろう。 | ||
IMV-080 (2CD) 廃盤 |
稀少作品「ブラバンのジュヌヴィエーヴ」唯一の現役盤全曲録音、初出音源 オッフェンバック:喜歌劇「ブラバンのジュヌヴィエーヴ」 ドゥニーズ・デュヴァル(ジュヌヴィエーヴ) ジャン・ジロドー(シフロワ) ロベール・マッサール(シャルル・マルテル) ミシェル・ハメル(ドロガン)他 マルセル・カリヴェン指揮ラジオ・リリクo.&cho. | |
録音:1956年1月28日。初出音源。 | ||
初CD化あり、クララ・ハスキル〜モーツァルト:4つのピアノ協奏曲集 ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」 K.271(*) [イーゴル・マルケヴィチ指揮フランス国立放送o./ 録音:1955年6月8日、スイス・ローザンヌ]/ ピアノ協奏曲第19番 K.459(#) [イェジ・カトレヴィチ指揮パリ音楽院o./ 録音:1956年9月6日、第1回ブザンソン音楽祭、ライヴ] ピアノ協奏曲第24番 K/491(+) [アンドレ・クリュイタンス指揮フランス国立放送o./録音:1955年12月8日] ・ボーナス・トラック ピアノ協奏曲第20番 K 466(**) [エルネスト・ブール指揮 Orchestre des Cadets du Conservatoire/ 録音:1948年7月25日、第1回エクサン・プロヴァンス音楽祭、ライヴ] | ||
(**)は初CD化。(*/#/+)はTAHRAから TAH-584(*/+)、TAH-628 (#) で、(+)はDISQUE MONTAIGNEでも既出だが、TAH-628を除き廃盤となっている。 (**)はINAアーカイブから奇跡的に発見された。ハスキルによる第2次大戦中の録音はないため、この録音が手術後(下記参照)初のレコーディングとなる。オリジナルLPはフランスのFNACが発売、このたびINAがCD化した。ただしこの演奏は、ボーナス・トラック扱いとなっている事からも推察できるように、音質が相当悪く、ピアノの音こそある程度明快だが、オケの方は半ば潰れたような音となっている。録音自体の重要性を鑑み、御了承頂きたい所。 1941年、占領下のパリから逃れマルセイユ近郊に疎開したハスキルは、偏頭痛と視力障害に悩まされるようになり、パリから呼ばれた名外科医により視神経を圧迫する腫瘍を取り除く大手術を受ける。1930年代、まだ若い頃のハスキルは、聴衆の前での演奏を嫌っていた。緊張と不安で押しつぶされそうになりながらひとつひとつの音に全神経を集中させて演奏している姿に聴衆も息を詰めて聴き入ったという。しかし1956年ブザンソン音楽祭では、不安を微塵も感じさせない円熟した演奏となっている。控えめで、気難しく、世間に疎いハスキルは彼女を理解し、寛容に受け入れてくれる周囲の人々に多く助けられている。特に後期においては、オランダ人の Konig とスイス人の Michel Rossier に多くの支援を受けている。Konig はすでに中年を過ぎていたハスキルの才能を信じ、私財を投じてコンサートやツアーを企画手配に尽力した。一方 Rossier は、金銭的な支援はせず、妻Loukiとふたりでハスキルを理解し、温かく思いやりあふれる友人関係を築いた。ハスキルは特に Rossier に絶大な信頼をおき、彼らに守られながら世界的演奏家へと育っていった。 | ||
マリア・カラス〜 La grande nuit de l`Opera, 1958 ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲 ベッリーニ:歌劇「ノルマ」〜Sediziose voci, Casta diva, A! bello a me ritorna ヴェルディ:歌劇「トロヴァトーレ」〜D`amor sull` ali rose, Miserere ロッシーニ:歌劇「セビリャの理髪師」より[序曲/今の歌声は] プッチーニ:歌劇「トスカ」第2幕 マリア・カラス(S) アルベール・ランス、ルイ・リアラン(T) ティト・ゴッビ、ジャック・マルス、ジャン・ポール・ウルトー(B) ジョルジュ・セバスティアン指揮パリ・オペラ座o.&cho. | ||
録音:1958年12月19日、パリ・オペラ座、ライヴ、モノラル。映像も残されているライヴだが、全曲[おそらく107分]が発売されたのは、これまで LD で発売された際のみではないだろうか。当盤にはおそらく全曲が収録されており、音声のみではおそらく初となる(抜粋はEMIを含め、様々なレーベルから発売されている。DVDもEMIから発売があるが、編集されて91分の抜粋となっている [DVA 4 92503 9] )。 1958年1月ローマ歌劇場での「ノルマ」が非常に不評で、イタリアでの人気が急速に落ち、カラスは自信を失いかけたが、パリでは大勢のファンに温かく迎えられた。貴賓席には辞職を1ヶ月後に控えたルネ・コティ大統領や政府高官、ブリジット・バルドー、エリーザベト・シュヴァルツコップ、ミシェル・モルガン、イブ・モンタン、ジェラール・フィリップ、ルイーズ・ド・ヴィルモラン、チャーリー・チャップリン、ジャン・コクトーなど華やかな顔ぶれが見られた。カラスはゴッビとともに10回を超えるカーテン・コールを受けた。マスコミはこの日のコンサートを「世界で最もすばらしいショー」と絶賛したが、これ以降カラスの高音域は不安定になり、キャンセルも多くなって行く。 | ||
Le Reve Du Monde〜オリヴィエ・グレフ(1950-2000):自作自演集 ピアノのための「戦争ソナタ」(1965-1975) /ヴァイオリン・ソナタ第2番(1967) / 小室内カンタータ(1977) /ピアノのための組曲(1961) /ウィーンの演奏会(1974) / ピアノ・ソナタ「世界の夢」(1993) /エンゲルラントに降る爆弾(1974-1976) / ヴァイオリン・ソナタ第3番「水の出会い」(1976/1993) / ポール・ボウルズ讃(1994) /パリの歩道(1997?) オリヴィエ・グレフ(P) ドヴィ・エルリ(Vn) イヴリン・ブルンナー(S) アンリ・バルダ(P) ネル・フロジェール(S) ハワード・ハスキン(T) ジョー・ピッケンス、カトリーヌ・デュボスク(S) ジャン=ポール・フシェクール(T) | ||
録音:1962年-1997年。2000年に急逝したフランス人コンポーザー/ピアニスト、オリヴィエ・グレフがフランス放送協会に残した自作自演集。レコード芸術2010年7月号206ページに、相場ひろ氏による詳細な紹介が成されている。 #以下の情報は代理店提供によるものです。文意が汲み取れない部分もありますが、原文不明のためそのまま記載しています。 父親はアウシュビッツ収容所の数少ない生還者。彼の作品にはこの生い立ちが大きく影響し、ホロコーストをテーマにした作品が多くある。9歳で作曲を始め、パリ音楽院、ジュリアード音楽院で学び、ルチアーノ・ベリオに師事する。グレフ存命中に発表された作品は少ない上、彼の譜面にはテンポや表現法など演奏の指示が殆どないため、他の演奏家による録音も少ない。 ピアノのための組曲:パリ音楽院で音楽理論を学んでいた時期の作品。1962年5月23日付けの記録で次のように記している。「コンサートは音楽院の古いホールで行われた。僕は自分で作った組曲を演奏した。作品は4つの部分からなる。(mouton, gamme, tristesse, tourbillon) ヴァイオリン・ソナタ第2番(1967):コントラストのはっきりした4つの楽章からなる。この作品は音楽院の作曲コンテストで第1位となる。Tony Audin に師事して2年間作曲を学んだ結果と考えられる。彼の作品を高く評価したレコード出版会社が、すぐに録音した。グレフの公の場での演奏は 1968年12月 Salle Gaveau。 ピアノのための「戦争ソナタ」(1965-1975):ピアノによる詩ともいえるこの作品はアルバム中の傑作のひとつとされる。完成に費やした10年間はグレフをひどく悩ませたという。グレフ自身の演奏で1978年 Abbaye de Royaumont で初演。グレフは戦争を3つの段階に捉えている。戦争そのもの、死と哀悼そして希望と勝利だ。活気あふれるトッカータとエンディング。 ウィーンの演奏会(1974):ドイツの詩人ハイネの叙情間奏曲をもとにした作品。1974年4月パリ・エコール・ノルマル音楽院で初演。ソプラノ Nell Froger とグレフのピアノ。 エンゲルラントに降る爆弾(1974-1976):1976年12月 Theatre Essilom で初演。Nell Froger(S) 野田燎(Sax) グレフ(P) ドイツ空軍パイロットがイギリスを爆撃する前に詠唱していた歌をテキストにしたという。「Bomben auf Engeland, Bombs on England and Bomben auf Engelland, Bombs on angel and」という言葉遊びにはドイツ軍に対する皮肉が込められている。ナチスの犠牲者となったユダヤ人に捧げた作品。 小室内カンタータ(1977):スイス・ラジオ放送から委託された作品。1977年12月委託を受けたラジオ局で初演。Evelyn Brunner(S)Henri Baraa, グレフ(P)。厖大な歌と難易度の高いピアノという変わった取り合わせのアンサンブルのため演目としては敬遠されがちだ。 ヴァイオリン・ソナタ第3番「水の出会い」(1976/1993) :アイルランドのロマン詩人トーマス・ムーアの作品にアイリッシュ・メロディーを付けた作品。1976年12月パリ Theatre Essaion で初演。 Gaetone Prouvost(Vn) グレフ(P)。また、しばらく遠ざかっていた演奏活動への正式な復帰を記念して1993年10月オスロの National Music Academy でも演奏したが、若干書き換えられた箇所もある。この時のバイオリニストはGottfeied Schneider。 ピアノ・ソナタ「世界の夢」(1993):オスロでのコンサート以降、グレフの作品は生まれ変わったように雄弁となっていった。母国ポーランドへ戻ったことで父親がかつて収容所に抑留されていたという事実が彼の人生に大きな意味を持つようになった。戦争の表現がより暗くなると同時に彼の作品の中心を占めるようになっていった。 ポール・ボウルズ讃(1994):ユダヤ系アメリカ人の作家、ポール・ボウルズ(1910-1999)へのオマージュ。1994年5月ユネスコで開かれたボウルズの誕生日祝賀会で初演。作家になる以前は作曲家として活動していたボウルズは自作20曲を披露。グレフは黒人のソプラノとテノールとともに2曲を演奏した。「2曲とも大した曲ではなかったが、その場では好評だった」と回想している。 パリの歩道(1997?):ソプラノ、カトリーヌ・デュボスクとテノールジャン=ポール・フシェクールとのデュエットにグレフのピアノにより1997年1月パリの音楽院の古いホールで開かれた「 Paris in Song 」というコンサートで初演。 | ||
ドヴィ・エルリ&ジャック・フェヴリエ〜ソナタ・ライヴ集 ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第2番[録音:1962年4月26日] ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番[録音:1960年2月16日] ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ[録音:1961年7月13日] ルーセル:ヴァイオリン・ソナタ第2番[録音:1961年2月16日] ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ[録音:1961年2月21日] ミヨー:ヴァオイリン・ソナタ第2番[録音:1962年4月27日] ボーナス・トラック チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 [録音:1955年6月27日、ロン・ティボー・コンクール優勝時、ライヴ](*) ドヴィ・エルリ(Vn) ジャック・フェヴリエ(P;*以外) ジョルジュ・ツィピーヌ指揮パリ音楽院o.(*) | ||
おそらく初出音源。 | ||
Creations Mondiales Et Inedits 〜初演時演奏を複数含むプーランク作品の未発表録音集 フルートとピアノのためのソナタ FP.164[ジャン=ピエール・ランパル(Fl) フランシス・プーランク(P)/1957年6月18日、ストラスブール〔放送日:1957年6月27日〕]/ モンテ=カルロの女 FP.180[ドゥニーズ・デュヴァル(S) ピエール=ミシェル・ル・コント指揮フランス国立放送o./年月日記載無し(1961年?)、初演時]/ 「ティレジアスの乳房」 FP.125 〜 Non, Monsieur mon mari…(抜粋) [ドゥニーズ・デュヴァル(S) ジョルジュ・プレートル指揮フランス国立放送o./ 1961年12月5日、シャンゼリゼ劇場〔放送日:1961年12月14日〕]/ 「ティレジアスの乳房」について[ダニエル=ルシュール(語り〔作曲家〕)/1954年4月21日]/ インタビュー「籤」について[クロード・ロスタン(語り〔音楽学者/評論家〕)/年月日記載無し]/ 歌曲集「籤」 FP.178 より〔第2曲/第5曲〕(*) /ギターに FP.79 /昨日 FP.57 No.3 /田園の歌 FP.46 No.2 [ドゥニーズ・デュヴァル(S) フランシス・プーランク(P)/年月日不明、サル・ガヴォー(*以外)、 テレビ番組「音楽と人生」用収録、初演(*)〔放送日:1961年2月26日(*)、1960年3月26日(*以外) 〕]/ インタビュー「プーランクとメロディ」/「プーランクと動物詩集」 [ジョルジュ・シャルボニエ(語り〔作家〕)/1954年2月24日]/ 鯉 FP.15a No.6 [ピエール・ベルタン(Br) ジャン・ウィエネ(P)/年月日不明〔放送日:1960年3月30日〕]/ 歌曲集「動物詩集」 FP.15a (全6曲)[不明歌手 フランシス・プーランク(P)/年月日不明]/ 喜劇「理解されない憲兵」 FP.20 〔プーランクへのインタビューを含む抜粋〕[ピエール・ベルタン、他(俳優) フランシス・プーランク(P/語り?)/年月日不明〔放送日:1952年7月6日〕]/ 快活な歌 FP.46 No.4 /「カルメル派修道女の対話」 FP 159 〜 Oh ! Mon père, cessons ce jeu, par pitié ! [ロザンナ・カルテリ(S) フランシス・プーランク(P)/ 1962年5月23日、ヴェルサイユ音楽祭〔放送日:1962年6月5日〕]/ インタビュー「前衛的なスターバト・マーテル」 [ベルナール・ガヴォティ〔オルガン奏者/音楽評論家〕、ダニエル=ルシュール(語り)/1954年4月21日]/ スターバト・マーテル FP 148[ジュヌヴィエーヴ・モワザン(S) フリッツ・ミュンヒ指揮ストラスブール市立o.、 ストラスブール聖ギヨーム教会cho./1951年6月13日、第12回ストラスブール音楽祭、ライヴ、初演時]/ 小象ババールの物語 FP 129(ジャン・フランセ管弦楽編曲版)[ジャン・ヴィラール(語り) ピエール=ミシェル・ル・コント指揮フランス放送po./1963年3月4日、シャイヨー宮、ライヴ、同版初演時]/ ・ボーナス 小象ババールの物語 FP 129 〜2曲(オリジナル版)[ピエール・ベルナック(Br) フランシス・プーランク(P)/1946年6月14日、フランス放送、初演時] | ||
録音:[/内]。大作2曲(「スターバト・マーテル」〔指揮のミュンヒはシャルル・ミュンシュの実の兄〕&「小象ババール」管弦楽版)他、世界初録音時の演奏を複数含むプーランク作品の歴史的録音集。殆どが初出と思われ、プーランクやフランス近代作品の愛好家は必聴。 |