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名演奏家貴重盤
2023年6月新譜情報

特記以外 1CDーR ¥3300(税抜¥3000)


ATS(通常CD|初回プレス限定盤) 1枚あたり¥3300(税抜¥3000)

  UHQCD はすべてのCDプレーヤーで再生可能。旧譜はこちらから〔今月ご案内のアイテムも記載済み〕
ATS-954-2
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[UHQCD]
#CDショップ・カデンツァ独自翻訳・編集・製作のため、無断転載・使用は堅くお断り致します
セル&クリーヴランド〜マーラー:大地の歌
 モーリン・フォレスター(A) リチャード・ルイス(T)
 ジョージ・セル指揮クリーヴランドo.
 録音:1967年4月21日、クリーヴランド〔既出盤の大半はベルリンでの演奏と誤記〕、ライヴ、ステレオ|既出CD, CD-R: Arkadia (HUNT), CDGI 745.1 〔モノラル〕/ Living Stage, LS-1053 〔以上入手不能〕/ Ritardando [CD-R], RIT-5015/6 / Memories, MR-2608 。 『セル+クリーヴランド管のステレオ・ライヴがUHQCDで登場!セルとしては珍しいマーラーの「大地の歌」です。セルはマーラーをこよなく愛した指揮者とは言えませんが、第6番との適性が証明するように苦手なレパートリーとは言えません。「大地の歌」は記録では4回しか指揮していないそうですが、気負い立ったテンポで苛烈に攻める第一楽章から聞き手は翻弄されることでしょう。時としてセルが自ら禁じていた耽美の瞬間。とろけるようなポルタメントを駆使するところも驚かされる点で、世紀末のウィーンを間近く生きたセルならではの毒と色気をはらみます。当時のアメリカを代表するマーラー歌手でありワルターも重用したフォレスター、ルイスを従えて万全の布陣。劇的表現に不足はなく、「告別」の激情と寂寥は絶望的な美を誇ります。マーラーにとって『第九』と並ぶ死の交響曲であることを示します。当演奏はかつてHunt/ARKADIAで初出、これはモノラルなうえにベルリンにおけるライヴと誤記されておりました。その後の商品も誤記が継承されておりましたが、1967年にセルはクリーヴランド管とヨーロッパで演奏していないために現地クリーヴランドでの演奏であることが確認されました。ステレオの極上音質でお楽しみ頂けます。英日のライナーノート付です。』

FKM [FACHMANN FÜR KLASSISCHER MUSIK] [CD−R]

FKM-CDR738
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[CD-R]
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初出?〔疑問〕 マルティノン& BSO 〜
 ブルックナー
:交響曲第7番
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ジャン・マルティノン指揮
ボストンso.
 録音:1965年8月6日〔とあるが疑問、後述〕|記載が正しければ初出だが疑問。
 ボストン響の演奏会記録によれば、1965年8月6日はたしかにマルティノン指揮の演奏会だが、曲目はウェーバー「魔弾の射手」序曲、シューマン「第1」、ラヴェル「クープランの墓」、ドビュッシー「海」。また、彼が同オケを振った全20回中〔1957年3月-4月、1965年8月、1966年1月-2月〕、ブルックナーは記録上1曲もない。そもそも彼によるブルックナーは過去一度も確認されていないはず〔シカゴ響音楽監督時代にマーラーとブルックナーを基本的に拒否し不評を買ったとされるが、マーラーに関しては録音が存在する〕。1960年代と1970年代にボストン響が取り上げたブル7は、1964年から1967年にかけてすべてラインスドルフ、1970年から1974年にかけてスタインバーグ、1971年にマデルナ、1975年にスクロヴァチェフスキ、1977年から1978年にテンシュテットと、5人の指揮者によるものだけとなっており、そこにマルティノンは含まれていない。
 #当盤データに関して、当店では曲目以外無保証とさせていただきます
FKM-CDR741
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[CD-R]
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初出、ラインスドルフ& BSO
 シューマン:序曲、スケルツォとフィナーレ(*)
 チャイコフスキー:交響曲第5番(#)
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エーリヒ・ラインスドルフ指揮
ボストンso.
 録音:1969年〔とあるが、おそらく1964年2月21日〕(*)、1969年7月20日〔、タングルウッド〕(#) |おそらく初出音源。
  (#)はこのコンビによる同曲最後の演奏となったもの。またこのコンビによる(*)は、演奏会記録によると1964年の演奏会5回〔他に1964年2月20日、1964年2月22日、1964年2月28日、1964年4月5日〕でしか取り上げられていない。
FKM-CDR742/3
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[2CD-R]
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初出、ケンペ&ミュンヘン・フィル〜
 ブルックナー
:交響曲第8番
#CDショップ・カデンツァ独自翻訳・編集・製作のため、無断転載・使用は堅くお断り致します
ルドルフ・ケンペ指揮
ミュンヘンpo.
 録音:1972年5月10日|おそらく初出音源|『大喝采付き!』とアナウンスされている。ケンペによる同曲は、有名なチューリヒ・トーンハレ管との1971年11月録音 (Ex Libris/SOMM) に続き、2種目と思われる。

WME [WORLD MUSIC EXPRESS]

 #当レーベルに関しては、当初から音質面での問題が多く、レーベル側が記載している瑕疵以外の個所にも、原盤等に起因する「音飛び」「ノイズ混入」「音場感の変化やステレオ・モノラル等の記載違い・混入」「演奏家・作曲家等の記載ミス」「その他の不具合」が存在する場合があり、マスターに起因する音質不良部分の改善や、マスターに記載されていた表記不良個所の修正等は望めません(製盤時の不良〔いわゆる「プレスミス」〕を除き、レーベル側の仕様となります)。
 また、記載の日付、音質の評価やコメントに関しては基本的にレーベルと代理店の記載ママとさせて頂いており、当店ではチェックを行っておりません。以上、基本的には「音質は良くなく、場合によっては鑑賞に相当の支障があるアイテムも存在するレーベル」とお考え頂けますよう、あらかじめご了承下さい。
 旧譜はこちらから
WME-S-1681
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[CD-R]
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ほぼ初出&初音盤、ロヴロ・フォン・マタチッチ + J.クレイン〔クライン〕/他
 ドヴォルジャーク:テ・デウム(*)
 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番(#)
 モーツァルト:幻想曲 二短調 K.397 〔『アンコール付き(曲名?)』とアナウンス〕(+)
  ヘザー・ハーパー(S;*) ジーン・リグビー(Ms;*)
  キース・ルイス(T;*) リチャード・ヴァン・アラン(Br;*)
  ジャケス・クレイン〔ジャック・クライン〕(P;#/+)
  ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮(+以外) フィルハーモニアo.(*)、ミラノ RAI so.(#)
 録音:1981年3月8日、ロンドン、『放送録音』『音質良好』とアナウンス(*) /1982年1月30日、ミラノ、『イン・ホール録音で音質は芳しくない』とアナウンス(#/+) | (*以外):おそらく初出音源|全曲マタチッチによる〔 (#):&クレインにとっても〕初音盤、あるいは唯一の音盤| (+):アンコール、曲名は当店で補完|既出CD-R : Premiere Opera (US), 4286 (*) 〔入手困難〕。#当店で試聴できた(#/+)は、録音者か周辺の聴衆と思われる咳などが時折聞かれ音像が遠いものの、この種の客席収録としては比較的優秀な音質(当盤の音質とは異なる可能性があります)。
 マタチッチによるドヴォルジャーク既音盤は、おそらく N響との「新世界」と BPO + タシュナーとのヴァイオリン協奏曲があるだけ。この日はブルックナーのミサ曲第3番も同時演奏され、 Premiere Opera 〔サイトは稼働しているが、トップページからログインを求められ、会員登録もできない〕と GNP からリリースされているが、この2曲(のみ?)の演奏会とはどのようなものだったのだろうか? 片や適性を示したベートーヴェンは、亡くなる10ヶ月ほど前、最晩年の1984年日本での「第2」「第7」などが語りぐさになったが、録音自体多いとは言えず、特に協奏曲はの既出音源はザグレブ・フィルと地元ピアニストによっておそらく放送録音されたピアノ協奏曲第1番 〔 Orfej |廃盤〕程度と思われる(交響曲は後に1962年ミラノでのライヴ全集が発掘されている [Altus] )
 (#/+)はブラジル出身で、ニューヨークでウィリアム・カペルに、ウィーンでブルーノ・ザイドルホーファーに学んだピアニスト・作曲家ジャケス・クレイン [Jaques Klein/英語カナ翻字:ジャック・クライン] (1930.7.10-1982.10.24)による没年の演奏。これは既知中、彼による(#)唯一の録音であるとされる。1953年のジュネーヴ国際音楽コンクール・ピアノ部門で1位(2023年5月15日に93歳で亡くなったイングリッド・ヘブラーが、他の2人と共に同率2位)となって国際的なキャリアを開始、翌年にはロンドン・フィルと共演、さらに1955年にはハリエット・コーエン・メダルを受賞している。また、サルヴァトーレ・アッカルド、フリードリヒ・グルダともそれぞれデュオを組んで好評を博した。高名な弟子にはエグベルト・ジスモンチ、アルナルド・コーエンがいる。
 # (#)の曲目未記載ママで供給されます。
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ルドルフ・ゼルキン
 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番(*)
 シューマン:ピアノ協奏曲(#)
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ルドルフ・ゼルキン(P)
シャルル・ミュンシュ指揮(*)
ボストンso.(*)
ジュリアス・ハリソン指揮(#)
LPO (#)
 録音:1957年〔とあるが、1959年8月7日〕、タングルウッド、ステレオ(*) /1936年10月19日、クイーンズ・ホール、モノラル(#) |既出CD-R: Disco Archivia, 1302 (*) 〔廃盤、入手不能〕/ Everlast, EVE-009/10-S (*) / Pristine Classical, PAKM-077 (#) 。
 1959年8月7日の演奏会は(*)に交響曲第4番&合唱幻想曲というプログラムで、他レーベルから既出。演奏会記録によるとゼルキンとミュンシュ& BSO は「皇帝」を9回演奏したようだが、第4番協奏曲はこの一度だけの共演。# (*)の日付誤記ママで供給されます


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