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GOODIES DIRECT TRANSFER
"CD", "CD-R", "DSD DISC" (DVD-R)


価格帯記載無し:1枚でのご注文 ¥1836(税抜¥1700)
価格帯記載無し:2枚以上でのご注文 1枚あたり¥1543(税抜¥1429)
(当シリーズ以外のアイテムは数に含みません)
価格帯B〔プレス盤/ "CD" 記号〕:1枚あたり¥2160(税抜¥2000)
(枚数に関係なく当価格)


 東京の東村山市に本拠を構えるクラシックCDの小売り店、グッディーズさんが企画した盤起こしの復刻シリーズ。マスターは、真空管オーディオの専門家で、SP復刻にかけては一家言をお持ちの、新 忠篤氏の協力を得て製作、氏の自作直熱管フォノイコライザを使用して行われる復刻は、これまでの復刻ものとはまったく違った音質でSPが再現される。かつてこれほどまでに鮮度の高いSPの再生ノイズが刻まれたことは無かっただろうというノイズの中に、これまでは聴くことが出来なかった演奏家の細やかな息遣いを聴き取ることが出来る。SP復刻は、世界中で様々な専門家がそれぞれの見識で行っており、どれが最高とは決して言うことは困難だが『これまでにない鮮度の高い復刻をお届けできたのではと思っています』とのこと。
 『SPレコードの真の音は残念ながら、これまで市販された復刻CDではなかなか聴くことができません。それはSPレコードの音ミゾに刻まれた音声信号を拾い出すプロセスで、重要な情報が失われているからです。このシリーズは復刻プロセスを最短にしてSPレコードのありのままをお届けするダイレクト・トランスファーです。LPとは比較にならない強大な音響勢力を持つSPレコードのために、専用のカスタムメイド真空管式フォノイコライザをの使用しています。またノイズ除去と共に失われる音楽情報に最も気を配り、一切のノイズリダクションを排除してあります。従来のSP復刻CDよりノイズの量は多くなりますが、ノイズの奥に演奏者の確かな息づかいが聴き取れます。プレスCDより音の鮮度の点で優位と判断し、CD-R (と DVD-R)を採用しました。
  収録はSPレコード3枚から5枚の初発売時のアルバム単位を基本としています。また、録音時に原盤に混入したノイズが大きく再生されることもございますが、一切修正をしておりません。ケースには録音データ(オリジナル・レコード番号、マトリクス番号、テイク、録音年月日等)を記載してありますが、曲目解説はありません。ジャケット等の仕様は簡素なものです。』

 なお、2009年3月新譜からDSD録音が採用され、新譜の品番は+2000となって78CDR-3000番台(3179以降; 末尾3桁は従来からの連番)となった。また、これまで発売された78CDR-1000番台のタイトルは、DSD録音の新マスター使用による再発売が行われ、2010年7月で再発売も完了したが、『 78CDR-1142〜46の5タイトルは、DSD録音による再発は行なわず、従来商品でシリーズを継続いたします。78CDR-3142〜3146は欠番となります。』とのこと(商品番号下3桁は共通で使用/CD記号のプレス盤のみ、既出盤と関係なく3000からスタート)。
 ■製作者からのメッセージ
 『DSD録音になったグッディーズ・ダイレクト・トランスファーCDR! 従来のCDを高音質化するさまざまな試みが盛んな中で、「グッディーズ・オリジナル企画」のダイレクト・トランスファーCDRは、2009年2月発売新譜からDSD録音を採用することになりました。DSD録音によって、これまでのSP復刻からさらに飛躍し、SPレコードの直接再生と区別がつかないところに到達したと自負しています。DSD録音は従来の方式に較べて中音から低音にかけての音の形が明瞭になり、高音は一皮剥けた感じです。LPとは比較にならない強大な音響勢力を持つSPレコードをカスタムメイドの直熱真空管フォノイコライザーを使用し、またノイズ除去と共に失われる音楽情報に最も気を配り一切のノイズリダクションを使用していないのは従来通りです。』(新 忠篤)
 ■2015年、プレス盤発売開始時の製作者からのメッセージ「SPレコード復刻の歴史を振り返って」
 『アメリカでLPが登場したのが1948年(昭和23年)だった。一方イギリスではHMVがLPレコードを発売したのが1952年(昭和27年)10月だったから、4年も遅れた。因みに日本では日本コロムビアが1951年(昭和26年)にLPを発売した。遅れたのはレコードプレーヤやアンプ等の再生機の準備期間が必要だったからだ。LPが出ても一般の愛好家は従来の78回転SPレコードでも不便を感じていなかったと思われる。LP再生機が普及すると演奏時間の短いSPレコードは不便になり、SPの演奏をLPに置き換えて発売する所謂復刻盤LPが登場した。EMIのSP復刻シリーズである HMV/COLUMBIA Great Recordings of the Century が登場したのが1957年(昭和32年)10月だったから、LP登場の5年後だった。HMV/COLUMBIA Great Recordings of the Century はその頭文字をとってGR盤、復刻LPの代名詞となった。SPレコードは片面3〜5分の収録時間で、演奏はその都度止めて収録された。LP復刻時には切れ目なく編集された。また復刻盤作成の原盤は、SPレコード原盤をLPと同じビニール盤にプレスしたテストプレス盤だった。それはシェラック盤に較べれば雑音は小さいが、LPに較べればかなり雑音が多い。LPは本来無雑音メディアだから、復刻音源はフィルタ使ってノイズ除去をした。復刻エンジニアは雑音ばかりが気になって、フィルタが音楽を損ねていることに気がつかなかったのかもしれない。そして元のSPレコードとはまるで違うものが生まれた。EMIのGreat Recordings of the Century シリーズは1966年10月に終了したが最後までこのポリシーを守り続けた。私はもの心ついて以来ずっとSPレコードに親しんでいた。大学を卒業すると就職先をレコード会社に決めた。2年間のレコード店回りのセールスマンの後に洋楽部勤務になった。海外原盤の国内発売業務の傍ら、自分の手でSPレコードの復刻を始めた。日本コロムビアのDXMシリーズがそれである。カペー四重奏団、ジョルジュ・エネスコ、ジャック・ティボー、フリッツ・クライスラー、エーレナ・ゲールハルト、ユリア・クルプなどのSP盤演奏をSP盤とそっくり同じ音で復刻した。それは私のGR盤への音の不満から出たもので、SPレコードの音が復刻LPから再現できるたことで、多くの支持者を得た。SPレコード再生には専用のフォノイコライザが必要で、市販の民生機のプリアンプに組み込まれたSP用とされたイコライザはおおまかな特性でプロ用には使いものにならない。試行錯誤を重ねるうちに、SPレコードが吹き込まれた時代に録音機材に使われていた真空管を使用すると、すばらしい再生ができることを発見した。私のアンプ作り歴は60年以上で、その目的はSPレコードをその録音された音をそのまま再生することであった。現在ではDSD方式のデジタル録音機がSPレコードの直接再生音をそっくり収めることが可能になった。これを「ダイレクト・トランスファー」と命名した。DSD方式は編集をする際、いったんPCMにするため音質劣化がある。したがってここでは盤面の編集はしていない。またフィルタ類も一切使用していない。SPレコードの生の音をCD化したものである。』(新 忠篤)

 また2011年2月から、ほぼ全点の録音マスターがDSD仕様になったのを機会に、DVD-Rを使用した "DSD DISC" も併せて販売開始された。これらのアイテムはDVD-Rで供給されるためCDプレイヤーでの再生は不可だが、マスターとなったデータをそのまま収録しており、更なる高音質が期待出来る。以下、グッディーズさんからのアナウンス:『2009年より行なってまいりましたDSD録音マスターへの移行がほぼ完了しましたので、これを機会にこれまで発売しました3000番台のタイトルすべてをDSDディスクで販売開始いたします。』『●DSDディスクとは:当シリーズのマスターのDSD録音データをDVD-Rメディアに書き込んだもので、マスターの音質とほぼ同等・同傾向の音を再生する事ができます。このディスクはこれはでは、SONYのVAIOパソコンの環境、SONYのゲーム機PS3、2008年に発売されたSONYのSACDプレーヤーXA5400ES(希望小売価格\190512(税抜\176400))で再生する事が出来ましたが、昨年(カデンツァ注:2010年)夏にSONYよりDSDディスクが再生可能なSACDプレーヤーSCD-XE800(希望小売価格\40824(税抜\37800))が発売され、より身近なものとなりました。SCD-XE800は低価格ながらSACD/CDプレーヤーとしても十分な性能を持っており、DSDディスクをSACD、CDと同様に扱う事が出来ます(音が出るまでのディスクの読み込みに多少時間がかかります)。DSDディスクは通常のCDやSACDと互換性はありません。今のところ上記の機種以外の環境での再生は保障されていませんので、ご注意下さい。SCD-XE800の商品説明:http://www.super-audiocd.com/player/』(注:当店での取扱いはございません)『 商品仕様: 商品内容は78CDR-3000番台すべてで、番号は78DSD-3000番台となり番号は共通に使用いたします。これまでの78CDR-3000番台のケース、ディスク・デザインはほぼそのままでケース・インナーとディスク印刷面に、「DSDディスク」表記を追加いたします。』
 なお商品ごとのコメント内に、1000番台の旧番号がそのまま記載されていたり、DSDディスク(DVD-R)発売前のアイテムにCD-Rである事を限定した表記が成されている場合がありますが、上記のとおり変更&追加があるため、その旨読み替えて頂けますようお願い致します。
 ##2013年1月から、DSD DISCの内容をUSBメモリへ収めたファイル販売が開始されます。以下『内』はグッディーズさんのアナウンスから引用しています『ダイレクト・トランスファーCD-R DSDファイルの販売開始のお知らせ』『当シリーズは2009年より行なってまいりましたDSD録音マスターへの移行がほぼ完了しましたので、これまで発売しました3000番台のタイトルすべてをDSDファイルで販売開始いたします。販売メディア: USBフラッシュメモリー(4GBを使用予定。1メモリーに1タイトルを収録。メモリーのメーカーの指定はご容赦下さい)/ファイル形式: DSDIFFまたはDSF(タイトルによってどちらかの形式になります)/付属品:DSDディスクに付属と同じフロント&バック・インレイ 各1枚/価格:1タイトルあたり\2160(税抜\2000) 』『DSDファイルの再生はパソコンとUSB DACの組み合わせで行えます。』 グッディーズさん御薦めの DAC は KORG 社 DS-DAC-10(価格:五万円前後/当店での取扱いはございません)とのこと。なお、DSD ファイルの商品記号は特に明示されていませんので、ご注文の際はファイル希望である旨をお書き添え下さい。

 ##2015年4月から、遂にプレス盤でのリリースが開始された。なお、2009年3月新譜からDSD録音が採用され、新譜の品番は+2000となって78CDR-3000番台(3179以降; 末尾3桁は従来からの連番)となった。また、これまで発売された78CDR-1000番台のタイトルは、DSD録音の新マスター使用による再発売が行われ、2010年7月で再発売も完了したが、『 78CDR-1142〜46の5タイトルは、DSD録音による再発は行なわず、従来商品でシリーズを継続いたします。78CDR-3142〜3146は欠番となります。』とのこと(商品番号下3桁は共通で使用/CD記号のプレス盤のみ、既出盤と関係なく3000からスタート)。




-----ご注意-----
(1) この復刻シリーズは編集作業を全く行っていないため、
レコード盤の切れ目で曲が途切れます(1トラック=
盤の片面となります)。また、トラック間の空白は
統一されておらず、リードアウト部分の短い盤は、
終わりの部分のノイズが入る場合があります。一部の
CDプレーヤーにおいて、ディスクの最終トラックの音楽が
終了した後で無音部分が終了する際に、デジタル信号が
切れることによるノイズが発生する場合がございます。
(2) 機械式録音盤(電気式以前)の復刻アイテムには、
収録分数が3分弱〜15分程度(例:78CDR-3059; ロゼー
のものがあります。
(3) 取引条件の関係から、このシリーズを1枚でご注文の
場合は価格が異なります。他の商品と併せてご注文でも、
当シリーズ以外との組み合わせの場合は1枚での
ご注文価格となりますので、御了承下さい。



GOODIES "DIRECT TRANSFER" CD 2015年4月、12月リリース
 2015年4月からリリース開始されたプレス盤が含まれる復刻を当欄(と元の品番の項目にも;後述)掲載。ただし、CD の品番は3000から振り直されており、CDR, DSD 盤とは異なっているため、ご注意の程お願い致します。なおCD盤の音質や復刻については『これまでのCD-Rの音質とはまた違った音質でお楽しみいただけます。尚、マスターは CD-R と同一で、再復刻は行っておりません〔カデンツァ注:一部プレス盤のみの追加曲あり〕。これまで同様にノイズはありますが、生々しい音質でお楽しみいただけます。』とアナウンスされています。
78CD-3002
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(CD)
価格帯:B
プレス盤
(*/#)
フルトヴェングラー 「悲愴」「黄昏〜葬送行進曲」、独盤 SP からの復刻
 チャイコフスキー
:交響曲第6番 ロ短調Op.74「悲愴」(*)
 ワーグナー:「神々の黄昏」〜葬送行進曲(#)
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 BPO
78CDR-3103
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[CD-R]
(*)のみ
78DSD-3103
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[DVD-R]
(*)のみ
 ソース:独 ELECTROLA DB 3328/32S (英 HMV DB 3328/32S と同一録音) (*) |独 POLYDOR 67054 (#) 。録音:1938年10月15日-27日、ベートーヴェンザール、ベルリン (*) /1933年、ベルリン高等音楽院(#)。 ご注意:ノイズカットや編集は一切行っていませんので、SP盤特有の針音等のノイズが入ります。盤面ごとのつなぎ編集も行っておりませんので、SP盤1面ごとに音楽再生が途切れます。#「神々の黄昏」〜葬送行進曲はプレス盤 78CD-3002 が初登場となる復刻で、CD-R, DSD [DVD-R] 盤へは収録されておりません。 テレビでも話題になった玉音放送の復刻を担当した新 忠篤氏の復刻音源シリーズから、プレスCD第3回発売! これまでの復刻からは聴けなかった鮮烈な演奏がよみがえる!
 「悲愴」はヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)が残した唯一の正規録音。SPレコード録音が頂点に達した1930年代後半の録音である。テープ録音時代には聴き取れなくなったオーケストラ内声部の細かな動きが明瞭に聞こえるのはSP録音ならではのもの。これまでのSP復刻盤ではそれがノイズと共に消え去ってしまっていた。ベルリン・フィルがフルトヴェングラーの指揮のもとで巨大な怪物と化し、そのウネリが聴き手を恍惚の境地に導いてくれる。ワーグナーの「葬送行進曲」も同様である。フルトヴェングラーの指揮はこのシリーズで「英雄」(78CD-3000)と「運命」+「未完成」(78CD-3001)が出ている。
78CD-3001
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(CD)
価格帯:B
プレス盤
(*/#)
フルトヴェングラー 1937年「運命」&1950年「未完成」、独&墺盤 SP からの復刻
 ベートーヴェン
:交響曲第5番 ハ短調 Op.67「運命」(*)
 シューベルト:交響曲第8番 ロ短調「未完成」(#)
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 BPO (*)、VPO (#)
78CDR-3521
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[CD-R]
(*)のみ
78DSD-3521
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[DVD-R]
(*)のみ
 ソース:独 ELECTROLA DB 3328/32S (英 HMV DB 3328/32S と同一録音) (*) |墺 HMV DB 21131/3 (#) 。録音:1937年10月8日、11月3日、ベートーヴェンザール、ベルリン (*) /1950年1月19日-21日、ムジークフェライン大ホール、ウィーン(#)。 ご注意:ノイズカットや編集は一切行っていませんので、SP盤特有の針音等のノイズが入ります。盤面ごとのつなぎ編集も行っておりませんので、SP盤1面ごとに音楽再生が途切れます。#未完成はプレス盤 78CD-3001 が初登場となる復刻で、CD-R, DSD [DVD-R] 盤へは収録されておりません。 「運命」は大指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)の英 HMV への初めての録音。録音はベルリンのベートーヴェンザールから電話線でエレクトローラの原盤カットルームに中継され、そこで原盤が作成された。フルトヴェングラーは 1926 年にもベルリン・フィルを指揮して独 GRAMMOPHON に同曲を録音していたが、音質に遜色があったブランズウィック社開発の光学式録音だったために早期に廃盤になっていた。「未完成」は第 2 次世界大戦後の1950 年にウィーン・フィルを指揮して HMV に録音したもの。録音方式は磁気テープ録音と思われる。SP レコード時代の最末期のものでたいへん珍しい。復刻に使用した原盤に起因する雑音が冒頭にある。
78CD-3000
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(CD)
価格帯:B
プレス盤
フルトヴェングラー&VPOの「英雄」1947
 ベートーヴェン

  交響曲第3番 変ホ長調 Op.55「英雄」
ヴィルヘルム・
 フルトヴェングラー指揮
VPO
78CDR-3369
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[CD-R]
78DSD-3369
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[DVD-R]
 ソース:英 HIS MASTER'S VOICE, DB 9266/9302。録音:1947年11月10日-12日、17日、ウィーン、ムジークフェライン、大ホール。ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)はドイツの大指揮者。1937年ベートーヴェンの「運命」をBPOとHMVに録音したのに続き、この「英雄」はベートーヴェンの第二弾録音にあたる。オーケストラはウィーン・フィル。フルトヴェングラーは1952年11月に再度ウィーン・フィルと「英雄」を録音しているので、このSP録音はあまり知られていない。ムジークフェライン大ホールの残響はLP録音よりずっと美しい。これまでの復刻盤にはなかった低音部の動きにも耳を傾けていだきたい。
GOODIES "DIRECT TRANSFER" 2015年リリース分 1月- (末尾 529-)
78CDR-3538
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[CD-R]
ベニー・グッドマン&ペギー・リー
 サニー・サイド(*) /いつかどこかで(*) /今宵の君は(*) /
 ウィンター・ウェザー(#) /サムバディ・ノーバディ・ラヴズ/
 マイ・リトル・カズン/ノット・マイン/レッツ・ドゥ・イット
ペギー・リー(Vo)
アート・ロンドン(Vo;#)
ベニー・グッドマン六重奏団(*)
ベニー・グッドマン楽団(*以外)
78DSD-3538
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[DVD-R]
 米 COLUMBIA C170 (Set) 。録音:1941年-1942年。ペギー・リー(1920-2002)の初録音はこのベニー・グッドマン(1909-1986)との共演だった。21-22歳の時。ペギー・リーはノースダコタ州の出身。1941年にベニー・グッドマン楽団に歌手として入団し、2年間つとめた。1944年に新興のキャピトル・レコードに移り、1952-56年にはデッカで活躍したが、またキャピトルに戻った。ベニー・グッドマンはシカゴ生まれ、クラリネットを習得し11歳でデビュー。1923年にコルネット奏者のビックス・バイダーベックと共演、1925年にベン・ポラック楽団に入った。1928にニューヨークに移り、1932年に自身の楽団を結成し、NBC放送にレギュラー出演し一躍スターになった。1938年にカーネギー・ホールで初のジャズ・コンサートを開きキング・オブ・スウィングと呼ばれた。ビッグバンドの他に、小編成のトリオ、カルテット、セクスッテットでも活動した。またクラシックのクラリネット奏者としても録音を残している。
78CDR-3537
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[CD-R]
モーリス・エヴィット〜モーツァルトセレナード
 第12番 ハ短調 K.388「夜曲」(8本の管楽器のための)
モーリス・エヴィット指揮
管楽アンサンブル
78DSD-3537
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[DVD-R]
78CDR-3536
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[CD-R]
モーリス・エヴィット〜モーツァルトセレナード
 第11番 変ホ長調 K.375 (*)(8本の管楽器のための)
モーリス・エヴィット指揮
管楽アンサンブル
78DSD-3536
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[DVD-R]
 仏 DISCOPHILE FRANCAIS 45-48A (*), 48B-50 。録音:1946年2月20日-22日、パリ。指揮者のモーリス・エヴィット(1884-1971)はカペー弦楽四重奏団の第2ヴァイオリンをつとめた人。パリ音楽院の室内楽科を卒業後1904年にトゥーレ四重奏団に入り、さらにサイレ四重奏団、ドルソン四重奏団のメンバーを経て、1909にカペー弦楽四重奏団に第2ヴァイオリン奏者として入団、1914-1919年の5年間を除き1928年まで在籍した。1928年リーダーのリュシアン・カペー(1873-1928)の急死でエヴィット四重奏団(1828-30)の名前で引き継いだ。その後アメリカに渡りクリーヴランド四重奏団を結成した(1930-34)。フランスに戻り新エヴィット四重奏団(1935-39、1946-49)を作った。エヴィットは1934年にフォンテーヌブローのアメリカ音楽院の室内楽科教授に就任、1942-55年にはパリ音楽院の室内楽科の教授もつとめた。1939年にエヴィット室内o. をつくりコンサートやレコーディングで活躍した。
 このシリーズでJ.S.バッハ:管弦楽組曲全曲(33CDR-3509/10)が出ている。
33CDR-3535
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[CD-R]
ホルショフスキ〜ベートーヴェン
 ディアベッリ変奏曲 Op.120
ミエチスワフ・
 ホルショフスキ(P)
33DSD-3535
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[DVD-R]
 英 VOX PL7730。録音:1952年5月13日。ミエチスワフ・ホルショフスキ(1892-1993)はポーランド生まれのピアニスト。99歳までコンサート・ステージで活躍していた。母親はショパンの直弟子カール・ミクリ(1819-1897)に学んだピアニスト。4歳の頃から神童といわれ、1899年にウィーンに移り住み、名教師レシェティツキの指導を受けた。1930年代にカザルスがHMVに録音したベートーヴェン:チェロ・ソナタ集(第3番は除く)のピアニストをつとめた。第2次世界大戦中にアメリカに移住、フィラデルフィアのカーティス音楽院で後進の指導にあたる一方、室内楽奏者としての録音が多い。このシリーズでカザルスとのベートーヴェン:チェロ・ソナタ第1番(78CDR-3221)、第2番(78CDR-3084)とショパン:ピアノ協奏曲第1番 Op.11 (33CDR-3372)が出ている。
33CDR-3534
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[CD-R]
フックス兄妹〜モーツァルト:協奏交響曲 変ホ長調 K.364
 ジョセフ・フックス(Vn) リリアン・フックス(Va) ジンブラー・シンフォニエッタ
33DSD-3534
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[DVD-R]
 英 BRUNSWICK AXTL1018 (Mono) (DG LPE17124 と同一録音) 。録音:1951年12月5日。ヴァイオリンのジョセフ・フックス(1899-1997)はニューヨーク生まれ、ジュリアード音楽院の前進であるニューヨーク・インスティテュート・オブ・ミュージカル・アートでルーマニア出身のヴァイオリニストで弦楽四重奏団のリーダー、フランツ・クナイゼル(1865-1926)に師事した。フックスはクリーヴランドo. のコンサート・マスターを1926-1940年までつとめ、その後ソリストとして活躍、1953-54年にはプラドのカザルス音楽祭にも参加した。1946年にジュリアード音楽院のヴァイオリン科教授に就任、没年まで50年以上その地位にあった。ヴィオラのリリアン・フックス(1901-1995)は実妹。最初ピアノを、後にヴァイオリンを学び1926年にニューヨーク・デビューしたが、師のクナイゼルの勧めでヴィオラに転向し、生涯ソリスト、名教師として活躍した。ジョセフとリリアン兄妹によるモーツァルトの協奏交響曲 K.364の正規録音は3種類あり、これはその最初の物。このシリーズでジョセフ・フックスによるベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全曲(33CDR-3489/91)が出ている。
78CDR-3533
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[CD-R]
レナーSQ 〜モーツァルト
 セレナード第13番 ト長調 K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(*) /
 弦楽四重奏曲第23番 ヘ長調 K.590「プロシャ王第3番」(#)
 レナーSQ [イェノ・レナー(Vn1) ヨーゼフ・スミロヴィッツ(Vn2)
       シャーンドル・ロート(Va) イムレ・ハルトマン(Vc)]
78DSD-3533
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[DVD-R]
 英 COLUMBIA L1729/30 (*)、英 COLUMBIA LX808/10 (#)。録音:1926年2月19日、1927年3月3日(*)、1939年2月8日(#)。レナー弦楽四重奏団は1918年ハンガリーのブダペストで結成された。メンバー全員がブダペスト音楽院出身で、レナー(1894-1948)、スミロヴィッツ、ロートがイェノ・フバイ(1858-1937)の弟子、チェロのハルトマンがダヴィド・ポッパー(1843-1913)に師事した。4人はブダペスト・オペラの楽員だったが、1918年に起こったハンガリー革命を機に弦楽四重奏団を結成した。2年に渡って田舎の村にこもって練習を積んだ後、1920年にウィーンでデビューした。そこに居合わせた作曲家のラヴェル(1875-1937)が演奏に感動し、彼らをパリに招いた。公演はセンセーショナルな成功を収めた。その後1922年にロンドン、1929年にはアメリカにデビューした。レコードは機械式録音時代の1922年に、イギリス・コロンビアに録音したのが最初。1927年のベートーヴェン没後100年では、16曲の弦楽四重奏曲中11曲(SPレコード40枚)を録音した。
 なお Track 3 (K.525第2楽章 Part 2-第3楽章)は1926年2月19日、録音(80回転)の原盤が破損したため1927年3月3日、録音(78回転)の原盤にさしかえられた。ピッチと音質の偏差が聴き取れるが、ご容赦願いたい。
78CDR-3532
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[CD-R]
ゼルキン&ブッシュ〜モーツァルト
 ピアノ協奏曲第14番 変ホ長調 K.449
 (カデンツァ:モーツァルト)
ルドルフ・ゼルキン(P)
アドルフ・ブッシュ指揮
ブッシュ室内プレイヤーズ
78DSD-3532
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[DVD-R]
 米 RCA VICTOR 15912/4 (英HMV DB3690/2と同一録音)。録音:1938年10月11日、ロンドン、アビー・ロードEMI第1スタジオ。ルドルフ・ゼルキン(1903-1991)はボヘミア出身のピアニスト。幼少の頃ウィーンに移りピアノと作曲を学んだ。1920年、17歳でヴァイオリニストのアドルフ・ブッシュ(1891-1952)のピアニストになり、ヨーロッパ各地で演奏活動を行った。この縁でブッシュの娘イレーネと結婚した。1939年ゼルキンはナチスのユダヤ人迫害を避けてアメリカに移住した。この録音はヨーロッパ時代の最後の物。
78CDR-3531
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[CD-R]
ソリアノ&ブーシュリ〜未発表テイクによる
 モーツァルト:ヴァイリン協奏曲第3番 ト長調 K.216(カデンツァ:エネスク)

  〔第1楽章(Part 1) (*) /第1楽章(Part 2) /第2楽章/第3楽章〕/
 ・ボーナス・トラック(未発表テイク [UNPUBLISHED TAKES] )
  〔第2楽章(Part 2) /第3楽章〕
 ドニーズ・ソリアノ(Vn) ジュール・ブーシュリ指揮o.
78DSD-3531
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[DVD-R]
 仏 PATHE PAT127/9。録音:1937年6月3日-4日、パリ。(*)は市販盤と同テイクのようだが、他は未発売テイク(ボーナス・トラックのみ新発見?)だとの事。詳細マトリックス No.等は、現時点では不明。
 78CDR-3031で発売されたこの曲の未発売原盤発見! トラック(1)以外はすべて未発売原盤によった。さらにトラック(6)と(7)は別の未発売テイクを収録した。この原盤は片面の白レーベル、テストプレス盤で録音後演奏者に聴かせてどのテイクを発売するかを決めてもらう目的で製作されたレコード。録音後77年を経て発見されたのは奇跡と言える。是非78CDR-3031と聴き比べでいだきたい。
33CDR-3530
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[CD-R]
ギャビー・カザドシュ〜モーツァルト
 ピアノ協奏曲第17番 ト長調 K.453
ギャビー・カザドシュ(P)
ウジェーヌ・ビゴー指揮
プロ・ムジカo.
33DSD-3530
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[DVD-R]
 米 VOX PL 6720。録音:1950年10月16日、パリ。ピアノのギャビー・カザドシュ(1901-1999)はマルセイユ生まれ、旧姓ガブリエル・ロート。パリ音楽院でルイ・ディエメール(1843-1919)とマルグリット・ロン(1874-1966)に師事、16歳で一等賞を得た。1921年にピアニスト、ロベール・カザドシュ(1977-1972)と結婚しデュオでの演奏会やレコード録音も多かった。指揮者のウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)はパリ音楽院出身。シャンゼリゼ劇場の指揮者を経て、パリ音楽院o.、ラムルーo.、フランス国立放送o.、オペラ・コミックの指揮者を歴任、母校パリ音楽院の指揮科の教授もつとめた。ギャビー・カザドシュとウジェーヌ・ビゴーはこのシリーズでモーツァルト:ピアノ協奏曲第25番 ハ長調 K.503 (33CDR-3445)が出ている。
33CDR-3529
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パスキエ弦楽三重奏団〜モーツァルト6つの前奏曲アダージョとフーガ(K.404a)
 アダージョ第1番 ニ短調/
 フーガ第1番 ニ短調(J.S.バッハ:平均律クラヴィーアBWV853の弦楽三重奏のための編曲)/
 アダージョ第2番 ト短調/
 フーガ第2番 ト短調(J.S.バッハ:平均律クラヴィーアBWV883の弦楽三重奏のための編曲)/
 アダージョ第3番 ヘ長調/
 フーガ第3番 ヘ長調(J.S.バッハ:平均律クラヴィーアBWV882の弦楽三重奏のための編曲)/
 アダージョ第6番 ヘ短調/
 フーガ第6番 ヘ短調(W.F.バッハ:フーガ第8番の弦楽三重奏のための編曲)

 パスキエ弦楽三重奏団
 [ジャン・パスキエ(Vn) ピエール・パスキエ(Va) エティエンヌ・パスキエ(Vc)]
33DSD-3529
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 米 HAYDN SOCIETY HSL-108 (XTV21762-1A) (Mono)。録音:1951年、パリ。パスキエ弦楽三重奏団は1927年パスキエ三兄弟によって結成された。長兄ピエール・パスキエ(1902-1986)はパリ音楽院でヴィオラをモーリス・ヴュー(1884-1951)に師事し一等賞を得た。次兄ジャン・パスキエ(1903-)と末弟エティエンヌ・パスキエ(1905-1997)による三重奏団のために、数多くのフランスの作曲家が作品を書いた。このバッハの作品による6つのアダージョとフーガはJ.S.バッハ、W.F.バッハの作品の編曲。パスキエ三重奏団はこのシリーズでモーツァルト:ディヴェルティメント 変ホ長調 K.563 (78CDR-3487)とヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲 K.423 & K.424 (78CDR-3512)が出ている。
GOODIES "DIRECT TRANSFER" 2014年リリース分 (末尾 469-528)
78CDR-3528
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レーヴェングートSQ 〜ベートーヴェン&バッハ
 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番 ヘ長調 Op.135
 J.S.バッハ/クレム&ヴァイマル編曲:コラール ト長調
 レーヴェングートSQ [アルフレッド・レーヴェングート(Vn1) モーリス・フューリ(Vn2)
              ロジェ・ロシュ(Va) ピエール・バッスー(Vc)]
78DSD-3528
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 英 HMV, C 7714-17。録音:1946年9月18日、アビー・ロード EMI 第3スタジオ、ロンドン。レーヴェングート弦楽四重奏団は1929年に結成された。リーダーのアルフレッド・レヴェングート(1911年生まれ)はパリ音楽院でカペー弦楽四重奏団に在籍したことがあるアンドレ・トゥーレに師事した。その後室内楽をジャン・ロジェ=デュカス(1973-1954)について完成度を高めた。この録音は第2次世界大戦直後の録音で、フランスの香り高い名演をくりひろげている。
78CDR-3527
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パンゼラ夫妻〜フォーレ
 優しい歌 Op.61 (*) /幻想の地平線 Op.113 (#)
シャルル・パンゼラ(Br)
マドレーヌ・
 パンゼラ=バイヨー(P)
78DSD-3527
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 米 RCA VICTOR, 16303-07 (英 HMV, DB 5020-22 & DB 5009 と同一録音)。録音:1935年9月30日-10月1日(*)、1936年11月17日(#)、アルベール・スタジオ、パリ。シャルル・パンゼラ(1896-1976)はスイスのジュネーヴ生まれのバリトンで、1919年オペラ・コミックでマスネの歌劇「ウェルテル」のアルベール役でデビューした。パリ音楽院在学中に当時音楽院長だったガブリエル・フォーレとピアニストのマドレーヌ・バイヨーと出会い、フォーレは1921年8月に作曲した「幻想の地平線」(ジャン・ド・ラ・ミルモン詞)を贈られ、翌年の初演で大成功を収めた。バイヨーは生涯パンゼラの伴奏者をつとめただけではなく、結婚してパンゼラ夫人となった。パンゼラは生涯「幻想の地平線」を3度録音した。これはその最後の物。
78CDR-3526
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パンゼラ&コルトー〜
 シューマン
:歌曲集「詩人の恋」 Op.48
シャルル・パンゼラ(Br)
アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3526
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 仏 DISQUE GRAMOPHONE, DB 4987-79。録音:1935年6月17日-18日、パリ。シャルル・パンゼラ(1896-1976)はスイスのジュネーヴ生まれのバリトンで、1919年オペラ・コミックでマスネの歌劇「ウェルテル」のアルベール役でデビューした。マスネの「マノン」のレスコー役、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」役はあたり役として評判を呼んだ。パンゼラは芸術歌曲の分野でも、才能を発揮しフランス歌曲だけではなく、ドイツ歌曲をも得意とした。ピアノのアルフレッド・コルトー(1877-1962)は20世紀最高のフランスのピアニスト。1892年パリ音楽院のルイ・ディエメール(1843-1919)のクラスに入り1896年一等賞を得て卒業した。1917年にパリ音楽院教授、1919年にパリにエコール・ノルマル音楽学校を設立した。この「詩人の恋」は戦前からわが国でも評判をとった名盤で、「ダイレクト・トランスファー」の本領を発揮した高音質で聴ける。
33CDR-3525
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シゲティ、1954 コロムビア・モノラル LP 録音集、稀少なヘンデルを含む
 J.S.バッハ/シュレック編曲:ヴァイオリン協奏曲 ト短調(*) 15
                 (原曲:クラヴィーア協奏曲第5番 ヘ短調 BWV.1056)
 ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番 ニ長調 Op.1 No.13 (#) 23
 タルティーニ:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 D.45 (カデンツァ:シゲティ) (*) 13 /
        ヴァイオリン・ソナタ ト長調(#) 22
 ヨーゼフ・シゲティ(Vn) ジョージ・セル指揮コロムビアso.(*) カルロ・ブソッティ(P;#)
33DSD-3525
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 録音:1954年1月13日13、15日15、2月22日22、23日23、すべてコロムビア30丁目通りスタジオ、ニューヨーク、モノラル。原盤: COLUMBIA (US) 。シゲティのモノLPからの復刻。ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はハンガリー生まれ、ブダペスト音楽院でイェノ・フバイ(1858-1937)に師事した。1940年からアメリカに居を移し活躍、晩年はスイスで後進の指導にあたった。ジョージ・セル(1897-1970)はハンガリー出身。チェコ・フィル(1930-36)、メトロポリタン歌劇場(1942-46)、クリーヴランドo. (1946-70)の指揮者をつとめた。カルロ・ブソッティ(1922-2002)はイタリアのフィレンツェ生まれ。大戦後アメリカで活躍した。シゲティのヘンデルは1937年の SP 録音(ピアノ:マガロフ)はよく知られているが、この LP 録音は早期に廃盤になったためほとんど知られていなかった。
33CDR-3524
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ジョー・スタッフォード〜ハッピー・ホリデイ(クリスマス・アルバム)
 ハッピー・ホリデイ/ウィンター・ウェザー/クリスマス・ソング/雪よ降れ降れ!/おもちゃの国/
 おもちゃの行進/ジングル・ベル/ウィンター・ワンダーランド/クリスマス前夜のこと/
 アイ・ワンダー・アズ・アイ・ワンダー/ベツレヘムの小さな町/聖しこの夜/ハッピー・ホリデイ

 ジョー・スタッフォード(Vo) スターライターズ(cho.)
 ティモシー・ウェストン(Vo) ポール・ウェストン楽団
33DSD-3524
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 米 COLUMBIA, CL 691 (Mono) 。録音:1955年。ジョー・スタッフォード(1917-2008)がアメリカ・コロンビアに録音したクリスマス・アルバム。曲はクリスマスのベル(鐘)でつながれているメドレー構成のためA,B面以外のトラックは入れていない。豪華な編成の編曲をバックに歌うジョーの声は輝きに満ちていて、聴く者の心を豊かにしてくれる。ウェストン家の長男ティム(当時3歳)の声も聞ける。ジョー・スタッフォード・ファンは必携盤。このシリーズで他にテネシー・ワルツ(78CDR-3280)、リパブリック讃歌(78CDR-3399)、JO+JAZZ (33CDR-3459)、ジョースタッフォード&ゴードン・マックレエ/クリスマス・ソング(78CDR-3468)が出ている。
78CDR-3523
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[CD-R]
ゴールドベルク、ヒンデミット、フォイアマン〜ヒンデミット:弦楽三重奏曲第2番(1933)
 シモン・ゴールトベルク(Vn) パウル・ヒンデミット(Va) エマヌエル・フォイアマン(Vc)
78DSD-3523
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[DVD-R]
 英 COLUMBIA LX 311/3。録音:1934年1月21日、アビー・ロード EMI 第3スタジオ、ロンドン。ヴァイオリンのシモン・ゴールドベルク(1909-1993)はポーランド出身。ベルリンでカール・フレッシュ(1873-1944)に師事し16歳でドレスデン・フィルのコンサート・マスターに就任した。20歳の時フルトヴェングラーの招きでBPOのコンサート・マスターになった。1930年にヴィオラ奏者で作曲家のパウル・ヒンデミット(1895-1963)とチェロのエマヌエル・フォイアマン(1902-1942)と弦楽三重奏団を結成した。これは既にこのシリーズで出ているベートーヴェン:セレナード作品8 (78CDR-3252)と共にこの三重奏団が残した貴重な録音。
78CDR-3522
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[CD-R]
レーヴェングートSQ 〜モーツァルト:弦楽四重奏曲第19番 ハ長調 K.465「不協和音」
 レーヴェングートSQ [アルフレッド・レーヴェングート(Vn1) モーリス・フューリ(Vn2)
              ロジェ・ロシュ(Va) ピエール・バッスー(Vc)]
78DSD-3522
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[DVD-R]
 仏 DISQUES GRAMOPHONE DB 11120/2。録音:1946年5月28日-29日、アルベール・スタジオ、パリ。レーヴェングート弦楽四重奏団は1929年に結成された。リーダーのアルフレッド・レーヴェングート(1911年生まれ)はパリ音楽院でカペー弦楽四重奏団に在籍したことがあるアンドレ・トゥーレに師事した。その後室内楽をジャン・ロジェ=デュカス(1973-1954)について完成度を高めた。この録音は第2次世界大戦直後の録音で、フランスの香り高い名演をくりひろげている。希少SPレコードからの復刻。
78CD-3001
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(CD)
価格帯:B
プレス盤
(*/#)
フルトヴェングラー 1937年「運命」&1950年「未完成」、独&墺盤 SP からの復刻
 ベートーヴェン
:交響曲第5番 ハ短調 Op.67「運命」(*)
 シューベルト:交響曲第8番 ロ短調「未完成」(#)
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 BPO (*)、VPO (#)
78CDR-3521
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[CD-R]
(*)のみ
78DSD-3521
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[DVD-R]
(*)のみ
 ソース:独 ELECTROLA DB 3328/32S (英 HMV DB 3328/32S と同一録音) (*) |墺 HMV DB 21131/3 (#) 。録音:1937年10月8日、11月3日、ベートーヴェンザール、ベルリン (*) /1950年1月19日-21日、ムジークフェライン大ホール、ウィーン(#)。 ご注意:ノイズカットや編集は一切行っていませんので、SP盤特有の針音等のノイズが入ります。盤面ごとのつなぎ編集も行っておりませんので、SP盤1面ごとに音楽再生が途切れます。#未完成はプレス盤 78CD-3001 が初登場となる復刻で、CD-R, DSD [DVD-R] 盤へは収録されておりません。 「運命」は大指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)の英 HMV への初めての録音。録音はベルリンのベートーヴェンザールから電話線でエレクトローラの原盤カットルームに中継され、そこで原盤が作成された。フルトヴェングラーは 1926 年にもベルリン・フィルを指揮して独 GRAMMOPHON に同曲を録音していたが、音質に遜色があったブランズウィック社開発の光学式録音だったために早期に廃盤になっていた。「未完成」は第 2 次世界大戦後の1950 年にウィーン・フィルを指揮して HMV に録音したもの。録音方式は磁気テープ録音と思われる。SP レコード時代の最末期のものでたいへん珍しい。復刻に使用した原盤に起因する雑音が冒頭にある。
33CDR-3520
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[CD-R]
ワルツ・フォー・デビイ〜ビル・エヴァンズ・トリオ〔モノ録音〕
 マイ・フーリッシュ・ハート/ワルツ・フォー・デビイ/デトゥーア・アヘッド/
 マイ・ロマンス/サム・アザー・タイム/マイルストーンズ
 ビル・エヴァンズ(P) スコット・ラファロ(ベース) ポール・モチアン(Dr)
33DSD-3520
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[DVD-R]
 米 RIVERSIDE RM 399 (Mono) 。録音:1961年6月25日、ヴィレッジ・ヴァンガード、ニューヨーク、ライヴ。ジャズの名録音「ワルツ・フォー・デビイ」のオリジナル Mono LPからの復刻。音の密度の点からステレオ盤よりモノ盤が優れていることは、聴いた人でなければ判らないが、ここに聴くスコット・ラファロのベースの音はそのことを証明している。ラファロはこの録音の11日後に交通事故で他界した。享年35歳だった。復刻にあたってはウェストレックス Model 10A カートリッジをモノ接続にしている。
33CDR-3519
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[CD-R]
テイク・ファイヴ〜デイヴ・ブルーベック・クァルテット
 テイク・ファイヴ/スリー・トゥ・ゲット・レディ/キャシーズ・ワルツ/
 トルコ風ブルー・ロンド/ストレンジ・メドウ・ラーク
 デイヴ・ブルーベック・クァルテット[デイヴ・ブルーベック(P) ポール・デスモンド(アルトSax)
                      ユージン・ライト(ベース) ジョー・モレロ(Dr)]
33DSD-3519
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[DVD-R]
 日本コロムビア 45PX-3 (米 COLUMBIA CS 8192 から5曲抜粋)。録音:1959年6月25日、7月1日、8月18日。ジャズの名アルバム「タイム・アウト」(米 COLUMBIA CS 8192) が1967年7月に日本コロムビアから発売された 30cm 45回転 LP 45PX-3-C からの復刻。オリジナルLPから5曲を選び45回転盤にしたことでマスターテープの音を100%音ミゾに収めたと評判だったが、販売権が日本コロムビアからCBSソニーに移行したために幻のオーディオ・ファイル盤になってしまった。日本コロムビアの原盤カットはウェストレックス3Dカッターが使用された。復刻にあたっては白レーベルのテストプレス盤とウェストレックス Model 10A カートリッジを使用した。
78CDR-3518
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[CD-R]
E.クライバー〜チャイコフスキー
 交響曲第4番 ヘ短調 Op.36
エーリヒ・クライバー指揮
パリ音楽院o.
78DSD-3518
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[DVD-R]
 英 DECCA, AK2272/6 (ffrr録音)。録音:1949年6月4日-6日、サル・ド・ラ・ミュチュアリテ、パリ。エーリヒ・クライバー(1890-1956)はウィーン出身の20世紀前半を代表する指揮者の一人。指揮者のカルロス・クライバー(1930-2004)は息子。プラハ大学で歴史と哲学を学んだが、一方で指揮者への道を目指すようになった。プラハ音楽院で指揮法を学び、1911年に指揮者デビュー。1923年にベルリン国立歌劇場の音楽監督に就任した。ナチスの台頭でベルリンの職を辞し、1935年に妻と当時5歳のカルロスらとアルゼンチンに移住した。1939年に市民権を取得し、ブエノスアイレスのテアトロ・コロンの首席指揮者に就任した。大戦後ヨーロッパに戻り、イギリス・デッカの専属となり各地の客演指揮者として活躍した。この録音はパリ音楽院o. を指揮したもので、フランスのオーケストラをこれほどみごとに統率しているのは類例がない。ffrr録音も冴えていてSP録音ならではの輝かしいサウンドが聴ける。大指揮者の隠れた名演。
78CDR-3517
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[CD-R]
カミラ・ウィックス〜
 ファッテイン・ヴァーレン
(1887-1952):
  ヴァイオリン協奏曲 Op.37
カミラ・ウィックス(Vn)
エイフィン・フィエルスタート指揮
オスロpo.
78DSD-3517
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[DVD-R]
 ノルウェー HMV, DB 11908-09。録音:1949年。カミラ・ウィックス(1928-)はカリフォルニア州ロング・ビーチに生まれた。父親はノルウェー生まれの優れたヴァイオリニスト、教師で、母親は作曲家クサヴィエル・シャルヴェンンカに学んだピアニストだった。神童ぶりを発揮し7歳でモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番をロング・ビーチ市民公会堂で弾いてソロデビューした。その後ジュリアード音楽学校でルイ・パーシンガー(1887-1966)に師事した。卒業後有名指揮者と共演して名声をあげ、ヨーロッパ公演を行い特にスカンジナヴィア諸国で名前が知られるようになった。フィンランドの作曲家シベリウスが彼女を称賛し1952年にヴァイオリン協奏曲を CAPITOL レーベルに録音した。ウィックスは北欧の作曲家の作品擁護者で、ここではノルウェーの作曲家ヴァーレンの作品を取り上げている。指揮者のエイフィン・フィエルスタート(1903-1983)はオスロ生まれ、地元の音楽院とライプツィヒでヴァイオリンを専攻し、ベルリンでクレメンス・クラウス(1893-1954)に指揮法を学んだ。グリーグの「ペール・ギュント」組曲がデッカから出ていた。
78CDR-3516
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[CD-R]
ランパル&ヴェイロン=ラクロワ
 J.S.バッハ:フルートと通奏低音のためのソナタ第5番 ホ短調 BWV.1034 (*)
 ルクレール:フルート・ソナタ ホ短調 / ルイ・クープラン/ラクロワ校訂:幻想曲
 ジャン=ピエール・ランパル(Fl) ロベール・ヴェイロン=ラクロワ(Cemb)
 ジャン・ユショー(Vc;*)
78DSD-3516
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[DVD-R]
 仏 BAM, 52/3 (*), 91/2 (無印) 。録音:1948年4月12日(*)、1950年2月7日(無印)、 共に パリ。フルートのジャン=ピエール・ランパル(1922-2000)はフランスのフルート奏者。マルセイユに生まれ父親に手ほどきをうけた。18歳で医科大学に進んだが、第2次世界大戦のさなかの1943年にパリ音楽院に入り、ガストン・クリュネルに師事しわずか5ヶ月で一等賞を得た。1946年ヴィシー歌劇場のメンバーになり、1947年ジュネーヴ国際コンクールで優勝しソロ活動を始めた。1956年にパリ・オペラ座の首席奏者となり1962退団後は世界最高のフルート奏者として君臨した。ロベール・ヴェイロン=ラクロワ(1922-1991)はフランスのチェンバロ奏者。パリ音楽院でイヴ・ナット(1890-1956)に師事した。ランパルとは40年間にわたって演奏活動をした。1967年から1988年まで母校で教鞭をとった。
33CDR-3515
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[CD-R]
ラファエル・ドルイアン〜シューベルト
 幻想曲 ハ長調 Op.159 D.934 /
 ヴァイオリン・ソナタ イ長調 Op.162「デュオ」
ラファエル・ドルイアン(Vn)
ジョン・シムス(P)
33DSD-3515
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 米 MERCURY, MG 50120 (Mono) 。録音:1956年7月30日-31日、ファイン・スタジオ、ニューヨーク。ラファエル・ドルイアン(1922-2002)はロシア生まれのヴァイオリン奏者。幼少の頃両親はキューバのハバナの移り住んだ。ハバナ・フィルハーモニーの指揮者でヴァイオリニストだったアマデオ・ロルダン(1900-1939)に最初の手ほどきを受け、後にフィラデルフィアのカーティス音楽学校でエフレム・ジンバリスト(1889-1985)のもとで研鑽を積んだ。1947年ダラスso. の音楽監督だったアンタル・ドラティ(1906-1988)からコンサートマスターに指名され、1949年にドラティがミネソタso. に移った時一緒にコンサートマスターとして移籍した。1960年にジョージ・セル(1897-1970)に乞われクリーヴランドo. のコンサートマスターになり、セルの指揮でモーツァルトの交響協奏曲 K.364やセルのピアノでモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集の録音を残した。ピアノのジョン・シムスはカーティス音楽院出身。デイヴィッド・サパートン(1889-1970)とミエツィスワフ・ホルショフスキ(1892-1993)に師事した。
33CDR-3514
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[CD-R]
ジャック・ゲステム&ラウル・ゴラ〜ヴァイオリン小品集
 ショパン:別れの曲 / ドヴォルジャーク:ユモレスク / ブラームス:子守歌
 ボッケリーニ:メヌエット / ヘンデル:ラルゴ / シューベルト:アヴェ・マリア
 マルティーニ:愛の喜び / シューマン:トロイメライ / メンデルスゾーン:春の歌
 イラディエル:ラ・パロマ / ブラームス:ハンガリー舞曲第5番
 ルービンシテイン:ヘ調のメロディ / リムスキー・コルサコフ:インドの歌
 モーツァルト:メヌエット / グノー:アヴェ・マリア / シューベルト:セレナード
 グリーグ:ソルヴェイグの歌 / ショパン:ノクターン第2番
 リュリ:メヌエット / ブラームス:ワルツ
  ジャック・ゲステム(Vn) ラウル・ゴラ(P)
33DSD-3514
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[DVD-R]
 仏 PHILIPS, P 76161R & P 76172 (Mono)。録音:1958年、Paris 。ジャック・ゲステムはフランスのヴァイオリニスト。リヨンの音楽院で学んだ後、パリ音楽院で研鑽を積んだ。1970年から1980年にパレナン弦楽四重奏団の第2ヴァイオリンをつとめた。フランスのPHILIPSに25cmLP3枚のヴァイオリン小品集"REVERIES"(夢)を録音したほか、ADES社にミヨーの七重奏曲やストラヴィンスキーの弦楽四重奏のための三つの小品を録音していた。
78CDR-3513
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[CD-R]
メニューイン&ケントナー〜J.S.バッハ:ヴァイオリン・ソナタ集
 〔第1番 ロ短調 BWV1014 (*) /第2番 イ長調 BWV1015 (#) 〕
 イェフディ・メニューイン(Vn) ルイス・ケントナー(P)
78DSD-3513
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[DVD-R]
 英 HMV DB9607/8 (*)、英 HMV DB9638/9 (#)。録音:1951年1月22日、ロンドン、アビー・ロードEMI第3スタジオ。イェフディ・メニューイン(1916-1999)はニューヨーク生まれ。サンフランシスコに移り3歳からヴァイオリンを始めた。ジグムンド・アンカー、ルイ・パーシンガー(1872-1966)に師事した。1926年10歳の時アルフレッド・ヘルツ(1872-1942)指揮サンフランシスコso. とラロのスペイン交響曲でデビュー、神童として評判を呼んだ。その後パリでジュルジュ・エネスコ(1881-1955)、ベルリンでアドルフ・ブッシュ(1891-1952)の手ほどきを受けた。1928年には12歳で初レコード録音を行った。メニューインのJ.S.バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第3番(ワンダ・ランドフスカ:チェンバロ)(78CDR-3238)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3512
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[CD-R]
パスキエ兄弟〜モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲集
 〔第1番 ト長調 K.423 /第2番 変ロ長調 K.424 〕
 ジャン・パスキエ(Vn) ピエール・パスキエ(Va)
78DSD-3512
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 仏 DISCOPHILES FRANCAIS 21-24。録音:1942年4月21日、パリ。パスキエ弦楽三重奏団の三兄弟の中のピエール・パスキエ(1902-1986)とジャン・パスキエ(1903-1992)のデュオによるモーツァルト。1927年に兄弟で弦楽三重奏団を結成した長兄のピエールはパリ音楽院でヴィオラをモーリス・ヴュー(1884-1951)に師事し一等賞を得た。パスキエ弦楽三重奏団によるモーツァルト:デヴェルティメント 変ホ長調 K.563がこのシリーズ(78CDR-3487)で出ている。
33CDR-3511
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[CD-R]
カサド&ハーティ〜シューベルト/カサド編曲:
 アルペジオーネ・ソナタ イ短調(管弦楽伴奏版)
ガスパル・カサド(Vc)
ハミルトン・ハーティ指揮o.
33DSD-3511
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 英 COLUMBIA LX-1/3。録音:1929年3月5日、ロンドン。ガスパル・カサド(1897-1966)は20世紀前半に活躍したチェロ奏者。スペインのバルセロナにに生まれ、7歳でチェロを始め、9歳で公開演奏会で弾いた。その時聴衆の中にパブロ・カザルス(1876-1953)がいた縁で、カザルスの指導を受けるようになった。演奏家としての活動は第1次世界大戦中にはじまった。1959年に日本人ピアニスト原智恵子(1914-2001)と結婚し話題になった。このシューベルトのアルペジオーネ・ソナタをカサドがオーケストラ版に編曲したユニークな作品。原楽譜は智恵子夫人により玉川大学教育博物館の寄贈された。指揮者のハミルトン・ハーティ(1879-1941)はアイルランド出身。教会のオルガン奏者だった父親の指導を受け12歳で教会のオルガニストになった。1901年ロンドンに出て大アーティスト達のピアノ伴奏者をつとめ、1920年にハレo. の指揮者となり1933年までつとめた。ハーティは1925年に叙勲され、作曲家、編曲者としても活躍した。
33CDR-3510
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エウィット管〜J.S.バッハ管弦楽組曲 全集 Vol.2 (#)
 〔第3番 ニ長調 BWV.1068 /第4番 ニ長調 BWV.1069 〕
 エヴィットo.
33DSD-3510
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33CDR-3509
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エウィット管 + ランパル〜J.S.バッハ管弦楽組曲 全集 Vol.1 (*)
 〔第1番 ハ長調 BWV.1066 /第2番 ロ短調 BWV.1067 〕
 ジャン=ピエール・ランパル(Fl) エヴィットo.
33DSD-3509
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 以上 2点、仏 DISCOPHILES FRANCAIS DF 22 (*), DF 23 (#) 。録音:1952年、パリ。ジャン=ピエール・ランパル(1922-2000)はフランスのフルート奏者。マルセイユに生まれ父親に手ほどきをうけた。18歳で医科大学に進んだが、第2次世界大戦のさなかの1943年にパリ音楽院に入り、ガストン・クリュネルに師事しわずか5ヶ月で一等賞を得た。1946年ヴィシー歌劇場のメンバーになり、1947年ジュネーヴ国際コンクールで優勝しソロ活動を始めた。1956年にパリ・オペラ座の首席奏者となり1962退団後は世界最高のフルート奏者として君臨した。モーリス・エヴィット(1884-1971)はカペー弦楽四重奏団の第2ヴァイオリンをつとめた人。パリ音楽院の室内楽科を卒業後1904年にトゥーレ四重奏団に入り、さらにサイレ四重奏団、ドルソン四重奏団のメンバーを経て、1909年にカペー弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者として入団、1914年から1919年の5年間を除き1928年まで在籍した。1928年リーダーのリュシアン・カペー(1873-1928)の急死でエヴィット四重奏団(1928-30)の名前で引き継いだ。その後アメリカに渡りクリーヴランド四重奏団を結成した(1930-34)。フランスに戻り新エヴィット四重奏団(1935-39、1946-49)を作った。エヴィットは1934年にフォンテーヌブローのアメリカ音楽院の室内楽科教授に就任、1942年から55年にはパリ音楽院の室内楽科の教授もつとめた。1939年にエヴィット室内o. をつくりコンサートやレコーディングで活躍した。
33CDR-3508
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ミルシテイン〜J.S.バッハ伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ Vol.2
 パルティータ第2番 ニ短調 BWV.1004 /ソナタ第3番 ハ長調 BWV.1005 /パルティータ第3番 ホ長調 BWV.1006
  ナタン・ミルシテイン(Vn)
33DSD-3508
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33CDR-3507
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ミルシテイン〜J.S.バッハ伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ Vol.1
 ソナタ第1番 ト短調 BWV.1001 /パルティータ第1番 ロ短調 BWV.1002 /ソナタ第2番 イ短調 BWV.1003
  ナタン・ミルシテイン(Vn)
33DSD-3507
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 以上2点とも、ソース: 米 CAPITOL, PCR-8370。録音:1954年3月26日、31日、キャピトル・スタジオA、46丁目、ニューヨーク。ナタン・ミルシテイン(1904-1992)はロシアのオデッサに生まれ、11歳でサンクトペテルブルク音楽院に入学、名教師レオポルド・アウアー(1845-1930)に師事した。1929年にアメリカにデビュー、1942にアメリカの市民権を得た。ミルシテインは1935年、アメリカ・コロンビアのSPレコードに「無伴奏パルティータ第2番」(78CDR-3080)を録音していた、 LP 時代になってからのソナタとパルティータ全6曲の第一回目の録音。このシリーズでは全6曲の LP 録音は1948年のジョルジュ・エネスコ(33CDR-3384/5)、1949年録音のアレクサンダー・シュナイダー(33CDR-3307/8)、1952年録音の彎曲弓を使ったロルフ・シュレーダー(33CDR-3412/3)、1955年録音のヘンリク・シェリングの第一回録音(33CDR-3464/5)、1955-6年録音のヨーゼフ・シゲティ(33CDR-3484/5)が出ていてる。聴き較べに興味をそそられる。
78CDR-3506
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クライスラー未発表録音集、彼のピアノ演奏あり
 ラヴェル:ハバネラ形式の小曲[録音:1929年12月16日] / クライスラー:ハバネラ[録音:1928年11月30日]
 チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35〜カンツォネッタ(*)[録音:1924年1月24日]
 ドヴォルジャーク:ユモレスク(#)[録音:1914年3月31日]

  フリッツ・クライスラー(Vn;#以外/P;#) カール・ラムソン(P;#以外)
78DSD-3506
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 ソース: 米 VICTOR テスト・プレス(白レーベル)。フリッツ・クライスラー(1875-1962)がRCA VICTORに録音した未発売演奏を集めた物。録音年代はさまざまで1928年と1929年は電気録音、他の2曲はラッパ吹き込み。珍しいのは「ユモレスク」でクライスラーがピアノを弾いている。ファンは必聴。
78CDR-3505
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フランチェスカッティ + オーマンディ、SP 復刻〜
 ベートーヴェン
:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61
  (カデンツァ:クライスラー)
ジノ・
 フランチェスカッティ(Vn)
ユージン・オーマンディ指揮
フィラデルフィアo.
78DSD-3505
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 ソース: 米 COLUMBIA 13140/44-D (Set: MM 985) 。録音:1950年11月5日、フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック。『この演奏は LP 時代に行われたため SP レコードの存在がほとんど知られていなかった。』との事。ジノ・フランチェスカッィ(1902-1991)はフランスの名ヴァイオリニスト。マルセイユに生まれ、ヴァイオリニストの父親とその門下生だった母親の手ほどきを受けて研鑽を積み、5歳でリサイタルを開き10歳でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を公開演奏した。一時法律家を志したが父親の早逝でヴァイオリニストになる決意をし、1924年にパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番でパリ・デビュー、その後ジャック・ティボー(1880-1953)の薫陶を得た。1939年アメリカにデビュー、そのままニューヨークに定住した。指揮者のユージン・オーマンディ(1899-1985)はブダペスト生まれ。ブダペスト音楽院で名ヴァイオリニスト、イェネ・フバイ(1858-1937)に師事した。ヴァイオリニストとして活動を始めたが、その後指揮者に転向し、1938年、レオポルド・ストコフスキー(1882-1977)の後任としてフィラデルフィアo. の音楽監督に就任した。クライスラー=ブレッヒのこの曲(78CDR-3090)に比肩する名演で、LPでは聴けなかった輝かしいヴァイオリンは見事。
78CDR-3504
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メニューイン + フルトヴェングラー、SP 復刻〜ブラームス
 ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77(カデンツァ:クライスラー)
  イェフディ・メニューイン(Vn)
  ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ルツェルン祝祭o.
78DSD-3504
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 ソース:英 HMV DB 9444S/8 [DB 94448/S?] 。録音:1949年8月29日-31日、ルツェルン、クンストハウス。『この演奏は LP でも発売されていたため SP レコードの存在がほとんど知られていなかったが、今回の復刻で SP レコードならではの感動的な音楽が蘇った。』との事。大指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)は1945年のドイツ敗戦後、戦時中のナチス協力を疑われ、1947年4月まで演奏活動が禁止されたが、1947年8月にルツェルン音楽祭に登場した。以降亡くなる1954年まで毎年来演した。ソリストのイェフディ・メニューイン(1916-1999)はフルトヴェングラーのナチス協力疑惑を晴らす証言で、大指揮者の弁護にあたった。このシリーズで同じ顔合わせのベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(1947年録音)が出ている(78CDR-3136)。
78CDR-3503
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ベーム& VPO 1947 〜モーツァルト
 交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」/
 歌劇「劇場支配人」序曲 K.486
カール・ベーム指揮
VPO
78DSD-3503
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 ソース:英 HMV, C 3884-87。録音:1947年3月15日、ウィーン。カール・ベーム(1894-1981)はオーストリアの指揮者。生地のグラーツ大学で法律博士の学位を得る一方、フランツ・シャルクの紹介でブラームスの親友だったオイゼビウス・メンディチェフスキに個人教授で音楽を学んだ。1917年グラーツ市立歌劇場でデビュー、1920年に主任指揮者になった。1921年、ブルーノ・ワルターの招きでバイエルン国立歌劇場に迎えられた。1927年ダルムシュタット市立歌劇場音楽監督、1931年にハンブルク国立歌劇場音楽監督、1934にドレスデン国立歌劇場総監督に就任。さらに大戦中の1943年ウィーン国立歌劇場の総監督に就任した。1945年ドイツ・オーストリアの敗戦により連合軍から演奏活動禁止命令を受けたが、1947年に解除された。その解除直後にHMVがVPOを起用して録音したのが、この「ジュピター」。
78CDR-3502
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ビーチャム& LPO 1937 〜モーツァルト
 交響曲第40番 ト短調 K.550
トーマス・ビーチャム指揮
LPO
78DSD-3502
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 ソース:米 COLUMBIA, 69103-05-D (英 COLUMBIA, LX 656-58 と同一録音)。録音:1937年2月4日、9月2日、7日、ロンドン。サー・トーマス・ビーチャム(1879-1961)はイギリスの指揮者。裕福な家庭に生まれ音楽はほとんど独学だった。1910年家族の財産を背景にコヴェント・ガーデンのメネージメント権を得て、ワーグナーの「ニュルンベルクの名歌手」、R.シュトラウスの「エレクトラ」と「サロメ」の英国初演を自らの指揮で行った。1932年にLPOを組織、また戦後の1947年にはロイヤルpo /を組織した。ビーチャムの指揮するモーツァルトはSPレコード時代最も権威のあるものとして欧米では受け入れられた。このシリーズでも多くの協奏曲を指揮しているが、交響曲は初登場。録音はビーチャムがモーツァルトの「魔笛」をベルリンで指揮した時期にあたる。
78CDR-3501
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ワルター& BBC 1934 〜モーツァルト
 交響曲第39番 変ホ長調 K.543
ブルーノ・ワルター指揮
BBCso.
78DSD-3501
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 ソース:英 HMV, DB 2258-60。録音:1934年5月21日-22日、ロンドン。ブルーノ・ワルター(1876-1962)は生涯に交響曲第39番 K.543を3回正規録音したが、これは最初の物。ドイツ出身の大指揮者ワルターはベルリンのシュテルン音楽院を卒業後ピアニストとしてデビュー、後に指揮者に転向した。1896年ハンブルク歌劇場で、当時音楽監督だったグースタフ・マーラー(1860-1911)と出会い交友を深めた。その後ウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo /の楽長、音楽監督を歴任した。1938年オーストリアがナチス・ドイツに併合されと迫害を避けてフランス、スイスを経てアメリカに逃れた。この録音はワルターがVPOとレコード・デビューする(1934年10月)する直前イギリスのBBCso. を指揮した物。同時にブラームス交響曲第4番も録音された。SP レコードだが演奏は連続して途切れなく、2台の録音機を交互に回して収録されたことがわかる。上記のブラームスも同様。おそらくBBCso.の公開演奏会を収録したものと思われる。SPレコード一面ごとに演奏をストップする事がないため指揮者は何のプレッシャーもなく演奏に没頭している様が窺える名演奏。ここでは SP レコードの各面は収録通りで編集していない。
78CDR-3500
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アンセルメ& SRO 1947 〜モーツァルト
 交響曲第38番 ニ長調 K.504「プラハ」
エルネスト・アンセルメ指揮
スイス・ロマンドo.
78DSD-3500
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 ソース:英 DECCA, AK 1812-14 (ffrr 録音)。録音:1947年7月4日、ジュネーヴ放送局スタジオ。エルネスト・アンセルメ(1883-1969)はスイスのヴヴェイ生まれ。数学者を志したが、1910年指揮者としてデビュー、1915年にジュネーヴso /の指揮者になり、1923年までディアギレフが率いるロシア・バレエ団の指揮者を務めた。1918年にジュネーヴにスイス・ロマンドo /を設立、1967年まで首席指揮者の地位にあった。アンセルメは近代フランス音楽、ロシア音楽の解釈者として名声をあげ、特にドビュッシーやストラヴィンスキーの作品を得意とした。アンセルメはイギリス・デッカのアーティストとして有名だが、デッカ創立以前にオデオン社の SP レコードにモーツァルトの交響曲第40番と第41番「ジュピター」(オーケストラはいずれもスイス・ロマンドo.)を録音していた。デッカ時代にアンセルメが録音したモーツァルトは、この交響曲第38番「プラハ」のSP録音だけだった。明晰で透き通るようなモーツァルトは他の指揮者では聴けない貴重な演奏。
78CDR-3499
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ブレッヒ&ベルリン国立歌劇場管〜
 モーツァルト
:交響曲第34番 ハ長調 K.338
レオ・ブレッヒ指揮
ベルリン国立歌劇場o.
78DSD-3499
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 ソース:日 VICTOR, JD 157-58 (独 ELECTROLA, EJ 607-08 と同一録音)。録音:1930年9月30日、ベルリン。レオ・ブレッヒ(1971-1958)はドイツのユダヤ系指揮者。ベルリン高等音楽院でピアノと作曲を修めた後、1893年にアーヘン市立歌劇場の指揮者の地位についた。1899年にプラハ・ドイツ歌劇場に転出、オイゲン・ダルベールの歌劇「低地」を初演した。1906年にベルリン宮廷歌劇場(現ベルリン国立歌劇場)の指揮者に任命され、1913年に総監督に昇進、以降シャルロッテンブルク歌劇場(現ベルリン・ドイツ・オペラ)、ベルリン・フォルクスオーパー、ウィーン・フォルクスオーパーの指揮者を歴任。その後ベルリン国立歌劇場に復帰し、1937年までに2846回の公演を指揮した。1937にラトヴィアのリガ国立歌劇場の音楽監督に転出、1940年にラトヴィアがソヴィエト連邦に占拠されると、モスクワやレニングラードに客演して大成功を収め、モスクワ音楽院の院長の地位を要請された。ブレッヒはこれを断りリガに戻ったが、1941年にドイツ軍がリガに侵攻したとき、親しかったナチスの文芸部員の仲介で秘密裡にスウェーデンに亡命、かねてから要請されていたストックホルム王立歌劇場の楽長に就任した。戦後の1949年ドイツに帰国、シャルロッテンブルク歌劇場の音楽総監督に就任した。ブレッヒは1926-7年にフリッツ・クライスラー(1875-1962)と競演したベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスのヴァイオリン協奏曲の録音で名前が知られているが、その波瀾の生涯はほとんど知られていなかった。
78CDR-3498
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フルニエ + クーベリック〜ハイドン
 チェロ協奏曲 ニ長調 Op.101 Hob.VIIb: 2
  (カデンツァ:フルニエ)
ピエール・フルニエ(Vc)
ラファエル・クーベリック指揮
フィルハーモニアo.
78DSD-3498
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 ソース: 蘭 HMV, DB 9743-45 。録音:1951年5月26日、アビー・ロード、EMI第1スタジオ、ロンドン。ピエール・フルニエ(1906-1986)はパリ生まれのチェリスト。最初ピアノを習ったが9歳のとき小児麻痺による右足障害のためチェロに転向した。1923年パリ音楽院で一等賞を得て楽壇にデビュー、ヴァイオリンのガブリエル・ブイヨン、ピアノのヴラド・ペルルミュテルとのトリオで注目された。1937年エコール・ノルマル教授、1941から1949年までパリ音楽院教授をつとめた。1942年にヴァイオリンのシゲティ、ピアノのシュナーベルとのピアノ・トリオ、ヴィオラのプリムローズを加えてピアノ四重奏で活動、さらに1945年にはカザルスの抜けたカザルス・トリオに加わり、ヴァイオリンのティボー、ピアノのコルトーと演奏活動した。1954年に初来日。その後何度も日本を訪れた。指揮者のラファエル・クーベリック(1914-1996)はチェコの大ヴァイオリニスト、ヤン・クベリーク(1880-1940)の長男として生まれた。1942年チェコ・フィルの首席指揮者になったが、1948年イギリスに亡命した。1951年シカゴso. の音楽監督に就任した。HMV盤特有のノイズと原盤のキズがあるが、フルニエの典雅な芸術は他に代えがたい。
78CDR-3497
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イゾルデ・メンゲス〜ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番 ニ長調 Op.1 No.13
 イゾルデ・メンゲス(Vn) ピアノ伴奏〔アイリーン・ビーティ(P)〕
78DSD-3497
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 ソース: 英 HMV, E 279-80 。録音:1921年11月21日、1922年1月11日、イギリス、機械式録音盤〔電気式以前〕。この曲の世界初録音。イゾルデ・メンゲス(1892-1976)は20世紀の前半に活躍したイギリスのヴァイオリン奏者。1910年17歳で名ヴァイオリン教授レオポルド・アウアー(1845-1930)に師事するためにロシアのザンクトペテルブルクに向かった。アウアーの元には3年間逗留し教授の最もお気に入りの弟子になった。1913年20歳でロンドンにデビューした。その時のプログラムはチャイコフスキーの協奏曲、ラロのスペイン交響曲に加えて、ベートーヴェンとブラームスのヴァイオリン協奏曲の縮小版だった。1916年から1919年には北米公演を行いアメリカのメジャー・オーケストラのほとんどと共演し名声を高めた。レコード録音は機械式録音時代に、世界最初の録音になるベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、バッハの「シャコンヌ」、電気録音初期のベートーヴェン:「クロイツェル・ソナタ」、ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番及び第3番がHMVにあった。
78CDR-3496
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エレナ・ゲルハルト、ブラームス、シューベルト、ヴォルフを歌う
 ブラームス:ジプシーの歌/死は冷たい夜(ハイネ詩)/恋人をたずねて(ボヘミア民謡詞)/テレーゼ(ケラー詩)
 シューベルト:「白鳥の歌」〜街(ハイネ詩)/バッカス讃歌(シラー詩)/
        子守歌(ザイドル詩)/エレンの歌第2(スコット詩)
 ヴォルフ(ハイゼ詩):月は嘆きながら神様に/イタリア歌曲集〜第17番「恋人の死を見たいなら」

  エレナ・ゲルハルト(Ms) ジェラルド・ムーア(P)
78DSD-3496
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 ソース:英 HMV, GR 16-21 (プライヴェート録音/未市販盤)。録音:1939年10月-11月、アビー・ロード EMI 第3スタジオ、ロンドン。ドイツが生んだ大リート歌手エレナ・ゲルハルト(1883-1961)が第2次世界大戦勃発期に、自費で録音したプライヴェート盤の復刻。録音当時ゲルハルトは祖国ドイツを捨ててイギリス国籍を得た直後だった。ゲルハルトは1902年ライプツィヒ音楽院の学生で、学長に就任したアルトゥール・ニキシュ(1855-1922)が彼女がライプツィヒの公衆の前で歌うことを認めた。1903年音楽院を卒業すると多くの演奏会契約が待っていた。レコード録音は1907年、ニキシュのピアノで10インチ盤x7枚、12インチ盤x1枚からはじまった。以降レコード録音は機械式録音時代、電気録音時代と多数ある。そのすべてがリートでオペラは歌っていない。ゲルハルトの正規録音は1932年のフーゴ・ヴォルフ協会第1巻の12インチ盤x9枚(19曲)が最後になった。それから7年後の1939年にこの10インチ盤x6枚組のアルバムを、さらに大戦後の1947-1948年に「シューマン:女の愛と生涯」(12インチ盤3枚組)を同様のプライヴェート盤として制作し、自身の知人やファンに配り、販売はされなかった。HMV の白レーベルでアルバムの表紙裏には自筆署名のシールが貼られていた。ピアノのジェラルド・ムーアの起用もあって、56歳のゲルハルトは素晴らしい歌唱を披露している。HMV 盤特有のノイズと共に原盤のキズがあるが、声もピアノもゲルハルトの録音中最高。
33CDR-3495
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古澤淑子&A.コラール〜ドビュッシー:歌曲集
 ビリティスの三つの歌(P.ルイス詩)〔パンの笛/髪/ナイアードの墓〕/
 忘れられた小歌(ヴェルレーヌ詩)〔やるせない夢ごこち/巷に雨の降るごとく/木陰にて〕
  古澤淑子(S) アンドレ・コラール(P)
33DSD-3495
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 ソース: 仏 デュクレテ・トムソン, LLP 8718 (17cm LP) 。録音:1952年、パリ。ソプラノの古澤淑子は1916年満州の大連に生まれた。ソプラノの荻野綾子に師事して本格的声楽を習い、1937年にパリに留学した。パリでは大歌手でパリ音楽院教授だったクレール・クロワザ(1882-1946)ついて研鑽を積んだ。彼女は大戦勃発で帰国勧告をうけたが、パリに留まった。1944年ついに敵国人としてフランスを強制退去を命じられドイツを経てスイスに移り終戦を迎えた。戦後はスイス、フランスで活躍し1952年に帰国した。帰国後はフランス歌曲を紹介する「フランス歌曲研究会」主宰した他、後進の指導にも力をそそいだ。1975年に再びパリに移住し晩年をその地で過ごした。この録音は1952年の帰国直前にパリで録音された。17cmLPという短時間収録だが、SP 時代に活躍したクロワザやジャーヌ・バトリ(1877-1970)の名唱と比肩する優れたフランスの香り高い歌唱がきける。フランスのレコード会社がフランス歌曲の録音に日本人の古澤淑子を起用したことは、いかに彼女が高い芸術境地に達していたかの証。一部使用原盤に起因する音のヒズミと雑音がある。
33CDR-3494
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ギトリス28歳のデビュー録音〜パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調 Op.6
 イヴリー・ギトリス(Vn) クルト・ヴェス指揮オーストリアso.
33DSD-3494
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 ソース: 米 REMINGTON, RLP-149-20。録音:1950年9月26日-28日、ウィーン。ギトリス28歳のデビュー録音! イヴリー・ギトリス(1922-)はイスラエルのハイファに生まれた。両親はユダヤ系ロシア人。5歳からヴァイオリンを始め、10歳で最初のコンサートを開いた。大ヴァイオリニスト、ブロニスワフ・フーベルマン(1882-1947)がギトリスの演奏を聴いてパリ音楽院に入学をすすめた。音楽院では教授のジュール・ブーシュリ(1877-1962)とマルセル・シャイエ(1881-1936)に師事して13歳で一等賞を得た。卒業後ジョルジェ・エネスクやジャック・ティボーにも指導をうけた。1939年、第2次大戦の勃発でイギリスに渡り、軍需工場で勤務していたが、後に軍の慰問部隊でヴァイオリンを弾いた。1951年にパリでソロ・デビューした。これは米レミントン社最初期の10インチLPに録音されたギトリスの初ソロ・アルバム。指揮者のクルト・ヴェス(1914-1987)はオーストリアの指揮者。1946年-1951年までウィーン・トーンキュンストラーo. の首席指揮者を、1951年-1954年までNHKso. の首席指揮者をつとめた。この録音のオーストリアso. の実体はウィーン・トーンキュンストラーo. だと思われる。ギトリスは90歳を越した2014年現在でも精力的に活動を続け、定期的に来日公演をしている。その記念すべき初録音がこのシリーズに加わる意義は大きい。
78CDR-3493
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アルフレッド・デュボワ
 ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調
 ラッベ:アリア=シャッス=メヌエット
アルフレッド・デュボワ(Vn)
マルセル・マース(P)
78DSD-3493
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 ソース:日 COLUMBIA, JW26/7 (ベルギー COLUMBIA, DFX198/9 と同一録音)。録音:1934年9月25日、ベルギー。アルフレッド・デュボワ(1898-1948)はアルテュール・グリュミオー(1921-1975)の師として知られている。ブリュッセル音楽院出身のデュボワは卒業後ウジェーヌ・イザイ(1858-1931)にも師事し、1920年にヴュータン賞を得た。1927年に母校のブリュッセル音楽院教授に就任し、一方ソリストとしても活躍した。ピアニスト、マルセル・マースとのデュオは評判をとった。このシリーズでデュオではフランク:ヴァイオリン・ソナタ(78CDR-3201)、バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第4番、第5番、第6番(78CDR-3451)が、協奏曲ではヴュータン:ヴァイオリン協奏曲第5番(78CDR-3013)とモーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第6番 K.268 (78CDR-3054)が出ている。この第4面に収録されたラッベ(1727-1803)はフランスの作曲家でヴァイオリニスト。正確には「ジョセフ=バルナベ・サン=セヴァン・ディト・ラッベ2世 [Joseph-Barnabé Saint-Sevin dit L'Abbé le fils] 」と言い、忘れられた音楽家。
78CDR-3492
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ヴィテク夫妻〜J.S.バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV.1043
 アルマ・ローゼン=ヴィテク、アントン・ヴィテク(Vn) バイロイト祝祭劇場弦楽o.
33DSD-3492
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 日 COLUMBIA, J 7435/6 (英 COLUMBIA, 9681/2 と同一録音)。録音:1928年7月、バイロイト祝祭劇場。アントン・ヴィテク(1872-1933)はオーストリアのザーツ生まれ。プラハ音楽院でアントニーン・ベネヴィッツ(1833-1926)に師事した。ベネヴィッツの弟子にはフランツ・レハール(1870-1948)やヨセフ・スーク(1874-1935)等がいる。ヴィテクは1884年から1909年までBPOのコンサート・マスターを務め、1903年には夫人でピアニストのアヴィータ・ヴィテク、後にボストンso /の首席チェロ奏者になったジョセフ・マルキンとピアノ三重奏団を結成した。ウィテクはその後ボストンに移住し、1910年10月に当時の首席指揮者だったマックス・フィドラー(1859-1939)の下でコンサート・マスターに就任した。1918年にオーケストラを退団し、ソリスト、教師として活躍した。この録音は後妻のアルマ・ローゼンとの共演。1928年バイロイト祝祭劇場にて楽劇「トリスタンとイゾルデ」(カール・エルメンドルフ指揮)の際に英コロンビアの録音スタッフによって録音された物。
33CDR-3491
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フックス&バルサム〜ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全集 Vol.3
 〔第8番 ト長調 Op.30 No.3 /第9番 イ長調 Op.47「クロイツェル」/第10番 ト長調 Op.96 〕
  ジョセフ・フックス(Vn) アルトゥール・バルサム(P)
33DSD-3491
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フックス&バルサム〜ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全集 Vol.2
 〔第5番 ヘ長調 Op.24「春」/第6番 イ長調 Op.30 No.1 /第7番 ハ短調 Op.30 No.2 〕
  ジョセフ・フックス(Vn) アルトゥール・バルサム(P)
33DSD-3490
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33CDR-3489
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フックス&バルサム〜ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全集 Vol.1
 〔第1番 ニ長調 Op.12 No.1 /第2番 イ長調 Op.12 No.2 /第3番 変ホ長調 Op.12 No.3 /第4番 イ短調 Op.23 〕
  ジョセフ・フックス(Vn) アルトゥール・バルサム(P)
33DSD-3489
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 以上3点とも、ソース:米 DECCA, DX150 (Set) 。録音:1952年4月-6月、ピシアン・テンプル、ニューヨーク。ジョセフ・フックス(1899-1997)はニューヨーク生まれ、ジュリアード音楽院の前進であるニューヨーク・インスティテュート・オブ・ミュージカル・アートでルーマニア出身のヴァイオリニストで弦楽四重奏団のリーダー、フランツ・クナイゼル(1865-1926)に師事した。フックスはクリーヴランドo /のコンサート・マスターを1926-1940年までつとめ、その後ソリストとして活躍、1953-54年にはプラドのカザルス音楽祭にも参加した。1946年にジュリアード音楽院のヴァイオリン科教授に就任、没年まで50年以上その地位にあった。ピアニストのアルトュール・バルサム(1906-1994)はポーランド生まれ。ベルリン高等音楽院でアルトゥール・シュナーベル(1882-1951)に師事し、1930年にメンデルスゾーン賞を得た。1932年にヴァイオリンのイェフディ・メニューインとアメリカ公演を行い、ナチの台頭でアメリカに移住した。バルサムは名伴奏者であると共にソリストとしても活躍。モーツァルトのピアノ曲全集、ハイドンのピアノ曲全集などを残した。後年はイーストマン音楽院、ボストン大学、マンハッタン音楽院で指導にあたり、エマニュエル・アックス、マレイ・ペライア等を輩出した。
78CDR-3488
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浅野千鶴子〜ドビュッシー
 忘れられた小歌/やるせない夢ごこち/
 巷に雨の降るごとく/木陰にて/木馬/緑/憂鬱
浅野千鶴子(S)
野邊地瓜丸(P)
78DSD-3488
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 ソース: 日 COLUMBIA, B 177/9。録音:1950年。浅野千鶴子(1904-1991)は東京音楽学校で永井郁子に師事し、ネトケ=レーヴェ、長坂好子の指導も受けた。1927年在学中に師の永井郁子と二重唱で「庭の千草」をニッポノフォン(日本コロムビアの前身)に録音した。1930年にデビュー、1937年から4年間イタリアに留学した。イタリア歌曲を得意としたが、それ以上にフランス歌曲を得意とし、東京音楽学校で教えるかたわらその普及に努めた。この当時フランス歌曲を原語で録音したことは画期的なことだったが、当時の日本のクラシック・ファンがジャーヌ・バトリ(1877-1970)やクレール・クロワザ(1882-1946)、ニノン・ヴァラン(1886-1961)のSPレコードでフランス歌曲に親しんでいた傍証とも言える。このシリーズにあるクロワザ(78CDR-3341)、ヴァラン(78CDR-3299)と聴きくらべてほしい。浅野千鶴子と野邊地瓜丸がいかに優れたフランス音楽の演奏者だったかがわかる。
78CDR-3487
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パスキエ弦楽三重奏団〜モーツァルト
 ディヴェルティメント 変ホ長調 K.563
パスキエ弦楽三重奏団
[ジャン・パスキエ(Vn)
 ピエール・パスキエ(Va)
 エティエンヌ・パスキエ(Vc)]
78DSD-3487
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 ソース: 仏 PATHE, PAT 33/4, PAT 40/42。録音:1935年6月26日-27日、パリ。1927年パスキエ三兄弟によって結成された弦楽三重奏団。数多くのフランスの作曲家がこの三重奏団のために作品を書いた。代表作はジャン・フランセ:弦楽三重奏曲(1934)、ボフスラフ・マルティヌー:弦楽三重奏曲(1935)、アンドレ・ジョリヴェ:弦楽三重奏曲(1938)、ダリユス・ミヨー:弦楽三重奏曲(1947)、フロラン・シュミット:弦楽三重奏曲(1944)、ガブリエル・ピエルネ:弦楽三重奏曲「ジャン=ピエール=エティエンヌ」がある。またマルグリット・ロンやジャン=ピエール・ランパル等の著名なソリストと多く共演した。1974年に解散したが、1970年にピエールの二人の息子ブルーノとレジ、チェロのロラン・ピドゥによって新パスキエ三重奏団が出来た。この録音はSP時代に日本コロムビアから発売されていて、名演と評価が高かった。
78CDR-3486
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巌本真理〜ルクー
 ヴァイオリン・ソナタ ト長調
巌本真理(Vn)
野邊地瓜丸(P)
78DSD-3486
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 ソース: 日 COLUMBIA, G 33/6 。録音:1949年頃。巌本真理(1926-1979)は東京生まれ。6歳からヴァイオリンを始め、優れた教師であった小野アンナ(1898-1979)に師事した。1937年12歳の時、第6回日本音楽コンクールで第1位。1939年にデビュー・リサイタルを開いた。1946年から5年間東京音楽学校教授を務めた後1951年に渡米、ジュリアード音楽院でルイ・パーシンガー(1887-1967)、ジョルジュ・エネスコ(1881-1955)に師事し、ニューヨークのタウンホールでリサイタルを開いた。帰国後ソロ奏者として活躍する一方、1964年に巌本真理弦楽四重奏団を結成し活躍した。ピアノの野邊地 瓜丸(1910-1966) (1954年 野邊地 勝久に改名)は1925年15歳でパリに留学、エコル・ノルマルでラザール・レヴィ(1882-1964)に師事し、アルフレッド・コルトー(1877-1963)にも多大な影響を受けた。帰国後ソリストとして活躍、ショパンやフランスの作品を得意とした。1950年代に巌本真理とのリサイタルを多く開いた。この録音は大戦後間もなくの録音で、同時期に巌本真理はJ.S.バッハの「シャコンヌ」(78CDR-3200)も録音していた。戦後の物資が不足していた時代のSPレコードで、雑音が著しく多いが、この二人の名演は雑音を打ち破って聴き手を感動させる。
33CDR-3485
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シゲティ〜J.S.バッハ無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ Vol.2
パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004 (*) /ソナタ第3番 ハ長調 BWV1005 (#) /パルティータ第3番 ホ長調 BWV1006 (+)
 ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
33DSD-3485
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 ソース: 米 BACH GUILD (VANGUARD), BG-628B/29 (Set: BC-627/9) 。録音:1955年10月18日-20日(*)、1956年2月9日&3月1日(#)、1956年3月2日(+)、コロムビア30丁目スタジオ、ニューヨーク。
33CDR-3484
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シゲティ〜J.S.バッハ無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ Vol.1
 ソナタ第1番 ト短調 BWV1001 (*) /パルティータ第1番 ロ短調 BWV1002 (#) /ソナタ第2番 イ短調 BWV1003 (+)
  ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
33DSD-3484
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 ソース: 米 BACH GUILD (VANGUARD), BG-627/28A (Set: BC-627/9) 。録音:1955年10月17日-18日(*)、10月6日-7日(#)、1956年3月1日(+)、コロムビア30丁目スタジオ、ニューヨーク。レコード史上に輝くシゲティのJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ全曲録音。ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はハンガリー生まれ。ブダペスト音楽院でイェノ・フバイ(1858-1937)に師事した。1905年にベルリンで大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)に認められ、1917年から24年スイスのジュネーヴ音楽院で教え、1940年にアメリカに移住した。この全曲録音以前、SP レコード時代のシゲティは、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト短調(78CDR-3225)と無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調(78CDR-3041)を録音していた。
78CDR-3483
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ザイトラー=ヴィンクラーの「運命」
 ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 Op.67「運命」
ブルーノ・
 ザイトラー=ヴィンクラー指揮
ベルリン新so.
78DSD-3483
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 ソース:独 POLYDOR, 69638-41。録音:1923年、春、ベルリン。#機械式録音盤(電気式録音以前)の復刻音源。電気を使用しない機械式録音時代最後期の録音。指揮者のブルーノ・ザイトラー=ヴィンクラー(1880-1960)はベルリン生まれ、ピアノの神童と言われた。1907年にポリドールに入社、録音プロデューサーに加えて作曲、編曲、オーケストラ指揮、ピアノ伴奏のすべてをこなした多才な音楽家。この「運命」交響曲や交響曲第9番「合唱」を機械式録音時代にプロデューサー自らが指揮をしてレコードを残した。1935年にエレクトーラ社に移り、指揮者、ピアニスト、プロデュサーとして多くの名演を残している。その中で1937年に録音されたモーツァルト:歌劇「魔笛」の世界初録音では指揮者のトーマス・ビーチャムを補佐し、ビーチャムがイギリス本国に帰国中に指揮棒をとって一部録音したと伝えられる。またこのシリーズにあるジネット・ヌヴーの1938年録音の小品集(78CDR-3148)ではピアニストも務めている。この、復刻から約90年前のドイツでのベートーヴェン演奏の響きに耳を傾けていただきたい。
78CDR-3482
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ブッシュSQ 〜ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 変ホ長調 Op.127
 ブッシュSQ [アドルフ・ブッシュ(Vn1) ゲスタ・アンドレアソン(Vn2)
        カール・ドクトル(Va) ヘルマン・ブッシュ(Vc)]
78DSD-3482
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 ソース: 米 VICTOR, 15092-96 (U.S.) (英 HMV BD3044/8 と同一録音)。録音:1936年10月16日-17日、11月2日、ロンドン。ブッシュ弦楽四重奏団は1919年にアドルフ・ブッシュ(1891-1952)によって組織された。当時ブッシュはベルリン高等音楽院教授の地位にあった。ブッシュ四重奏団は何回かのメンバー交代があったが、1930年にこのメンバーになり、1939年にアメリカに移住した後も同じメンバーで活躍した。ブッシュ弦楽四重奏団のベートーヴェン四重奏曲はこのシリーズで第7番「ラズモフスキー第1番」(78CDR-3287)、第15番(78CDR-3362)、第16番(78CDR-3195)が出ている。
78CDR-3481
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ラ・フォリア&悪魔のトリル〜メニューイン・リサイタル
 コレッリ:ラ・フォリア / タルティーニ/クライスラー編曲:ヴァイオリン・ソナタ「悪魔のトリル」
 クライスラー:レチタティーヴォとスケルツォ=カプリース Op.6

 イェフディ・メニューイン(Vn)フーベルト・ギーセン、アルトゥール・バルサム(P)
78DSD-3481
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 ソース:英 HIS MASTER'S VOICE, DB1786-87。録音:1930年12月11日、1932年5月20日、1932年7月17日。イェフディ・メニューイン(1916-1999)はニューヨーク生まれ、サンフランシスコに移り3歳からヴァイオリンを始め、シグムンド・アンカー、ルイ・パーシンガー(1877-1966)に師事した。1926年6歳の時アルフレッド・ヘルツ(1872-1942)指揮サンフランシスコso. とラロのスペイン交響曲でデビュー、神童として評判を呼んだ。その後パリでジュルジュ・エネスコ(1881-1955)、ベルリンでアドルフ・ブッシュ(1891-1952)の手ほどきを受けた。1928年には12歳で初レコード録音を行った。ここに収録された演奏は14歳から16歳の録音で初々しい演奏が特長。「ラ・フォリア」は師のエネスコの演奏(78CDR-3088)と是非聴き較べをされたい。メニューインの天才ぶりが聴きとれる。
33CDR-3480
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[CD-R]
ウーブラドゥ〜ストラヴィンスキー/C.F.ラミューズ詞:兵士の物語
 ミシェル・オークレール(兵士) マルセル・エラン(悪魔)
 ジャン・マルシャ(語り手) フェルナン・ウーブラドゥ指揮器楽合奏団
  [ピエール・ルフェーヴル(Cl) ポール・オンニュ(Fg) ロジェ・デルモット(コルネット)
   マルセル・ガリエグ(Tb) ルネ・アニコ(太鼓) ジョルジュ・アレ(Vn)]
33DSD-3480
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 ソース: 米 VOX, PL7960 (仏 PATHE, 33DTX 124 と同一録音。録音:1952年6月30日-7月1日、シャンゼリゼ劇場、パリ。1953年フランス・ディスク大賞受賞盤。朗読入りの初レコードとして登場したこの盤は、3人の人気俳優を起用している。兵士役のミシェル・オークレール(1922-1988)はジャン・コクトーの映画「美女と野獣」で兄役、「海の牙」「情婦マノン」で知られた名優。悪魔役のマルセル・エラン(1879-1953)は映画「悪魔が夜来る」で悪魔役を演じた。この録音当時73歳で、翌年没した。語り手のジャン・マルシャ(1902-1966)もフランス演劇界の重鎮で、映画でもドランノワの「ボンカラル」や「曳船」で知られていた。指揮者のフェルナン・ウーブラドゥ(1903-1986)はパリ音楽院に1916年から1923年の間に在籍、ソルフェージュ、ピアノ、指揮法、ファゴットを学び、1922年にファゴットで一等賞を得た。パリ音楽院o.、パリ・オペラ座o. の首席奏者を務めた後1939年にフェルナン・ウーブラドゥ室内o.を設立。モーツァルトのファゴット協奏曲K.191のSP録音もあった。1932年録音のストラヴィンスキー指揮による「兵士の物語」(七重奏曲版)もこのシリーズ(78CDR-3278)で出ている。聴き較べも楽しい。
33CDR-3479
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巌本真理〜ベートーヴェンのロマンス
 ベートーヴェン:ロマンス(*)〔ヘ長調 Op.50 /ト長調 Op.40 〕
 ドルドラ:思い出(#) / ヘンデル:ラルゴ(+)
  巌本真理(Vn) 上田 仁指揮東京so. (*)
  鷲見五郎(P;#/エレクトーン;+)
33DSD-3479
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 録音:1960年頃、ステレオ。貴重な巌本真理のステレオ録音集。巌本真理(1926-1979)は東京生まれ。6歳からヴァイオリンを始め、優れた教師であった小野アンナ(1898-1979)に師事した。1937年12歳の時、第6回日本音楽コンクールで第1位。1939年にデビューリサイタルを開いた。1946年から5年間東京音楽学校(現東京芸術大学音楽学部)の教授を務めた後1951年に渡米、ジュリアード音楽院でルイ・パーシンガー(1887-1967)、ジョルジュ・エネスコに師事し、ニューヨークのタウンホールでリサイタルを開いた。1952年に帰国後、ソロ奏者として精力的に活躍する一方、1964年から巌本真理弦楽四重奏団を結成して活躍した。この録音は日本国内で始まったステレオ録音の最初期のもので、ほんとんど忘れられてしまっていたものを掘り出した。「G線上のアリア-巌本真理」(33CDR-3469)と「アヴェ・マリア-巌本真理」(33CDR-3470)がこのシリーズで出ている。
33CDR-3478
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エルナ・ベルガー〜シューマン&メンデルスゾーン
 シューマン:歌曲集「女の愛と生涯」
 メンデルスゾーン:歌の翼に/誰も知るまじ/月/新しき恋/そのかみ、かの人の眼差しより/
          眠られぬ眼は輝きて/魔女の歌/好きな場所/挨拶
  エルナ・ベルガー(S) エルンスト=ギュンター・シェルツァー(P)
33DSD-3478
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 ソース: ANGEL RECORDS, HA-5098 (Japan) (MatrIx: 2XRA 417/8) (Mono)。録音:1956年9月18日-21日、ベルリン=ツェーレンドルフ。エルナ・ベルガー(1900-1990)はドイツのコロラトゥーラ・ソプラノ。ドレスデンに生まれ、5歳の頃には「魔弾の射手」(ウェーバー)のアリアを歌いこなしたという。17歳の時にエリーザベト・レートベルクのすすめで、ドレスデン王立歌劇場の合唱団に入った。第1次世界大戦(1914-18)後に家族は南米パラグアイに移住したが、父親が死亡し、ウルグアイのモンテビデオで働きながらピアノと声楽をつづけた。1923年にドレスデンに戻り、銀行員をしながら声楽の勉強をして、1925年にドレスデン国立歌劇場で「魔笛」(モーツァルト)の童子役でデビューした。1929年から1933年にはバイロイト音楽祭に出演している。その後ベルリン市立歌劇場、ベルリン国立歌劇場、ザルツブルク音楽祭、コヴェント・ガーデン歌劇場、メトロポリタン歌劇場に出演、1955年に引退表明、1960年から1971年ハンブルク音楽大学で教鞭をとった。録音の数も多く、特に1937年の「魔笛」の世界初の全曲録音(トーマス・ビーチャム指揮)の夜の女王役で世界的に知られるようになった。1952年に来日し日本ビクターに録音を行った。
33CDR-3477
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ティボーのショーソン&G.カサドシュのフォーレ、VOX 録音
 ショーソン:詩曲 Op.25 (*) / フォーレ:ピアノと管弦楽のためのバラード Op.19 (#)
  ジャック・ティボー(Vn;*) ギャビー・カザドシュ(P;#)
  ウジェーヌ・ビゴー指揮(*) マニュエル・ロザンタール指揮(#) ラムルーo. (*/#)
33DSD-3477
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 ソース:米 VOX PL6450 (Mono)。録音:1947年12月、1947年10月29日、サル・プレイエル、パリ。ジャック・ティボー(1880-1953)は20世紀フランス最高のヴァイオリニスト。ボルドー出身で1893年からパリ音楽院でマルタン・マルシック(1848-1924)教授に師事し1896年16歳で一等賞を得た。生活のためにカフェのコンセール・ルージュで弾いていたところを指揮者のエドゥアール・コロンヌ(1838-1910)に見いだされて楽員に採用された。その時ティボーの親友で後にパリ音楽院の教授になったジュール・ブーシュリ(1877-1962)もコロンヌの楽員になった。1905年にピアノのコルトー、チェロのカザルスとトリオを結成、1930年頃まで活躍した。ティボーは1953年3度目の来日のときエール・フランス機がアルプスの支峰スメ山に激突して死亡した。享年72歳。フォーレを弾くピアノのギャビー・カザドシュ(1901-1999)はマルセイユ生まれ、旧姓ガブリエル・ロート。パリ音楽院でルイ・ディエメール(1843-1919)とマルグリット・ロン(1874-1966)に師事し16歳で一等賞を得た。1921年にロベール・カザドシュと結婚しデュオでも活躍した。この録音はSPレコード末期のもので、SPは盤質が粗悪なため、初期のLPから復刻した。ティボーの「詩曲」はエネスコの「詩曲」(78CDR-3018)と比較して劣るように言われてきたが、今回の復刻で初めて真価が問われるであろう。
78CDR-3476
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プロ・アルテ〔アルト〕SQ 〜モーツァルト:弦楽五重奏曲第3番 ハ長調 K.515
 プロ・アルテ〔アルト〕SQ [アルフォンス・オンヌー(Vn1) ローラン・アルー(Vn2)
   ジェルマン・プレヴォ(Va) ロベール・マース(Vc)] アルフレッド・ホブデイ(Va2)
78DSD-3476
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 ソース:英 HIS MASTER'S VOICE DB7808/11 (DB2383/6 と同一録音)。録音:1934年11月3日、ロンドン、アビー・ロードEMI第3スタジオ。プロ・アルト弦楽四重奏団は1912年アルフォンス・オンヌーをリーダーにベルギーのブリュッセルで結成された。1926年アメリカに初公演、ワシントンの国会図書館ホールの開館式で演奏した。1932年にベルギーの宮廷四重奏団の称号を得た。1941年にアメリカのウィスコンシン大学からの要請で各メンバーが教授に就任。1944年にコーリッシュ弦楽四重奏団が解散したとき、リーダーだったルドルフ・コーリッシュ(1896-1978)がプロ・アルトの第1ヴァイオリンに就任した。プロ・アルト弦楽四重奏団はこのシリーズでモーツァルト弦楽五重奏曲第4番 ト短調 K.516 (78CDR-3251)が出ている。
78CDR-3475
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メニューイン、無伴奏パルティータ第2番 1934〜
 J.S.バッハ
:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV.1004
  イェフディ・メニューイン(Vn)
78DSD-3475
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 ソース:英 HIS MASTER'S VOICE DB2287/90。録音:1934年5月23日、パリ、アルベール・スタジオ。イェフディ・メニューイン(1916-1999)はニューヨーク生まれ。4歳からヴァイオリンの手ほどきを受け、7歳でサンフランシスコso. との共演でデビューした。その後パリでジョルジュ・エネスコ(1881-1955)、ベルリンでアドルフ・ブッシュ(1891-1952)に師事した。これはメニューインが18歳のパリ録音で、師のエネスコの指導が反映している見事な演奏。後年の演奏には見られない輝きと、18歳とは思えない深い思慮が感じられる。このシリーズでは他に13歳の時の録音である「無伴奏ソナタ第3番 ハ長調 BWV1005」(78CDR-3227)が出ている。
78CDR-3474
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メンゲルベルグの「田園」〜
 ベートーヴェン
:交響曲第6番 ヘ長調 Op.68「田園」
ウィレム・メンゲルベルグ指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウo.
78DSD-3474
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 ソース:独 TELEFUNKEN SK 2424/8。録音:1937年12月22日-23日、アムステルダム、コンセルトヘボウ。ウィレム・メンゲルベルグ(1871-1951)はオランダの大指揮者。1895年、24歳でアムステルダム・コンセルトヘボウo. の首席指揮者に就任した。さらに1921年〜30年にはNYPso. の首席指揮者を兼任、レコード録音は機械式録音時代と電気録音初期は米ヴィクター、電気初期のコンセルトヘボウとの録音は英コロンビアと独オデオンに、電気録音の完成期には独テレフンケンに行った。またコンセルトヘボウとのライヴ放送録音はLP時代になってフィリップスから発売された。この「田園」はテレフンケンへの録音で、生々しい演奏が録られているが残念なことにはハム音が入っていること。ハム音を除去すると演奏の迫力が半減してしまうため、ここでは電気処理をしていない。メンゲルベルグの「運命」(78CDR-3370)もこのシリーズで出ている。
78CDR-3473
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リリア・ダルボーレ (Vol.2)
 フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
 ヴェラチーニ:ヴァイオリン・ソナタ第6番 イ長調 Op.2 No.6 〜第2楽章
 ドヴォルジャーク:ヴァイオリンのためのソナチネ ト長調 Op.100 〜第2楽章
  リリア・ダルボーレ(Vn) フーベルト・ギーゼン(P)
78DSD-3473
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 独 POLYDOR, 68002/5 &67681。録音:1942年、1941年。
78CDR-3472
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リリア・ダルボーレ
 ブラームス:
  ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調 Op.108
 ピッツェッティ:カント第2番
リリア・ダルボーレ(Vn)
ゲザ・フリッド(P)
78DSD-3472
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 独 GRAMMOPHON, LVM72053/4 (78回転長時間レコードVG盤) 。録音:1951年11月1日。リリア・ダルボーレ(1914-?)はイタリア生まれの女性ヴァイリン奏者で、第2次大戦中から大戦後にドイツで活躍したこと以外は詳細不明。ブラームス (78CDR-3472) は戦後の1951年、LP出現前夜にドイツ・グラモフォンが開発した78回転長時間レコードVG盤で発売された物。マスターはテープ録音と思われる。これ以前にドイツのポリドールにはドヴォルジャークのソナチネから第2楽章(クライスラー編曲のインディアン・ラメントとしても知られている)、ヴェラチーニのヴァイオリン・ソナタ第6番 Op.2 No.6から第2楽章、フランクのヴァイオリン・ソナタ(1942年録音)、グルックの妖精の踊り (以上3曲は78CDR-3473に収録)、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ ハ長調 K.404、シューベルトのソナチネ第1番 Op.137、シモネッティのマドリガルがあり、またライヴ録音で、チェリビダッケ指揮のモーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番 K.219もあった。
78CDR-3471
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アレクサンドル・モギレフスキー、日本録音 1939
 ヴェラチーニ:ヴァイオリン・ソナタ第8番 ホ短調 Op.2 No.8
 ドビュッシー/ローランス編曲:月の光 / メラルティン:エレジー
  アレクサンドル・モギレフスキー(Vn) アレクシス・アバサ(P)
78DSD-3471
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 日 COLUMBIA, JW 635/6 (01-04), JW 553 (05-06) 。録音:1939年頃、東京。アレクサンドル・モギレフスキー(1885-1953)はロシア〔現・ウクライナ〕のオデッサ生まれ。7歳でヴァイオリンを始めロストフの音楽学校で学んだ後、モスクワでイワン・グルジマリ〔ヤン・フジマリー〕に師事した。モスクワで弦楽四重奏団を組織したり、教員生活を送った後、1922年にパリに移住、リュシアン・カペー(1873-1928)とも親交をもち、ロシア系の豊麗な音色に加えてフランス風の洗練された独特の音色を身につけた。1926年11月に初来日、1930年に再来日してから1953年亡くなるまで、演奏家として、優れた教師として日本の音楽界に多大な貢献をした。
33CDR-3470
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巌本真理〜アヴェ・マリア
 J.S.バッハ=グノー:アヴェ・マリア
 シューベルト/エルマン編曲:シューベルトの子守歌 / ブラガ:天使のセレナード
 リムスキー=コルサコフ:印度の歌 / ブラームス:ワルツ Op.39
 ドヴォルジャーク/クライスラー編曲:インディアン・ラメント
 マルティーニ:愛の喜び / マスネ:エレジー / リスト:愛の夢
  巌本真理(Vn) 坪田昭三(P)
33DSD-3470
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 日 TOSHIBA RECORDS, JCO 1046 (Mono) 。録音:1960年頃。巌本真理の小品集復刻 Vol.2。忘れ去られていたこれらのヴァイオリン小品集は、創立間もない東芝電気のレコード部門で録音されたもの。モノーラル録音ながら高音質で、ヴァイオリン音楽ファンの必聴盤。巌本真理(1926-1979)は東京生まれ、6歳からヴァイオリンを始め、優れた教師であった小野アンナ(1898-1979)に師事した。1937年12歳の時、第6回日本音楽コンクールで第1位。1939年にデビューリサイタルを開いた。1946年から5年間東京音楽学校の教授を務めた後1951年に渡米、ジュリアード音楽院でルイス・パーシンガー(1887-1967)、ジョルジェ・エネスクに師事し、ニューヨークのタウンホールでリサイタルを開いた。翌年帰国後ソロ奏者として精力的に活躍する一方、1964年から巌本真理弦楽四重奏団を結成し活躍した。
33CDR-3469
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巌本真理〜G線上のアリア
 ラフ:カヴァティーナ / J.S.バッハ/ヴィルヘルミ編曲:G線上のアリア
 シューマン:トロイメライ / クライスラー:愛の悲しみ
 民謡/クライスラー編曲:ロンドンデリー・エア / マスネ:タイスの瞑想曲
 フォーレ:夢の後に / ベートーヴェン:ト調のメヌエット
 ラフマニノフ:ヴォカリーズ / シューベルト/ヴィルヘルミ編曲:アヴェ・マリア
  巌本真理(Vn) 鷲見五郎(P)
33DSD-3469
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 日 TOSHIBA RECORDS, JCO 1007 (Mono) 。録音:1958年頃。巌本真理の小品集復刻 Vol.1 。
GOODIES "DIRECT TRANSFER" 2013年リリース分 (末尾 409-468)
78CDR-3468
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ジョー・スタッフォード&ゴードン・マックレエ、クリスマス・ソング
 [JO STAFFORD & GORDON MacRAE SINGS CHRISTMAS SONGS]
 あめには栄え [HARK-THE HERALD ANGELS SING (Cho) ] /牧人羊を [THE FIRST NOEL (JS) ] /
 神の御子は今宵しも [O COME ALL YE FAITHFUL (GM) ] /ひいらぎかざろう [DECK THE HALLS (Cho) ] /
 久しく待ちにし主よとく来りて [O COME, O COME EMMANUEL (JS & GM) /
 もろびとこぞりて [JOY TO THE WORLD (Cho) ] /天なる神にはみ栄えあり [IT CAME UPON A MIDNIGHT CLEAR (GM) ] /
 ああベツレヘムよ [O LITTLE TOWN OF BETHLEHEM (JS) ] /
 ゴッド・レスト・イー・メリー・ジェントルメン [GOD REST YE MERRRY GENTLEMEN (Cho) ] /
 聖しこの夜 [SILENT NIGHT (JS & GM) ] /ホワイト・クリスマス [WHITE CHRISTMAS (I. Berlin) (JS) ] (+) /
 聖しこの夜 [SILENT NIGHT (Gruber-Mohr) (JS) ] (+)

 ジョー・スタッフォード [JO STAFFORD] 、ゴードン・マックレエ [GORDON MacRAE] (Vo)
 リン・マーレイ・シンガーズ [LYN MURRAY SINGERS] (+)
 ポール・ウェストン楽団&cho. [ORCHESTRA & CHOIR under the direction of PAUL WESTON]
78DSD-3468
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 米 CAPITOL 79-90032 [ 79-90032A (4726-2D-6), 79-90032A (4727-2D-7) ] (Mono) (+以外) / 319 [ 319A (1225-3R), 319B (999-5L) ] (Mono) (+) 。録音:1950年(+以外) /1946年9月19日(+) 。誰もが耳にしたことがあるクリスマス・ソング集。ジョー・スタッフォードの第1期キャピトル時代(1943-1951)に SP レコードに録音されたクリスマス・ソングが CD フォーマット初登場。ジョー・スタッフォード(1917-2008)はカリフォルニア州コーリンガの生まれ。1938年男女4人のヴォーカル・グループ"パイド・パイパーズ" の一員としてトミー・ドーシー楽団に加わり、その後ソロシンガーに抜擢された。1942年バンドを辞してソロヴォーカリストとして歩み初め、新興のキャピトル・レコードの専属になった。ゴードン・マックレエ(1921-1986)はミュージカル映画「オクラホマ」(1955)や「回転木馬」(1956)に登場した映画俳優・シンガー。歌手としてキャピトル・レコードの専属となり、ジョー・スタッフォードとの二重唱「希望のささやき」Whispering Hopeが1949年にミリオンセラーを記録した。
78CDR-3467
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ティボー&コルトー〜フォーレ
 ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ長調 Op.13
ジャック・ティボー(Vn)
アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3467
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 米ヴィクトローラ8086/8 (英 HMV DB1080/2 と同一録音)。録音:1927年6月23日、ロンドン。ジャック・ティボー(1880-1953)は20世紀前半に活躍したフランスの大ヴァイオリニスト。ボルドー出身で1893年からパリ音楽院のマルタン・マルシック(1848-1924)に師事し、1896年16歳で一等賞を得た。生活のためにカフェのコンセール・ルージュで弾いていたところを指揮者のエドゥアール・コロンヌ(1838-1910)に見いだされ楽員に採用された。そのときティボーの親友で後にパリ音楽院の教授になったジュール・ブーシュリ(1877-1962)もコロンヌの楽員になった。1905年にピアノのアルフレッド・コルトー(1877-1962)、チェロのパブロ・カザルス(1876-1973)とトリオを結成し1930年頃まで活動した。ティボーは1923年と1936年に来日、1953年の3度目の来日の途中、乗っていたエール・フランス機がアルプスの支峰スメ山に激突して死亡した。享年72歳。
78CDR-3466
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シモン・ゴールドベルグ〜ハイドン
 ヴァイオリン協奏曲第1番 Hob.VIIa: 1(カデンツァ:カール・フレッシュ)
  シモン・ゴールドベルグ(Vn) ワルター・ジュスキント指揮フィルハーモニアo.
78DSD-3466
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 英 PARLOPHONE PXO 1045/7。録音:1947年4月19日、ロンドン。シモン・ゴールドベルグ(1909-1993)はポーランド生まれのヴァイオリニスト。ベルリンで名教授カール・フレッシュ(1873-1944)に師事し、1929年にフルトヴェングラーに招かれてBPOのコンサート・マスターに就任した。1934ドイツがナチス政権になった時に退団ロンドンに移住した。1936年ハンガリー出身の女流ピアニスト、リリー・クラウスと共に来日したこともある。1942年クラウスと共にアジア演奏旅行中、インドネシアのジャワ島で日本軍に捕らえられ1945年まで抑留生活を強いられた。大戦後はオランダとアメリカで活躍、晩年日本のピアニスト山根美代子さんと結婚、立山で暮らしていた。この録音は戦後の1947年のもの、録音時ゴールトベルグは38歳だった。指揮者のワルター・ジュスキント(1913-1980)はチェコのプラハ生まれ、ベルリンで名指揮者のジョージ・セル(1897-1970)に薫陶を得てアシスタントを務め、後に英国国籍を得た。
33CDR-3465
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シェリング第1回録音〜J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ Vol.2
 パルティータ第2番 ニ短調 BWV.1004 /ソナタ第3番 ハ長調 BWV.1005 /パルティータ第3番 ホ長調 BWV.1006
  ヘンリク・シェリング(Vn)
33DSD-3465
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 仏 ODEON ODX-123B/124。録音:1955年、パリ。
33CDR-3464
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シェリング第1回録音〜J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ Vol.1
 ソナタ第1番 ト短調 BWV.1001 /パルティータ第1番 ロ短調 BWV.1002 /ソナタ第2番 イ短調 BWV.1003
  ヘンリク・シェリング(Vn)
33DSD-3464
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 仏 ODEON ODX-122/123A。録音:1955年、パリ。ヘンリク・シェリング(1918-1988)はポーランド生まれ、同国生まれの巨匠ブロニスワフ・フーベルマン(1882-1947)の目にとまり、ベルリンで名教師カール・フレッシュ(1873-1944)の下に研鑽を積んだ(1929-32)。その後パリ音楽院に入り作曲をナディア・ブーランジェ(1887-1979)、ヴァイオリンをガブリエル・ブイヨン(1896-1984)に師事し1937年に一等賞を得た。第2次世界大戦が勃発すると、ポーランド政府はシェリングが8カ国語を流暢に話すことに目を付け、亡命先を探していたポーランドのヴラディスワフ・シコルスキ将軍の通訳としてメキシコを訪れたのが縁で、自身も1945年にメキシコ国籍を取得し首都の音楽院で教鞭をとる。1952年12月にパリで師のガブリエル・ブイヨン指揮パドルーo.でJ.S.バッハのヴァイオリン協奏曲第1番、第2番(33CDR-3450)、続いて1953年1月にはジャック・ティボー(1880-1953)指揮パリ音楽院o.でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を録音し演奏家活動を開始した。このバッハはそれにつづく第3作目のパリ録音でこの曲の第1回録音。2回目のステレオ録音(1967)に較べて圧倒的に優れている。
33CDR-3463
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シゲティ&ワルター〜ベートーヴェン
 ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61
  (カデンツァ:ヨアヒム)
ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
ブルーノ・ワルター指揮
NYP
33DSD-3463
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 ソース:米 COLUMBIA, ML 4012 。録音:1947年4月5日、ニューヨーク。ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はハンガリーのブダペスト生まれ。ブダペスト音楽院でイェノ・フバイ(1858-1937)に師事した。1905年にベルリンでデビュー、大ヴァイオリニスト、ヨアヒム(1831-1907)に認められた。1917年から24年にスイスのジュネーヴ音楽院で教鞭をとり、1940年アメリカに移住した。シゲティは1931年の初来日以来何度も日本を訪れた。ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ヨーロッパで活躍していたが、1838年オーストリアがナチス・ドイツに併合されると迫害を避けてアメリカ逃れた。この録音は同じ顔合わせの2回目のもので、第1回の1932年録音もこのシリーズ(78CDR-3138)で出ている。この録音は最初78回転SPで発売されたが、1948年に登場したLPの第1回発売に組み込まれた。 LPからの復刻。
33CDR-3462
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ワルター&NYP 〜ブラームス:交響曲全集 Vol.2
 〔第3番 ヘ長調 Op.90 (*) /第4番 ホ短調 Op.98 〕
ブルーノ・ワルター指揮
NYP
33DSD-3462
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[DVD-R]
 ソース:米 COLUMBIA, SL 200 (U.S.) (Set) 。録音:1953年12月21日(*)、1951年2月12日(無印)、ニューヨーク30丁目コロムビア・スタジオ。
33CDR-3461
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[CD-R]
ワルター&NYP 〜ブラームス:交響曲全集 Vol.1
 〔第1番 ハ短調 Op.68 (*) /第2番 ニ長調 Op.73 〕
ブルーノ・ワルター指揮
NYP
33DSD-3461
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 ソース:米 COLUMBIA, SL 200 (U.S.) (Set) 。録音:1953年12月30日(*)、1953年12月28日(無印)、ニューヨーク30丁目コロムビア・スタジオ。 ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ベルリンのシュテルンを卒業後ピアニストとしてデビュー、後に指揮者に転向した。1896年ハンブルク歌劇場で指揮をしたとき、音楽監督をつとめていたグスタフ・マーラー(1860-1911)に出会い交友を深めた。その後ワルターはバイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、ウィーン国立歌劇場などの楽長、音楽監督を歴任した。1938オーストリアがナチス・ドイツに併合されると迫害を避けてフランス、スイスを経てアメリカの逃れた。この録音はLP時代の初期にニューヨークで録音された。ワルターはステレオでもブラームス交響曲全集を録音しているが、このモノ録音が圧倒的に優れている。このシリーズでモーツァルト交響曲第40番&第35番「ハフナー」(33CDR-3402)、交響曲第41番「ジュピター」と第39番(33CDR-3449)交響曲第36番「リンツ」&第29番(33CDR-3454)が出ている。
33CDR-3460
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ローズマリー・クルーニー〜讃美歌集
 (1)千歳の岩 / (2)さびしきみそのに / (3)日暮れて四方はくらく / (4)イット・イズ・ノー・シークレット
 (5)静けき祈りの時はいと楽し / (6)丘の上に十字架たつ / (7)九十九匹の羊 / (8)村の小さな教会
 (9)主われを愛す / (10)主よみもとに近づかん / (11)いつくしみ深き
 (12)イエスのために生き / (13)ソフトリー・アンド・テンダリー / (14)見よや十字架の旗高し

 ローズマリー・クルーニー [ROSEMARY CLOONEY] (Vo)
33DSD-3460
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 ソース:米 MGM RECORDS, SE 3782 (Stereo) 。録音:1959年。ローズマリー・クルーニー(1928-2002)はケンタッキー州メイズヴィルの生まれ。2歳下の妹ベティとクルーニー・シスターズを組み歌手デビューした。1949年ニューヨークに出てコロンビアと契約。「カモナ・マイ・ハウス」の大ヒット(1951)で人気歌手になった。その後コロンビアで数々のヒット・シングルを出し、アルバムでは「ブルー・ローズ」(デューク・エリントン楽団)他がある。1958年コロンビアを離れMGM、RCA、CORAL 等レーベルに録音、その後10年程の空白期の後CONCORDレーベルに復帰し多くの名作アルバムを残した。このアルバムはコロンビアを離れた直後のもので、クルーニーのアルバムでは最もレア。シンプルな編成をバックにしみじみと歌うクルーニーの最高傑作の歌曲アルバムである。
33CDR-3459
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JO + JAZZ 〜ジョー・スタッフォード
 (1)ジャスト・スクイーズ・ミー / (2)フォー・ユー / (3)ミッドナイト・サン
 (4)ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ
 (5)ザ・フォークス・フー・リヴ・オン・ザ・ヒル / (6)アイ・ディドント・ノウ・アバウト・ユー
 (7)ホワット・キャナイ・セイ / (8)ドリーム・オブ・ユー / (9)イマジネーション
 (10)スポージン / (11)デイ・ドリーム / (12)アイヴ・ガット・ザ・ワールド・オンナ・ストリング

 ジョー・スタッフォード(Vo)
33DSD-3459
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 ソース: 米 COLUMBIA, CS 8361 (U.S) (Stereo) 。録音:1960年7月15日、8月1日&10日、ロスアンジェルス。ジョー・スタッフォード(1917-2008)はカリフォルニア州のコーリンガの生まれ。1938年男女4人編成のヴォーカル・グループ "パイド・パイパーズ" の一員としてトミー・ドーシー楽団に加わり、その後ソロシンガーに抜擢された。1942年バンドを辞してソロヴォーカリストとして歩みはじめた。1950年にコロンビアの専属となり、夫君のピアニスト=アレンジャーのポール・ウェストンと二人三脚でスター歌手の地位を築いた。このアルバムはデューク・エリントン楽団のメンバーとウェスト・コーストで活躍するジャズメンの混成隊によるものでコロンビアでのジョーの最後のアルバムである。エリントン楽団とドーシー楽団の曲を中心に歌うジョー会心の作品。
78CDR-3458
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ガブリエル・ブイヨンSQ〜ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調
 ガブリエル・ブイヨンSQ [ガブリエル・ブイヨン、アベール・ロカテッリ(Vn)
              アンリ・ブノワ(Va) カミーユ・ドローベル(Vc)]
78DSD-3458
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 仏 DISQUE GRAMOPHON DB5154/6 (France) 。録音:1941年3月17日、パリ。ガブリエル・ブイヨン(1896-1984)はフランスのモンペリエ生まれ。1910年パリ音楽院に入りリュシアン・カペー(1873-1928)に師事し一等賞を得た。卒業後ウジェーヌ・イザイ(1858-1931)、ジョルジュ・エネスコ(1881-1955)、ジャック・ティボー(1880-1953)について研鑽をつみ、ソリストとして活躍する一方1943年からパリ音楽院教授をつとめた。門下生にヘンリク・シェリング(1918-1988)がいる。ブイヨン四重奏団は1940年にカペー弦楽四重奏団のメンバーを引き継いだモーリス・エヴィットが指揮者として転出した後をつぎ、1940年に結成された。ヴィオラとチェロはカペー四重奏団の最後のメンバー。
78CDR-3457
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クーレンカンプ&ケンプ〜ベートーヴェン
 ヴァイオリン・ソナタ
  第9番 イ長調 Op.47「クロイツェル」
ゲオルク・クーレンカンプ(Vn)
ヴィルヘルム・ケンプ(P)
78DSD-3457
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 英 DECCA CA 8207/10 (独 POLYDOR 67062/5 と同一録音)。録音:1935年、ベルリン。ゲオルク・クーレンカンプ(1898-1948)はドイツのブレーメンに生まれ、第2次大戦中ソリストとして活躍する傍らベルリン高等音楽院教授を1943年まで務めた。1944年にスイスのルツェルン音楽院教授となり、ピアノのエトヴィン・フィッシャー(1886-1960)、チェロのエンリコ・マイナルディ(1897-1976)とのトリオでも活躍したが、1948年50歳を迎えて間もなく急逝した。このシリーズでブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番(シューリヒト指揮)(78CDR-3123)とベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」(78CDR-3127)、ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番(78CDR-3452)が出ている。ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)はドイツのピアニスト。ベルリン音楽大学でロベルト・カーンに作曲をカール・ハインリヒ・バルトにピアノを師事し、1917年ピアノ組曲の作曲でメンデスゾーン賞を受賞した。その後ピアニストとして活躍し、1936年ドイツ文化使節として来日したことがある。SPレコード時代から録音が多くわが国でも親しまれていた。
 このシリーズではベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」(78CDR-3320)、第4番(78CDR-3120)、第3番(78CDR-3112)、ピアノ・ソナタ「悲愴」(78CDR-3133)、モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番(78-3153)が出ている。
78CDR-3456
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[CD-R]
シュナイダーハン&ケンペン〜ブラームス
 ヴァイオン協奏曲 ニ長調 Op.77
  (カデンツァ:ヴィンクラー)
ウォルフガンク・
 シュナイダーハン(Vn)
パウル・ファン・ケンペン指揮
BPO
78DSD-3456
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[DVD-R]
 独 GRAMMOPHON 04857/52 (78回転 VG 盤)。録音:1953年5月17日-21日、ベルリン、ダーレム、イエス・キリスト教会。ヴォルフガング・シュナイダーハン(1915-2002)はウィーン生まれ。1933年から37年までウィーンso.のコンサートマスターをつとめ、1937年に VPO に入団、1938年、当時のコンサートマスターだったアルノルト・ロゼー(1863-1946)がロンドンへ亡命した時、第1コンサートマスターに就任した。1949年ソリストとして独立するために VPO を退団した。指揮者のパウル・ファン・ケンペン(1893-1955)はオランダの指揮者。戦中戦後を通じてドイツで活躍したが、大戦中に祖国を離れ、敵国ドイツで活動したことを糾弾され、戦後ボイコット運動が起こり不遇のうちに世を去った。このレコードはSPレコード末期にドイツグラモフォンが開発した長時間収録の SP 盤 (VG 盤) にカットされた放送局用のレコードで一般発売はされなかかった。演奏は LP (Heliodor 89519) と同じ。
33CDR-3455
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ル・ロワ、ショルツ、バログ、ギレ SQ 〜ウェーバー&メンデルスゾーン
 ウェーバー:フルート、チェロとピアノのための三重奏曲 ト短調 Op.63
  [ルネ・ル・ロワ(Fl) ヤーノシュ・ショルツ(Vc)
   エルネー・バログ〔エルノ・バロー〕(P)]
 メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第3番 ニ長調 Op.44 No.1[ギレSQ]
33DSD-3455
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 米 VOX VL 6390 (VLP 6390?) 。録音:1949年秋。変ったカップリングだが、これが LP オリジナルの模様。ルネ・ル・ロワ(1898-1985)はフランスのフルート奏者。幼少時からフルート奏者だった父親に手ほどきをうけ、1916年パリ音楽院に入り1920年に卒業した。1922年にパリ器楽五重奏団(フルート、ハープ、弦楽トリオ)を結成、オーケストラ活動をせずソロや室内楽奏者として、ヨーロッパ各地、アメリカを演奏旅行した。フォンテーヌブローのアメリカ音楽院、カナダのモントリオール音楽院、パリ音楽院(1952-1968)の教授をつとめた。チェロのヤーノシュ・ショルツ(1903-)はハンガリー出身のチェリスト。1933年アメリカに移住し市民権を得た。ロート弦楽四重奏団のチェリストと活躍した。ピアノのエルノ・バロー(1897-1989)もブダペスト音楽院出身。卒業後ベルリンでレオニード・クロイツァー(1884-1953)に師事、1924年にアメリカに移住、ピアニスト、教師として活躍した。ギレ弦楽四重奏団のリーダー、ダニエル・ギレ(1899-1990)はロシア生まれ。パリ音楽院でジョルジュ・エネスコとギヨーム・レミに師事し、オペラ・コミックのコンサート・マスター、カルヴェ弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者を務めた後、1941年にアメリカに移住、ギレ弦楽四重奏団を組織、1944年にトスカニーニ指揮のNBCso.に入団、1951年にコンサート・マスターになった。ギレ弦楽四重奏団は結成当時からメンバーが何回か替わっていて、他のメンバーの名前は記載されていない。
33CDR-3454
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ワルター&コロムビア響 〜モーツァルト:交響曲集
 〔第36番 ハ長調 K.425「リンツ」(*) /
  第29番 イ長調 K.201 (#) 〕
ブルーノ・ワルター指揮
コロンビアso.
33DSD-3454
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 録音:1955年4月26日、28日(*)、1954年12月29日-30日(#)、コロムビア30丁目スタジオ、ニューヨーク。米 COLUMBIA ML 5375 。ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ベルリンのシュテルンを卒業後ピアニストとしてデビュー、後に指揮者に転向した。1896年ハンブルク歌劇場で指揮をしたとき、音楽監督をつとめていたグスタフ・マーラー(1860-1911)に出会い交友を深めた。その後ワルターはバイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo.、ウィーン国立歌劇場などの楽長、音楽監督を歴任した。1938オーストリアがナチス・ドイツに併合されると迫害を避けてフランス、スイスを経てアメリカの逃れた。この録音はLP時代の初期にニューヨークで録音された。ワルターはステレオでもこの2曲を録音しているが、このモノ録音が圧倒的に優れている。このシリーズで交響曲第40番&第35番「ハフナー」(33CDR-3402)と交響曲第41番「ジュピター」と第39番(33CDR-3449)が出ている。
78CDR-3453
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ポーランド出身のヴァイオリニスト、チェルウォンキの「シャコンヌ」「タイスの瞑想曲」
 J.S.バッハ
:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004〜シャコンヌ
 マスネ:タイスの瞑想曲
  リヒャルト・チェルウォンキ(Vn)
78DSD-3453
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 仏 TRIERGON, 4001/2 (独 Christschall, 146/7 と同一録音)。録音:1931年頃。リヒャルト・チェルウォンキ [Richard Czerwonky] (1886-1949)はポーランドに生まれ、ドイツで研鑽を積み、その後アメリカに渡り1907-08にボストンso.の副コンサートマスターをつとめ、1910年にBPOにデビューした。1910-19にはミネアポリスso.のコンサートマスター、1930年代にはシカゴ・オペラのコンサートマスターをつとめた。録音はエジソンの蝋管&縦振動レコードと独クリストシャルに数枚あった。
78CDR-3452
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クーレンカンプ&ショルティ〜ブラームス
 ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト長調 Op.78「雨の歌」
ゲオルク・クーレンカンプ(Vn)
ゲオルク・ショルティ(P)
78DSD-3452
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 英 DECCA, K 1705/7 (ffrr録音)。録音:1947年1月28日、スイス、チューリヒ放送局。ゲオルク・クーレンカンプ(1898-1948)はドイツのブレーメン生まれ、第2次大戦中ソリストとして活躍する傍らベルリン高等音楽院教授を1943年まで務めた。1944年にスイスのルツェルン音楽院教授となり、ピアノのエトヴィン・フィッシャー(1886-1960)、チェロのエンリコ・マイナルディ(1897-1976)とのトリオでも活躍したが、1948年50歳を迎えて間もなく急逝した。ゲオルク・ショルティ(1912-1997)は1930年ブダペストのリスト音楽院を卒業後、国立歌劇場の歌手たちの稽古のためのピアニスト(コレペティトール)をつとめた。1936年ザルツブルク音楽祭でトスカニーニの目にとまり、音楽祭で助手をつとめた。1938年ブダペスト歌劇場で指揮者デビュー。1947年ピアニストとして英デッカと契約をむすんだ。クーンカンプとはブラームスのヴァイオリン・ソナタ全3曲の録音がこの時期にある。
78CDR-3451
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デュボワ&マース〜J.S.バッハ:ヴァイオリン・ソナタ集
 〔第4番 ハ短調 BWV1017 /第5番 ヘ短調 BWV1018 /第6番 ト長調 BWV1019 /
  第2番 イ長調 BWV1015 〜第2楽章「アンダンテ」〕
 アルフレッド・デュボワ(Vn) マルセル・マース(P)
78DSD-3451
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 英 COLUMBIA, LFX 267/73。録音:1932年6月-7月、ブリュッセル。既出CD: BIDDULPH, BID-80171(復刻:ウォード・マーストン)。アルフレッド・デュボワ(1898-1948)はブリュッセル音楽院出身。卒業後ヴァイオリニスト、ウジェーヌ・イザイ(1858-1931)にも師事し、1920年にヴュータン賞を得た。1927年に母校の音楽院の教授に就任し、弟子にはアルテュール・グリュミオー(1921-1975)がいる。ピアニストのマルセル・マース(1897-1950)はこのバッハ以外にもフランク:ヴァイオリン・ソナタ(78CDR-3201)で共演している。デュボワはこのシリーズでヴュータン:ヴァイオリン協奏曲第5番(78CDR-3013)、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第6番K.268(78CDR-3054)が出ている。
33CDR-3450
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シェリング〜J.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲集
 〔第1番 イ短調 BWV1041 /第2番 ホ長調 BWV1042 〕
ヘンリク・シェリング(Vn)
ガブリエル・ブイヨン指揮
コンセール・パドルーo.
ドニーズ・グアルヌ(Cemb)
33DSD-3450
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 仏 ODEON, XCO 809 (Mono)。録音:1952年12月。既出CD: EINSATZ RECORDS, EZCD-017 。ヴァイオリンのヘンリク・シェリング(1918-1988)はポーランド生まれ。同郷の大ヴァイオリン奏者フーベルマン(1882-1947)のすすめでベルリンでカール・フレッシュ(1873-1944)に師事し、その後パリ音楽院でガブリエル・ブイヨン(1896-1988)にヴァイオリンをナディア・ブーランジェ(1877-1979)に作曲を学び1937年に一等賞を得た。第2次大戦中、ポーランド亡命政府の外交員(7カ国語の読み書きができた)として活躍、ポーランド難民をメキシコ政府が受け入れてくれたことに感謝し、大戦後メキシコを活動の拠点とし国籍も取得した。この録音は大戦後パリで師のブイヨンの指揮で行われた物。以降数回正規録音したバッハの協奏曲の最初の物。
33CDR-3449
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ワルター& NYP 〜モーツァルト:交響曲集
 〔第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」(*) /
  第39番 変ホ長調 K.543 (#) 〕
ブルーノ・ワルター指揮
NYP
33DSD-3449
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 米 COLUMBIA, ML 5014。録音:1953年12月21日(#)、1956年3月5日(*)、ニューヨーク30丁目コロンビア・スタジオ録音。ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ベルリンのシュテルンを卒業後ピアニストとしてデビュー、後に指揮者に転向した。1896年ハンブルク歌劇場で指揮をしたとき、音楽監督をつとめていたグスタフ・マーラー(1860-1911)に出会い交友を深めた。その後ワルターはバイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo.、ウィーン国立歌劇場などの楽長、音楽監督を歴任した。1938オーストリアがナチス・ドイツに併合されると迫害を避けてフランス、スイスを経てアメリカの逃れた。この録音はLP時代の初期にニューヨークで録音された。ワルターはステレオでもこの2曲を録音しているが、このモノ録音が圧倒的に優れている。このシリーズで交響曲第40番&第35番「ハフナー」(33CDR-3402)で出ている。
78CDR-3448
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作曲家エックハルト=グラマッテによるヴァイオリニストとしての幻の録音!〜
 J.S.バッハ
:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV 1004〜シャコンヌ
  ゾフィー=カルメン・グラマッテ(Vn)
78DSD-3448
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 録音:1935年11月22日&27日。ソース: 米 DECCA, G-25820-21 (独 ODEON, 0-6977/8 と同一録音)。"幻のレコード" の登場。ヴァイオリンのゾフィー=カルメン・〔エックハルト=〕グラマッテ(1899-1974)はモスクワ生まれ、ロシア革命で祖国を離れ、パリ音楽院に入りアルフレド・ブリュンとギヨーム・レミにヴァイオリンを、ゾフィ・シュネー(1847-c.1934)にピアノを、ヴァンサン・ダンディ(1851-1931)とカミーユ・シュヴィヤール(1859-1923)に作曲を学んだ。卒業後演奏家として活動、1925年にはピアニストのエトヴィン・フィッシャー(1886-1960)と楽旅した記録がある。1920年に画家のヴァルター・グラマッテと結婚したが、1929年に夫と死別した。1934年に芸術史家でジャーナリストのフェルディナント・エックハルトと再婚、ウィーンに住み、やがて演奏家としての活動をやめ作曲に専念した。1953年二人はカナダのウィニペッグに移住した。グラマッテは1974年に旅行先のシュトットガルトで事故死。享年72歳。没後にエックハルト=グラマッテ・ファウンデーションが設立された。作曲家として多数の作品を残し、6曲のピアノ・ソナタはピアニストのマルカンドレ〔マルク=アンドレ〕・アムランによって全曲録音された。現在ではヴァイオリニストとしてのレコード録音があることは忘れ去られてしまった。他に自作自演のヴァイオリン協奏曲 イ短調(独ODEON 0973/6)の SP があった。
78CDR-3447
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デ・ヴィート〔ヴィトー〕〜ヘンデル
 ヴァイオリン・ソナタ第4番 ニ長調 Op.1 No.13
ジョコンダ・デ・ヴィトー(Vn)
ジョージ・マルコム(Cemb)
78DSD-3447
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 録音:1951年8月30日。ソース:英 HMV, DB9676-77。ヴァイオリンのジョコンダ・デ・ヴィトー(1907-1994)はイタリアの女流奏者。11歳でペサロ音楽院に入り、レミ・プリンチーペ(1899-1977)に師事した。1932年にウィーン国際ヴァイオリン・コンクールで一等賞をとった。1935年にイタリアPARLOPHONEにバッハのブランデンブルク協奏曲第5番を録音したのが初レコーディング(78CDR-3275)。1941年にベルリンでブラームスのヴァイオリン協奏曲をドイツPOLYDOR に録音した(78CDR-3174)。第2次大戦後の1948年ロンドンにデビューしEMI のアーティストになった。EMIの初録音はバッハのシャコンヌ(78CDR-3019)で、他にもSPレコードではヴィターリのシャコンヌ(78CDR-3241)、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番(78CDR-3113)、バッハのヴァイオリン協奏曲第2番(78CDR-3052)がある。チェンバロのジョージ・マルコム(1917-1997)はイギリスの奏者。オックスフォード大学とロンドンの王立音楽アカデミーで学び、ウェストミンスター寺院の音楽司祭をつとめたこともある。レコード録音も多い。
78CDR-3446
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K.ロング&ベイヌム〜モーツァルト:
 ピアノ協奏曲
第24番 ハ短調 K.491
  (カデンツァ:J.N.フンメル)
キャスリーン・ロング(P)
エドゥアルト・
 ファン・ベイヌム指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウo.
78DSD-3446
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 録音:1948年9月20日-21日、コンセルトヘボウ大ホール、アムステルダム。ソース: 英 DECCA, AK2075/8 (ffrr録音) 。キャスリーン・ロング(1896-1968)はロンドン郊外に生まれたイギリスのピアニスト。神童として名を馳せ8歳で公開演奏会で弾いた。1915年にロンドンのエオリアン・ホールでデビューし、1920年から1964年まで母校のロンドン王立アカデミー音楽院で教鞭をとった。指揮者のエドゥアルト・ファン・ベイヌム(1901-1959)はオランダの指揮者。アムステルダム音楽院出身。1931年にウィレム・メンゲルベルク(1871-1951)の招きでアムステルダム・コンセルトヘボウo.の次席指揮者となり、1938年からメンゲルベルクと共に首席指揮者、1945年からメンゲルベルクの後をついで音楽監督兼終身指揮者に就任した。1959年に心臓発作で倒れ、57歳の若さで急逝した。デッカとフィリップスに多くの名演がある。トラック(4)で聴けるカデンツァを作曲したフンメル(1778-1837)はハンガリー出身、ウィーンでモーツァルト家に2年間住み込んでピアノを学んだ。1787年ピアニストとしてデビュー、ヨーロッパ各地を演奏旅行した。ハイドン、サリエリ、ベートーヴェンとも親交があった。作品はピアノ協奏曲を含むピアノ曲、室内楽曲、ピアノ教則本もあらわした。
33CDR-3445
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G.カサドシュ〜モーツァルト:
 ピアノ協奏曲
第25番 ハ長調 K.503
  (カデンツァ:R.カザドシュ)
ギャビー・カザドシュ(P)
ウジェーヌ・ビゴ指揮
ラムルーo.
33DSD-3445
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 録音:1949年8月24日、プレイエル音楽堂、パリ。ソース: 米 POLYDOR - VOX, PL 6520 (仏 POLYDOR 566341/7 と同一録音)。初期LP 特有のノイズあり。ピアノのギャビー・カザドシュ(1901-1999)は、マルセイユ生まれ、旧姓ガブリエル・ロート。パリ音楽院でルイ・ディエメール(1843-1919)とマルグリット・ロン(1874-1966)に師事、16歳で一等賞を得た。1921年にローベル・カザドシュと結婚し、デュオでの演奏会や録音も多かった。これは SP レコード最末期のフランス POLYDOR 録音で、LP はアメリカだけで発売された。他の録音にピアノ協奏曲第9番 K.271「ジュノム」があった。指揮者のウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)はパリ音楽院出身。シャンゼリゼ劇場の指揮者を経て、パリ音楽院o.、ラムルーo.、フランス国立放送o.、オペラ・コミックの指揮者を歴任、母校の指揮科の教授もつとめた。SP レコードに多く聴ける。
33CDR-3444
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R.カサドシュ〜モーツァルト:ピアノ協奏曲集
 〔第21番 ハ長調 K.467(カデンツァ:R.カザドシュ)(*) /
  第27番 変ロ長調 K.595(カデンツァ:モーツァルト)(#) 〕
ロベール・カザドシュ(P)
シャルル・ミュンシュ指揮(*)
ジョン・バルビローリ指揮(#)
NYP (*/#)
33DSD-3444
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 録音:1948年12月20日(*) /1941年11月3日(#)。ソース: 米 COLUMBIA, ML 4791 (*/#)。ピアノのロベール・カザドシュ(1899-1972)はパリの音楽一族に生まれ、パリ音楽院でルイ・ディエメール(1843-1919)に師事し、1913年に音楽院の一等賞、1920年にディエメール賞を得た。1921年にピアニストのガブリエル・ロートと結婚、二人は四手、2台ピアノでしばしば共演した。1935年からフォンテーヌブローのアメリカ音楽院で教鞭をとり、同年トスカニーニの指揮でアメリカにデビューした。1940年にアメリカに移住し、カーネギー・ホールでリサイタルを開いた。ヴァイオリニストのジノ・フランチェスカッティ(1902-1991)とのデュオは評判を呼んだ。戦後にヨーロッパに戻り再びフォンテーヌブローのアメリカ音楽院で教鞭をとった。ここに収録した第27番 K.595はカザドシュのアメリカでの初録音。以降多くの録音をCOLUMBIAに残した。指揮者のシャルル・ミュンシュ(1891-1968)はパリ音楽院でリュシアン・カペー(1873-1928)にヴァイオリンを学び、1928年-32年ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo.のソロ第一ヴァイオリンをつとめ、同時に指揮法を身につけた。1938年に母校の指揮科の教授に就任、1949年にボストンso.の正指揮者となり62年までつとめた。指揮者のジョン・バルビローリ(1899-1970)はイギリス生まれ、1936年から43年にNYPの首席指揮者をつとめた。この録音はその時代の物。
78CDR-3443
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バルビローリのチェロ独奏録音〜J.S.バッハ
 チェロとピアノのためのソナタ ト長調 BWV.1027
ジョン・バルビローリ(Vc)
エセル・バートレット(P)
78DSD-3443
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 英 NGS 133/4。録音:1929年11月。原曲はヴィオラ・ダ・ガンバのために書かれたソナタ。後に指揮者になったジョン・バルビローリ(1899-1970) 28歳のチェロによる録音。バルビローリは1916年ヘンリー・ウッドの率いるクエーネス・ホールo.にチェリストとして入団し活動を始めた。1921年にエルガーのチェロ協奏曲を演奏し、1925年には室内o.を組織して自ら指揮台に立った。1936年から43年に NYP の首席指揮者をつとめた。1943年イギリスに戻りハレo.の音楽監督となり1958までその地位にあった。ヒューストンso.の常任指揮者(1961-1967)をつとめたこともある。SPレコード時代はクライスラーやシュナーベルらの巨匠との録音がある。晩年EMIの看板指揮者になり名演奏を数多く残している。最近忘れられたハレo.時代の録音も発掘されて発売されている。
78CDR-3442
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ル・ロワ&パスキエ兄弟、他〜モーツァルト:フルート四重奏曲集
 〔第1番 ニ長調 K.285 (*) /第4番 イ長調 K.298 (#) 〕
 ルネ・ル・ロワ(Fl)
 インターナショナルSQ 団員(*)
  [アンドレ・マンジョー(Vn) フランク・ハワード(Va) ハーバート・ウィザース(Vc)]
 パスキエ三重奏団(#)
  [ジャン・パスキエ(Vn) ピエール・パスキエ(Va) エティエンヌ・パスキエ(Vc)]
78DSD-3442
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 英 NGS 112/3、録音:1928年7月12日、ロンドン(*) /英 HIS MASTER'S VOICE DB3365、録音:1937年10月8日(#)。ルネ・ル・ロワ(1898-1985)はフランスのフルート奏者。幼少時からフルート奏者だった父親に手ほどきをうけ、1916年パリ音楽院に入り1920年に卒業した。その後もフィリップ・ゴーベールの指導を受けた。1922年にパリ器楽五重奏団(フルート、ハープ、弦楽トリオ)を結成、オーケストラ活動をせずソロや室内楽奏者として、ヨーロッパ各地、アメリカを演奏旅行した。フォンテーヌブローのアメリカ音楽院(1932-1950)、カナダのモントリオール音楽院(1943-1950)、パリ音楽院(1952-1968)の教授をつとめた。インターナショナル弦楽四重奏団は1919年にパリ音楽院出身のヴァイオリニスト、アンドレ・マンジョーによってロンドンで結成された。このシリーズでコルトーとのフランク:ピアノ五重奏曲(78CDR-3125)が出ている。パスキエ三重奏団は1927年にヴィオラ奏者のピエールによって三兄弟で組織されたフランスを代表する弦楽三重奏団。多くの録音がある。
78CDR-3441
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アンリ・メルケル〜フォーレ:ピアノ四重奏曲第1番 ハ短調 Op.15
 アンリ・メルケル(Vn) アリス・メルケル(Va)
 ガストン・マルケジーニ(Vc) エリアーヌ・ズリュフリュ=タンロック(P)
78DSD-3441
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 英 HIS MASTER7S VOICE D2106/9 (仏 DISQUE GRAMOPHON L973/5 と同一録音)。録音:1933年11月29日-30日、パリ。この名曲のおそらく世界最初の録音と思われる。ピアニストのエリアーヌ・ズリュフリュ=タンロックは1900年生まれでパリ音楽院出身。このフォーレ以外にラヴェルのピアノ三重奏曲を録音していた。他にバラキレフの「イスラメイ」、ラヴェルの「道化師の朝の歌」の録音もあった。ヴァイオリンのアンリ・メルケル(1897-1969)は1914年にパリ音楽院のヴァイオリン科で一等賞を得た。パリ・オペラ座o.、コンセール・ラムルーo.のヴァイオリン奏者をつとめた後、1929年からパリ音楽院のコンサート・マスターになり、その後ソリスト、室内楽奏者として活躍した。メルケルはこのシリーズにベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-3020)、ラロ:スペイン交響曲(78CDR-3107)、サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番(78CDR-3166)が出ている。
33CDR-3440
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ヴィヴァルディ合奏協奏曲集「調和の幻想」 Op.3, Vol.2
 〔第7番 ニ短調(4つのヴァイオリンとチェロのための)/第8番 イ短調(2つのヴァイオリンのための)/
  第9番 ニ長調(ヴァイオリンのための)/第10番 ロ短調(4つのヴァイオリンのための)/
  第11番 ニ短調(2つのヴァイオリンとチェロのための)/第12番 ホ長調(ヴァイオリンのための)〕

 ヤン・トマソウ、ヴィリー・ボスコフスキー、フィリップ・マタイス、
 ヴァルター・ヘンテルマイアー(ソロVn) リヒャルト・ハンラント(ソロVc)
 マリオ・ロッシ指揮ウィーン国立歌劇場室内合奏団 ヘルマン・ノルトベルク(Cemb)
33DSD-3440
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 米 VANGUARD [BACH GUILD], BS-573b/4 (U.S.) (Mono) 。録音:1956年。
33CDR-3439
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ヴィヴァルディ合奏協奏曲集「調和の幻想」 Op.3, Vol.1
 〔第1番 ニ長調(4つのバイオリンとチェロのための)/
  第2番 ト短調(2つのヴァイオリンとチェロのための)/
  第3番 ト長調(ヴァイオリンのための)/協奏曲第4番 ホ短調(4つのヴァイオリンのための)/
  第5番 イ長調(2つのヴァイオリンのための)/協奏曲第6番 イ短調(ヴァイオリンのための)〕

 ヤン・トマソウ、ヴィリー・ボスコフスキー、フィリップ・マタイス、
 ヴァルター・ヘンテルマイアー(ソロVn) リヒャルト・ハンラント(ソロVc)
 マリオ・ロッシ指揮ウィーン国立歌劇場室内合奏団 ヘルマン・ノルトベルク(Cemb)
33DSD-3439
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 米 VANGUARD [BACH GUILD], BS-572/3a (U.S.) (Mono) 。録音:1956年。アントニオ・ヴィヴァルディ(1678-1741)は司祭の職でヴェネツィア女子孤児院の音楽学校で指導にあたり、その作品は女子の合奏団のために作曲された。「調和の幻想」作品3は12曲からなる合奏協奏曲集で、このタイトルに惹かれたJ.S.バッハ(1685-1750)は第2番、第3番、第9番、第12番をチェンバロ協奏曲に、第6番、第11番をオルガン協奏曲に、第10番をチェンバロと弦楽・通奏低音用に編曲した。
 指揮者のマリオ・ロッシ(1902-1992)はローマ生まれ、聖チェチーリア音楽院で作曲をレスピーギに、指揮法をジャコモ・セタッチョリに学んだ。音楽院卒業後指揮者のベルナディーノ・モリナーリの助手をつとめ、聖チェチーリア音楽院o.の副指揮者を、さらに1936年からフィレンツェ五月音楽祭の常任指揮者をつとめた。1946年からトリノ・イタリア放送so.の首席指揮者をつとめる一方、イタリア各地およびヨーロッパの主要オーケストラに客演した。1953年にシェーンベルク賞、1960年にはヴィオッティ金メダルを授与された。
 ヴァイオリンのヤン・トマソウ(1914-1961)はアルゼンチン生まれ。カール・フレッシュ(1873-1944)とヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)に師事した。ワシントン・ナショナルso.やボルティモアso.のコンサートマスターを歴任し、トーマス・シャーマンのリトルo.・ソサイエティのソリスト、ヨーロッパの主要オーケストラのソリストとして活躍した。録音は米ヴァンガードに多くある。ヴィリー・ボスコフスキー(1909-1991)はオーストリアのヴァイオリニスト。1933年VPOに入団、1939年にコンサートマスターになり、1949年第1コンサートマスターだったヴォルフガング・シュナイダーハンの退団で、第1コンサートマスターに就任し1970年までつとめた。一方1955年から1979年までVPOのニューイヤー・コンサートの指揮者をつとめた。何度も来日している。フィリップ・マタイスは録音当時VPOのアシスタント・コンサートマスターだった。ヴァルター・ヘンテルマイアーとチェロのリヒャルト・ハンラントはウィーン・フォルクスオーパーo.のコンサートマスターをつとめていた。
78CDR-3438
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パスカルSQ 〜モーツァルト:弦楽四重奏曲第22番 変ロ長調 K.589「プロシャ王第2番」
 パスカルSQ [ジャック・デュモン(Vn1) モーリス・クリュ(Vn2)
        レオン・パスカル(Va) ロベール・サル(Vc)]
78DSD-3438
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 ソース: 仏 BAM 83-85 /録音:1949年10月29日。パスカル弦楽四重奏団は1941年、カルヴェ弦楽四重奏団のヴィオラ奏者だったレオン・パスカル(1899-1969)によって南仏マルセイユで結成された。ドイツ占領下のヴィシー政権の影響が直接及ばない地を選んだものと想像する。フランス国立放送o.に所属してからORTF弦楽四重奏団と呼ばれた時期もある。第1ヴァイオリンのジャック・デュモン(1913-)はパリ音楽院でジュール・ブーシュリ(1877-1962)に師事し、1934年に一等賞を得た。1973年デュモンが引退して解散した。フランスの弦楽四重奏団で初めてベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲録音をした。 LP 時代にアメリカのコンサート・ホール・ソサイエティに大量の録音をしていた。
78CDR-3437
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カルヴェSQ 〜ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番 ヘ短調 Op.95
 カルヴェSQ [ジョゼフ・カルヴェ(Vn1) ダニエル・ギレヴィチ〔ギレ〕(Vn2)
        レオン・パスカル(Va) ポール・マ(Vc)]
78DSD-3437
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 ソース: 独 TELEFUNKEN, E 2960-62 /録音:1938年10月17日。カルヴェ弦楽四重奏団はジョゼフ・カルヴェ(1897-1984)によって1919年に結成された。1928年にナディア・ブーランジェの発意でベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏会をフランスで開いた。この録音は創立メンバーによる物。リーダーのカルヴェ以外のメンバーは3人は1940年に離籍した。カルヴェは1935年にパリ音楽院教授になり、四重奏団の活動と同時に後進の指導にあたった。第2ヴァイオリンのダニエル・ギレヴィチは1941年に米国に移住したダニエル・ギレ(1899-1990)で、トスカニーニ指揮のNBCso.に入り1951年にコンーサート・マスターになった。またギレ弦楽四重奏団を結成、1954年にはボザール・トリオを結成した。ヴィオラのレオン・パスカルは1941年にパスカル弦楽四重奏団を結成しフランスを代表する弦楽四重奏団として名声を博した。
78CDR-3436
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ブダペストSQ 〜ハイドン&ディッタースドルフ弦楽四重奏曲集 1926
 ハイドン:弦楽四重奏曲第75番 ト長調 Op.76 No.1 Hob.III-75 「エルデディ」
 ディッタースドルフ:弦楽四重奏曲第1番 ニ長調〜アレグロ
  ブダペストSQ [エミル・ハウザー(Vn1) イムレ・ポガニー(Vn2)
          イシュトヴァーン・イポリ(Va) ハリー・ソン(Vc)]
78DSD-3436
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 ソース: 英 HIS MASTER'S VOICE, D 1075-77 /録音:1926年1月28日、2月4日&11日。ブダペスト弦楽四重奏団オリジナル・メンバー(第2ヴァイオリンは2代目)による電気録音最初期の物。1930年代にリーダーはロシア生まれのヨーゼフ・ロイスマン(1900-1974)になり、他の奏者も全員ロシア出身の音楽家に代わり、20世紀半ばには世界最高の弦楽四重奏団になった。その団体の原点にあたるオリジナル・ブダペスト弦楽四重奏団は同じハンガリー出身のレナー弦楽四重奏団を追ってHMVに登場した軽やかな足取りの爽やかな演奏スタイルが、後年のロイスマン時代のものと異なる。この同時代の演奏でドヴォルジャーク「アメリカ」(78CDR-3376)が出ている。
33CDR-3435
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ブダペストSQ 〜ハイドン弦楽四重奏曲集 1947
 〔第67番 ニ長調 Op.64 No.5, Hob.III-63 「ひばり」/
  第78番 変ロ長調 Op.76 No.4 Hob.III-78 「日の出」〕
 ブダペストSQ [ヨーゼフ・ロイスマン(Vn1) エドガー・オルテンベルグ(Vn2)
         ボリス・クロイト(Va) ミッシャ・シュナイダー(Vc)]
33DSD-3435
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 ソース: 米 COLUMBIA, ML 4216 (Mono) [米 COLUMBIA, 72836-38-D (78s) と同一録音 ] /録音:1947年5月2日、リーダークランツ・ホール、ニューヨーク。ブダペスト弦楽四重奏団は1917年ブダペスト歌劇場o.のメンバーによって結成され、1967年に解散した。1930年にリーダーがロシア生まれのヨーゼフ・ロイスマン(1900-1974)になり、アメリカをベースに活動し20世紀中期最高の四重奏団として君臨した。この録音は SP レコードの末期の1947年に録音され、それまで第2ヴァイオリンだったアレクサンダー・シュナイダー(1908-1993)が抜けて、エドガー・オルテンベルグ(1900-1996)が入った時期の物。ヴィオラのボリス・クロイト(1897-1969)は1936年からメンバーになったロシア生まれの奏者。チェロのミッシャ・シュナイダー(1904-1985)は1930年から加わった。シュナイダーもロシア生まれ、ライプツィヒでユリウス・クレンゲル(1859-1933)に師事した。ヴァイオリンのアレクサンダー・シュナイダーの弟。
33CDR-3434
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ギレSQ 〜モーツァルト弦楽四重奏曲集
 〔第19番 ハ長調 K.465「不協和音」/第21番 ニ長調 K.575「プロシャ王第1番」〕
 ギレSQ [ダニエル・ギレ(Vn1) ヘンリー・シーグル(Vn2)
      ウィリアム・シェン(Va) デイヴィッド・ソイヤー(Vc)]
33DSD-3434
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 ソース:米 CONCERT HALL SOCIETY, CHS 1130 /録音:1951年。リーダーのダニエル・ギレ(1899-1990)はロシア生まれ。パリ音楽院でジョルジュ・エネスコとギヨーム・レミに師事し、オペラ・コミックのコンサート・マスター、カルヴェ弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者を務めた後、1941年にアメリカに移住、ギレ弦楽四重奏団を組織、1944年にトスカニーニ指揮のNBCso.に入団、1951年にコンサート・マスターになった。1954年にはピアニストのメナヘム・プレスラーとチェロのバーナード・グリーンハウスと共にボザール三重奏団を結成した。1969年に引退し、イシドア・コーエンがそのポジションを引き継いだ。ギレ弦楽四重奏団は結成当時からメンバーが何回か替わっている。このシリーズでは1947年録音のバルトーク:弦楽四重奏曲第4番(78CDR-3335)がギレ以外は別のメンバーの演奏で出ている。
78CDR-3433
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クレンペラー&パリ・プロ・ムジカ〜
 モーツァルト
:交響曲第36番 ハ長調 K.425「リンツ」
オットー・クレンペラー指揮
パリ・プロムジカ室内o.
78DSD-3433
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 仏 POLYDOR A6329/31。録音:1950年1月30日、パリ、サル・ショパン。CDは、以前 VOX から2度発売されたが、既に入手困難となっている。オットー・クレンペラー(1885-1973)はドイツ生まれ、1910年からドイツ各地のオペラハウスでキャリアを積んだ。1927年-31年にはベルリンのクロール・オペラの指揮者をつとめた。ユダヤ人の彼は1937年ナチスの迫害を逃れてアメリカに移住、市民権を得てロサンゼルス・フィルハーモニーの音楽監督のポジション得た。だがカリフォルニアの土地になじめずその地位を離れた。第2次世界大戦が終わるとヨーロッパ楽壇に復帰した。この録音はヨーロッパ復帰直後のパリで行われた。プロムジカ室内o.は実体はラムルーo.。この録音はSPレコード末期のもので日本ではほとんど知られていなかった。大指揮者の颯爽とし名演奏を、晩年の演奏と比較しながら聴かれることをおすすめする。
78CDR-3432
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[CD-R]
カルヴェSQ 〜ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 Op.131
 カルヴェSQ [ジョゼフ・カルヴェ(Vn1) ダニエル・ギレヴィチ〔ギレ〕(Vn2)
        レオン・パスカル(Va) ポール・マ(Vc)]
78DSD-3432
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 独 TELEFUNKEN E 2590/4。録音:1938年1月17日、19日。カルヴェ弦楽四重奏団はリーダーのジョゼフ・カルヴェ(1897-1984)によって1919年に結成された。1928年にナディア・ブーランジェの発意でベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏会をフランスで開いた。この録音は創立メンバーによる物。リーダーのカルヴェ以外のメンバー3人は1940年に離籍した。カルヴェは1935年にパリ音楽院教授になり、四重奏団の活動と同時に後進の指導にあたった。第2ヴァイオリンのダニエル・ギレヴィチは1941年に米国に移住したダニエル・ギレ(1899-1990)で、トスカニーニー指揮のNBCso.に入り1951年にコンーサート・マスターになった。またギレ弦楽四重奏団を結成、1954年にはボザール・トリオを結成した。ヴィオラのレオン・パスカルは1941年にパスカル弦楽四重奏団を結成しフランスを代表する弦楽四重奏団として名声を博した。
78CDR-3431
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[CD-R]
ゴールドベルク&クラウス〜ベートーヴェン
 ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調 Op.24「春」
シモン・ゴールドベルク(Vn)
リリー・クラウス(P)
78DSD-3431
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 仏 ODEON 123839/41 (日本コロムビア J 8531/3 と同一録音)。録音:1936年、東京。( M55128/33 は日本コロムビアの Matrix 番号) 。第1面でテイク7の原盤が使われている。ヴァイオリンのシモン・ゴールドベルク(1909-1993)とピアノのリリー・クラウス(1903-1986)による1936年日本公演の際の日本コロムビアでのスタジオ録音。これはフランスで発売されたODEON盤のSPレコードからのダイレクト・トランスファー。ポーランド生まれのゴールドベルクは8歳の時ベルリンで名教師カール・フレッシュ(1873-1944)に師事し、12歳でワルシャワでデビューした。1916年16歳でドレスデンpo.のコンサートマスターに任命され、1929年20歳の時フルトヴェングラー(1886-1954)の招きでベルリン・フィルハーモニーのコンサートマスターに就任した。1934年ドイツで政権を得たナチスによってBPOのコンサート・マスターの地位を追われ、ニューヨークでデビュー。戦後アメリカ国籍を得て、演奏活動と後進の指導に活躍した。1990年から没年まで新日本フィルハーモニーの指揮者をつとめ、富山県の立山のホテルにて死去した。ピアノのリリー・クラウスはハンガリー生まれ、ブダペスト音楽院でゾルターン・コダーイ(1882-1967)やベラ・バルトーク(1881-1945)に師事した。さらにウィーンでアルトゥール・シュナーベル(1882-1951)の薫陶をえた。1942年シモン・ゴールドベルクとアジア楽旅の時、ジャワ島で日本軍に捕らえられ、家族共々1945年まで抑留生活を送った。戦後はイギリス国籍を取得し活発な演奏活動を行った。
33CDR-3430
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リッチ&ビゴ〜サン=サーンス&ラヴェル
 サン=サーンス:
  ヴァイオリン協奏曲第3番 ロ短調 Op.61
 ラヴェル:ツィガーヌ
ルッジェーロ・リッチ(Vn)
ウジェーヌ・ビゴ〔ビゴー〕指揮
ラムルーo.
33DSD-3430
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 米 VOX VLP6240 (Mono) (原録音:仏 POLYDOR 566245/8, 78rpm) 。録音:1947年12月16日-17日、パリ。ルッジェーロ・リッチ(1918-2012)はアメリカのヴァイオリニスト。メニューインの師でもあったルイ・パーシンガー(1887-1966)に師事し、16歳でサンフランシスコでデビューした。1930年代にベルリンでゲオルク・クーレンカンプ(1898-1948)の門下に入った。1942年から1945年まで米軍籍で慰問演奏に携わった。この録音は大戦後間もなくの1947年パリで行われた。リッチの初協奏曲録音として記念すべき物。フランスではSPレコードでの発売だったが、アメリカではこのLPのみの発売だった。ウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)はフランスの指揮者。1935年から1950年まで名門ラムルーo.の首席をつとめ、 SP レコードの録音も数多かった。録音当時29歳だったリッチをフルサポートして名演奏を実現したのもビゴーの力によるものと思う。音は良くないが、知られざる名演奏の発掘としてヴァイオリンの愛好家に聴いて頂きたくこのシリーズに組み込んだ。
33CDR-3429
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シゲティ、ホルショフスキ、フォルデス〜ベートーヴェン&シューベルト
 ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ニ長調 Op.12 No.1 (*)
 シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ第1番 ニ長調 D.384, Op.137 No.1 (#)
  ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
  ミエツィスワフ・ホルショフスキ(P;*) アンドール・フォルデス(P;#)
33DSD-3429
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 米 COLUMBIA ML4133 (Mono)。録音:1946年5月20日、コロンビア・スタジオ(*)、1941年11月25日、1942年4月17日、リーダークランツ・ホール(#)、ともにニューヨーク。初期LP特有のノイズあり。ヴァイオリンのヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はハンガリー生まれ、ブダペスト音楽院でイェノ・フバイ(1858-1937)に師事した。1905年ベルリンで大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)に認められ、1917年から24年にはスイスのジュネーヴ音楽院で教えた。1940年にアメリカに移住した。ピアノのミエツィスワフ・ホルショフスキ(1892-1993)はポーランド生まれ、99歳までコンサート・ステージに登場していた。4歳の頃から神童といわれ、1899年にウィーンに移り住み、名教師レシェティツキの指導を受けた。第2次大戦中にアメリカに移住、カーティス音楽院で後進の指導にあたる一方、室内楽奏者として活躍、録音も多い。アンドール・フォルデス(1913-1992)はブダペスト生まれ、後にアメリカ国籍を得た。
 この録音はマスターがテープではなくディスク録音で最初は SP で発売された。当復刻は SP レコードからではなく、マスターディスクから直接トランスファーされた LP をソースとしている。
78CDR-3428
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[CD-R]
ティアナ・レムニッツ
 ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集
 シューベルト:アンセルモの墓にて Op.6 No.3, D.504
ティアナ・レムニッツ(S)
ミヒャエル・ラウハイゼン(P)
78DSD-3428
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 英 DECCA LY 6141-2 & CA 8253, 独 POLYDOR 57084-5 & 57028と同一録音。録音:1936年4月6日、1937年4月10日、4月12日、4月24日。ティアナ・レムニッツ(1897-1994)ドイツのソプラノ。ハイルブロン歌劇場でデビューし、その後アーヘン(1922-28)、ハノーヴァー(1928-34)、ドレスデン(1928-34)などの歌劇場に出演した。1934年にベルリン国立歌劇場のメンバーに抜擢され1957年まで在籍した。その間ミュンヘン州立歌劇場やウィーン国立歌劇場、ザルツブルク音楽祭にも出演した。また1936年にはロンドンのコヴェント・ガーデンのロイヤル・オペラ、ブエノス・アイレスのテアトロ・コロンにも出た。メトロポリタン歌劇場には1938年に出演している。ピアノのミヒャエル・ラウハイゼン(1899-1984)はドイツのピアニスト、伴奏者としてエルナ・ベルガー(1900-1990)、エリーザベト・シュヴァルツコプフ(1915-2006)ほか幾多の名歌手の伴奏者をつとめた。1933年からドイツ語歌曲のすべてをレコードに録音することを企画し、そのため1940年にベルリンのドイツ帝国放送局の声楽・室内楽部の部長に就任。戦後これがナチス協力に問われ、数年間の活動禁止を命じられた。レムニッツはオーケストラ伴奏(ローベルト・ヘーガー指揮)の同曲がLPで出ていた(米 URANIA 7019)。
78CDR-3427
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[CD-R]
A.モギレフスキー〜ファリャ/コハニスキ編曲:スペイン民謡組曲
 〔ムーア人の衣装/子守歌[J 5632 A (JTW 178) ]/歌/ポロ[J 5632 B (JTW 179) ]/
  アストゥリア地方の歌[J 5633 A (JTW 180) ]/ホタ[J 5633 B (JTW 181) ]〕
 アレクサンダー・モギレフスキー(Vn) ナディーネ・ロイヒテンベルグ(P)
78DSD-3427
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 日 COLUMBIA J 5632-3。録音:1939年、東京。アレクサンダー・モギレフスキー(1885-1953)はロシアのオデッサ(現ウクライナ)生まれ。7歳でヴァイオリンを始めロストフの音楽学校で学んだ後、モスクワでヤン・グルジマリに師事した。モスクワで弦楽四重奏団を組織したり、教員生活を送った後、1922年にパリに移住、リュシアン・カペー(1873-1928)とも親交をもち、ロシア系の豊麗な音色に加えてフランス風の洗練された独特の音色を身につけた。1926年11月に初来日、1930年に再来日してから1953年亡くなるまで、演奏家として、優れた教師として日本の音楽界に多大な貢献をした。ピアノのロイヒテンベルグはモギレフスキー夫人。伴奏者として活躍した。
78CDR-3426
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[CD-R]
カユザック&コペルSQ 〜モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581
 ルイ・カユザック(Cl)
 コペルSQ [エルゼ・マリー・ブルーン(Vn1) アンドレアス・シレホッド(Vn2)
       ユリウス・コペル(Va) トルベン・アントン・スヴェンセン(Vc)]
78DSD-3426
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[DVD-R]
 デンマーク COLUMBIA LDX 7003-5。録音:1948年10月31日、11月1日。ルイ・カユザック(1880-1960)はフランスのクラリネット奏者、作曲家。トゥールーズ音楽院でフェリッス・パジェに、パリ音楽院でシリユ・ローズ(1830-1902)に師事した。1901年にパリ・オペラ座o.に入り、1920年までコロンヌo.の首席奏者をつとめた。1920年以後はソリストとして活躍した。カユザックはこのシリーズでニルセンのクラリネット協奏曲作品57(78CDR-3411)が出ている。コペル弦楽四重奏団は1945年にユリウス・コペル(1910-2007)と夫人のエルゼ・マリー・ブルーン(1911-2007)によって組織された。二人はデンマーク王立o.のメンバーだった。デンマーク室内楽の中核をなす団体だった。
33CDR-3425
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[CD-R]
フランチェスカッティ&カサドシュ、モノラル録音〜ベートーヴェン
 ヴァイオリン・ソナタ第9番 イ長調 Op.47「クロイツェル」
  ジノ・フランチェスカッティ(Vn) ロベール・カザドシュ(P)
33DSD-3425
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 米 COLUMBIA ML4327 (Mono)。録音:1949年12月28日。ジノ・フランチェスカッティ(1902-1991)はフランスの名ヴァイオリニスト。マルセイユに生まれヴァイオリニストだった父親とその門下生だった母親の手ほどきを受けて研鑽を積み、5歳でリサイタルを開き10歳でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を公開演奏した。一時法律家を志したが父親の早逝でヴァイオリニストになる決意をし、1924年にパガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番でパリ・デビューし、その後ジャック・ティボー(1880-1953)の薫陶を得た。1939年にソリストとしてアメリカにデビュー、そのままニューヨークに定住した。ピアノのロベール・カザドシュ(1899-1972)はパリ音楽院でルイ・ディエメール(1843-1919)に師事し、1913年に一等賞を1920年にディエメール賞を得た。1921年にギャビー夫人と結婚しデュオ演奏もしている。第2次大戦中にアメリカに移住した。この「クロイツェル」ソナタはティボーとコルトーの名演奏(78CDR-3015)の丁度20年後に登場したフランスの名手による録音で後年のステレオ録音に比べて圧倒的に優れている。
33CDR-3424
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シャイエ=リシェ、フェラス、ランパル、エネスク〜J.S.バッハ
 ブランデンブルク協奏曲第5番 ニ長調 BWV.1050 /
 ピアノ、ヴァイオリンとフルートのための協奏曲 イ短調 BWV.1044
  セリニー・シャイエ=リシェ(P) クリスティアン・フェラス(Vn)
  ジャン=ピエール・ランパル(Fl) ジョルジェ・エネスク指揮パリ室内楽協会o.
33DSD-3424
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 仏 DECCA FAT 133530 (Mono)。録音:1952年。エネスコ最晩年の超希少盤。ジョルジュ・エネスコ〔ジョルジェ・エネスク〕(1881-1955)は20世紀前半に活躍したルーマニア出身の大音楽家。7歳でウィーン音楽大学に入学を許され、1893年12歳で音楽院の最高メダルを得た。引き続きパリ音楽院で学び1899年にヴァイオリンで一等賞を得た。ヴァイオリニスト、ピアニスト、指揮者、作曲家として活躍し、このシリーズではヴァイオリニストとしての主要録音はすべて聴ける。ピアノのセリニー・シャイエ=リシェ(1884-1973)はパリ音楽院でラウル・ピュニョ(1852-1914)に師事し、1896に14歳で一等賞を得た。彼女は1926年にエネスコに出会い以後何度も共演している。ヴァイオリンのクリスティアン・フェラス(1933-1982)はパリ音楽院出身、1946年に一等賞、1948年にオランダのスヘフェニンヘン国際コンクールに優勝、1949年にエネスコの指導を得て、ロン=ティボー国際コンクールで 2位に入賞した。その後ソリストとして目ざましい活躍をしたが、1982年50歳の誕生日を迎える直前に死去した。フルートのジャン=ピエール・ランパル(1922-2000)は医学をめざしたが大戦のためパリ音楽院でフルート科に入りわずか5ヶ月で一等賞を得た。音楽院ではガストン・クリュネルに師事した。1947年にジュネーヴ国際コンクールに優勝しソロ活動を始めた。フェラスが19歳、ランパルが30歳の時の録音。
78CDR-3423
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アイリーン・ジョイス〜モーツァルト
 ピアノ・ソナタ第17番 ニ長調 K.576 (*) /
 ピアノ・ソナタ第12番 ヘ長調 K.332 (#) /
 ロマンス 変イ長調 K.Anh.205 (+)
アイリーン・ジョイス(P)
78DSD-3423
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 英 COLUMBIA DX 1011/2(*)、DX 1034/5(#/+)。録音:1941年5月6日(*)、8月29日(#)、9月8日(+)。アイリーン・ジョイス(1908-1991)はオーストラリア生まれのイギリスのピアニスト。オーストラリア西部に楽旅したヴィルヘルム・バックハウスがジョイスの演奏を聴きライプツィヒ音楽院を薦めた。その後ロンドンの王立アカデミーに入りトバイアス・マッセイに師事した。1930年にロンドンのヘンリー・ウッド・プロムナードコンサートでプロ・デビューし、翌年ソロ・リサイタルも開いている。その後順調に進み1930年代から1940年代には人気が絶頂に達1947年のBPOと共演したとき、ドイツの高名な評論家は彼女をクララ・シューマン、ゾフィー・メンテル、テレサ・カレーニョになぞらえた。また1950年のアメリカ公演ではアーヴィング・コロディンは彼女を世界最高の知られざる演奏家だとほめた。1950年代になって名前を知られるようになり、映画「逢いびき」のサウンドトラックでラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を弾いていたのは彼女だった。その他の映画にもにも出演した。この70年前のレコーディングは聴き手を不思議な世界に誘ってくれる。ピアノ愛好家の必聴盤。
78CDR-3422
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[CD-R]
K.ロング&ボイド・ニール〜
 モーツァルト
:ピアノ協奏曲第15番 変ロ長調 K.450
         (カデンツァ:モーツァルト)
キャスリーン・ロング(P)
ボイド・ニール指揮
ナショナルso.
78DSD-3422
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[DVD-R]
 録音:1944年12月14日、ロンドン、キングズウェイ・ホール。キャスリーン・ロング(1896-1968)はロンドン郊外のベントフォードに生まれたイギリスのピアニスト。神童として名を馳せ8歳で公開演奏会で弾いた。1915にロンドンのエオリアン・ホールでデビューした。1920年から1964年まで母校の王立音楽カレッジで教鞭をとった。モーツァルト、ハイドン、ハッハなどの作品を得意とし、英DECCA にレコードを残している。指揮者のボイド・ニール(1905-1981)はイギリス生まれ。外科医師から音楽家に転向し、1932年自らの名を冠した室内オーケストラを指揮してエオリアン・ホールでデビューし、その後DECCAと契約して活躍した。ナショナルso.は指揮者のシドニー・ビーアが創立したオーケストラで、DECCAに多くの録音があった。
 このシリーズではDECCAのffrr録音の第1号になったビーア指揮のチャイコフスキー:交響曲第5番(第2楽章のソロホルンがデニス・ブレイン)(1944年6月8日、キングズウェイ・ホール録音)(78CDR-3158)が出ている。
78CDR-3421
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[CD-R]
レナーSQ &ブレイン親子〜モーツァルト:デヴェルティメント第17番 ニ長調 K.334
 レナーSQ[レナー、スミロヴィッツ(Vn) ロート(Va) ハルトマン(Vc)]
 オーブリー・ブレイン、デニス・ブレイン(Hr)
78DSD-3421
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 米 COLUMBIA 70034/8-D (Set MM379) 〔英 COLUMBIA LX841/5 と同一録音〕。録音:1939年2月16日。レナー弦楽四重奏団と名ホルン奏者ブレイン親子によるモーツァルト。レナー弦楽四重奏団は1918年にブダペスト音楽院出身の4人によって結成され、1920年にウィーンでデビューした。デビュー前の2年間は田舎の村で共同生活をして1日、12時間の練習を重ねたと伝えられる。1922年にロンドン・デビュー、同時にイギリス・コロンビアの専属アーティストとなった。ホルンのオーブリー・ブレイン(1893-1955)は1911年に王立アカデミーで奨学金を受け、その後新so.の首席に就任。1913年には大指揮者アルトゥール・ニキシュ指揮LSOの北米楽旅に参加した。1923年から王立アデミーで教鞭をとった。デニス・ブレイン(1921-1957)はオーブリーの息子。父親の指導を受けた。デニスは1957年9月1日、エディバラからロンドンに戻る途中。自身が運転するスポーツカー(トライアンフTR2)の事故で命を落とした。享年36歳。
33CDR-3420
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ジョルジェ・エネスク〜シューマン
 ヴァイオリン・ソナタ第2番 ニ短調 Op.121
ジョルジェ・エネスク(Vn)
セレニ・シャイエ=リシェ(P)
33DSD-3420
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 米 REMINGTON RLP149-50。録音:1950年。ジョルジェ・エネスク〔ジョルジュ・エネスコ〕(1881-1955)は20世紀前半に活躍したルーマニア出身の大音楽家。7歳でウィーン音楽大学に入学を許され、1893年12歳で最高メダルを得た。1894年にパリ音楽院に入りヴァイオリンをマルタン・マルシック(1848-1924)、和声と作曲をアンドレ・ゲダルジュ(1856-1928)、ジュール・マスネ(1842-1914)、ガブリエル・フォーレ(1845-1924)に師事し、1899年にヴァイオリンで一等賞を得た。1902年にベルリンでデビュー、1910年にはピアニストのエドゥアール・リスレル(1873-1929)とベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの全曲演奏会を開いた。1929年にアメリカ・コロンビアに録音した6枚のSPレコードはレコード史上に輝く最高傑作で、また1949年最初期のLPに録音したJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ全6曲(33CDR-3384と33CDR-3385)はエネスコが残した金字塔。ピアノのセリニー・シャイエ=リシェ(1884-1973)はパリ音楽院でラウル・ピュニョ(1852-1914)に師事し、1898年14歳で一等賞を得た。彼女は1932年から1952年の間にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの全曲演奏会を何度も開いた。この録音は大音楽家の遺産として後世に残したいかけがえのない演奏。
33CDR-3419
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ジャン・シャンペイユ〜J.S.バッハ無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータより
 ソナタ第1番 ト短調 BWV 1001 より〔アダージョ/ Siciliano〕/
 パルティータ第1番 ロ短調 BWV 1002 より〔 Allemande-Double / Sarabande-Double / Bouree 〕/
 ソナタ第2番 イ短調 BWV 1003 より〔 Grave /アンダンテ〕/
 ソナタ第3番 ハ長調 BWV 1005 より〔アダージョ/ Largo 〕/
 パルティータ第2番 ニ短調 BWV 1004 より〔 Sarabande / Gigue / Chaconne]/
 パルティータ第3番 ホ長調 BWV 1006 より〔 Prelude / Loure / Gavotte / Menuet 〕
  ジャン・シャンペイユ(Vn)
33DSD-3419
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 仏 VEGA C30S208 (Mono)。録音:1958年11月4日。ジャン・シャンペイユ(1910-?)はパリ音楽院で Ed.Nadaud とF.Touche に師事し、後にジョルジュ・エネスコについた。ラムルーo.とパリ・オペラ座o.のソロ・ヴァイオリンをつとめた。イザイ国際ヴァイオリン・コンクール(ベルギー、エリザベート女王音楽コンクール)でダヴィド・オイストラフと同時期の入賞者でもあった。ガブリエル・ピエルネ(1863-1937)、ポール・パレー(1886-1979)、ヤッシャ・ホーレンスシュタイン(1898-1973)、ウラディミル・ゴルシュマン(1893-1972)、アルベール・ヴォルフ(1884-1970)等の指揮者と共演した。また1944年から1950年にはカルヴェ弦楽四重奏団でも活躍し、ピアニスト、ニコル・アンリオ(1925-)とのベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタの演奏でも評判をとった。ジャック・ティボー、ジョルジュ・エネスコたちのフランス・ヴァイオリン楽派の後継者。
33CDR-3418
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グリュミオーによる知られざる録音〜マルセル・キネ(1915-1986):
 ヴァイオリンと管弦楽のための協奏的スケッチ(*) /管弦楽のための3つの小品(1951)
  アルテュール・グリュミオー(Vn;*) フェルナン・キネ指揮ベルギー国立o.
33DSD-3418
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 白 DECCA 133.198 (Mono)。録音:1952年、ブリュッセル。グリュミオーの知られざる録音。アルテュール・グリュミオー(1921-1986)はベルギーの名ヴァイオリニスト。 6歳で生地のシャルルロワ音楽院にはいり、5年の間にヴァイオリンとピアノで一等賞になり、その後ブリュッセル王立音楽院でアルフレッド・デュボワ(1898-1944)について研鑽をつんだ。さらにパリでジョルジュ・エネスコ(1881-1955)の指導を受けた。1946年にイギリス・コロンビアにバッハの2つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV1043をSPレコード2枚に初録音した(78CDR-3213)。グリュミオーは1953年、当時スタートしたばかりのオランダ・フィリップスに録音を始めた。フィリップスへの全録音はCD化されている。この録音はフィリップス専属になる1年前に、ベルギーの作曲家マルセル・キネ(1915-1986)の協奏的スケッチにソリストで登場した物。
 マルセル・キネはブリュッセル音楽院で作曲を学び、1945年にベルギーのローマ賞を得た。その作風はパウル・ヒンデミット(1895-1963)に似ていると言われる。指揮者のフェルナン・キネ(1898-1971)はモンスとブリュッセルの音楽院に学び、13歳でブリュッセルのモネ劇場のチェリストとなり、1921年にカンタータ「戦争」の作曲でローマ賞を受賞した。1938年にはリエージュ音楽院の校長に就任した。リエージュで室内オーケストラを組織し、1960年にはリエージュ・フィルになった。
33CDR-3417
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ジョルジェ・エネスク〜ベートーヴェン
 ヴァイオリン・ソナタ第9番 イ長調 Op.47「クロイツェル」
  ジョルジェ・エネスク(Vn) セレニー・シャイエ=リシェ(P)
33DSD-3417
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 仏 COLUMBIA FC1058。録音:1952年、パリ。ジョルジェ・エネスク(1881-1955)は20世紀前半に活躍したルーマニア出身の大音楽家。7歳でウィーン音楽大学に入学を許され、1893年12歳で音楽院の最高メダルを得た。1894年にパリ音楽院に入学、ヴァイオリンをマルタン・マルシック(1848-1924)、和声と作曲をアンドレ・ゲダルジュ(1856-1928)、ジュール・マスネ(1842-1914)、ガブリエル・フォーレ(1845-1924)に師事し、1899年にヴァイオリンで一等賞を得た。1902年にベルリンにデビュー、1910年にはピアニストのエドゥアール・リスレル(1873-1929)とベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの全曲演奏会を開いた。1929年にアメリカ・コロンビアに録音した6枚のSPレコードはレコード史上に輝く最高傑作で、また1949年に最初期のLPに録音したJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ全6曲(33CDR-3384と33CDR-3385)はエネスクの残した金字塔。
 ピアノのセリニー・シャイエ=リシェ(1884-1973)はパリ音楽院でラウル・ピュニョ(1852-1914)に師事し、1898年に14歳で一等賞を得た。彼女は1926年にエネスクに出会い、1932年から1952年の間にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲の演奏会を何度も開いた。
 この「クロイツェル」ソナタはエネスクの引退後にパリで録音された物。エネスクは発売を許可しなかったのだろうか、録音後お蔵入りになっていた。エネスク没後の1956年にフランス・コロンビアから10インチLPで発売された。エネスクの主要録音はこのシリーズでほとんど出ている。
78CDR-3416
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ロス・アンヘレス〜ファリャ:7つのスペイン民謡
 〔ムーア人の衣装/ムルシア地方のセギディーリャ/アストゥリア地方の歌/ホタ/子守歌/歌/ポロ〕
  ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(S) ジェラルド・ムーア(P)
78DSD-3416
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB9731/2。録音:1951年9月12日、ロンドン、アビー・ロードEMI第3スタジオ。ソプラノのビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(1923-2005)はスペインのバルセロナ出身。幼少期より声楽とギターを習い、リセウ音楽院でピアノと声楽を学んだ。1944年にバルセロナでリサイタルを開きプロ・デビュー。1947年のジュネーヴ国際音楽コンクールに優勝し脚光をあびた。1950年にはザルツブルク音楽祭とコヴェント・ガーデンのロイヤル・オペラ、ミラノ・スカラ座にデビュー、さらにニューヨークのカーネギー・ホールでリサイタルを開き国際的に知られるようになった。この録音は彼女の初期の録音で、SPレコードの末期に作られた。録音当時彼女は28歳だった。
 ジェラルド・ムーア(1899-1987)はイギリスのピアニスト。ハートフォード州ワトフォードに生まれ、カナダのトロントで音楽教育を受けた。著名な歌手の伴奏者として、リサイタルやレコード録音で活躍し、1954年に大英勲章(OEB)を授与された。1967年2月20日に開かれたムーアの引退記念演奏会にはフィッシャー=ディースカウやシュヴァルツコプフと共にロス・アンヘレスも出演した。
78CDR-3415
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レナーSQ団員、ホブデイ、ドレイパー、
 A.ブレイン、ヒンチクリフ〜ベートーヴェン
:七重奏曲 Op.20
 イェネー・レナー(Vn) シャーンドル・ロート(Va) イムレ・ハルトマン(Vc)
 クロード・ホブデイ(Cb) チャールズ・ドレイパー(Cl)
 オーブリー・ブレイン(Hr) アーネスト・W.ヒンチクリフ(Fg)
78DSD-3415
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 英 COLUMBIA LX109/113。録音:1930年3月4日。レナー弦楽四重奏団のメンバーに3人にイギリスで活躍していた3人の名管楽器奏者にコントラバスを加えたベートーヴェンの七重奏曲。レナー四重奏団は1918年にブダペスト音楽院出身の4人によって結成された。ヴァイオリンのイェネー・レナー(1894-1948)、ヴィオラのシャーンドル・ロート、チェロのイムレ・ハルトマンは同年代、1920年にウィーンでデビューした。デビュー前の2年間は田舎の村で共同生活をして1日、12時間の練習を重ねたと伝えられる。1922年にロンドン・デビュー、同時にイギリス・コロンビアの専属アーティストに迎えられた。クラリネットのチャールズ・ドレイパー(1869-1952)はイギリスのサマーセットシャーの生まれ、ロイヤル・アカデミーやギルド・ホール音楽校の教授をつとめ、イギリスのクラリネット界の祖父と尊敬された。ホルンのオーブリー・ブレイン(1893-1955)は有名なホルン奏者デニス・ブレイン(1921-1955)の父親。1911年にロイヤル・アカデミーで奨学金を受け、同年新so.の首席に就任。翌1913年には大指揮者アルトゥール・ニキシュ指揮LSOの北米楽旅に参加した。1923年からロイヤル・アカデミーで教鞭をとった。生徒の一人が息子のデニスだった。
78CDR-3414
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カンポーリ〜J.S.バッハ
 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV.1004
  アルフレード・カンポーリ(Vn)
78DSD-3414
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 仏 DECCA GAG 1955/7 (英DECCA AK1955/7と同一録音)。録音:1948年6月17日、27日、ロンドンNW6、DECCA スタジオ。アルフレード・カンポーリ(1906-1991)はイタリア生まれ。5歳の時、両親と共にイギリスに移住し、1923年にロンドンのウィグモア・ホールでデビューした。メルバ(1861-1931)やクララ・バット(1872-1936)などの大物歌手とツアーをする一方、自分の名前を冠したサロンo.を作りBBC放送やレコード録音で活躍した。第2次世界大戦後はクラシックの演奏家に返り咲き、英デッカの看板アーティストになった。1960年と1966年に日本公演を行い、66年にはキングレコードの第1スタジオで作曲家でピアニストの和田則彦氏と日本歌曲からの編曲2曲を含む11曲のヴァイオリン名曲集を録音し、1971年にイギリスでも発売された。
 このバッハは第2次世界大戦後間もなく録音されたもので、ストラディヴァリウスの名器 "ドラゴネッティ" の音色とカンポーリの歌心が堪能できる。忘れられつつある名演奏家の記録として後世に伝えたい録音としてこのシリーズに組み入れた。
33CDR-3413
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湾曲弓〔彎曲弓/バッハ弓〕創始者シュレーダーによる無伴奏〜
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ Vol.2

 パルティータ第2番 ニ短調 BWV 1004 /ソナタ第3番 ハ長調 BWV 1005 /パルティータ第3番 ホ長調 BWV 1006
  ロルフ・シュレーダー(Vn)
33DSD-3413
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 米 COLUMBIA, ML 4744 B / 5 (Set SL-189) 。録音:1952年9月(1951年秋とする資料があるが、おそらく誤り)、パリッシュ教会、ギュンバッシュ〔ギュンスバッハ〕、アルザス、フランス。録音エンジニア:ロバート・ファイン。
33CDR-3412
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湾曲弓〔彎曲弓/バッハ弓〕創始者シュレーダーによる無伴奏〜
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ Vol.1

 ソナタ第1番 ト短調 BWV 1001 /パルティータ第1番 ロ短調 BWV 1002 /ソナタ第2番 イ短調 BWV 1003
  ロルフ・シュレーダー(Vn)
33DSD-3412
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 米 COLUMBIA, ML 4743/4 A (Set SL-189)。録音:1952年9月(1951年秋とする資料があるが、誤りである模様)、パリッシュ教会、ギュンバッシュ〔ギュンスバッハ〕、アルザス、フランス。なおここに収録されているパルティータ第1番の "Double" は1曲のみで、他の "Double" 3曲は演奏されていない。
 アルベルト・シュヴァイツァーが提唱し、当盤の奏者シュレーダーによって初演された湾曲弓は、今日においてはバッハの時代には存在しなかった物だと考えられている(当時も相当な反論が上がったらしい)が、作曲当時の楽器を復元しようとする試みは古楽復興の走りともいえる。
 湾曲弓はその後、ハンガリー出身でデンマークで活躍したエミール・テルマーニが、制作者が異なる「 VEGA 弓」(名前は制作者に由来)を使用した無伴奏ソナタ&パルティータを1954年にDECCAへ録音 (TESTAMENT から復刻あり; SBT2-1257)、同年中に発売されたこともあって、こちらの方が有名になってしまった。当シュレーダー盤は、録音は1952年ながら実際に発売されたのはテルマーニ盤と同じ1954年で、これは当盤のエンジニアを務めたロバート・ファインが、MERCURY へアレクザンダー・シュナイダーによる同曲を1949年に録音済で(ダイレクト CD-R での復刻あり; 33CDR-3307, 3308)、近似した名字の奏者による同一曲目の競合を避ける目的があったのではないかという意見もある。
 演奏のシュレーダー(「ラルフ・シュレーダー」とカナ書きされていることがあるが、綴りは "Rolph Schroeder" のため、誤り)は、シュヴァイツァーとも親交があったはず(欧文資料には「当LPの序文を書いている」というものもある)だが、カッセルで活躍していたという以外殆ど情報がなく、没年すら定かではないのは不思議な事だ。当 LP はバラで状態の良くないものは1枚数千円と言った値段で見かける事もあるが、状態の良い3枚セットとなると海外でも5万円以上はする模様。
 ロルフ・シュレーダー(1901-?) のカーヴド・ボウ〔バッハ・ボウ、彎曲弓とも〕による録音。カーヴド・ボウはアルバート・シュヴァイツァー(1875-1965)が1903年にその著書「ヨハン・セバスティアン・バッハ」の中で提唱した2本、3本、4本の弦を同時に弾くために考案された弓で、1933年にロルフ・シュレーダーの手で組み立てられた。これによってバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータの複数弦を楽譜通り同時に鳴らすことが可能になり、ロルフ・シュレーダーは自らその手本として録音したものがこの2枚のLP。シュレーダーはこのバッハのみで他のヴァイオリン曲の録音は何もなく、詳しい経歴も不詳。
78CDR-3411
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[CD-R]
カユザック〜ニルセン:クラリネット協奏曲 Op.57 (1910)
 ルイ・カユザック(Cl) ヨーン・フランセン指揮デンマーク王立歌劇場o.
78DSD-3411
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[DVD-R]
 デンマーク COLUMBIA, LDX 7000/2 。録音:1947年11月3日-4日。ルイ・カユザック(1880-1960)はフランスのクラリネット奏者、作曲家。トゥールーズ音楽院でフェリックス・パジェ、パリ音楽院でシリユ・ローズに師事した。この録音は作曲家ニルセン臨席のもとで行われた。二箇所に登場するカデンツァは作曲家カユザックの面目躍たる演奏をくりひろげている。指揮者のヨーン・フランセン〔当盤表記はフランドセン〕(1918-1996)はコペンハーゲン王立アカデミーで学び、1946年から1980までデンマーク王立歌劇場o.の首席指揮者をつとめた。とくに作曲家ニルセンのスペシャリストとして知られ、1981年に「カール・ニルセン基金賞」を受賞した。
78CDR-3410
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[CD-R]
メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲 変ホ長調 Op.20
 パリ・プロムジカ八重奏団
 [アンリ・メルケル、ジョルジュ・アレ、R.ヴォラン、L.ガリ(Vn)
  P.ラドユイ、A.ルポー(Va) アンドレ・ナヴァラ、M.フレシュヴィユ(Vc)]
78DSD-3410
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[DVD-R]
 仏POLYDOR A. 6280/1。録音:1948年6月11日、サル・ショパン、パリ。この録音は第2次世界大戦後、パリで活躍したプロ・ムジカ室内楽グループによるものでフランスの香り高き名演奏をくり広げている。ヴァイオリンのアンリ・メルケル(1897-1969)、チェロのアンドレ・ナヴァラ(1911-1988)はソリストとして活躍しパリ音楽院教授をつとめていた。このシリーズのベートーヴェン七重奏曲作品20(78CDR-3263)にも二人は参加している。
 メルケルはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(78CDR-3020)、ラロのスペイン交響曲(78CDR-3107)、サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番(78CDR-3166)が、ナヴァラはベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番(78CDR-3095)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3409
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ジャック・ティボー、1905年フォノティピア&1916年パテ録音
 ダンブロジオ:セレナードOp.4 (*) /告白 [AVEU] Op.38 No.1 (#) /メランコリー(+)
 フランソワ・シューベルト:蜜蜂 Op.13 No.9 (+) / サン=サーンス:序奏とロンド・カプリツィオーソOp.28 (**)
 ヴィエニャフスキ:華麗なるポロネーズ第2番 イ長調 Op.21(##) / フォーレ:子守歌 Op.16 (++)

  ジャック・ティボー(Vn) アルフレッド・ダンブロジオ(P;*/#/+)
  フランソワ・リュールマン指揮管弦楽団(**) 不明伴奏者(P;##/++)
78DSD-3409
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 仏 FONOTIPIA, XPh 770 (*)、771 (#)、768 (+) / 仏 PATHE, 5588/9 (**)、5582 (##)、5580 (++) 。録音:1905年(*/#/+)、1916年(**/##/++)。#機械式録音ですので、その旨御了承下さい。ジャック・ティボー(1880-1953)は20世紀前半に活躍したフランスの大ヴァイオリニスト。ボルドー出身で1893年からパリ音楽院でマルタン・マルシック(1848-1924)に師事し、1896年に一等賞を得た。生活のためにカフェのコンセール・ルージュで弾いていたところを指揮者のエドゥアール・コロンヌ(1838-1910)に見いだされ楽員に採用された。そのときティボーの親友で後にパリ音楽院の教授になったジュール・ブーシュリ(1877-1962)もコロンヌの楽員になった。1905年のフォノティピア録音はティボーの初めてのレコードで、サラサーテ(1844-1908)やヴィルヘルミ(1845-1908)に学んだイタリアのヴァイオリニスト、ダンブロジオの作品を3曲弾いている。レーベルに記述はないがピアノはダンブロジオ自身が弾いているという説が強い。1905年はティボーがピアノのアルフレッド・コルトー(1877-1962)とチェロのパブロ・カザルス(1876-1973)とトリオを成した年でもあった。1916年のパテ録音はこの社の縦振動盤(Hill & Dale)で、サン=サーンスの序奏とロンド・カプリツィオーソはこの時代の録音には珍しいオーケスラ伴奏。指揮者のリュールマン(1868-1948)はベルギー生まれ。1905年からパリのオペラ・コミックの指揮者として活躍した。
GOODIES "DIRECT TRANSFER" 2012年リリース分 (末尾 349-408)
33CDR-3408
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イヴォンヌ・ロリオ〜アルベニス:イベリア Vol.2
 第3集〔エル・アルバイシン(坂の多い町)/
     エル・ポロ/ラバピエス(マドリッドの町の名)〕/
 第4集〔マラガ(舞曲マラゲニャによる)/ヘレス(ソレアレス舞曲の形式による)/
     エリタニャ(セビリャ郊外にある料亭)〕
  イヴォンヌ・ロリオ(P)
33DSD-3408
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 ソース: 仏 VEGA, C 30 A 128 。録音:1956年、パリ。イヴォンヌ・ロリオ(1924-2010)はパリ音楽院でラザール・レヴィ(1882-1964)に師事、大戦で中断後マルセル・シャンピ(1891-1980)のクラスで1943年に一等賞を得た。音楽院ではピアノの他に和声学と楽曲分析を後に結婚した作曲家のオリヴィエ・メシアン(1908-1992)に、作曲をダリユス・ミヨー(1892-1974)に師事した。ロリオは14歳でバッハの平均律クラヴィーア全曲、ベートヴェンの32のピアノ・ソナタ、ショパンの全ピアノ作品とモーツァルトの22曲のソロ・ピアノ協奏曲をレパートリーにしていた。音楽院卒業後作曲家メシアンのピアノ曲はすべてロリオによって初演された。1967年から89年の長期にわたってパリ音楽院の教授をつとめた。レコード録音も多く、12のフランス・ディスク大賞を得た。このアルベニスはその一つである。ロリオはこのシリーズでバッハの「シャコンヌ」(78CDR-3186)が出ている。ロリオが22歳の時のSP録音。
33CDR-3407
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イヴォンヌ・ロリオ〜アルベニス:イベリア Vol.1
 第1集〔喚起(エボカシオン)/港(エル・プエルト)/セビリャの聖体祭〕/
 第2集〔ロンデニャ(ロンダ地方の舞曲)/アルメリア(タランタ舞曲のリズムによる)/
     トゥリアナ(セビリャの町はずれ)
  イヴォンヌ・ロリオ(P)
33DSD-3407
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 ソース: 仏 VEGA, C 30 A 127 。録音:1956年、パリ。
78CDR-3406
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ナヴァラ&バンヴニューティ〜ベートーヴェン
 モーツァルト「魔笛」の「娘か女房か」の主題による12の変奏曲 ヘ長調 Op.66 /
 モーツァルト「魔笛」の「恋を知る男たちは」の主題による7つの変奏曲 変ホ長調 WoO.46
  アンドレ・ナヴァラ(Vc) ジョゼフ・バンヴニューティ(P)
78DSD-3406
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 ソース: 仏 PATHE, PDT 107/8 。録音:1946年1月15日、パリ。チェロのアンドレ・ナヴァラ(1911-1988)は1920年9歳でトゥールーズ音楽院に入り4年後に一等賞を得て、さらにパリ音楽院で研鑽を積み一等賞を得た。卒業後クレトリー弦楽四重奏団に入り1935年に退団、1937年にウィーン国際コンクールで優勝、ソリストとして活動を開始した。1949年パリ音楽院教授に迎えられ、イタリアのシギアーナ音楽アカデミーの教授もつとめた。1940年代後半からソロよりもむしろ室内楽の分野で活躍した。ピアノのジョゼフ・バンヴニューティ(1908-1987)はパリ音楽院教授を1955年から67年までつとめた。ナヴァラはこのシリーズでベートーヴェン:チェロ・ソナタ第3番(78CDR-3095)が出ている。
78CDR-3405
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ナヴァラ、ウーヴラドゥ、ミュンシュ他〜ハイドン:協奏交響曲 変ロ長調 Op.84, Hob.I-105
 ロラン・シャルミー(Vn) アンドレ・ナヴァラ(Vc)
 フェルナン・ウーブラドゥ(Fg) ミルティル・モレル(Ob)
 シャルル・ミュンシュ指揮管弦楽団
78DSD-3405
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 ソース: 仏ロワゾリール, OL 83/5。録音:1939年6月、パリ。フランスの弦と木管の名手4人が活躍する豪華絢爛な協奏交響曲。ヴァイオリンのロラン・シャルミー(1908-1987)はパリ音楽院教授を務めた。チェロのアンドレ・ナヴァラ(1911-1988)はパリ音楽院出身で1937年ウィーン国際コンクールで優勝後ソリストとして活躍した。バスーンのフェルナン・ウーブラドゥ(1903-1986)もパリ音楽院出身の名手。母校の教授をつとめたこともある。指揮のシャルル・ミュンシュ(1891-1968)はストラスブール生まれ。パリ音楽院でリュシアン・カペー(1873-1928)にヴァイオリンを学んだ。1926年から32年にはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のソロ第1ヴァイオリン奏者をつとめ、ブルーノ・ワルター(1876-1962)やヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)のもとで演奏し指揮法をも身につけた。1938年から45年にパリ音楽院管弦楽団の指揮者をつとめ、1939年には音楽院の指揮科の教授に任命された。この録音はその当時のもの。
78CDR-3404
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当曲の世界初録音、サインス・デ・ラ・マーサ&アルヘンタ〜
 ロドリーゴ
:アランフェス協奏曲
  レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサ(G)
  アタウルフォ・アルヘンタ指揮スペイン国立o.
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 ソース:西 COLUMBIA, RG 16066/8。録音:1947-1948年頃。山野楽器と DOREMI がそれぞれCD化していたが、特に前者は原盤の状態が悪く、聴き辛い状態だった。グッディーズさんによると『これまでまともな音質のものが出回っていないようで、話題を呼ぶと思われます』とのことで、音質には期待出来そうだ。この名曲の世界初録音。ギターのレヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサ(1986-1981)は作曲者ホアキン・ロドリーゴ(1901-1999)にソリストに選ばれ1940年11月6日に初演した。初演当時デ・ラ・マーサはマドリッド音楽院の教授だった。ロドリーゴは3歳で失明、パリのスコラ・カントルムで作曲家のポール・デュカスに師事した。スペインの民族的感覚をフランス風に洗練した手法で仕上げた。この曲以外にもギターとオーケストラのための協奏曲を数曲書いている。指揮のアタウルフォ・アルヘンタ(1913-1958)はマドリッド音楽院で学び、1947年にスペイン国立管弦楽団の終身首席指揮者に任命されが45歳の若さで世を去った。
33CDR-3403
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[CD-R]
レーヴェングートSQ&エマール〜フランク
 ピアノ五重奏曲 ヘ短調/前奏曲、コラールとフーガ
  ジャクリーヌ・エマール(P) レーヴェングートSQ
  [アルフレッド・レーヴェングート(Vn1) モーリス・フュエリ(Vn2)
   ロジェ・ロシュ(Va) ピエール・ベスー(Vc)]
33DSD-3403
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[DVD-R]
 ソース:仏 PHILIPS-A 00381 L(MONO)。録音:1955年5月23日-25日、アムステルダム・コンセルトヘボウ、バッハザール。ジャクリーヌ・エマール(1922-2008)はニースに生まれたフランスの女流ピアニスト。パリ音楽院でイヴ・ナット(1890-1956)に師事した。レーヴェングート四重奏団は1929年アルフレッド・レーヴェングートによって結成され、1983年に解散したフランスの名弦楽四重奏団。半世紀にわたってフランス楽派を代表する四重奏団として君臨した。エマールはこのシリーズでドビュッシー名曲集(33CDR-3382)が出ている。
33CDR-3402
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[CD-R]
ワルター&NYP 〜モーツァルト
 交響曲第40番 ト短調 K.550 (*) /
 交響曲第35番 ニ長調 K.385「ハフナー」(#)
ブルーノ・ワルター指揮
NYP
33DSD-3402
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[DVD-R]
 ソース: 米 COLUMBIA ML 4693 (MONO)。録音:1953年2月23日(*)、1953年1月5日(#)、ニューヨーク30丁目コロンビア・スタジオ。ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後ピアニストとしてデビュー、後に指揮者に転向した。1896年ハンブルク歌劇場で指揮をした時、音楽監督を務めていたグスタフ・マーラー(1860-1911)に出会い交友を深めた。その後ワルターはバイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo.、ウィーン国立歌劇場などの楽長、音楽監督を歴任した。1938年オーストリアがナチス・ドイツに併合されると迫害を避けてウィーンからフランス、スイスを経てアメリカに逃れた。この録音はアメリカ時代の初期にニューヨークで録音された。ワルターはステレオでもこの2曲を録音しているが、このモノ録音は圧倒的に優れている。
33CDR-3401
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[CD-R]
クナ&BPO〜ハイドン
 交響曲第94番 ト長調「驚愕」
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮
BPO
33DSD-3401
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[DVD-R]
 ソース: 独 ELECTROLA DB 5671/3。録音:1941年10月30日、ベルリン、ベートーヴェンザール。ハンス・クナッパーツブッシュ(1888-1965)は20世紀のなかばに活躍したドイツの指揮者。オランダ国境に近い現在のヴッパータールに生まれた。ボン大学で哲学を修めた後、ケルン音楽学校で指揮法を学んだ。この録音は第2次世界大戦中ヒトラー統制下のベルリンで行われた。他にこの指揮者がBPOを指揮した「英雄」(78CDR-3102)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3400
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[CD-R]
ボタンとリボン〜ダイナ・ショア SP 録音集(#はヒットチャートの最高位)
 ボタンとリボン#1/アニヴァーサリー・ソング#1/二人でお茶を/マイ・ロマンス/
 セントルイス・ブルース/スターダスト/捧げるは愛のみ/青いカナリア(3:08) #11
  ダイナ・ショア、フランク・シナトラ(Vo) ハッピー・ヴァリー・ボーイズ
  モリス・ストロフ楽団 アクセル・ストーダール楽団 ソニー・バーク楽団
  ポール・ラヴァルとウッドウィンディ10 フレディ・マーティン楽団 ヴィック・シェン楽団
78DSD-3400
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[DVD-R]
 ダイナ・ショア(1916.02.19-1994.02,24) はアメリカのポップス・シンガー。テネシー州ウィンチェター生まれ。大学時代に地元のラジオ局に歌手として出演した。大学卒業後ニューヨークに出て歌手をを目指し、WNEW局でフランク・シナトラと出演した。BLUEBIRDレーベルにザヴィア・クガート楽団と "そよ風と私" を録音して歌手としての一歩を踏み出した。ここにはCOLUMBIA時代のヒットと、その前後に所属したRCA VICTORへの録音を集めた。美声でエレガントな歌い回しが、聴き手を魅了する。SPレコードの良さを最大限に発揮したヴォーカル集。
78CDR-3399
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[CD-R]
リパブリック讃歌〜ジョー・スタッフォード、SP 録音集
 リパブリック讃歌/千歳の岩/日暮れて四方はくらく/
 主よ、みもとに近づかん/みちびきゆかせたまえ/さびしきみそのに
 ジョー・スタッフォード(Vo) ポール・ウェストン楽団 レイヴンズクロフト四重唱団
78DSD-3399
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[DVD-R]
 ソース: U.S. CAPITOL CC-9014 (78rpm Album Set)。録音:1950年。ジョー・スタッフォード(1917.11.12-2008.07.16)はアメリカのポップス・シンガー。1938年、男女4人編成のヴォーカル・グループ"パイド・パイパース" の一員としてトミー・ドーシー楽団に加わり、その後ソロ・シンガーに抜擢された。1942年にバンドを辞して独立、ヴォーカリストとして新興のCAPITOLに迎えられた。このSPレコード3枚組のアルバムは1950年に発売になった。ここでは後に結婚して夫君となったポール・ウェストンの指揮する楽団と男性四重唱のバックで歌う。どこかで聞いたことがある懐かしい歌で綴られ、心が洗われる讃美歌集。スタッフォードは、その後COLUMBIAに移籍し、数々の大ヒットを出した。それらはテネシー・ワルツ-ジョー・スタッフォードSP録音集(78CDR-3280)で聴ける。
33CDR-3398
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[CD-R]
カルヴェSQ 〜モーツァルト:弦楽四重奏曲第14番 ト長調 K.378
 カルヴェSQ[ジョゼフ・カルヴェ(第1Vn) ダニエル・ギレヴィチ(第2Vn)
       レオン・パスカル(Va) ポール・マ(Vc)]
33DSD-3398
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[DVD-R]
 独 TELEFUNKEN E 2867/8。録音:1938年10月26日。カルヴェ弦楽四重奏団はリーダーのジョゼフ・カルヴェ(1897-1984)によって1919年に結成された。1928年にナディア・ブーランジェの発意でベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏会をフランスで開いた。この録音は創立メンバーによる物。リーダーのカルヴェ以外のメンバーは3人は1940年に離籍した。カルヴェは1935年にパリ音楽院教授になり、四重奏団の活動と同時に後進の指導にあたった。第2ヴァイオリンのダニエル・ギレヴィッチは1941年に米国に移住したダニエル・ギレ(1899-1990)で、トスカニーニー指揮のNBCso.に入り1951年にコンーサート・マスターになった。またギレ弦楽四重奏団を結成、1954年にはボザール・トリオを結成した。ヴィオラのレオン・パスカルは1941年にパスカル弦楽四重奏団を結成しフランスを代表する弦楽四重奏団として名声を博した。
78CDR-3397
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[CD-R]
E.フィッシャー指揮〜モーツァルト
 セレナード第10番 変ロ長調 K.361(370a)「グラン・パルティータ」(抜粋)
  エトヴィン・フィッシャー指揮管楽合奏団
78DSD-3397
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[DVD-R]
 米 VICTOR 17679/81(英 HIS MASTER'S VOICE DB 4693/5 と同一録音)。録音:1939年9月、ベルリン。
 上記の通り「弾き振り」を得意とした彼だが、ここではピアノは弾かず指揮者に専念。第2楽章のメヌエットと第5楽章ロマンスが省略された録音。
78CDR-3396
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[CD-R]
E.フィッシャー弾き振り〜モーツァルト
 ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466(カデンツァ:E.フィッシャー)
  エトヴィン・フィッシャー(P)指揮 LPO
78DSD-3396
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 独 ELECTROLA DB 2118/21。録音:1933年11月24日、ロンドン、アビー・ロードEMI第1スタジオ。
 エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)はスイス生まれで主にドイツで活躍したピアニスト、指揮者、教育者でもあった。ベルリンでリストの最後の弟子だったマルティン・クラウゼ(1853-1918)に師事した。1933年にEMIのアーティストとなり、J.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集」全曲の世界初録音を行なった(当シリーズの78CDR-1142/6で出ている)。フィッシャーは協奏曲の演奏で独奏と同時に指揮をする「弾き振り」の演奏法を現代に復活させた。このシリーズでハイドン:ピアノ協奏曲 ニ長調Op.21(78CDR-3129)が「弾き振り」で聴ける。またこのピアノ協奏曲第20番はブルーノ・ワルターの「弾き振り」でも発売されている(78CDR-3219)。
33CDR-3395
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エティエンヌ&エウィット〔エヴィット〕管〜モーツァルト
 クラリネット協奏曲 イ長調 K.622(第1楽章終結部に原盤ノイズあり)/
 フリーメイソンのための葬送音楽K.477 (479a)(原盤ノイズあり)
  フランソワ・エティエンヌ(Cl) モーリス・エウィット指揮エウィット室内o.
33DSD-3395
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[DVD-R]
 仏 LES DISCOPHILES FRANCAIS 2。録音:1941年6月、パリ。フランソワ・エティエンヌ(1901-1970)はフランスのトゥーロンに生まれたクラリネット奏者。生地の音楽学校で学んだ後、パリ音楽院でプロスペル・ミマール(1859-1918)に師事し1919年に一等賞を得た。1926年にオペラ座のクラリネット奏者となり1964年まで約40年間ーその地位にあった。その間パリ音楽院o.にも席を置き1933年にソロ・クラリネット奏者に任命された。
 この録音は1941年6月に78回転SPレコード4枚に録音されたもので最初期のLPに転写された。再録音は1952年に同じエヴィットo.と行なわれたので混同されている。指揮者のモーリス・エヴィット(1884-1971)は元カペー弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者。1928年リーダーのリュシアン・カペー(1873-1928)の急逝でエヴィット四重奏団(1928-30)として引き継いだ。その後アメリカでクリーヴランド四重奏団を組織(1930-34)、フランスに戻りエヴィット四重奏団(1935-39,1946-49)を作った。一方でエヴィット室内o.を組織し活躍した。
33CDR-3394
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[CD-R]
ミラベルの庭園にて〜ワルター、モーツァルト管弦楽曲集
 セレナード第13番 ト長調 K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」/
 メヌエット ヘ長調 K.599/メヌエット ハ長調 K.568/3つのドイツ舞曲 K.605 /
 フリーメイソンのための葬送音楽K.477 (479a) /歌劇「魔笛」序曲 K.620 /
 歌劇「フィガロの結婚」序曲 K.492 /歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」序曲 K.588 /
 歌劇「劇場支配人」序曲 K.486
  ブルーノ・ワルター指揮コロンビアso.
33DSD-3394
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 蘭 PHILIPS-A 01237 L (MONO)。録音:1954年12月28日、30日、ニューヨーク30丁目コロンビア・スタジオ。ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後ピアニストとしてデビュー、後に指揮者に転向した。1896年ハンブルク歌劇場で指揮をした時、音楽監督を務めていたグースタフ・マーラー(1860-1911)に出会い交友を深めた。その後ワルターはウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo.などの楽長、音楽監督を歴任ーした。1938年オーストリアがナチス・ドイツに併合されると迫害を避けてフランス、スイスを経てアメリカに逃れた。この録音はアメリカ時代の初期に、得意のモーツァルト作品を集めてLP用に録音した物。コロンビアso.の実体はNYPとされている。これから登場するモノラル時代のワルターの最初の1枚に選んだ。
33CDR-3393
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[CD-R]
ロッテ・レーマン〜ブラームス:歌曲集
 ご機嫌いかが、私の女王様Op.32 No.9 /われらはさまよったOp.96 No.2 /
 夜鳴きうぐいすに寄すOp.46 No.4 /墓地にてOp.105 No.4 /
 美しいおとめよ、私を許して- 谷間に(ドイツ民謡集より) /
 かわいい恋人よ、素足で来ないで(ドイツ民謡集より) /5月の夜Op.43 No.2 /
 日曜日Op.47 No.3 - おお、いとしい頬Op.47 No.4
  ロッテ・レーマン(S) パウル・ウラノフスキー(P)
33DSD-3393
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[DVD-R]
 ソース: 米 COLUMBIA 17273/4 & 71059/60D (set M453) /録音:1941年3月19日、コロムビア・レコード B スタジオ、ニューヨーク。ロッテ・レーマン(1888-1976)はドイツのペルレベルク生まれ。ベルリンで勉強した後、1910年にハンブルク歌劇場でワーグナーの「ローエングリン」でデビューした。1914年にはウィーン宮廷歌劇場にデビューし、リヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」、「影のない女」、「インテルメッツォ」、「アラベラ」のウィーン初演に出演した。また「ばらの騎士」のマルシャリン役での録音もある。レーマンはオペラ歌手としてだけではなく歌曲も得意とした。1938年ナチスのオーストリア併合で被害を逃れ、アメリカに移住した。この録音はアメリカ時代の初期のもの。レーマンはこのシリーズでシューベルト「冬の旅」(全曲)(78CDR-3048, 3049、シューベルト「美しき水車屋の娘」(78CDR-3079)、R.シュトラウス: 歌曲集(78CDR-3348)、シューマン「女の愛と生涯」(78CDR-3363)が出ている。
78CDR-3392
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[CD-R]
プルジーホダ&ケンペン〜ドヴォルジャーク
 ヴァイオリン協奏曲 イ短調 Op.53
ヴァーシャ・プルジーホダ(Vn)
パウル・ファン・ケンペン指揮
ベルリン国立歌劇場o.
78DSD-3392
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[DVD-R]
 ソース: 独 POLYDOR 68201/5S /録音:1943年6月、ベルリン。ヴァーシャ・プルジーホダ〔プシホダ〕(1900-1960)はチェコのヴォズナニーに生まれたヴァイオリニスト。11歳でプラハ音楽院に入った。ミラノの演奏会に居合わせた大指揮者アルトゥーロ・トスカニーニ(1867-1957)を驚嘆させ、「新しいパガニーニ」と称賛したのがきっかけで、ヨーロッパ諸国で認められた。1921年にアメリカ・デビュー、1927年にはロンドン公演をした。プシホダは1930年にヴァイオリニストのアルマ・ロゼー(1906-1944)と結婚したが1935年に別れた。アルマ・ロゼーはウィーン・フィルのコンサートマスターを長年つとめたアルノルト・ロゼー(1863-1946)の娘。プシホダは第2次大戦中はザルツブルクのモーツァルテウムで教鞭をとった。戦後はウィーンを拠点に教鞭と演奏活動した。この録音は大戦中の1943年のものである。パウル・ファン・ケンペンは(1893-1955)はオランダの指揮者。戦中戦後を通じてドイツで活躍しレコード録音も多かった。だが戦時中祖国を離れて敵国ドイツで活動したことをオランダ人は許さず、戦後ボイコット運動が起こり不遇のうちに世を去った。
78CDR-3391
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[CD-R]
クレンペラーの「ブラ1」1927-1928
 ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 Op.68
オットー・クレンペラー指揮
ベルリン国立歌劇場o.
78DSD-3391
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[DVD-R]
 ソース: 英 PARLOPHONE E10807/12 /録音:1927年12月15日、20日、1928年2月3日、 6月26-27日、ベルリン。オットー・クレンペラー(1885-1973)ドイツ生まれ、1910年からドイツ各地のオペラハウスでキャリアを積んだ。1927年-31年にはベルリンのクロール・オペラ の指揮者をつとめた。ユダヤ人の彼は1937年ナチスの迫害を逃れてアメリカに移住、市民権を得てロスアンジェルス・フィルハーモニーの音楽監督のポジションを得た。だがカリフォルニアの土地になじめず、神経症を病み、奇行を重ねたあげくその地位を離れた。第2次世界大戦が終わるとヨーロッパ楽壇に復帰し、1954年にEMIのプロデューサー、ウォルター・レッグが組織したフィルハーモニア管弦楽団の初代首席指揮者に就任した。アメリカ時代に受けた脳腫瘍の手術の後遺症で半身不随になった彼は晩年、車椅子で指揮を続けた。この録音はクロール・オペラ時代のもので、オーケストラと指揮者のスケジュールを調整しながらの録音セッションによって録音完成までに時間をかけている。大指揮者の若い時代の演奏を、晩年の演奏と比較しながら聴かれることをおすすめする。
33CDR-3390
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[CD-R]
イヴ・ナット〜ベートーヴェン:後期ピアノ・ソナタ集
  〔第32番ハ短調 Op.111 /第30番 ホ長調 Op.109 /第31番 変イ長調 Op.110 〕
 イヴ・ナット(P)
33DSD-3390
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[DVD-R]
 ソース: 仏 LES DISCOPHILES FRANCAIS DF 109 (アクセント) /録音:1954年2月17日、サル・エダール、パリ。イヴ・ナット(1890-1956)はフランスのピアニスト。1907年パリ音楽院のルイ・ディエメール(1843-1919)のクラスで一等賞を得てデビューした。1910年代から コンサート・ピアニストとして活躍したが、演奏家としての絶頂期の1934年にパリ音楽院教授に任命され、生涯その地位にあった。録音は音楽院教授就任以 前に録音したシューマン:ピアノ協奏曲(78CDR-3352)など僅かにあるが、晩年の1952年から56年のLP時代に多い。ベートーヴェン:ピアノ・ソナタの全曲録音もある。ここに収録されたピアノ・ソナタ第32番作品111と第30番作品110は中でも最高傑作と目されているもので、初期LPのモノラルながら、録音も優れている。ナットの門下生にはユーリ・ブーコフ、イエルク・デムス、レーヌ・ジャノーリ、ジュヌヴィエーヴ・ジョワ、ジャック・ルーシェ、ジャン・ヌヴー、ロベール=ヴェイロン・ラクロワなどがいる。
33CDR-3389
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[CD-R]
カザルス、1960年の「いわく付き」ドヴォコン
 ドヴォルザーク
:チェロ協奏曲 ロ短調Op.104
パブロ・カザルス(Vc)
アレクサンダー・シュナイダー指揮
1960年プエルト・リコ・
 カザルス・フェスティヴァルo.
33DSD-3389
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[DVD-R]
 ソース: 米 EVEREST LPBR 6083 (Mono) /録音:1960年6月14日、プエルト・リコ大学。パブロ・カザルス(1876-1973)はスペインのカタルーニャ地方の町エル・ペドレルに生まれた。バルセロナ音楽院でチェロ、ピアノ、楽理、作曲を学び、1890年バルセロナでバッハの無伴奏チェロ組曲の楽譜に出会い1904年に公開演奏した。1905年ピアノのコルトー、ヴァイオリンのティボーとトリオを結成した。この録音は1960年、83歳のカザルスが居を構えていたカリブ海の島国プエルト・リコ(面積は四国の約半分)で行なわれたカザルス音楽祭でのライブ録音。指揮者のアレクサンダー・シュナイダー(1908-1993)はリトアニア生まれ。ブダペスト弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者、シュナイダー弦楽四重奏団のリーダー、独奏者、指揮者として活躍した。1950年、隠遁生活中のカザルスを説得してプラド音楽祭を実現させた。このLPは発売直後に廃盤となったもので、多くのファンから再発売が望まれていた。
78CDR-3388
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[CD-R]
パウル・バウムガルトナー〜シューベルト
 幻想曲 ハ長調「さすらい人幻想曲」Op.15、D.760
パウル・バウムガルトナー(P)
78DSD-3388
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE C4879/81。録音:1949年2月3日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 パウル・バウムガルトナー(1903-1976)はスイスのアルステッテン生まれ、ミュンヘンの高等音楽・演劇学校でヴァルター・ブラウンフェルス(1882-1954)に師事しピアノと作曲を学んだ。さらにケルン音楽アカデミーでエドゥアルト・エルトマン(1896-1958)に師事した後、そこでピアノを教えるようになった。ナチスの台頭でスイスに戻りバーゼルに居を構え、バーゼル音楽院の教授に任命された。バウムガルトナーは第1回カザルス音楽祭のピアニストとして活躍。弟子にアルフレッド・ブレンデル(1931-)、カール・エンゲル(1923-2006)や指揮者のギュンター・ヴァント(1912-2002)などがいる。1962年にセント・ガレン市の芸術栄誉賞を授与された。
 この録音はHMV録音だがスイスだけで発売された。
33CDR-3387
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[CD-R]
アルトゥール・シュナーベル〜モーツァルト
 ピアノ協奏曲第21番 ハ短調 K.467
アルトゥール・シュナーベル(P)
マルコム・サージェント指揮LSO
33DSD-3387
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[DVD-R]
 録音:1937年1月12日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。カデンツンァ:シュナーベル。
 アルトゥール・シュナーベル(1882-1951)はポーランドのリプニク(旧オーストリア領)に生まれた。1889年7歳でウィーン音楽院に入り、1891年から1897年に名教授テオドール・レシェティツキ(1830-1915)に師事した。1901年にベルリンにデビュー、1933年までこの地を本拠にした。その間演奏活動の傍らベルリン高等音楽院で教え、弟子にクリフォード・カーゾン(1907-1982)、ペーテル・フランクル(1935-)などがいる。またカール・フレッシュ(1873-1944)、パブロ・カザルス(1876-1973)、エマヌエル・フォイアマン(1902-1942)、パウル・ヒンデミット(1895-1963)、ブロニスワフ・フーベルマン(1882-1947)との室内楽演奏はベルリンの呼び物だった。その後1932年から34年にロンドンに居を構え、1939年にアメリカに移住した。
 シュナーベルはSP時代HMVにベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全曲、ピアノ協奏曲全曲(2回)を録音した。他に室内楽の録音も多い。シュナーベルのモーツァルトはピアノ四重奏曲 K.478、協奏曲第19番 K.459、第27番 K.595、ピアノ・ソナタ第8番 K.310、第12番 K.332、第16番 K.570がある。
78CDR-3386
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[CD-R]
ブレイン、グリラー/他〜モーツァルト
 ホルン、ヴァイオリン、2つのヴィオラとチェロのための五重奏曲 変ホ長調 K.407 (386c)
  デニス・ブレイン(Hr) シドニー・グリラー(Vn)
  フリップ・バートン、マックス・ギルバート(Va) コリン・ハンプトン(Vc)
78DSD-3386
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 英 DECCA K.1138/9。録音:1945年3月9日、ロンドンNW6、デッカ・スタジオ。
 夭折の天才ホルン奏者デニス・ブレイン(1921-1957)とグリラー弦楽四重奏団のメンバーにヴィオラのマックス・ギルバートが加わった五重奏。デニス・ブレインは父親のオーブリー・ブレイン(1893-1955)の指導を受けた。初レコード録音は1943年、モーツァルト:ホルン協奏曲第4番 K.495(78CDR-3291)で22歳だった。デニスは1957年9月1日、エディンバラからロンドンに戻る途中、自身の運転するスポーツカー(トライアンフTR2)の事故で命を落とした。
 グリラー弦楽四重奏団は1931年の結成されたイギリスの有数の四重奏団。SPレコード時代から主にデッカに多くの録音を残した。デッカのデニス・ブレインは1944年録音のチャイコフスキー:交響曲第5番第2楽章のホルンソロがシドニー・ビーア指揮ナショナルso.(78CDR-3158)で聴ける。
エネスク〔エネスコ〕の「無伴奏」、遂に当レーベルから登場〜
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ Vol.2
(#)
 パルティータ第2番 ニ短調 BWV.1004 /ソナタ第3番 ハ長調 BWV.1005 /パルティータ第3番 ホ長調 BWV.1006
  ジョルジュ・エネスク(Vn)
33DSD-3385
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[DVD-R]
33CDR-3384
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[CD-R]
エネスク〔エネスコ〕の「無伴奏」、遂に当レーベルから登場〜
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ Vol.1
(*)
 ソナタ第1番 ト短調 BWV.1001 /パルティータ第1番 ロ短調 BWV.1002 /ソナタ第2番 イ短調 BWV.1003
  ジョルジュ・エネスク(Vn)
33DSD-3384
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[DVD-R]
 米 CONTINENTAL CLP-104/5A (*)、CLP-105B/6 (#) [CLP-104/6] 。録音:1949年、ニューヨーク。
 ジョルジュ・エネスク(1881-1955)はルーマニアに生まれ、4歳でヴァイオリンを、5歳で作曲を始めた。7歳でウィーン音楽大学に入学を許され、1893年12歳で音楽院の最高メダルを得た。1894年にパリ音楽院に入学、ヴァイオリンをマルシック(1848-1924)、和声学と作曲をアンドレ・ゲダルジュ(1856-1928)、ガブリエル・フォーレ(1845-1924)、ジュール・マスネ(1842-1914)に師事し、1899年にヴァイオリンで一等賞を得た。1902年にベルリンでデビュー、1903年にはロンドンを訪問した。1910年にはピアニストのエドゥアール・リスレル(1873-1929)とベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの全曲演奏会を開いた。1917年には祖国ルーマニアの首都ブカレストにエネスクの名を冠したオーケストラを作った。
 エネスクは1923年に初のアメリカ楽旅をしその後生涯14回この地を訪れた。エネスクのレコード録音は1924年アメリカ・コロンビアの機械式録音(78CDR-3066)に始まる。1929年のアメリカ・コロンビアへの6枚の電気録音はレコード史上に輝く最高傑作とされている(78CDR-3018、78CDR-3035、78CDR-3088)。
 このJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ全6曲はJ.S.バッハの没後200年にあたる1950年にアメリカのマイナーレーベルCONTINETALから発売された。豪華な3枚組アルバム入りのセットは、エネスク最晩年の心血を注いだ演奏で、演奏家や心あるレコード愛好家が絶賛したが数年でカタログから消えてしまい、クラシックLP最高のコレクター・アイテムになった。
これまでの復刻とは一線を画し、オリジナル盤に秘められたエネスクの芸術の全貌が真の姿で蘇ったと確信する。
33CDR-3383
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ジネット・ヌヴー〜ドビュッシー
 ヴァイオリン・ソナタ ト短調
ジネット・ヌヴー(Vn)
ジャン・ヌヴー(P)
33DSD-3383
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 英 HIS MASTER'S VOICE HLM 7178 (Mono)。録音:1948年3月18日、アビー・ロード、EMI第3スタジオ。ジネット・ヌヴー(1919-1949)はアメリカへの演奏旅行に向かう航空機の事故で1949年10月28日に30歳の生涯を終えた。彼女が残した最後のスタジオ録音。
 ヌヴーはジョルジュ・エネスコ(1881-1955)に手ほどきを受けた後、11歳でパリ音楽院でジュール・ブーシュリ(1878-1962)のクラスに入り8カ月後に一等賞を得た。その後ベルリンでカール・フレッシュ(1873-1944)のもとで研鑽を積んだ。1935年にワルシャワで開催されたヴィエニャフスキ・ヴァイオリン・コンクールに16歳で参加し180人の競争者に勝ち優勝した。第2位はソ連から参加したダヴィド・オイストラフ(1908-74)、第3位はスコットランド出身でパリ音楽院でブーシュリに師事したアンリ・テミアンカ(1906-92)だった。
 この録音は1948年に78回転SPレコード3面に収録されたが、SP時代には発売されなかった。1957年にLPで初めて発売された(英HIS MASTER'S VOICE ALP 1520)。ダイレクト・トランスファーでは2012年のドビュッシー生誕150年を記念してドビュッシーだけを収録した。ドビュッシーのヴァイオリン・ソナタはジャック・ティボーのヴァイオリンとアルフレッド・コルトーのピアノによる1929年の録音がこのシリーズで出ている(78CDR-3044)。
33CDR-3382
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ドビュッシー:ピアノ名曲集
 アラベスク第1番 ホ長調/雨の庭/沈める寺/
 吟遊詩人/アナカプリの丘/
 ゴリウォッグのケークウォーク/月の光/喜びの島
ジャクリーヌ・エマール(P)
33DSD-3382
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 仏 LE CHANT DU MONDE LD-S-8169 (Mono)。録音:1954年、パリ。初期LP特有のノイズあり。ジャクリーヌ・エマール(1922-2008)はニースに生まれたフランスの女流ピアニスト。パリ音楽院でイヴ・ナット(1890-1956)に師事した。メジャー・レーベルの録音はフランク:ピアノ五重奏曲(レーヴェングート四重奏団と共演)がフランス・フィリップスにあった。この録音はフランスのシャン・デュ・モンドの10インチ盤に残された物。有名曲揃いで楽しめる。
78CDR-3381
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クラウス&ゴールドベルク〜モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ集 Vol.2
 〔第34番 変ロ長調 K.378 (317d) (*) /第36番 変ホ長調 K.380 (374f) (#) /第33番 ヘ長調 K.377 (374e) (+) 〕
  リリー・クラウス(P) シモン・ゴールドベルク(Vn)
78DSD-3381
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 英 PARLOPHONE SW8007/12。録音:1937年4月20日(*)、1937年4月20日-21日(#)、1937年4月15日(+)。
 ヴァイオリンのシモン・ゴールドベルク(1909-1993)とピアノのリリー・クラウス(1903-1986)によるモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ選集2。ピアノのリリー・クラウスはハンガリー生まれ、ブダペスト音楽院でゾルターン・コダーイ(1882-1967)やベラ・バルトーク(1881-1945)に師事した。さらにウィーンでアルトゥール・シュナーベル(1882-1951)の指導をえた。1942年シモン・ゴールドベルクとアジア楽旅の時、ジャワ島で日本軍に捕らえられ、家族共々1945年まで抑留生活を送った。戦後はイギリス国籍を取得し活発な演奏活動を行った。(シモン・ゴールドベルクについては3380を参照)
78CDR-3380
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クラウス&ゴールドベルク〜モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ集 Vol.1
 〔第24番 ハ長調 K.296 (*) /第35番 ト長調 K.379 (373a) (#) /第41番 変ホ長調 K.481 (+) 〕
  リリー・クラウス(P) シモン・ゴールドベルク(Vn)
78DSD-3380
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 英 PARLOPHONE SW8000/6。録音:1935年11月5日-6日(*)、1935年5月25日、11月6日(#)、1936年2月(+)。
 ヴァイオリンのシモン・ゴールドベルク(1909-1993)とピアノのリリー・クラウス(1903-1986)によるモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ選集1。ポーランド生まれのゴールドベルクは8歳の時ベルリンで名教師カール・フレッシュ(1873-1944)に師事し、12歳でワルシャワでデビューした。1916年16歳でドレスデンpo.のコンサートマスターに任命され、1929年20歳の時フルトヴェングラー(1886-1954)の招きでベルリン・フィルハーモニーのコンサートマスターに就任した。1934年ドイツで政権を得たナチスによってBPOのコンサート・マスターの地位を追われ、ニューヨークでデビュー後、1942年からアジア楽旅を行った時日本軍により1945年までジャワ島での抑留生活を強いられた。戦後アメリカ国籍を得て、演奏活動と後進の指導に活躍、1990年から没年まで新日本フィルハーモニーの指揮者に就任し、富山県の立山のホテルにて死去した。(リリー・クラウスは78CDR-3381参照)
78CDR-3379
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パガニーニSQ
 ドビュッシー:弦楽四重奏曲 ト短調 Op.10
 ハイドン:弦楽四重奏曲 ニ長調 Op.64 No.5「ひばり」〜第4楽章
  パガニーニSQ[アンリ・テミアンカ(第1Vn) ギュスタヴ・ロッセール(第2Vn)
         ロベール・クルト(Va) ロベール・マース(Vc)]
78DSD-3379
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 米 RCA VICTOR 12-0259/62 (Set M-1213)。録音:1947年1月22日-23日。
 パガニーニ弦楽四重奏団は1946年、アンリ・テミアンカ(1906-1992)によって結成された。結成の前年テミアンカは元プロアルト弦楽四重奏団のチェリスト、ロベール・マースに会った。マースは新しい四重奏団のためのスポンサーになる人物がいることを話し、またニューヨークの楽器店で売り出されていたパガニーニ(1782-1840)が所有した4本のアントニオ・ストラディヴァリ(1644-1737)製の楽器を同じスポンサーが購入して貸与されることで四重奏団はスタートした。1946-47年のシーズンにオール・ベートーヴェンのプログラムをワシントンの国会図書館で演奏し大成功を収め、すぐにRCAヴィクター社が契約した。
 リーダーのテミアンカはスコットランドでポーランド・ユダヤ系の両親の元に生まれた。ヴァイオリンはロッテルダム、ベルリン、パリ、フィラデルフィアで学んだ。パリ音楽院では名教授ジュール・ブーシュリ(1877-1962)に師事し、フィラデルフィアのカーティス音楽院ではカール・フレッシュ(1873-1944)に師事した。1935年のヴィエニャフスキ・ヴァイオリン・コンクールでは3位に入賞した。この時の1位はジネット・ヌヴー(1919-1948)、2位はダヴィド・オイストラフ(1908-1974)だった。パガニーニ四重奏団が1966年に解散した後、スポンサーの意向で楽器は分散することなくワシントンのコーコラン・アート・ギャラリーに戻された。楽器は1992年にクリーヴランド四重奏団に貸与され、1994年から日本音楽財団の所有となり、東京クァルテットによって使用された。
33CDR-3378
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ヨゼフ・シゲティ
 ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ / ヒンデミット:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ホ調
 プロコフィエフ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 Op.115 /
         ヴァイオリンとピアノのための5つの小品 Op.35a
  ヨーゼフ・シゲティ(Vn) カルロ・ブソッティ(P)
33DSD-3378
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  米 COLUMBIA ML5178 (初期LP特有のノイズあり)。録音:1953年11月12日-13日、12月3日、1954年1月12日、4月1日、コロムビア30丁目スタジオ、ニューヨーク。 ヴァイオリンのヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はハンガリー生まれ、ブダペスト音楽院でイェノ・フバイ(1858-1937)に師事した。1905年ベルリンで大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)に認められた。1917年から24年にスイスのジュネーヴ音楽院で教え、1940年にアメリカに移住した。ピアノのカルロ・ブソッティ(1922-2002)はイアリアのフィレンツェ生まれ。13歳でケルビーニ音楽院を卒業、第2次大戦中はイタリア軍に従軍、戦後はコンサート・アーティスト、レコーディグ・アーティストとしてアメリカで活躍した。LP初期にあったハイドン協会レーベルにソロ録音がある。晩年はサンフランシスコ大学で教鞭をとっていた。
33CDR-3377
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アンドラード〜
 ブラームス
:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77
ジャニーヌ・アンドラード(Vn)
ハンス・ユルゲン・ヴァルター指揮
ハンブルク・プロムジカso.
33DSD-3377
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 仏 VEGA 30MT 10.121 。録音:1954年。 ヴァイオリンのジャニーヌ・アンドラード(1918-1997)はフランスのブザンソン生まれ。パリ音楽院で名教授ジュール・ブーシュリ(1877-1962)に師事し12歳で一等賞を得た。パリ音楽院ではは同年代のドニーズ・ソリアノ(1916-2006)、ローラ・ボベスコ(1919-2003)、ジネット・ヌヴー(1919-1949)らがブーシュリ教授の下で研鑽を積んでいた。アンドラードは作曲家でパリ音楽院の学長をつとめたクロード・デルヴァンクール(1888-1964)の「古い舞曲」を作曲者のピアノ伴奏で1943年にフランス・コロンビアにSP録音した(「ジュール・ブーシュリとその弟子たち」グリーンドアGD-2030に抜粋収録)。また1950年代にはスプラフォンに小品集を録音した(DENONからCD発売)。さらに1968年にはモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第2番K.211 と第6番K.268 をクルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo. とステレオ録音した(CDはBERLIN CLASSICS 0181422BC)。このブラームスと共にいずれもパリ音楽院楽派のヴァイオリンの香りの高い名演奏を繰り広げている。なお後半生は教師になったと言われていたが、近年になって1972年、54歳と言う若さで重い脳卒中に倒れ、右半身不随と失語症を患い演奏&教授活動共に行えなくなっていた事が判明した。25年を失意の内に病床で過ごし、1997年に亡くなったという。
78CDR-3376
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ブダペストSQ 1926〜ドヴォルジャーク:弦楽四重奏曲第12番 ヘ長調 Op.96「アメリカ」
 ブダペストSQ [エミル・ハウザー(Vn1) イムレ・ポガニー(Vn2)
          イシュトヴァーン・イポリ(Va) ハリー・ソン(Vc)]
78DSD-3376
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 米 VICTOROLA 9069/71 (英 HMV D1124/6と同一録音) 。録音:1926年2月2日、ロンドン。※復刻はオリジナルの回転数のままで行なわれています。ブダペスト弦楽四重奏団は1917年、ブダペスト歌劇場o. のメンバーによって結成された。そのオリジナル・メンバー(第2ヴァイオリンだけは2代目)による電気録音最初期の物。1930年代になってからリーダーはロシア人のヨーゼフ・ロイスマン(1900-1974)になり、他の奏者も全員ロシア出身の音楽家に代り、20世紀半ばに活躍した偉大なる弦楽四重奏団になった。その団体の原点にあたるオリジナル・ブダペスト弦楽四重奏団は同じハンガリー出身のレナー弦楽四重奏団を追ってHMVレーベルに登場。軽やかな足取りの爽やかな演奏スタイルが、後年のロイスマン時代とは異なる。希少な室内楽録音の登場。
78CDR-3375
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リパッティ〜ショパン:ワルツ集(全14曲) ディヌ・リパッティ(P)
78DSD-3375
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 仏 COLUMBIA LFX959/964 (英COLUMBIA LX1341/6 と同一録音) 。録音:ジュネーヴ放送第2スタジオ、スイス/磁気テープから78回転マスターを製作した日付〔一般的に録音日とされている〕:1950年7月3日-12日。 ディヌ・リパッティ(1917-1950)はルーマニアのブカレスト生まれ。母親はピアニスト、父親はサラサーテ(1844-1908)やカール・フレッシュ(1873-1944)に学んだヴァイオリニストで、洗礼立会人は大ヴァイオリニストのジョルジュ・エネスコ(1881-1955)だった。ブカレスト音楽学校で学費免除の特待生で入学が許された。1934年のウィーン国際コンクールで2等賞になったが、この時の審査席にいたアルフレッド・コルトー(1877-1962)は結果に異議を申し立て審査員を辞職した。リパッティはパリでコルトーとイヴォンヌ・ルフェビュール(1898-1986)に師事、シャルル・ミュンシュ(1891-1968)は指揮法を教えた。また作曲をナディア・ブーランジェ(1887-1979)とイーゴル・ストラヴィンスキー(1882-1971)に学んだ。リパッティは1950年12月2日、スイスのジュネーヴで悪性リンパ腫のため33歳で没した。このワルツ集は死の年の夏、EMIの手配したテープ録音機を乗せたトラックがジュネーヴに赴き録音した物。ヨーロッパではまだSPレコードが主流だったため、ロンドンのアビー・ロードのEMIスタジオでテープから78回転マスターがカットされた。LPで聴くリパッティよりはるかに輝かしいSPからのダイレクト・トランスファー。
78CDR-3374
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クナッパーツブッシュ 1929 〜
 ベートーヴェン
:交響曲第7番 イ長調 Op.92
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮
ベルリン国立歌劇場o.
78DSD-3374
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 仏 ODEON 170.120/24 (独 ODEON O-6775/9 と同一録音) 。録音:1929年11月19日、ベルリン。 ハンス・クナッパーツブッシュ(1888-1965)は20世紀の半ばに活躍したドイツの指揮者。オランダ国境に近い現在のウッパータールに生まれた。ボン大学で哲学を修めた後ケルン音楽学校で指揮法を学んだ。この録音は電気録音初期のオデオンへの録音。同時期にポリドールにも録音していた。クナッパーツブッシュはSP時代にベートーヴェンはこの第7番と第3番「英雄」の2曲のスタジオ録音がある。放送録音の多いこの指揮者の交響曲のスタジオ録音はたいへん貴重。このシリーズではBPOを指揮した「英雄」(78CDR-3102)が出ている。「英雄」は第2次世界大戦末期の1943年にエレクトローラが録音したドイツでの戦前最後の商業録音であった。
78CDR-3373
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シゲティ&ホルショフスキ〜ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ集
 〔第5番 ヘ長調 Op.24「春」(*) /第6番 イ長調 Op.30 No.1 (#) 〕
  ヨーゼフ・シゲティ(Vn) ミエツィスワフ・ホルショフスキ(P)
78DSD-3373
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 米 COLUMBIA ML4870。録音:1953年11月27日(*)、1953年12月1日(#)、ニューヨーク30丁目コロンビア・スタジオ。ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はハンガリーのブダペスト生まれの名ヴァイオリニスト。ヨーロッパで名声を確立した後、1940にアメリカに移住した。この録音はLP時代になってからの物。
 ピアノのミエツィスワフ・ホルショフスキ(1892-1993)はポーランド生まれのピアニスト。1930年代にカザルスがHMVに録音したベートーヴェン:チェロ・ソナタ集(第3番は除く)のピアニストを務めた。このシリーズで第1番(78CDR-3221)、第2番(78CDR-3084)が出ている。第2次世界大戦中にアメリカに移住。ブダペスト弦楽四重奏団との共演やシゲティとの録音も多い。1961年11月13日にケネディ大統領に招待されたホワイトハウスコンサートでもチェロのカザルス、ヴァイオリンのアレクサンダー・シュナイダーと共に出演した。1987年、95歳の時に初来日、東京のカザルス・ホールのオープニングで演奏。1993年101歳で死去した。
33CDR-3372
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ホルショフスキ〜ショパン
 ピアノ協奏曲第1番 ホ長調 Op.11/
 即興曲 全曲
  〔第1番 変イ長調 Op.29 /第2番 嬰ヘ長調 Op.36 /
   第3番 変ト長調 Op.51 /幻想即興曲 嬰ハ短調 Op.66 〕
ミエツィスワフ・
 ホルショフスキ(P)
ハンス・スワロフスキー指揮
ウィーン市立フィルハーモニア
33DSD-3372
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 英 VOX PL 7870。録音:1953年(初期LP特有の雑音が出ます)。ミエツィスワフ・ホルショフスキ(1892-1993)はポーランド生まれのピアニスト。99歳までコンサート・ステージに登場していた。母親はショパンの直弟子カール・ミクリ(1819-1897)に学んだピアニスト。4歳の頃から神童といわれ、1899年にウィーンに移り住み、名教師レシェティツキの指導を受けた。1930年代にカザルスがHMVに録音したベートーヴェン:チェロ・ソナタ集(第3番は除く)のピアニストをつとめた。このシリーズで第1番(78CDR-3221)、第2番(78CDR-3084)が出ている。
第2次世界大戦中にアメリカに移住、フィラデルフィアのカーティス音楽院で後進の指導にあたる一方、室内楽奏者としての録音が多い。指揮者のハンス・スワロフスキー(1899-1975)はブダペスト生まれ。ウィーンで活躍した。
78CDR-3371
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ワルター&VPOの「田園」〜ベートーヴェン
 交響曲第6番 ヘ長調 Op.68「田園」
ブルーノ・ワルター指揮
VPO
78DSD-3371
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 仏 LA VOIX DE SON MAITRE DB 3051/5(英 HIS MASTER'S VOICE DB 3051/5 と同一録音)。録音:1936年12月5日、ウィーン、ムジークフェライン大ホール。ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後ピアニストとしてデビュー、後に指揮者に転向した。1894年ハンブルク歌劇場の指揮者をしていた時、音楽監督だったグスタフ・マーラー(1860-1911)と出会い交友を深めた。その後ウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo.などの楽長、音楽監督を歴任、またウィーン・フィルハーモニーやベルリン・フィルハーモニーも指揮した。1938年オーストリアがナチス・ドイツに併合されると、迫害を避けてアメリカに逃れた。この録音はウィーンのムジークフェライン大ホールで録音されたもので、美しい残響を伴ったオーケストラの音色が名演奏に花を添えている。
 ワルターとウィーン・フィルの録音はワルター自身がピアノを弾いたモーツァルト:ピアノ協奏曲第20番(78CDR-3219)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3370
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メンゲルベルク1937年の「運命」〜ベートーヴェン
 交響曲第5番 ハ短調 Op.67「運命」
ウィレム・メンゲルベルグ指揮
アムステルダム・
 コンセルトヘボウo.
78DSD-3370
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 独 TELEFUNKEN SK 2210/13。録音:1937年5月4日、アムステルダム、コンセルトヘボウ。ウィレム・メンゲルベルグ(1871-1951)はオランダの大指揮者。1895年、24歳でアムステルダム・コンセルトヘボウo.の首席指揮者に就任し、1921年-1930年にはNYPso.の首席指揮者を兼任している。レコード録音は機械式録音時代と電気録音初期に米ヴィクター、電気初期のコンセルトヘボウとの録音は英コロンビアと独オデオンにあり、電気録音の完成期には独テレフンケンに多数ある。またコンセルトヘボウとの放送ライヴ録音はLP時代になってフィリップスから発売された。この「運命」はテレフンケン期のはじめの録音で、実に生々しい演奏が録られているが、残念なのはハム音が入っていること。復刻に際してこのハムを除去すると壮烈な演奏の感動が半減してしまうため、ここでは何も電気処理をしていない。
78CD-3000
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(CD)
価格帯:B
プレス盤
フルトヴェングラー&VPOの「英雄」1947
 ベートーヴェン

  交響曲第3番 変ホ長調 Op.55「英雄」
ヴィルヘルム・
 フルトヴェングラー指揮
VPO
78CDR-3369
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78DSD-3369
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 ソース:英 HIS MASTER'S VOICE, DB 9266/9302。録音:1947年11月10日-12日、17日、ウィーン、ムジークフェライン、大ホール。ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)はドイツの大指揮者。1937年ベートーヴェンの「運命」をBPOとHMVに録音したのに続き、この「英雄」はベートーヴェンの第二弾録音にあたる。オーケストラはウィーン・フィル。フルトヴェングラーは1952年11月に再度ウィーン・フィルと「英雄」を録音しているので、このSP録音はあまり知られていない。ムジークフェライン大ホールの残響はLP録音よりずっと美しい。これまでの復刻盤にはなかった低音部の動きにも耳を傾けていだきたい。
78CDR-3368
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A.ブッシュ&R.ゼルキン〜ベートーヴェン
 ヴァイオリン・ソナタ
  第9番 イ長調 Op.47「クロイツェル」
アドルフ・ブッシュ(Vn)
ルドルフ・ゼルキン(P)
78DSD-3368
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 米 COLUMBIA ML4007。録音:1941年12月12日、ニューヨーク。アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツのヴァイオリニスト。ラッパ吹き込み時代のドイツ・ポリドールにもレコードがあった。ブッシュは1922年からピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とデュオを組んで活躍、1936年にゼルキンはブッシュの娘イレーネと結婚した。二人はナチスのユダヤ人迫害を避けてアメリカに移住し、1939年にはブッシュ自身も弟のチェリスト、ヘルマンと共にドイツを去りアメリカに定住した。この「クロイツェル」はアメリカ・コロンビアの録音で、録音日は日米開戦(1941年12月8日)の4日、後だった。当時アメリカ・コロンビアではマスターとして16インチのアセテート盤に録音していた。このマスターから78回転盤に転写してSPレコードが作られた。LP時代になってからは同じアセテート盤マスターからLPが作られた。ということはこれはSP盤の復刻LPではなく、SPと同一のマスターから作られたLP。この「クロイツェル」は1948年アメリカ・コロンビアのLP第1回発売のラインナップに加えられた。ブッシュとゼルキンのベートーヴェンはヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調「スプリング」(1933年HMV録音)が78CDR-3222で出ている。
33CDR-3367
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ヨゼフ・シゲティ
 シューベルト:ヴァイオリンとピアノのための幻想曲 ハ長調 Op.159/ D.934(*)
 コレッリ/レオナール編曲:ラ・フォリア(#)
 ドビュッシー/ローラン編曲:「ベルガマスク組曲」〜月の光(+)
 ラロ/シゲティ編曲:「イスの王」〜オバド(**)
 チャイコフスキー/グリューンズ編曲:感傷的なワルツOp.51 No.6 (##)
  ヨゼフ・シゲティ(Vn) ジョゼフ・レヴィーン、
  アンドール・フォルデス、ハリー・カウフマン(P)
33DSD-3367
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 米 COLUMBIA ML4338。録音:1949年11月21日(*)、1940年6月5日(#)、1941年11月26日(+)、1941年3月21日(**)、1944年12月4日(##)、ニューヨーク。ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はブダペスト生まれ。ブダペスト音楽アカデミーでイェノ・フバイ(1858-1937)に師事し、13歳でデビューした。1917年から1924年スイスのジュネーヴ音楽院で教えた。シゲティは1940年にアメリカに移住した。ピアニストのジョゼフ・レヴィーン(1874-1944)はウクライナ出身のユダヤ系ロシア人。1892年モスクワ音楽院のピアノ科を同級のスクリャービンやラフマニノフを抑えて大金メダルを得て卒業した。演奏家として教師として第1次世界大戦前に名声が高かったが反ユダヤ運動にあい1919年にアメリカに移住した。ジュリアード音楽院でのピアノ教育と演奏家活動をした。夫人のロジーナ・レヴィーン(1880-1976)もピアニストで教師としても高名だった。シューベルトはヨーロッパを捨てた二人の巨匠二人の記念碑的録音の初復刻。LPのB面はシゲティ「アンコール集」。この中の「ラ・フォリア」はSP盤からの復刻が78CDR-3236で出ている。この時代のアメリカ・コロンビアは16インチのアセテート盤をマスターに使用していた。LPはアセテート盤から作られたもので、SP盤からの復刻ではない。
78CDR-3366
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カペーSQ〜モーツァルト:弦楽四重奏曲第19番 ハ長調 K.465
 カペーSQ[リュシアン・カペー(第1Vn) モーリス・エヴィット(第2Vn)
      アンリ・ブノワ(Va) カミーユ・ドローベル(Vc)]
78DSD-3366
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 日本COLUMBIA J7786/9(仏COLUMBIA D15110/13と同一録音)。録音:1928年10月11日、パリ。
78CDR-3365
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カペーSQ〜ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番 イ短調 Op.132
 カペーSQ[リュシアン・カペー(第1Vn) モーリス・エヴィット(第2Vn)
      アンリ・ブノワ(Va) カミーユ・ドローベル(Vc)]
78DSD-3365
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 英 COLUMBIA L2272/76 (仏 COLUMBIA D15114/8と同一録音)。録音:1928年10月8日-10日、パリ。
78CDR-3364
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カペーSQ〜ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調 Op.74「ハープ」
 カペーSQ[リュシアン・カペー(第1Vn) モーリス・エヴィット(第2Vn)
      アンリ・ブノワ(Va) カミーユ・ドローベル(Vc)]
78DSD-3364
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 英 COLUMBIA L2248/51 (仏 COLUMBIA D15061/4と同一録音)。録音:1928年6月21日-22日、パリ。「人類の遺産」の一つに数えられるカペー弦楽四重奏団が1928年にフランス・コロンビアに録音した一曲。リーダーのリュシアン・カペー(1873-1928)は医師の誤診による腹膜炎で1928年12月18日に急逝した。享年55歳。カペーは1893年パリ音楽院で一等賞を得て、その年に弦楽四重奏団を組織した。1920年頃から毎年ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏会をパリで開催していた。カペーは1928年6月10日、から10月15日にかけてフランス・コロンビアに12曲51枚の録音をした。まるで自らの死を予期したようなハイペースの録音だった。このシリーズでは12曲の全録音が揃った。最上のSP盤復刻として評判が高い。
78CDR-3363
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ロッテ・レーマン〜シューマン
 歌曲集「女の愛と生涯」Op.42
ロッテ・レーマン(S)
室内楽団
78DSD-3363
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 英 PARLOPHONE RO20090/93。録音、1928年11月10日、ベルリン。
 ロッテ・レーマン(1888-1976)はドイツのソプラノ。ペルレベルク生まれ。ベルリンで勉強した後、1910年にハンブルク歌劇場でワーグナーの「ローエングリン」でデビュー、1914年にはウィーン宮廷歌劇場にデビューした。彼女はリヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」、「影のない女」、「インテルメツッオ」、「アラベラ」のウィーン初演に出演した。また「ばらの騎士」のマルシャリン役での録音もある。レーマンはオペラ歌手としてだけではなく歌曲を得意とした。ここではピアノ伴奏部を室内オーケストラに編曲してある。これはマイクロフォンを使用しなかった機械式録音のなごり。ピアノだけでは寂しい音だったからだ。レーマンはこの録音時40歳、彼女は1941年にブルーノ・ワルターのピアノでこの曲集を再録音した。
 レーマンはこのシリーズでシューベルト:「冬の旅」(全曲)(78CDR-3049&3049)、シューベルト:「美しき水車屋の娘」(全曲)(78CDR-3079)、R.シュトラウス:歌曲集(78CDR-3348)が出ている。
78CDR-3362
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ブッシュSQ〜ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 イ短調 Op.132
 ブッシュSQ[アドルフ・ブッシュ(第1Vn) ゲスタ・アンドレアソン(第2Vn)
       カール・ドクトル(Va) ヘルマン・ブッシュ(Vc)]
78DSD-3362
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB3375/80S。録音:1937年10月7日、ロンドン、EMI第3スタジオ。# HMV盤特有のノイズあり。
 ブッシュ弦楽四重奏団は1919年にアドルフ・ブッシュ(1891-1952)によって組織され、1930年代には英 HIS MASTER'S VOICEに多くの録音をしている。ブッシュはまたピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とのデュオ録音でも活躍した。ブッシュは1939年に実弟でチェリストのヘルマン・ブッシュと共にアメリカに移住、その後四重奏の二人のメンバーもアメリカに渡り、1941年からアメリカCOLUMBIAに録音を再開した。
 このシリーズではヨーロッパ時代に録音したベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番Op.135(78CDR-3195)とアメリカに渡ってから録音したベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番「ラズモフスキー第1番」(78CDR-3287)が出ている。
33CDR-3361
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ブルーノ・ワルター〜ベートーヴェン
 交響曲第7番 イ長調 Op.92 (*) /
 交響曲第8番 ヘ長調 Op.93 (#)
ブルーノ・ワルター指揮
コロンビアso.
33DSD-3361
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 米 COLUMBIA MS-6082(*)、M2S-608(#)。録音:1958年2月1日、3日、12日(*)、1958年1月8日、10日、13日、2月12日(#)、アメリカン・リージョン・オーディトリアム、ハリウッド。
 ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後ピアニストとしてデビュー、その後指揮者に転向した。1894年ケルン市立歌劇場でデビュー、1896年ハンブルク歌劇場へ移った。そこで音楽監督だったグスタフ・マーラー(1860-1911)と出会い交友を深めた。以後ワルターはウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo.などの楽長、音楽監督を歴任した。1938年オーストリアがナチス・ドイツに併合されると迫害を避けてフランス、スイスを経てアメリカに逃れた。
 この録音はステレオ・レコードが開発されたのを期に、既に引退していた巨匠ワルターを起用して録音された物。復刻はLPレコードの持つ音を、ありのままに引き出すことを意図した。
33CDR-3360
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A.シュナイダー&カークパトリック〜J.S.バッハ:
 ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集 Vol.1

 〔第4番 ハ短調 BWV.1017 /第5番 ヘ短調 BWV.1018 /第6番 ト長調 BWV.1019 〕
  アレクサンダー・シュナイダー(Vn) ラルフ・カークパトリック(Cemb)
33DSD-3360
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 米 COLUMBIA ML2110/11 (MONO/発売:1950年)。録音:1945年11月26日、1947年1月13日、27日。
 ヴァイオリンのアレクサンダー・シュナイダー(1908-1993)はリトアニアのヴィルナの生まれ。ブダペスト弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者として活躍、ナチスの迫害を逃れ四重奏団の他のメンバーと共にアメリカに移住した。シュナイダーは1932年から44年、55年から67年に四重奏団に在籍し、それ以外の期間はシュナイダー四重奏団やソリストとして活動した。J.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータを1949年に録音した(33CDR-3307、33CDR-3308分売)。
 チェンバロのラルフ・カークパトリック(1911-1984)はアメリカの音楽学者、チェンバロ奏者。ハーバード大学卒業後ヨーロッパ各地に留学。パリでナディア・ブーランジェとワンダ・ランドフスカに、ライプツィヒでギュンター・ラミンに師事した。
 シュナイダーとのデュオでは他に1950年録音のヘンデル(33CDR-3327)、モーツァルトのソナタを残している。
33CDR-3359
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A.シュナイダー&カークパトリック〜J.S.バッハ:
 ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集 Vol.1

 〔第1番 ロ短調 BWV.1014 /第2番 イ長調 BWV.1015 /第3番 ホ長調 BWV.1016 〕
  アレクサンダー・シュナイダー(Vn) ラルフ・カークパトリック(Cemb)
33DSD-3359
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 米 COLUMBIA ML2109/10 (MONO/発売:1950年)。録音:1945年11月28日、1947年1月13日、27日。
78CDR-3358
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オイストラフ&ガウク〜ベートーヴェン
 ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.61
ダヴィド・オイストラフ(Vn)
アレクサンドル・ガウク指揮
ソヴィエト国立放送o.
78DSD-3358
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 ソ連 MK D-01930/41 。録音:1950年。ソ連製SPレコードからの復刻。ダヴィド・オイストラフ(1908-1974)はオデッサに生まれた大ヴァイオリニスト。1937年ブリュッセルのエリーザベト王妃音楽コンクールに優勝した。モスクワ音楽院で後進の指導をしていたが、ソビエトの第2次世界大戦参戦で慰問演奏を行った。その後の活躍はめざましく、20世紀後半に活躍した世界屈指のヴァイオリン奏者であった。オイストラフはベートーヴェンの協奏曲を3回録音しているが、これは第1回目の録音。鉄のカーテンの奥に閉ざされた時代のもので、SP録音ながらソ連の録音技術の高さを感じさせるもの。LP初期にアメリカのマイナーレーベル数社から同一演奏が発売されたことがあったが、このオリジナルSP盤の演奏は別物のように聴こえる。アレクサンドル・ガウク(1893-1963)は指揮者で作曲家、ソ連の音楽界を支えた人物であった。
78CDR-3357
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ストコフスキー〜ドヴォルザーク
 交響曲第9番 ホ短調Op.95「新世界より」
レオポルド・ストコフスキー指揮
交響楽団
78DSD-3357
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 米 VICTOR 18-0194/8 (Set DV 25)。録音:1947年12月19日、21日。RCA VICTOR のビニールプレスの78回転SP盤復刻。指揮者のレオポルド・ストコフスキー(1882-1977)はロンドン生まれ。最初教会のオルガニストだったが指揮者になり1912年フィラデルフィア管弦楽団の指揮者に就任し1940年までその地位にあった。その後数多くのオーケストラを指揮し、1965年に来日したこともある。ストコフスキーはレコード録音に積極的で、機械式録音時代の1917年にハンガリー舞曲第5番&第6番をヴィクターに初録音。1925年には電気録音による初のオーケストラ録音をした。また1932年にはベル研究所では世界初のステレオ録音の実験に参加した。この録音は第2次世界大戦後、自ら優秀なミュージシャンを集めて組織した特別オーケストラ(ストコフスキーと彼の交響楽団)によっての録音。第2楽章のイングリッシュ・ホルンはイーストマン音楽学校出身のミッチェル・ミラー(1911-2010)が起用されている。ミラーはミッチ・ミラーの名でクシックの木管奏者から、レコード会社のプロデユーサー/アーティストとして、戦後のアメリカポップス界で大活躍した人物。
78CDR-3356
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[CD-R]
ギュスタヴ・ブレ〜フォーレ:レクイエムOp.48
 マルノリ=マルセイヤック(S) ルイ・マルテュリエ(B)
 ギュスタヴ・ブレ指揮パリ・バッハ協会o.&cho. アレックス・セイエ(Org)
78DSD-3356
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 仏 LA VOIX DE SON MAITRE W 1154/8 。録音:1929年3月、パリ。この曲の世界初録音。初CD化。指揮者のギュスタヴ・ブレ(1875-1969)は作曲をウィドール(1844-1937)に学び、オラトリオを残している。また "プレス" 紙に批評を書いていた。ドビュッシーのペレアスとメリザンドに糾弾の炎が上がった時この作品擁護側に立った。1904年にバッハ協会を設立した。セヴェラック(1873-1921)やフォーレ(1845-1924)との親交があった。アレックス・セイエ(1883-1968)は1910年から1969年までパリ・エトワール寺院のオルガン奏者をつとめた。この演奏は作曲者フォーレと同時代の息を吸った音楽家の時代証言とも言えるもので、原盤のノイズなどの悪条件を越えた音楽は、後世の演奏の規範になると考え復刻した。現代演奏にはない不思議な感動がある。このシリーズではリヨンのサン=ジャン大聖堂で1938年に録音されたエルネスト・ブールモーク指揮の同曲(78CDR-3304)も出ている。
33CDR-3355
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[CD-R]
ワルター〜ベートーヴェン
 交響曲第2番 ニ長調Op.36 (*) /
 交響曲第4番 変ロ長調 Op.60 (#)
ブルーノ・ワルター指揮
コロンビアso.
33DSD-3355
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 米 COLUMBIA MS-6078 (*), MS-6055 (#)。録音:1959年1月5&9日(*)、1958年2月8&10日(#)、アメリカン・リージョン・オーディトリアム、ハリウッド。ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後ピアニストとしてデビュー、その後指揮者に転向した。1894年ケルン市立歌劇場でデビュー、1896年ハンブルク歌劇場へ移った。そこで音楽監督だったグスタフ・マーラー(1860-1911)と出会い交友を深めた。以後ワルターはウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団などの楽長、音楽監督を歴任した。1938年オーストリアがナチス・ドイツに併合されると迫害を避けてフランス、スイスを経てアメリカに逃れた。 この録音はステレオ・レコードが開発されたのを期に、既に引退していた巨匠ワルターを起用して録音されたもの。復刻はLPレコードの持つ音を、ありのままに引き出すことを意図した。
33CDR-3354
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ケンペ〜メンデルスゾーン
 交響曲第3番 イ短調Op.56「スコットランド」
ルドルフ・ケンペ指揮
ドレスデン国立歌劇場o.
33DSD-3354
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[DVD-R]
 チェコ SUPRAPHON LPV 213 (MONO)。録音:1952年7月15日。ルドルフ・ケンペ(1910-1976)はドレスデン生まれ、オーボエを学んだ。1929年にライプツィヒ・ゲヴァントハウスのオーボエ奏者となり、当時ブルーノ・ワルター(1876-1962)が首席指揮者、シャルル・ミュンシュ(1891-1966)がコンサートマスターをつとめていた。1950年にドレスデン国立歌劇場の音楽監督に就任した。この録音はチェコ・スプラフォンの録音でドレスデン時代のケンペの貴重な録音。録音の古さを吹き飛ばす圧倒的な感激をもたらす快演。近年再評価の高いこの指揮者の原点を是非聴いていただきたい。
78CDR-3353
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[CD-R]
ティボー〜シューベルト:
 ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ

 〔第3番 ト短調 Op.137 No.3 D408 /
  第1番 ト短調 Op.137 No.1 D384〜ロンド〕
ジャック・ティボー(Vn)
タッソ・ヤノプロ(P)
78DSD-3353
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[DVD-R]
 仏 DISQUE GRAMOPHONE DB11103/4。録音:1944年5月28日、パリ、ペルーズ・スタジオ。
第2次世界大戦下のパリでの録音。ジャック・ティボー(1880-1953)は20世紀前半に活躍したフランスの大ヴァイオリニスト。ボルドー出身で1893年からパリ音楽院のマルタン・マルシック(1848-1924)に師事し、1896年16歳で一等賞を得た。生活のためにカフェのコンセール・ルージュで弾いていたところを指揮者のエドゥアール・コロンヌ(1836-1910)に見いだされ楽員に採用された。そのとき、ティボーの親友で後にパリ音楽院の教授になったジュール・ブーシュリ(1877-1962)もコロンヌの楽員になった。1905年にピアノのアルフレッド・コルトー(1877-1962)、チェロのパブロ・カザルス(1876-1973)とトリオを結成し1930年頃まで活動した。ティボーは1923年と1936年に来日、1953年の3度目の来日時、乗っていたエール・フランス機がアルプスの支峰スメ山に激突し死亡した。享年72歳。
 この録音と同日に録音されたラヴェルとフォーレの小品2曲は78CDR-3149で出ている。
78CDR-3352
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[CD-R]
ナット&ビゴー〜シューマン
 ピアノ協奏曲 イ短調 Op.54
イヴ・ナット(P)
ウジェーヌ・ビゴー指揮o.
78DSD-3352
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[DVD-R]
 仏 COLUMBIA LFX 320/23。録音:1933年4月25日-26日、パリ。
 1933年フランス・ディスク大賞受賞レコード。イヴ・ナット(1890-1956)はフランスノピアニスト。1907年パリ音楽院のルイ・ディエメール(1843-1919)のクラスで一等賞を得てデビュー、1910年代からアメリカ、ヨーロッパ、ロシアとコンサート・ピアニストとして活躍した。演奏家として絶頂期の1934年にパリ音楽院の教授に任命され、生涯その地位にあった。
 このシューマンはナットが音楽院教授に就任の前年の物。ナットは1929年にリストのハンガリー狂詩曲第2番が初レコード録音だったが、これは2番目レコード録音。
 ナットの門下生にはユリ・ブーコフ、イェルク・デムス、ジャクリーヌ・エマール、レーヌ・ジャノリ、ジュヌヴィエヴ・ジョワ、ジャック・ルーシェ、ジャン・ヌヴー、ロベール・ヴェイロン=ラクロワなどがいる。ウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)は華麗な経歴を持つフランスの指揮者。SPレコード時代に数多くの録音がある。
78CDR-3351
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[CD-R]
ミュンシュ1949年〜
 ベルリオーズ
:幻想交響曲 Op.14
シャルル・ミュンシュ指揮
フランス国立放送o.
78DSD-3351
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 仏 COLUMBIA LFX 880/85。録音:1949年9月9日、パリ、シャンゼリゼ劇場。
 1950年フランス・ディスク大賞受賞レコード。指揮者のシャルル・ミュンシュ(1891-1968)はストラスブール生まれ。パリ音楽院でリュシアン・カペー(1873-1928)にヴァイオリンを学んだ。1928年-32年にはライプツィヒ・ゲヴァントハウスo.のソロ第一ヴァイオリン奏者をつとめ、ブルーノ・ワルター(1876-1962)やヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)のもとで演奏し、指揮法も身につけた、1938年-45年にパリ音楽院o.の指揮者をつとめ、1939年には同音楽院の指揮科の教授に任命された。1949年にボストンso.の正指揮者となり1962年までつとめた。
 これはボストンに出向く直前にパリで録音された貴重なSPレコード。数種類あるミュンシュの「幻想交響曲」の最初の録音。
33CDR-3350
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ブレンデル〜リスト:クリスマス・ツリー
 古いクリスマスの歌/おお聖なる夜/
 飼い葉桶のそばの羊飼いたち/
 誠実な人びとよ来れ(東方の三人の博士聖者の行進)/
 スケルツォーソ(クリスマス・ツリーに点火する時)/
 グロッケンシュピール/子守歌/
 古いプロヴァンスのクリスマスの歌/
 夕べの鐘/昔むかし/ハンガリー風/ポーランド風
アルフレッド・ブレンデル(P)
33DSD-3350
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 米 SOCIETY OF PARTICIPATING ARTISTS SPA-26(Mono)。録音:1952年春頃。
 このピアノ組曲はリストが孫娘のダニエラのために作曲した。ダニエラはコジマとハンス・フォン・ビューローの娘で作曲年代は1874-6年頃とされている。この組曲の中に聴いたことのあるクリスマスキャロルが数曲あって心が和む。他の曲はリストのオリジナル作品。
 アルフレッド・ブレンデル(1931-)は北モラヴィアのヴィーゼンベルク生まれ、オーストリアのグラーツ音楽院で学んだ。1949年ブゾーニ国際コンクールで入賞後、ウィーン・デビュー。その後エトヴィン・フッシャーのマスタークラスを受講し多大な影響を受けた。
 この録音はブレンデルが20代の半ばにアメリカのSPAレコードに録音したもので、ほとんど知られていない物。ここに既にブレンデルの音楽が聴ける貴重なアルバム。SPAにはもう一枚R.シュトラウスの5つの小品とピアノ・ソナタ(SPA-26)があり、33CDR-3337で出ている。
33CDR-3349
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ワルター〜ベートーヴェン
 交響曲第3番 変ホ長調 Op.55「英雄」(*)/
 交響曲第1番 ハ長調 Op.21(#)
ブルーノ・ワルター指揮
コロンビアso.
33DSD-3349
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 米 COLUMBIA MS-6036(*)、MS-6071(#)。録音:1958年1月20日、23日、25日(*)、1959年1月5日、6日、8日、9日(#)、ハリウッド、アメリカン・リージョン・オーディトリアム、1959 No.1 American Legion Auditorium, Hollywood。
 ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後ピアニストとしてデビュー、その後指揮者に転向した。1894年ケルン市立歌劇場でデビュー、1896年ハンブルク歌劇場へ移った。そこで音楽監督だったグスタフ・マーラー(1860-1911)と出会い交友を深めた。以後ワルターはウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo.などの楽長、音楽監督を歴任した。1938年オーストリアがナチス・ドイツに併合されると迫害を避けてフランス、スイスを経てアメリカに逃れた。
 この録音はステレオ・レコードが開発されたのを期に、既に引退していた巨匠ワルターを起用して録音された物。復刻はLPレコードの持つ音を、ありのままに引き出すことを意図した。
GOODIES "DIRECT TRANSFER" 2011年リリース分 (末尾 289-348)
78CDR-3348
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R.シュトラウス:歌曲集
 セレナードOp.17 No.2/あすの朝 Op.27 No.4/
 万霊節 Op.10 No.8/献身 Op.10 No.1
ロッテ・レーマン(S)
パウル・ウラノフスキー(P)
78DSD-3348
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 米 COLUMBIA 17384/5-D(Set X-270)。録音:1941年7月2日、ハリウッド、CBSスタジオ。
 ロッテ・レーマン(1888-1976)はドイツのソプラノ。ペルレベルク生まれ。ベルリンで勉強した後、1910年にハンブルク歌劇場でワーグナーの「ローエングリン」でデビュー。1914年にウィーン宮廷歌劇場にデビューした。リヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」、「影のない女」、「インテルメツッオ」、「アラベラ」のウィーン初演に出演した。また「ばらの騎士」のマルシャリン役での録音もある。レーマンはオペラ歌手としてだけではなく歌曲を得意とた。1938年、ナチス・ドイツのオーストリア併合で迫害を逃れてアメリカに移住した。
 この録音はアメリカ時代の初期の物。作曲家リヒャルト・シュトラウスと親交があったレーマンの残した貴重な録音。レーマンはこのシリーズでシューベルトの「冬の旅」(全曲)(78CDR-3049 &3049)、シューベルトの「美しき水車屋の娘」(全曲)(78CDR-3079)が出ている。
78CDR-3347
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ジネット・ヌヴー
 ラヴェル:ツィガーヌ(*)
 ショパン/ロディオノフ編曲:ノクターン第20番 嬰ハ短調(遺作)(*)
 ラヴェル:ハバネラ形式の小曲(#) / スカルラテスク:バガテル(#)
 ファリャ/クライスラー編曲:スペイン舞曲(はかなき人生)(+)
 ディニク/ハイフェッツ編曲:ホラ・スタッカート(+)
  ジネット・ヌヴー(Vn) ジャン・ヌヴー(P)
78DSD-3347
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 録音:1946年3月26日、8月12日-14日、ロンドン、アビー・ロードEMI第3スタジオ。 Eng. HIS MASTER'S VOICE, DB 6907-08 (*), DA 1871 (#), DA 1865 (+) 。
 ジネット・ヌヴー(1919-1949)はアメリカへの演奏旅行に向かう航空機事故で30歳の生涯を終えた。ジョルジュ・エネスコ(1881-1955)に手ほどきを受けた後、11歳でパリ音楽院のジュール・ブーシュリ(1878-1962)のクラスに入り、8カ月後に一等賞を得た。8カ月は50年前にヴィエニャフスキ(1835-1880)が打ち立てた記録と同じだった。ヌヴーはその後ベルリンでカール・フレッシュ(1873-1944)のもとで研鑽を積んだ。1935年ワルシャワで開かれたヴィエニュフスキ・ヴァイオリン・コンクールに16歳で参加し、180人の競争者に勝ち抜き優勝した。その時の第2位はソ連から参加した27歳のダヴィド・オイストラフ(1908-1974)だった。
 この録音は第2次世界大戦後のSPレコード録音期末期にロンドンで録音された物。このシリーズでヌヴーのSP録音は最初期のものを除きほとんど出ている。
78CDR-3346
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ロン&ミュンシュ〜ベートーヴェン
 ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73「皇帝」
マルグリット・ロン(P)
シャルル・ミュンシュ指揮
パリ音楽院o.
78DSD-3346
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 仏 COLUMBIA LFX 679/83。録音:1944年6月11日、パリ、アルベール・スタジオ。
 マルグリット・ロン(1874-1966)は19歳でパリ音楽院の一等賞を得た後コンサートデビュー、ガブリエル・フォーレ(1845-1924)やフィガロ紙の評論家から絶賛された。1906年母校のパリ音楽院教授に就任、1940年まで務めた。1943年ヴァイオリンのジャック・ティボー(1880-1954)と共に、若い優秀な音楽家を発掘するコンクールをパリで創設した。
 指揮者のシャルル・ミュンシュ(1891-1968)はストラスブール生まれ。パリ音楽院でリュシアン・カペー(1873-1928)にヴァイオリンを学んだ。1928年-32年にはライプツィヒ・ゲヴァントハウスo.のソロ第一ヴァイオリン奏者をつとめ、ブルーノ・ワルター(1876-1962)やヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)のもとで演奏し、指揮法も身につけた、1938年-45年にパリ音楽院o.の指揮者をつとめ、1939年には同音楽院の指揮科の教授に任命された。
 これは第2次大戦末期のドイツ占領下のパリで録音された物。ロンは当時70歳だった。ロンのSPレコードの中でも最も希少な盤の登場。
33CDR-3345
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セゴビア&レイ・デ・ラ・トルレ〜ギター・リサイタル
 *セゴビア、J.S.バッハ作品集(セゴビア編曲;*):
  無伴奏チェロ組曲第6番 ニ長調 BWV.1012 〜ガヴォットI&II /
  リュート組曲 ホ短調 BWV.996 より〔サラバンド/ブーレ〕/前奏曲 ハ短調 BWV.999/
  無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV.1009〜クーラント/
  無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番 ホ長調 BWV.1006〜ガヴォット/
  無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV.1004〜シャコンヌ

 *レイ・デ・ラ・トルレ、ソル作品集(#)
  モーツァルト「魔笛」の主題による変奏曲 Op.9/メヌエット〔ニ長調 Op.11 No.5/イ長調 Op.11 No.6 〕/
  エチュード ロ短調 Op.35 No.22(セゴビア20のエチュード第5番)/月光/エチュード 変ロ長調 Op.29 No.1
   (セゴビア20のエチュード第19番)/エチュード イ長調 Op.6 No.6(セゴビア20のエチュード第12番)

 アンドレス・セゴビア(G;*) レイ・デ・ラ・トルレ(G;#)
33DSD-3345
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 1947年12月米MUSICRAFT 発売(*)、1950年米アレグロ 発売(#)、米 ROYALE 1422(1952年発売)。
 アンドレス・セゴビア(1893-1987)はスペインのギタリスト。現代クラシック・ギター奏法の父と言われている。ここに収録された録音は第2次世界大戦後の1947年、アメリカのMUSICRAFTのSPレコードに録音されされた物。米デッカ録音に先立つこと数年で貴重な演奏。
 レイ・デ・ラ・トルレ(1917-1994)はキューバ生まれ。ハバナで神童として名声を上げた後、スペインのバルセロナで既に引退していた名ギタリスト、ミゲル・リョベト(1878-1938)に師事した。レイ・デ・ラ・トルレは1940年にニューヨークのタウン・ホールでアメリカ・デビュー、以降ギター界の寵児になった。
 この録音は1950年米アレグロレーベルで発売され、2年後ROYALEレーベルでセゴビアと組み合わせて再発売された物。セゴビアの編纂したソルのエチュードの貴重な演奏が聴ける。
33CDR-3344
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ワルター〜ベートーヴェン:交響曲第9番 ニ短調 Op.125「合唱」
 エミリア・クンダリ(S) ネル・ランキン(Ms)
 アルバート・ダ・コスタ(T) ウィリアム・ウィルダーマン(B)
 ブルーノ・ワルター指揮コロムビアso. ウォーレン・マーティン合唱指揮ウェストミンスターcho.
33DSD-3344
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 米 COLUMBIA M2S-608。録音:1959年1月19日、21日、26日、29日、31日、ハリウッド、アメリカン・リージョン・オーディトリアム(第1-3楽章)、4月6日、15日、ニューヨーク、セント・ジョージ・ホテル、ボールルーム(第4楽章)。
 ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後ピアニストとしてデビュー、その後指揮者に転向した。1894年ケルン市立歌劇場でデビュー、1896年ハンブルク歌劇場へ移った。そこで音楽監督だったグスタフ・マーラー(1860-1911)と出会い交友を深めた。以後ワルターはウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo.などの楽長、音楽監督を歴任した。1938年オーストリアがナチス・ドイツに併合されると迫害を避けてフランス、スイスを経てアメリカに逃れた。
 この録音はステレオ・レコードが開発されたのを期に、既に引退していた巨匠ワルターを起用して録音された物。第1楽章から第3楽章が当時ワルターが住んでいたロサンゼルスで行われ、第4楽章はニューヨークで録音された。録音当時ワルターは82歳だった。復刻はLPレコードの持つ音を、ありのままに引き出すことを意図した。
78CDR-3343
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シゲティ〜プロコフィエフ
 ヴァイオリン・ソナタ第2番 ニ長調 Op.94a
ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
レオニード・ハンブロ(P)
78DSD-3343
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 米 COLUMBIA 71790/92-D。録音:1944年11月29日、ニューヨーク、リーダークランツ・ホール。
 ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はブダペスト生まれ。ブダペスト音楽アカデミーでイェノ・フバイ(1858-1937)に師事し、13歳でデビューした。1907年から1913年に英国に住み、ピアニストのマイラ・ヘス(1890-1965)やフェルッチョ・ブゾーニ(1866-1924)らとのソナタ演奏から大きな音楽的影響を受け、その後ヨーロッパ大陸に戻り、1917年から1924年スイスのジュネーヴ音楽院で教えた。シゲティは1940年にアメリカに移住した。このヴァイオリン・ソナタ第2番は原曲がフルート・ソナタ(1941-2)として書かれた。1994年にヴァイオリン・ソナタ第2番として、オイストラフのヴァイオリン、オボーリンのピアノで初演され、楽曲はシゲティに献呈された。ピアノのレオニード・ハンブロ(1920-2006)はジュリアード音楽院出身。1946年ニュルベルグ・コンクールで入賞。クック・レコードにも録音していた。
 シゲティはプロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第1番(78CDR-3325)、J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番(78CDR-3225)、ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-3138)、ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番(78CDR-3159)他がこのシリーズで出ている。
78CDR-3342
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ランドフスカ〜チェンバロ珠玉集
 J.S.バッハ:前奏曲、フーガとアレグロ 変ホ長調/幻想曲 ハ短調
 D.スカルラッティ:ソナタ〔ニ長調 L.418 /ニ短調 L.423 〕
 シャンボニエール:サラバンド ニ短調 / ラモー:皇太子妃
 F.クープラン:神秘的なバリケード/女道化師 / パーセル:グラウンド ハ短調
 作曲者不詳:ナイチンゲール / ヘンデル:調子のいい鍛冶屋
 モーツァルト:ロンド ニ長調 K.485 /トルコ行進曲 K.331 /メヌエット ニ長調 K.355
 ヴィヴァルディ/J.S.バッハ編曲:協奏曲 ニ長調
  ワンダ・ランドフスカ(Cemb)
78DSD-3342
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 米 RCA VICTOR 12-0002/7。録音:1946年、ニューヨーク、ロータス・クラブ。
 ワンダ・ランドフスカ(1879-1959)はポーランドのワルシャワ生まれ。20世紀最高のチェンバロ奏者。パリのスコラ・カントルムの教授もつとめた。二列の鍵盤と七個ペダルを有する自分のチェンバロをパリのプレイエル社に作らせて生涯このこの楽器を使用した。1940年フランス国籍を得たが1941年のドイツ軍のフランス侵攻によりアメリカに逃れた。これはランドスフスカの2回目の「ゴルトベルク変奏曲」(78CDR-3288)に続くアメリカでのSPレコード録音。LPやCDでは聴けない鮮度の高い音でランドフスカの至芸を楽しむことができる。
78CDR-3341
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悲しい歌〜クレール・クロワザ
 デュパルク:悲しい歌 [CHANSON TRISTE / Columbia LF 59B (WM 37) ] /
       哀歌 [LAMENTO / Fr. Columbia LF 59A (WM 33) ]
 フォーレ:夢の後に [APRES UN REVE / Fr. Columbia LF 63A (WM 36-1) ] /
      夕べ [SOIR / Fr. Columbia LF 63B (WM 31-1) ]
  クレール・クロワザ(Ms) ジョージ・リーヴス(P)
78DSD-3341
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 録音:1930年7月、ロンドン。
 クレール・クロワザ(1882-1947)はパリ生まれ。最初にオペラ歌手として名声を確立したが、後に歌曲を専門に活動する。度々ロンドンを訪れて歓迎された。またラヴェル、ルーセル、オネゲル、プーランクなど自からの演奏会にクロワザを招き伴奏を務めた作曲家もいる。1922年からパリのエコール・ノルマルで、1934年からパリ音楽院で後進の指導にあたった。門下生にはジャニーヌ・ミショー、ジャック・ジャンサン、カミーユ・モラーヌ、ジェラール・スゼー、古澤淑子らがいる。この録音はクロワザが48歳の時の物。彼女の最高の名演とされている。
33CDR-3340
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ピリオド原盤、シュタルケルのコダーイ
 コダーイ:無伴奏チェロ・ソナタOp.8
ヤーノシュ・シュタルケル(Vc)
33DSD-3340
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 米 PERIOD SPLP 510。録音:1950年。
 ヤーノシュ・シュタルケル(1924-)はハンガリーのブダペスト生まれ。7歳でプダペスト音楽院に入学を許され、アドルフ・シッファーに師事した。11歳でソロ・デビュー、1945年に祖国を去りヨーロッパ各地で演奏した。1948年ハンガリー出身の指揮者アンタル・ドラティの招きでダラスso.の首席チェリストに就任した。翌1949年にはフリッツ・ライナーの招きを受けて、メトロポリタン歌劇場o.の首席チェリストに就任、1953年ライナーがシカゴso.に移るのに伴って移籍し1958年まで在籍した。この録音はオーナーがハンガリー出身のレコード会社ピリオドに録音したもので、シュタルケルの名前を世界に広めた記念すべき録音。録音エンジニアは作曲家ベラ・バルトークの次男ピーター・バルトーク。シュタルケルは1958年インディアナ州ブルーミントンに居を構え、インディアナ大学の教授に就任し、ソロ活動や公開レッスン、セミナー、レクチャーをする一方、多くのレコード録音を残している。
33CDR-3339
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ワルターの「田園」「運命」
 ベートーヴェン

  交響曲第6番 ヘ長調 Op.68「田園」(*)/
  交響曲第5番 ハ短調 Op.67「運命」(#)
ブルーノ・ワルター指揮
コロンビアso.
33DSD-3339
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 U.S. COLUMBIA MS-6012(*)、U.S. COLUMBIA MS-6055(#)。録音:1958年1月13日、15日、17日(*)、1月27日、30日(#)、ハリウッド、アメリカン・リージョン・オーディトリアム。共にステレオ。
 ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後ピアニストとしてデビュー、その後指揮者に転向した。1894年ケルン市立歌劇場でデビュー、1896年ハンブルク歌劇場へ移った。そこで音楽監督だったグスタフ・マーラー(1860-1911)と出会い交友を深めた。ワルターは以後ウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo.などの楽長、音楽監督を歴任。VPOも指揮した。1938年オーストリアがナチス・ドイツに併合されると迫害を避けてフランス、スイスを経てアメリカに逃れた。この録音はステレオ録音が開発されたのを期に引退していたワルターを起用して録音が挙行された物。録音当時ワルターは82歳だった。復刻はLPから最良の音を引き出すことを試みた。
33CDR-3338
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プロ・アルト〔プロ・アルテ〕SQ〜シェーンベルク:弦楽四重奏曲第3番 Op.30 (1927)
 プロ・アルトSQ
  [ルドルフ・コーリッシュ(第1Vn) アルバート・レイヒア(第2Vn)
   バーナード・ミロフスキー(Va) エルンスト・フリートランダー(Vc)]
33DSD-3338
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 米 DIAL 4(Mono)。録音:1950年1月24日、ニューヨーク、WORスタジオ。リーダーのルドルフ・コーリッシュ(1896-1978)は作曲家シェーンベルク(1874-1951)の指導を受け1921年に弦楽四重奏団を組織した。最初はウィーン弦楽四重奏団と名乗ったが後にコーリッシュ弦楽四重奏団(1922-1939)と改称した。1944年にコーリッシュはアメリカのウィスコンシン大学に招かれ、新たに組織されたプロアルト弦楽四重奏団のリーダーとなり1967年まで務めた。
 この録音はコーリッシュにとって2回目の録音にあたる。第1回のARCO録音とメンバーが入れ代わっている。DIALレーベルはLP時代に登場した現代音楽を積極的に取り上げたユニークなレーベル。1950年6月号の英GRAMOPHONE誌の "アメリカ便り" でアメリカの音楽評論家ハロルド・ショーンバーグがこのレーベルを紹介していた。
33CDR-3337
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ブレンデル最初期録音〜R.シュトラウス
 5つのピアノ小品 Op.3/ピアノ・ソナタ ロ短調 Op.5
アルフレッド・ブレンデル(P)
33DSD-3337
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 米 SOCIETY OF PARTICIPATING ARTISTS SPA-48 (Mono)。録音:1954年。この2曲の世界初録音。作曲家R.シュトラウスが1880-81年に作曲した作品。当時15-6歳だった。アルフレッド・ブレンデル(1931-)は北モラヴィアのヴィーゼンベルク生まれ、オーストリアのグラーツ音楽院で学んだ。1949年ブゾーニ国際コンクールで入賞後ウィーンデビュー。その後エトヴィン・フィッシャーのマスタークラスを受講し多大な影響を受けた。この録音はブレンデルが20代の半ばにアメリカのSPAレコードに録音したもので、ほとんど知られていない物。ここに既にブレンデルの音楽が聴ける貴重なアルバム。SPAにはもう一枚リストの「クリスマス・ツリー」(SPA-26)があった。
78CDR-3336
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ブッシュ室内合奏団〜ベートーヴェン
 大フーガ 変ロ長調 Op.133
アドルフ・ブッシュ(音楽監督)
ブッシュ室内合奏団
78DSD-3336
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 米 COLUMBIA 11778/9(Set MX-221)。録音:1941年10月2日、ニューヨーク、リーダークランツ・ホール。アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツの大ヴァイオリニスト。1922年からピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とデュオを組んで活躍した。1936年ゼルキンはブッシュの娘イレーネと結婚したが、ゼルキンはナチスのユダヤ人迫害からアメリカに逃れた。その後ブッシュもドイツを去ってスイスに移住、1939年実弟でチェリストのヘルマン・ブッシュと共にアメリカに定住した。
 このシリーズでブッシュはJ.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番(78CDR-3216)、二つのヴァイオリンのための協奏曲(78CDR-3235)、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番(78CDR-3243)、他が出ている。
78CDR-3335
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[CD-R]
ギレ〔ギレー〕SQ〜バルトーク:弦楽四重奏曲第4番(1928)
 ギレSQ[ダニエル・ギレ(第1Vn) ジャック・ゴロデツキ(第2Vn)
     フランク・ブリーフ(Va) リュシアン・ラポルト(Vc)]
78DSD-3335
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[DVD-R]
 米 CONCERT HALL SOCIETY Set A-8。録音:1947年、ニューヨーク。この曲の世界初録音。ダニエル・ギレ(1899-1990)はロシア生まれ。パリ音楽院でジョルジュ・エネスコとギヨーム・レミに師事し、オペラ・コミックのコンサートマスターを務めた後1941年にアメリカに移住、ギレ弦楽四重奏団を組織、1944年にアルトゥーロ・トスカニーニ指揮のNBCso.に入団、1951年にコンサート・マスターとなった。1954年にはピアニストのメナヘム・プレスラーとチェロのバーナード・グリーンハウスと共にボザール三重奏団を結成した。1969年に引退し、イシドア・コーエンがそのポジションを引き継いだ。第2ヴァイオリンのジャック・ゴロデツキはブダペスト弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者を務めたこともある。チェロのリュシアン・ラポルトはパリ音楽院で一等賞を得た名手。ヴィオラのフランク・ブリーフはパリのフォンテーヌブロー音楽学校出身。4人のメンバーはすべてパリで教育を受けた国籍の異なる音楽家。
78CDR-3334
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[CD-R]
ミルスタイン〔ミルシテイン〕〜
 タルティーニ
/クライスラー編曲:
  ヴァイオリン・ソナタ
    ト短調 Op.6 No.2「悪魔のトリル」
ナタン・ミルスタイン(Vn)
レオポルド・ミットマン(P)
78DSD-3334
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[DVD-R]
 米 COLUMBIA 70552/3-D (Set MX 98)。録音:1938年1月31日、ニューヨーク、30丁目コロンビア・スタジオ。ナタン・ミルスタイン(1904-1992)はロシアのオデッサに生まれ、11歳でサンクトペテルブルク音楽院に入学、名教師レオポルド・アウアー(1845-1930)に師事した。後にピアニストのホロヴィッツ(1903-1989)と出会い一緒に演奏旅行をしたこともある。1929年にアメリカ・デビュー、1942年にアメリカ市民権を得た。これはアメリカ・コロンビアに録音を始めたごく初期の物。
 このシリーズでJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番(78CDR-3078)、ヴィターリ:シャコンヌ(78CDR-3306)が出ている。
33CDR-3333
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[CD-R]
A.シュナイダー&カークパトリック〜モーツァルト
 ヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調 K.218 (*) /ピアノ協奏曲第17番 ト長調 K.453 (#)
  アレクサンダー・シュナイダー(Vn;*)指揮ダンバートン・オークス室内o.
  ラルフ・カークパトリック(18世紀P;#)
33DSD-3333
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 米 HAYDN SOCIETY HSLP 1040。録音:1951年3月、ニューヨーク、30丁目コロンビア・スタジオ。
 ヴァイオリンのアレクサンダー・シュナイダー(1908-1993)はリトアニアのヴィルナ生まれ。1932年から1944年、1955年から1967年にブダペスト四重奏団に在籍し、それ以外の期間はシュナイダー弦楽四重奏団やソリストとして活躍した。ラルフ・カークパトリック(1911-1984)はアメリカの音楽学者、鍵盤楽器奏者。ハーヴァード大学卒業後ヨーロッパ各地に留学し、1933年から34年にザルツブルクのモーツァルテウムで教鞭をとったこともある。1940年エール大学教授に就任、シュナイダーとのデュオではJ.S.バッハ、ヘンデル、モーツァルトのソナタ の録音を残している。ここではカークパトリックはジョン・チャリス(John Challis)が復元した18世紀ピアノを弾いている。典雅な響きが心を打つ。ダンバートン・オークスはワシントンD.C.の地名。ストラヴィンスキーがこの名を冠した室内オーケストラのための協奏曲(1938年)に作曲した。この室内o.は1950年代に幾つかの録音を残している。
 シュナイダーはJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ (33CDR-3307)と無伴奏ヴァイオリン・パルティータ(33CDR-3308)、カークパトリックはJ.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲(33CDR-3322)が稀少な初期LPからの復刻で出ている。また二人が共演したヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ 集(33CDR-3327)も出た。
33CDR-3332
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[CD-R]
ギュンター・ラミン、1954年モスクワ・ライヴ〜J.S.バッハ
 半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV.903/パルティータ第4番 ニ長調 BWV.828
  ギュンター・ラミン(Cemb)
33DSD-3332
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 独 CONCERT HALL MMS-72。録音:1954年6月19日、モスクワ音楽院小ホール、ライヴ。
 ギュンター・ラミン(1898-1956)はドイツの鍵盤楽器奏者、指揮者。1940年にライプツィヒの聖トーマス教会のカントル(音楽監督)となり、1956年の死までその地位にあった。特に1941年に録音されたJ.S.バッハ:マタイ受難曲」の抜粋盤(独ELECTROLA DB 6516/24S)は有名。またオルガンの録音は多数あるが、チェンバロの録音は非常に珍しい。
78CDR-3331
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[CD-R]
ブランカールのディスク・デビュー録音〜ドビュッシー:ピアノのための練習曲集(1915) より
 〔第1番「5本の指のために」/第3番「4度のために」/第11番「アルペジオのために」/
  第4番「6度のために」/第8番「装飾音のために」/第10番「対比的な響きのために」
 ジャクリーヌ・ブランカール(P)
78DSD-3331
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 英 DECCA LY6094/6(仏 POLYDOR 27297/9と同一録音)。録音:1933年、パリ。
 ジャクリーヌ・ブランカール(1909-1979)はパリ生まれの女流ピアニスト。パリ音楽院でイジドール・フィリップ(1863-1958)に師事し、1926年に一等賞を得た。以降オーケストラや室内楽、ソリストとして活躍。1938年にシャルル・ミュンシュ指揮パリpo.とラヴェル:左手のピアノのための協奏曲(DECCA X204/5)の世界初録音を行った。この録音は1933年ブランカールが24歳の時の彼女の初レコード録音で、ポリドールは当時イギリスではDECCAが発売していた。このシリーズでブランカールはLP録音のモーツァルト:ピアノ・ソナタ 集(33CDR-3328)が出ている。
78CDR-3330
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I.メンゲス&H.サミュエル〜ブラームス
 ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調 Op.108
イゾルデ・メンゲス(Vn)
ハロルド・サミュエル(P)
78DSD-3330
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 英 HIS MASTER'S VOICE C1923/5。録音:1929年12月2日-3日、1930年3月28日、ロンドン。
 イゾルデ・メンゲス(1893-1976)はイギリスの女流ヴァイオリニスト。1910年17歳の時ペテルブルク音楽院でレオポルド・アウアー(1845-1930)に師事し、1913年20歳でロンドンでデビューした。ハロルド・サミュエル(1879-1937)はロンドン生まれのイギリスのピアニスト。バッハ演奏の権威で、バッハの全クラヴィーア作品を暗譜した。1898年当時ロンドンの聴衆には未知の作品だったバッハのゴルトベルク変奏曲 BWV.988を弾いてデビューした。バッハの演奏の傍らサミュエルは伴奏ピアニストとして人気があった。特に女流ヴァイオリン奏者イゾルデ・メンゲスとのデュオは有名だった。メンゲスは本シリーズでJ.S.バッハ:シャコンヌ(78CDR-3178)、シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ第3番(78CDR-3206)が出ている。またサミュエルはJ.S.バッハ:パルティータ第2番 ハ短調 BWV.826(78CDR-3276)が出ている。
78CDR-3329
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[CD-R]
E.フィシャー〜シューベルト:8つの即興曲集
 〔 Op.90 D.899 / Op.142 D.935 〕
エトヴィン・フィッシャー(P)
78DSD-3329
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 独 ELECTROLA DB3484/9 (英 HMV DB3434/9 と同一録音)。録音:1938年3月8日-9日、ロンドン、アビー・ロードEMI第3スタジオ。
 エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)はスイスのピアニスト。バーゼル音楽院で学んだ後、ベルリンでリスト(1811-1886)の高弟マルティン・クラウゼ(1853-1918)に師事した。1930年ベルリン高等音楽院の教授に任命され、一方演奏家としても活躍した。1942年スイスに戻り、ソロ活動に加えヴァイオリンのゲオルク・クーレンカンプ(1898-1948)、後にヴォルフガング・シュナイダーハン(1915-1990)、チェロのエンリーコ・マイナルディ(1897-1976)とフィッシャー・トリオを結成した。
33CDR-3328
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[CD-R]
ブランカール〜モーツァルト:ピアノ・ソナタ集
 〔第3番 変ロ長調 K.281 /第16番 変ロ長調 K.570 /
  第5番 ト長調 K.283 /第15番 ハ長調 K.545 〕
ジャクリーヌ・ブランカール(P)
33DSD-3328
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[DVD-R]
 英 DECCA, LXT 2666 (MONO/ffrr録音)。録音:1951年10月、ロンドン。
 ジャクリーヌ・ブランカール(1909-1979)はパリ生まれの女流ピアニスト。パリ音楽院でイジドール・フィリップ(1863-1958)に師事し、1926年に一等賞を得た。以後オーケストラや室内楽のソリストとして活躍。1938年にシャルル・ミュンシュ指揮パリpo.とラヴェル:左手のピアノのための協奏曲(DECCA X204/5)の世界初録音を行った。また同曲をアンセルメ指揮スイス・ロマンドo.(DECCA LXT 2565)と再録音した。1948年にアメリカにデビューし、1979年パリに没した。このピアニストの数少ない録音の1枚で、パリ音楽院派のモーツァルトが聴ける。
33CDR-3327
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A.シュナイダー、カークパトリック、ミラー〜ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ集
 〔第4番 ニ長調 Op.1 No.13/第5番 イ長調 Op.1 No.14/第6番 ホ長調 Op.1 No.15/第3番 ヘ長調 Op.1 No.12 〕
  アレクザンダー・シュナイダー(Vn)
  ラルフ・カークパトリック(Cemb) フランク・ミラー(Vc)
33DSD-3327
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 米 COLUMBIA, ML 2150/51 (MONO)。録音:1950年1月4日、ニューヨーク、30丁目コロンビア・スタジオ。
 ヴァイオリンのアレクサンダー・シュナイダー(1908-1993)はリトアニアのヴィルナ生まれ。1932年から1944年、1955年から1967年にブダペスト四重奏団に在籍し、それ以外の期間はシュナイダー弦楽四重奏団やソリストとして活躍した。チェンバロのラルフ・カークパトリック(1911-1984)はアメリカの音楽学者、チェンバロ奏者。ハーヴァード大学卒業後ヨーロッパ各地に留学し、1933年から34年にザルツブルクのモーツァルテウムで教鞭をとったこともある。1940年エール大学教授に就任、シュナイダーとのデュオではJ.S.バッハ、ヘンデル、モーツァルトのソナタの録音を残している。
 チェロのフランク・ミラー(1912-1986)はカーティス音楽学校で学び、18歳でレオポルド・ストコフスキー時代のフィラデルフィアo.に入団した。1940年から1954年まではアルトゥーロ・トスカニーニのNBCso.の首席を務め、1957年にはプエルト・リコのカザルス・フェスティヴァルo.
1959年から1985年にはシカゴso.の首席を務めた。
 シュナイダーはJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ(33CDR-3307)と無伴奏ヴァイオリン・パルティータ(33CDR-3308)、カークパトリックはJ.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲(33CDR-3322)が稀少な初期LPからの復刻で出ている。
33CDR-3326
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ドホナーニ弾き振り〜モーツァルト
 ピアノ協奏曲第17番 ト長調 K.453
  (カデンツァ:エルンスト・フォン・ドホナーニ)
エルンスト・
 フォン・ドホナーニ(P)指揮
ブダペストpo.
33DSD-3326
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 英 Columbia, L 2315/8 (とあるが、おそらく正しくは L 2215/8 )。録音:1928年6月28日。#商品型番は共に78XXX-3326へ変更する可能性があります。
 エルンスト・フォン・ドホナーニ(1877-1960)はオーストリア=ハンガリー帝国のポジョニュ(スロヴァキア語名ブラチスラヴァ)生まれ。ブダペスト音楽アカデミーを卒業後、1897年オイゲン・ダルベルト(1864-1932)のレッスンを受けた後ピアニストとしてデビューした。ヨアヒムの招きでベルリン高等音楽院で教鞭をとった(1905-1915)。その後祖国に戻り、ブダペストpo.の音楽監督、音楽アカデミー院長をつとめた。第2次世界大戦後はアメリカに移住し、作曲家として活躍する一方、フロリダ州立大学で教鞭をとった。この録音は電気録音の初期のもので、自ら音楽監督を務めたブダペストpo.を指揮した、いわゆる "弾き振り" によるモーツァルトの協奏曲の初めての録音。現在指揮者として活躍するクリストフ・フォン・ドホナーニ(1929-)は孫にあたる。
78CDR-3325
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シゲティ&ビーチャム〜プロコフィエフ
 ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調 Op.19
ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
トーマス・ビーチャム指揮
LPO
78DSD-3325
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 米 COLUMBIA, 69899/901-D。録音:1935年8月23日、ロンドン、アビー・ロードEMI第1スタジオ。
 レコード録音史上に輝く名演奏の一つ。ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はブダペスト生まれ。ブダペスト音楽アカデミーでイェノ・フバイ(1858-1937)に師事し、13歳でデビューした。1907年から1913年に英国に住み、ピアニストのマイラ・ヘス(1890-1965)やフェルッチョ・ブゾーニ(1866-1924)らとのソナタ演奏から大きな音楽的影響を受け、その後ヨーロッパ大陸に戻り、1917年から1924年スイスのジュネーヴ音楽院で教えた。第2次世界大戦前の1932年と翌1933年に来日した。サー・トーマス・ビーチャム(1879-1961)は英国で最も尊敬された指揮者で1932年ロンドン・フルハーモニーo.を作った。
  シゲティとビーチャムの顔合わせは、このプロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第1番の他に、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番(78CDR-3111)とメンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-3124)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3324
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ミュンシュ&パリ音楽院管〜ドビュッシー
 管弦楽のための「映像」〜第2曲「イベリア」/
 英雄の子守歌
シャルル・ミュンシュ指揮
パリ音楽院o.
78DSD-3324
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 英 DECCA, AK 1763/5 (ffrr録音)。録音:1947年9月30日-10月2日、ロンドン、キングズウェイ・ホール。
 シャルル・ミュンシュ(1891-1968)はストラスブールの生まれ。生地の音楽院でオルガンを学んだ後、パリ音楽院でリュシアン・カペー(1873-1928)にヴァイオリンを学び、その後ベルリンでカール・フレッシュ(1873-1928)に師事した。1926年ライプツィヒ音楽院の教授に就任、1925年から32年にはゲヴァントハウスo.のソロ第一ヴァイオリン奏者もつとめ、ブルーノ・ワルター(1876-1962)やヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)のもとで演奏し、指揮法も身につけた。パリに戻り1935年から38年にはパリ・フィルハーモニーの指揮者、1938年にはエコール・ノルマルのヴァイオリン科教授に任命された。1938年から45年にパリ音楽院o.指揮者をつとめた。1939年には同音楽院の指揮科教授に任命された。1949年にボストンso.の正指揮者となり1962年までつとめた。この録音はミュンシュとパリ音楽院o.のロンドン公演の際にスタジオ入りした物。オーケストラの各パートに音楽院の教授達の名人芸が聴こえる。コンデンサー・マイクロフォン独特の高域の輝きがffrrの特長。
 ミュンシュ&パリ音楽院はラヴェル:ボレロ(78CDR-1164)チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」(78CDR-3239)、プロコフィエフ:古典交響曲(78CDR-3321)が出ている。
33CDR-3323
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ドレクリューズ、テーヴェ、ウーヴラドゥ〜
 モーツァルト

  クラリネット協奏曲 イ長調 K.622(*)/
  ホルン協奏曲第3番 変ホ長調 K.477(#)
ユリス・ドレクリューズ(Cl;*)
リュシアン・テヴェ(Hr;#)
フェルナン・ウーブラドゥー指揮
室内so.
33DSD-3323
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 仏 PATHE 33DTX 112。録音:1952年2月18日(*)、2月13日(#)、パリ。
 クラリネットのユリス・ドレクリューズ(1907-1995)は1925年パリ音楽院で一等賞を得た後、コロンヌo.
さらにパリ音楽院に入り、シャルル・ミュンシュの要請でパリ・フィルハーモニー(1935-1938)でも活躍した。1940年から1950年にギャルド・レピュブリケーヌのソリスト、1948年にパリ音楽院教授に就任1978年まで務めた。
 ホルンのリュシアン・テヴェ(1914-2007)は1937年パリ音楽院で一等賞を得て、フランス国立放送o.(1937)、パリ音楽院o.(1938-1967)、パリ・オペラ座o.(1941-1974)で活躍した名手。
 指揮者のフェルナン・ウーブラドゥー(1903-1986)は1921年パリ音楽院のファゴット科で一等賞を得た。フランスの主要オーケストラのソリストとして活躍、1942年からパリ音楽院の器楽合奏科の教授も務めた。
 ドレクリューズはブラームス:クラリネット五重奏曲(33CDR-3317)、ラヴェル:序奏とアレグロ(78CDR-3264)、ベートーヴェン:七重奏曲(78CDR-3263)が出ている。
33CDR-3322
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カークパトリックの「ゴルトベルク」第1回
 J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV.988
ラルフ・
 カークパトリック(Cemb)
33DSD-3322
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 米 HAYDN SOCIETY RECORDS HS-9035 (MONO)。録音:1952年。
 ラルフ・カークパトリック(1911-1984)はアメリカの音楽学者、チェンバロ奏者。ハーヴァード大学を卒業後ヨーロッパ各地に留学。パリでナダィア・ブーランジェとワンダ・ランドフスカに、ロンドンでアーノルド・ドルメッチに、ベルリンでハインツ・ティーセンにライプツィヒでギュンター・ラミンに師事した。1933年から34年にザルツブルクのモーツァルテウムで教鞭をとった。1940年にエール大学教授に就任、ドメニコ・スカルラッティの評伝とソナタ作品にK.番号をつけてを整理した。また演奏家としてバッハの作品に取り組み、このゴルトベルク変奏曲は2回録音した第1回目の物。第2回目は独アルヒーフ(1959年)だった。
 このシリーズでゴルトベルク変奏曲はランドフスカによる1933年録音(78CDR-3073)と1945年録音(78CDR-3288)が出ている。
78CDR-3321
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ミュンシュ&パリ音楽院管の「古典」
 プロコフィエフ:
  交響曲第1番 ニ長調 Op.25「古典交響曲」
シャルル・ミュンシュ指揮
パリ音楽院o.
78DSD-3321
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 英 DECCA AK1756/7 (ffrr録音)。録音:1947年10月4日、ロンドン、キングズウェイ・ホール。
 英国デッカのffrr録音。シャルル・ミュンシュ(1891-1968)はストラスブールの生まれ。生地の音楽院でオルガンを学んだ後、パリ音楽院でリュシアン・カペー(1873-1928)にヴァイオリンを学び、その後ベルリンでカール・フレッシュ(1873-1928)に師事した。1926年ライプツィヒ音楽院の教授に就任、1925年から32年にはゲヴァントハウスo.のソロ第一ヴァイオリン奏者もつとめ、ブルーノ・ワルター(1876-1962)やヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)のもとで演奏し、指揮法も身につけた。パリに戻り1935年から38年にはパリ・フィルハーモニーの指揮者、1938年にはエコール・ノルマルのヴァイオリン科教授に任命された。1938年から45年にパリ音楽院o.指揮者をつとめた。1939年には同音楽院の指揮科教授に任命された。1949年にボストンso.の正指揮者となり1962年までつとめた。
 ミュンシュ&パリ音楽院はラヴェル:ボレロ(78CDR-1164)、チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」(78CDR-3239)が出ている。
78CDR-3320
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ケンプ&ラーべの「皇帝」
 ベートーヴェン:
  ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73「皇帝」
ヴィルヘルム・ケンプ(P)
ペーター・ラーベ指揮
BPO
78DSD-3320
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 独 PLYDOR 67082/86。録音:1936年1月、ベルリン。
 ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)はドイツの名ピアニスト。機械式録音時代からステレオ録音時代まで多くの録音を残した。指揮者のペーター・ラーベ(1872-1945)はナチスの国家音楽協会の総裁を務めた人物。この時代の背景が窺われる。
 ケンプはベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番(78CDR-3112)、ピアノ協奏曲第4番(78CDR-3120)、モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番(78CDR-3164)何れも指揮はパウル・ファン・ケンペン、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」(78CDR-3133)が出ている。
78CDR-3319
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シュタンスケ&シューリヒト〜
 ブルッフ
:ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 Op.26
ハインツ・シュタンスケ(Vn)
カール・シューリヒト指揮
ベルリン・ドイツ・オペラo.
78DSD-3319
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 独 POLYDOR 67864/6。録音:1942年1月、ベルリン。
 ハインツ・シュタンスケ(1912-)はカール・フレッシュ(1873-1944)に師事したドイツのヴァイオリニスト。1937年ウィーン・コンクールで金賞を受賞した。第2次世界大戦中もドイツで活躍、ポリドールにSP録音をのこした。大戦後はコンサート活動と同時に後進の指導にあたり、女流ヴァイオリニスト、エディット・パイネマン(1939-)は弟子の一人だった。カール・シューリヒト(1880-1967)はドイツの指揮者。1912年から1944年までヴィスバーデン歌劇場の音楽監督をつとめると同時にBPOやウィーン・フィルにも客演した。
 シュタンスケはモーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番(指揮:パウル・フェン・ケンペン)(78CDR-3211)、シューリヒトはブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番(ヴァイオリン:クーレンカンプ)(78CDR-3123)、ベートーヴェン:交響曲第2番(スイス・ロマンドo.)(78CDR-3115)、ベートーヴェン:交響曲第4番(ベルリン市立o.)(78CDR-3127)が出ている。
33CDR-3318
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マイナルディ〜バッハ
 無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV.1009
エンリコ・マイナルディ(Vc)
33DSD-3318
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 英 DECCA LX3069 (ffrr録音)。録音:1950年1月20日、ロンドン、デッカ・スタジオ。
 チェロのエンリコ・マイナルディ(1897-1976)はイタリア生まれ、ミラノ音楽院でチェロを、ジュゼッペ・ヴェルディ音楽院で作曲を学んだ。チェロはベルリン高等音楽院のフーゴー・ベッカーに師事し、1933年からベッカーの後を継いでチェロ科の教授になった。この頃ヴァイオリンのクーレンカンプ、ピアノのエトヴィン・フィッシャーとトリオを結成し名声をあげた。この組曲第3番は1950年1月20日、に英デッカの10インチLPに録音された。デッカのSPには組曲第1番(AX-434/6)(1948年9月28日、録音)と組曲第2番(AK-2155/7)(1949年9月30日、録音)が残されているが、いずれも復刻盤は出ていない。これは稀少な初期LPからの復刻。
33CDR-3317
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ドレクリューズ&パスカルSQ〜ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調 Op.115
 ユリス・ドレクリューズ(Cl)
 パスカルSQ[ジャック・デュモン(第1Vn) モーリス・クリュ(第2Vn)
       レオン・パスカル(Va) ロベール・サル(Vc)]
33DSD-3317
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 英 CLASSICS CLUB X47(Concert Hall Society CH-19と同一録音)。録音:1956年頃。
 クラリネットのユリス・ドレクリューズ(1907-1995)は1925年のパリ音楽院で一等賞を得た後、コロンヌo.、さらにパリ音楽院o.に入り、シャルル・ミュンシュの要請でパリ・フィルハーモニー(1935-38)でも活躍した。1940年から1950年にギャルド・レピュブリケーヌのソリスト、1948年にパリ音楽院教授に就任1978年まで務めた。パスカル弦楽四重奏団は1941年にマルセイユ出身のレオン・パスカルによって組織され、後にO.R.T.F.(フランス国立放送局)弦楽四重奏団となり1973年に解散した名四重奏団。ドレクリューズは同曲をステレオ時代にレーヴェングート四重奏団と再録音している。
 このシリーズでドレクリューズはラヴェル:序奏とアレグロ(78CDR-3264)、ベートーヴェン:七重奏曲(78CDR-3263)が出ている。
78CDR-3316
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[CD-R]
ファン・バレンツェンの「月光」〜ベートーヴェン
 ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 Op.27-2「月光」
アリーヌ・
 ファン・バレンツェン(P)
78DSD-3316
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 仏 LVSM DB11165/6。録音:1947年6月4日、パリ、アルベール・スタジオ。使用楽器:ガヴォー。
 アリーヌ・ファン・バレンツェン(1897-1981)アメリカ生まれのフランスのピアニスト。9歳でパリ音楽院に入学が許されエリー=ミリアム・ドラボルド(1839-1923)とマルグリット・ロン(1874-1966)に師事した。1909年11歳でアメリカ人として初めて一等賞を得た。この最年少記録は今も破られていない。その後ベルリンでエルンスト・フォン・ドホナーニ(1877-1960)、ウィーンでテオドール・レシェティツキ(1830-1915)について研鑽を重ねた。祖国アメリカに戻りフィラデルフィアの音楽学校、さらにブエノスアイレスの音楽学校の教授を歴任後、1954年にパリ音楽院の教授に任命された。
 ベートーヴェン:「熱情」ソナタ(78CDR-3156)、ブラームス:パガニーニ変奏曲(78CDR-3185)、ファリャ:スペインの庭の夜(78CDR-3193)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3315
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コルトー〜リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3315
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[DVD-R]
 米 VICTROLA 7325/7(英His Master's Voice DB1307/9 と同一録音)。録音:1929年3月13日、ロンドン、小クイーンズ・ホール。
 リスト生誕200年記念発売。アルフレッド・コルトー(1877-1962)も20世紀フランス最高のピアニスト。パリ音楽院でディエメールとピュニョに師事した。コルトーは偉大な教育者でもあった。1907年から1917年までパリ音楽院の教授をつとめ、1918年にエコール・ノルマル音楽学校を設立した。門下生にはマグダ・タリアフェロ、クララ・ハスキル、ディヌ・リパッティ、ヴラド・ペルルミュテル、イヴォンヌ・ルフェビュール、サンソン・フランソワ等がいる。このリストのソナタは世界初録音。これまでSP録音本来の強靱な音が復刻されてなかったため、コルトーの偉大な演奏が見過ごされてきた。ここではノイズの比較的少ない初期アメリカVICTOR盤を使用しコルトーの真の姿が浮かび上がっている。
78CDR-3314
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ティボー&コルトー〜フランク
 ヴァイオリン・ソナタ イ長調
ジャック・ティボー(Vn)
アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3314
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 米 VICTROLA 8179/82(英 His Master's Voice DB1347/50 と同一録音)。録音:1929年5月28日、パリ、ショパン音楽堂。
 ジャック・ティボー(1880-1953)は20世紀フランス最高のヴァイオリニスト。パリ音楽院でマルシックに師事、1896年に一等賞を得た。アルフレッド・コルトー(1877-1962)も20世紀フランス最高のピアニスト。パリ音楽院でディエメールとピュニョに師事した。二人は1923年にこのヴァイオリン・ソナタを機械式録音で吹き込みんだ(78CDR-3264)ことがある。1929年5月28日のこの録音はベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」(78CDR-3015)に続いて録音された。レコード史上永遠に輝く名演奏。復刻にはノイズの比較的少ない初期アメリカVICTOR盤を使用した。
33CDR-3313
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フランチェスカッティ〜J.S.バッハ:
 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ

  〔第2番 ニ短調 BWV.1004 (*) /
   第3番 ホ長調 BWV.1006 (#)〕
ジノ・
 フランチェスカッティ(Vn)
33DSD-3313
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 米 COLUMBIA ML4935。録音:1952年4月24日(*)、1950年5月23日(#)、ニューヨーク30丁目コロムビア・スタジオ。
 ジノ・フランチェスカッティ(1902-1991)はフランスの名ヴァイオリニスト。マルセイユに生まれ、ヴァイオリニストだった父親とその門下生だった母親の手ほどきを受けて研鑽を積み、5歳でリサイタルを開き10歳でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を公開演奏した。一時法律家を志したが父親の早逝でヴィオリニストになる決意をし、1924年にパガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番でパリ・デビューし、その後ジャック・ティボー(1880-1953)の薫陶を得た。1927年から31年までエコール・ノルマル音楽院の教授をつとめ、この間コンセール・ストララムに団員としても加わっていた。1939年にソリストとしてアメリカにデビュー、そのままニューヨークに定住した。1950年はJ.S.バッハ(1685-1750)の没後200年にあたり、フランスカッティを起用して無伴奏ソナタとパルティータのプロジェクトで、パルティータ第3番 BWV.1006から始めたが、第2弾のパルティータ第2番 BWV1004が2年後の録音となり、全曲完成の見込みが立たなくなった1954年にこの2曲だけ単売されたがすぐに廃盤になった。一筆書き風の輝かしいラテン バッハの名演を、是非後世に残したい気持ちを持って取り上げた。初期LPからの復刻で特有のノイズがあるが、ダイレクトトランスファーの生々しい音が特長。
33CDR-3312
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[CD-R]
ジュリアン・オレフスキー〜ブラームス
 ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77
ジュリアン・オレフスキー(Vn)
ハワード・ミッチェル指揮
ナショナルso.
33DSD-3312
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 米 WESTMINSTER WL5273。録音:1953年12月18日-20日。
 ヴァイオリンのジュリアン・オレフスキー(1926-1985)はドイツ生まれ。1935年に家族と共にアルゼンチンのブエノスアイレスに移住、ヴァイオリニストとしての研鑽を積んだ。1947年にアメリカに移住、1949年にニューヨークのタウンホールでデビュー、1950年にカーネギー・ホールで4回のリサイタルを行った。1959年来日した。演奏家として活躍すると同時にマサチューセッツ大学で後進の指導にあたった。59歳の時心臓麻痺で他界した。
 このブラームスはLPレコードの出現で設立された米WESTMINSTERへの初録音。西条卓夫著「名曲この一枚」(文芸春秋新社)にとりあげられた。LP、CDを通して初復刻。
 指揮者のハワード・ミッチェル(1910-1988)はネブラスカ生まれ。1950年から1969年までワシントンD.C.のナショナルso.の音楽監督をつとめた。初期LPからの復刻で特有のノイズがあるが、ダイレクトトランスファーの生々しい音が特長。
78CDR-3311
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[CD-R]
ブッシュSQ〜モーツァルト:弦楽四重奏曲第16番 変ホ長調K.428(421b)
 ブッシュSQ[アドルフ・ブッシュ(第1Vn) ゲスタ・アンドレアソン(第2Vn)
       カール・ドクトル(Va) ヘルマン・ブッシュ(Vc)]
78DSD-3311
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 米 COLUMBIA 71431/4D。録音:1942年5月15日、ニューヨーク、リーダークランツ・ホール。
 ブッシュ弦楽四重奏団は1919年にアドルフ・ブッシュ(1891-1952)によって組織され、1930年代には英 HIS MASTER'S VOICE に多くの録音をしている。ブッシュはまたピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とのデュオ録音でも活躍した。ブッシュは1939年に実弟でチェリストのヘルマン・ブッシュと共にアメリカに移住、その後四重奏の二人のメンバーもアメリカに渡り、1941年からアメリカCOLUMBIAに録音を再開した。
 このシリーズではヨーロッパ時代に録音したベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番Op.135(78CDR-3195)とアメリカ時代のベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番「ラズモフスキー第1番」(78CDR-3287)、ピアノ三重奏曲「幽霊」(78CDR-3253)、シューマン:ピアノ五重奏曲作品44(ピアノ:ゼルキン)(78CDR-3305)などが出ている。
78CDR-3310
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[CD-R]
ブランシュ・セルヴァ〜フランク
 前奏曲、コラールとフーガ
ブランシュ・セルヴァ(P)
78DSD-3310
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[DVD-R]
 仏 COLUMBIA LFX168/70。録音:1930年6月6日、パリ。
 ブランシュ・セルヴァ(1884-1942)はパリ音楽院でピアノを学び1895年に11歳で一等賞、1904年にJ.S.バッハのクアヴィーア曲集を全曲ピアノで演奏した。セルヴァは1930年11月のコンサート中に卒中に襲われステージ活動を離れた。
 セルヴァはJ.S.バッハ:パルティータ第1番BWV.825(78CDR-3191)、フランク:ヴァイオリン・ソナタ(ヴァイオリン:ジョアン・マッシア)(78CDR-3012)、ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」(ヴァイオリン:ジョアン・マッシア)(78CDR-3028)が出ている。
78CDR-3309
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[CD-R]
モイーズ&ラスキーヌ〜モーツァルト
 フルートとハープのための協奏曲 ハ長調 K.299
マルセル・モイーズ(Fl)
リリー・ラスキーヌ(Hp)
ピエロ・コッポラ指揮o.
78DSD-3309
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 仏 DISQUE GRAMOPHONE L876/8。録音:1931年1月26日、2月26日、パリ。
 フルートのマルセル・モイーズ(1889-1984)はパリ音楽院でポール・タファネル(1844-1908)、フィリップ・ゴーベール(1879-1941)に師事し1905年に一等賞を得た。1908年にソロ・デビュー、オペラ・コミック、ストララムo.に席を置き、1932年から1949年まで母校の教授をつとめた。ハープのリリー・ラスキーヌ(1893-1988)は12歳の時パリ音楽院で一等賞を得た。コンセール・ラムルーのハーピスト、ソリストとして活躍し、1948年から1958年まで母校の教授をつとめた。ピエロ・コッポラ(1888-1977)はミラノ生まれ、フランスで活躍した。SPレコードの録音も多い。
 モイーズとラスキーヌはドビュッシー:フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ(78CDR-3064)、ラヴェル:序奏とアレグロ(78CDR-3284)が出ている。
A.シュナイダー〜無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ Vol.2 (#)
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV.1004/
         無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ長調 BWV.1005/
         無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番 ホ長調 BWV.1006
 アレクサンダー・シュナイダー(Vn)
33DSD-3308
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33CDR-3307
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A.シュナイダー〜無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ Vol.1 (*)
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト短調 BWV.1001/
         無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番 ロ短調 BWV.1002/
         無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調 BWV.1003
 アレクサンダー・シュナイダー(Vn)
33DSD-3307
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 米 MERCURY MG-10017/8 (*), MG-10019/20 (#) 。録音:1949年、ニューヨーク、リーヴス・スタジオ。
 アレクサンダー・シュナイダー(1908-1993)はリトアニアのヴィルナ生まれ。ブダペスト弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者として活躍、ナチスの迫害を逃れ四重奏団の他のメンバーと共にアメリカの移住した。シュナイダーは1932年から1944年、1955年から1967年に四重奏団に在籍、ぞれ以外の期間はシュナイダー弦楽四重奏団やソリストとして活動した。シュナイダーはプラドで隠遁していたパブロ・カザルスの元をしばしば訪れバッハの演奏法の指導を受け、それが縁で1950年のプラド音楽祭が実現した。
 この録音はシュナイダーはカザルスのバッハ理念をヴァイオリンで表現しているアルバム。
 1950年はJ.S.バッハ(1685-1750)の没後200年にあたり、その記念にLP登場で初の無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ全6曲がシュナイダーの手で完成した。録音は1949年に行われ、録音ディレクターがミッチェル・ミラー(1911-2010)、録音エンジニアはロバート・ファイン(1922-1982)。ミッチェル・ミラーは優れたオーボエ奏者、イングリッシュホルン奏者でもあり、後年アメリカ・コロンビアのA&R部長をつとめ、数々の名アーティストを生み出した人物。また自らアーティストとしてミッチ・ミラー合唱団を組織し、初期のTV番組「ミッチと歌おう」に出演した「ヒゲのおじさん」。ロバート・ファインはマーキュリー・オリンピアン・シリーズでLP初期のハイファイ録音時代を築いた人物。
78CDR-3306
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ナタン・ミルシテイン(ミルスタイン)
 ヴィターリ:シャコンヌ(*)
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ
  第1番 ト短調 BWV.1001〜アダージョ(#)
ナタン・ミルスタイン(Vn)
レオポルド・ミットマン(P)
78DSD-3306
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 米 COLUMBIA 70488/9-D。録音:1935年12月31日、(*)、1936年2月21日、(#)、ニューヨーク、コロンビア・スタジオ。
 ナタン・ミルスタイン(1904-1992)はロシアのオデッサに生まれ、11歳でサンクトペテルブルク音楽院に入学、名教師レオポルド・アウアー(1845-1930)に師事した。後にピアニストのホロヴィッツ(1903-1989)と出会い一緒に演奏旅行をしたこともある。1929年にアメリカ・デビュー、1942年にアメリカ市民権を得た。
 これはアメリカ・コロンビアに録音を始めたごく初期の物。同じころの録音であるJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番(78CDR-3078)が出ている。
78CDR-3305
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ゼルキン&ブッシュSQ〜シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調 Op.44
 ルドルフ・ゼルキン(P) ブッシュSQ
        〔アドルフ・ブッシュ(第1Vn) ゲスタ・アンドレアソン(第2Vn)
         カール・ドクトル(Va) ヘルマン・ブッシュ(Vc)〕
78DSD-3305
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 米 COLUMBIA 71442/5-D。録音:1942年5月22日、ニューヨーク、リーダークランツ・ホール。
 ブッシュ弦楽四重奏団は1913年にリーダーのアドルフ・ブッシュ(1891-1952)によってドイツで組織され、1939年からアメリカで活動したが1952年にブッシュの死によって消滅した。ピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)は1922年からアドルフ・ブッシュとデュオを組んで活躍し、1935年ブッシュの娘イレーネと結婚した。ゼルキンはナチスのユダヤ人迫害を避けアメリカに移住した。
 アメリカ時代のブッシュはこのシリーズでベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番「ラズモフスキー第1番」(78CDR-3287)、ピアノ三重奏曲「幽霊」(ピアノ=ゼルキン)(78CDR-3253)、J.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番(78CDR-3216)、二つのヴァイオリンのための協奏曲(78CDR-3235)が出ている。
78CDR-3304
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フォーレ:レクイエムOp.48
 シュザンヌ・デュポン(S) モーリス・ディディエール(Br)
 エルネスト・ブールモーク指揮リヨン器楽合奏団&cho.、エドアール・コメット(Org)
78DSD-3304
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 米 COLUMBIA 70295/9-D (英 COLUMBIA LX773/7と同一録音)。録音:1938年5月30日-31日、6月1日、リヨン、サン=ジャン大聖堂。
 リヨンのサン=ジャン大聖堂で録音されたこの名曲の記念碑的録音。英コロンビアのプロデューサー、ウォルター・レッグによる録音。SP時代の同曲はフランスHMVが1929年に録音したギュスタヴ・ブレ指揮バッハ協会合唱団とo.(仏 LA VOIX DE SON MAITRE W1154-58)があったが1936年に廃盤になっていて、この新録音が大歓迎されたとの記述がある。
78CDR-3303
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マドレーヌ・グレイ〜カントルーブ:オーヴェルニュの歌
 〔バイレロ−高地オーヴェルニュの羊飼いの歌/泉の水/どこへ羊を放そうか/あちらのリムザンに/
  私には恋人がいない/うずら/牧場を通っておいで/子守歌 −女房持ちはかわいそう/紡ぎ歌−アントゥエノ〕

 マドレーヌ・グレイ(Ms) エリー・コーエン指揮o.
78DSD-3303
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 録音:1930年2月3日(1-2), 2月5日(3-6)、パリ。日 COLUMBIA J8124/6 。
 マドレーヌ・グレイ(1896-1976)はフランスのメゾソプラノ。パリ音楽院でコルトーにピアノをエタッシュに声楽を学んだ。コンセール・ラムルーの演奏会でデビューしたとき彼女の声楽家としての才能がフォーレとラヴェルの目にとまった。フォーレの歌曲集「まぼろし」(1919)の初演者、ラヴェルの歌曲集「二つのヘブライの歌」(1920)と「マダガスカルの土人の歌」(1926)の初演者に選ばれた。この「オーヴェルニュの歌」は作曲者のジョゼフ・カントルーブ(1879-1957)が採集した民謡に器楽伴奏をつけたもので、1926年彼女によって創唱された。この初演盤は日本コロムビアからSPレコード時代に発売され人気のアルバムであった。
78CDR-3302
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マルティネッリ&J.ドワイヤン〜
 シューベルト
:歌曲集「美しき水車屋の娘」D.795
  (フランス語歌唱版/モーリス・ショッサン詩)
ジェルメーヌ・
 マルティネッリ(S)
ジャン・ドワイヤン(P)
78DSD-3302
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 録音:1935年4月3日(1-7), 4月5日(9-12), 4月8日(13-20)。使用ピアノ:プレイエル。仏 COLUMBIA RFX42/46 。
 ジェルメーヌ・マルティネッリ(1887-1964)はパリ生まれ。父親はいくつかの劇場を回っていた医師で、しばしば娘を演奏会に連れていった。1900年13歳のときサル・プレイエルで独唱会を開いた。音楽院に行かず、個人教授で研鑽をつんだ。1908年、パブロ・カザルス、ジャック・ティボー、ラウル・ピュニョが出演したあるマチネ・コンサートで歌い大反響を呼んだ。第1次大戦(1914-18)中は病院や軍の劇場を訪問して歌った。1919年になってコロンヌo.の指揮者だったガブリエル・ピエルネ(1863-1937)の演奏会で歌い、以降パリでの名声が広まっていった。1928年にはフランス歌曲とドイツ歌曲の独唱会をひらき評判を呼んだ。いくつかの賞を受賞し、フランス放送のスターの一人になった。1941年に引退、パリ音楽院の試験審査官のメンバーと声楽科の教授を1963年までつとめた。このシューベルトの「美しい水車屋の娘」をフランス語で歌った物。彼女はシューマンの「女の愛と生涯」もフランス語で歌った録音がある。なめらかで美しい声はこの曲の魅力を倍加している。ピアノのジャン・ドワイヤン(1907-1982)はパリ音楽院でマルグリット・ロン(1874-1966)に師事した。この録音はおそらくドワイヤンの初録音であろう。
78CDR-3301
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天使の糧〜ベニャミーノ・ジーリ(T)
 ヴェルディ:清きアイーダ / プッチーニ:「ボエーム」〜愛らしい乙女よ(*)
  [マリア・カニーリャ(S;*) ワルター・ゲール指揮 o./ Eng.HMV DB3225A, B /1937年5月28日]/
 カルディッロ:カタリ(つれないお前) / ファルヴォ:君に告げてよ
  [ライナルド・ツァンボーニ指揮コヴェント・ガーデン王立歌劇場o./ Eng.HMV DB6436A , B /1946年12月13日]/
 フランク:天使の糧 / チレア:フェデリコのロマンス
  [ブルーノ・ザイトラー=ヴィンクラー指揮ベルリン国立歌劇場o. & cho./ Eng.HMV DB2914A, B /1936年6月2日]/
 デ・クルティス:忘れな草 / シューベルト/メリヒャル編曲:千人の天使の合唱(シューベルトの子守歌)
  [アロイス・メリヒャル指揮ベルリン国立歌劇場o./ Ger.Electrola DA1447A, B /1935年10月25日]
78DSD-3301
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 ベニャミーノ・ジーリ(1890-1957)はイタリアの偉大なオペラ歌手。1914年パルマで開かれた国際コンクールで優勝し、すぐにオペラ・デビューした。パルレモのマッシモ劇場、ナポリのサン・カルロ劇場、ローマのコスタンツィ劇場、ミラノのラ・スカラ、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場に出演した。1921年にイタリアの大テノール歌手エンリーコ・カルーゾの死去後、ジーリは第2のカルーゾとしての国際的名声が急遽上昇した。1932年に出演料についての不満からメトロポリタンを離れヨーロッパに戻った。イタリアの独裁者ムッソリーニのお気に入りの歌い手だった。これは戦後になっての人気に影響をあたえた。ジーリはオペラ以外にナポリ民謡、宗教曲、さらに映画音楽などの幅広い録音を残した。ここにはそれらの名唱を集めた。SPレコードならではの実在感のある音が聴ける。
78CDR-3300
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すみれ・野ばら〜エリーザベト・シューマン(S)
 モーツァルト:すみれ[ジェラルド・ムーア(P)/ Eng.HMV DA1854A /1945年8月]/
 シューベルト:野ばら−草原の歌[カール・アルヴィン(P)/ Eng.HMV DB1844A /1932年11月7日]/
        子守歌−蝶々[ジョージ・リーヴス(P)/ Eng.HMV DB3426A /1937年11月29日]/
 ブラームス:眠りの精[ジェラルド・ムーア(P) Eng.HMV DA1526A /1936年9月7日]/
 レーガー:マリアの子守歌[ワルター・ゲール指揮o./ Ger.Electrola DA1619A /1937年11月22日]/
 ブラームス:子守歌[オーケストラ伴奏/ Eng.HMV DA1562A /1937年3月11日]/
 R.シュトラウス:子守歌[アイヴァー・ニュートン(P) Ger.Electrola EJ197A /1927年5月24日]/
 フリース/伝モーツァルト:モーツァルトの子守歌
  [ローランス・コリングウッド指揮o./ Eng.HMV E555A /1930年2月17日]
78DSD-3300
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 エリーザベト・シューマン(1885-1952)はドイツの名ソプラノ。1909年にハンブルグ歌劇場でデビューした。彼女はオペラ。オペレッタ、宗教曲、リートと幅広いレパートリーを誇った。ここには1927年電気録音初期から1945年までに録音された10曲を選んだ。大歌手が親しみを持って歌いかけてくるSPレコードの魅力が満喫できる。シューマンはこのシリーズで「シューマン:女の愛と生涯」(78CDR-3273)が出ている。
78CDR-3299
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夢の後に〜ニノン・ヴァラン(S)
 マスネ:エレジー / トセリ:セレナード
  [ピエール・ダルク(P) J.フォール(Vc)/ Fr. Odeon 238.030 A, B /1936年5月11日]/
 フォーレ:秋[モーリス・フォール(P)/ Fr.Pathe PG60A /1934年]/
      夢の後に[J.アンドルフィ(P)/ Fr.Pathe X93081A /1929年]/
 ドビュッシー:グリーン/マンドリン−操り人形[ギュスタヴ・クローエ(P)/ Fr.Odeon 188.595A /1928年7月3日]/
 レイナルド・アーン:至福の時/歌に翼ありせば[不明伴奏者(P)/ Fr.Odeon 188.579 A, B /1928年3月31日]
78DSD-3299
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 ニノン・ヴァラン(1886-1961)はフランスのソプラノ。最初リヨン音楽院、続いてパリ音楽院で学んだ。最初はオペラ歌手になる意志はなく、声楽家として舞台に立つことを考えていた。1911年ドビュッシー(1862-1918)の神秘劇「聖セバスティアンの殉教」の初演にエリゴネ役に選ばれ、1914年にはドビュッシーの「ステファヌ・マラルメの三つの詩」の初演を行った。その後オペラ出演を説得され主要なオペラの主役を40年間に渡って演じた。SPレコードにはシャルパンティエ(1860-1956)の「ルイーズ」(1935年ビゴー指揮抜粋)やマスネ(1842-1912)の「ウェルテル」(1931年エリー・コーエン指揮全曲、ジョルジュ・ティルとの共演)がある。ヴァランはオペラ出演の傍らパリのミュージックホール「アランブラ」にも出演したこともあり、これが人気を広めた。ここに集めた曲は初めての人にもヴァランの魅力を伝えることを意図して選曲した。SPレコードならではの声の良さが聴ける。
78CDR-3298
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コーリッシュSQ〜モーツァルト
 弦楽四重奏曲第21番 ニ長調 K.575
  「プロシャ王第1番」
コーリシュSQ
[ルドルフ・コーリッシュ(第1Vn)
 フェリックス・クーナー(第2Vn)
 オイゲン・レーナー(Va)
 ベルナール・ハイフェッツ(Vc)]
78DSD-3298
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 ソース:英 COLUMBIA LX337/8。録音:1934年6月25日、ロンドン、アビー・ロードEMI第3スタジオ。
 コーリッシュ弦楽四重奏団は新ウィーン楽派の弦楽四重奏曲を演奏する目的でルドルフ・コーリッシュ(1896-1978)によって1921年に結成された。結成当初は作曲家シェーンベルクの指導の下でウィーン弦楽四重奏団と名乗っていたが、後にコーリッシュ弦楽四重奏団に改称し、現代音楽だけではなく古典レパートリーの演奏にも取り組んだ。コーリッシュは子供の頃左手に怪我をしたため、右手でヴァイオリンを持ち、左手に弓を持って弾いた。
 このシリーズで他にモーツァルト:弦楽四重奏曲第22番 K.589「プロシャ王第2番」(78CDR-3197)、シューマン:ピアノ四重奏曲作品47(78CDR-3242)、モーツァルト:音楽の冗談K.522(78CDR-3250)が出ている。
78CDR-3297
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ナタン・ミルシテイン〜モーツァルト
 ヴァイオリン・ソナタ第24番 ハ長調 K.296
ナタン・ミルシテイン(Vn)
アルトゥール・バルサム(P)
78DSD-3297
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 ソース:米 COLUMBIA 70628/9-D(Set X-MX-143)。録音:1939年4月5日、ニューヨーク、コロンビア・スタジオ。
 ナタン・ミルシテイン〔ミルスタイン; 1904-92〕はロシアのオデッサの生まれ、11歳でサンクトペテルブルク音楽院に入学、名ヴァイオリン教授レオポルド・アウアー(1845-1930)に師事した。後にピアニストのウラディミル・ホロヴィッツと出会い一緒に演奏旅行を行ったこともある。1929年にアメリカ・デビュー、1942年にアメリカ市民権を得た。アメリカ移住後のSP時代、米COLUMBIAの若手アーティストとして多くの録音をしている。
 ピアノのアルトゥール・バルサム(1906-94)はポーランド生まれのピアニスト。ベルリン高等音楽院に学び、1930年にメンデルスゾーン賞を得た。1932年にヴァイオリンのイェフディ・メニューイン(1916-99)のアメリカ・ツアーに同行した。ナチスの台頭でアメリカに移住し、ソロ、室内楽に活躍した他、イーストマン音楽学校、ボストン大学、マンハッタン音楽院で教鞭をとった。
 ミルスタインは本シリーズではJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番(78CDR-3078)とラロ:スペイン交響曲(78CDR-3132)が出ている。
78CDR-3296
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ヤッシャ・ハイフェッツ〜モーツァルト
 ヴァイオリン・ソナタ第40番 変ロ長調 K.454
ヤッシャ・ハイフェッツ(Vn)
エマヌエル・ベイ(P)
78DSD-3296
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 ソース:米 VICTOR 14328/30。録音:1936年2月10日、ニューヨーク、RCA Victorスタジオ。
 ヤッシャ・ハイフェッツ(1901-87)はリトアニアのヴィルナ生まれ。サンクトペテルブルク音楽院でレオポルド・アウアー教授に師事、10歳の春にデビューした。1916年16歳の時に革命を逃れ一家はアメリカに移住し、少年ハイフェッツは一流演奏家として待遇された。その後青年期、壮年期を経て引退するまで世界最高のヴァイオリン奏者として崇められた。この録音はハイフェッツが35歳の時の物。
 ピアノのエマヌエル・ベイ(1891-1968)はロシア生まれ。ハイフェッツの伴奏ピアニストとして活躍した。
 ハイフェッツはこのシリーズでチャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-3036)とメンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-3114)、シベリウス:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-3179)が出ている。
78CDR-3295
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アルバート・スポールディング〜モーツァルト
 ヴァイオリン・ソナタ第36番 変ホ長調 K.380(374f)
アルバート・
 スポールディング(Vn)
アンドレ・ブノワ(P)
78DSD-3295
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 ソース:米 VICTOR 18156/7 (Set M819)。録音:1940年5月1日、ニューヨーク、RCA Victor第2スタジオ。
 アルバート・スポールディング(1888-1953)はシカゴ生まれのアメリカのヴァイオリニスト。パリとボローニャの音楽学校で学んだ後1906年にパリでデビュー。第1次世界大戦の1922年、パリ音楽院o.の初のアメリカ人独奏者に迎えられた。その1年後同音楽院のヴァイオリン科の卒業審査員に選ばれた。
 スポールディングはエジソンレコードに初期の円筒レコード時代から小品の録音を始め、縦振動のダイアモンドディスク、短命だったエジソンの電気録音レコードにも録音を残した。1930年代にはRCA VICTORの専属アーティストとなった。第2次世界大戦後のLP時代になってベートーヴェンとブラームスのヴァイオリン協奏曲をREMINGTONに録音、同レーベルにはエルネ・ドホナーニ(1877-1960)のピアノでブラームスのヴァイオリン・ソナタ3曲を残した。
 ピアノのアンドレ・ブノワ(1879-1953)はフランスのピアニスト。パリ音楽院でラウル・ピュニョ(1852-1914)とサン=サーンス(1835-1921)に師事した。名伴奏ピアニストとして多くの大物アーティストと共演した。
78CDR-3294
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カール・フレッシュ
 モーツァルト:
  ヴァイオリン・ソナタ第34番 変ロ長調K.378(317d)(*)
 ヘンデル:
  ヴァイオリン・ソナタ第5番 イ長調 Op.1-14(#)
カール・フレッシュ(Vn)
フェリックス・ダイク(P)
78DSD-3294
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 ソース:日 POLYDOR 90004/6 (独 Polydor 67179/80 &67178 と同一録音)。録音:1936年2月26日(*)、2月25日(#)、パリ。
 カール・フレッシュ(1873-1944)はハンガリー出身のヴァイオリニスト。ウィーンで学んだ後、パリ音楽院でマルタン・マルシック(1847-1924)に師事し、1894年に一等賞を得た。マルシックはジャック・ティボー(1880-1953)、ジョルジュ・エネスコ(1881-1955)の師でもあった。フレッシュは演奏家とヴァイオリン教師として活躍、ブカレスト(1897-1902)、アムステルダム(1903-8)、フィラデルフィア(1924-28)、ベルリン高等音楽院(1929-34)で教えた。弟子にはイダ・ヘンデル、ジョセフ・ハッシド、シモン・ゴールドベルク、マックス・ロスタルらがいる。フレッシュは名声の高かったわりには録音が少なく、この2曲は彼の残した大曲の唯一のもので、59歳の時の録音だった。
78CDR-3293
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カペーSQ〜ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調 カペーSQ
[リュシアン・カペー(第1Vn)
 モーリス・エヴィット(第2Vn)
 アンリ・ブノワ(Va)
 カミーユ・ドローベル(Vc)]
78DSD-3293
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 ソース: 英 COLUMBIA D15057/60。録音:1928年6月15日、19日、パリ。
 「人類の遺産」の一つに数えられるカペー弦楽四重奏団が1928年にフランス・コロンビアに録音した一曲。リーダーのリュシアン・カペー(1873-1928)は医師の誤診による腹膜炎で1928年12月18日に急逝した。享年55歳。カペーは1893年パリ音楽院で一等賞を得て、その年に弦楽四重奏団を組織した。1920年頃から毎年ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏会をパリで開催していた。カペーは1928年6月10日から10月15日にかけてフランス・コロンビアに51枚の録音をした。まるで自らの死を予期したようなハイペースの録音だった。
 このシリーズでカペーはフランク:ピアノ五重奏曲(ピアノ=シャンピ)(78CDR-3034)、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第5番(78CDR-3042)、シューマン:弦楽四重奏曲第1番(78CDR-3056)、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番「ラズモフスキー第1番」(78CDR-3277)、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番(78CDR-3082)、ドビュッシー:弦楽四重奏曲(78CDR-3168)、ハイドン:弦楽四重奏曲「ひばり」(78CDR-3194)、シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」(78CDR-3270)が出ている。
78CDR-3292
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フルニエ&シュナーベル〜ベートーヴェン
 チェロ・ソナタ第5番 ニ長調 Op.102-2
ピエール・フルニエ(Vc)
アルトゥール・シュナーベル(P)
78DSD-3292
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 ソース:英 HIS MASTER'S VOICE DB9438/40。録音:1948年6月21日、ロンドン、アビー・ロードEMI第3スタジオ。
 ピエール・フルニエ(1906-1986)はパリ生まれのチェリスト。最初ピアノを学んだが9歳のとき小児麻痺による右足障害のためチェロに転向した。1923年パリ音楽院で一等賞を得て楽壇にデビュー、ヴァイオリンのガブリエル・ブイヨン、ピアノのヴラド・ペルルミュテルとのトリオで注目された。1937年エコール・ノルマル教授、1941年から1949年までパリ音楽院教授をつとめた。1942年にヴァイオリンのシゲティ、ピアノのシュナーベルとのピアノ・トリオ、ヴィオラのプリムローズを加えて四重奏で活動、さらに1945年にはカザルスの抜けたカザルス・トリオに加わりヴァイオリンのティボー、ピアノのコルトーと演奏活動をした。1954年に初来日。その後何度も日本を訪れた。
 ピアノのシュナーベル(1882-1951)はオーストリアの大ピアニスト。ウィーンで高名なレシェティツキーに師事した。
 この顔合わせによるベートーヴェン:チェロ・ソナタ第3番(78CDR-3171)、第4番(78CDR-3232)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3291
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デニス・ブレイン〜モーツァルト
 ホルン協奏曲第4番 変ホ長調 K.495(*)/
 ホルン協奏曲第2番 変ホ長調 K.417(#)
デニス・ブレイン(Hr)
マルコム・サージェント指揮
(*; 第1楽章)
ローレンス・ターナー指揮
(*; 第2&3楽章) ハレo.(*)
ワルター・ジュスキンド指揮(#)
フィルハーモニアo.(#)
78DSD-3291
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 ソース:英 Columbia DX1123/4(*)、DX1365/6(#)。録音:1943年6月21日(*)、1947年5月21日(#)。
 デニス・ブレイン(1921-1957)は夭折した伝説的なイギリスのホルン奏者。父親のオーブリー・ブレイン(1893-1955)の指導を受けた。デニス・ブレインは1957年9月1日、エディンバラからロンドンに戻る途中、自身の運転するスポーツカー(トライアンフTR2)の事故で命を落とした。享年36歳。
 この録音は1953年にカラヤン指揮で録音したモーツァルト:ホルン協奏曲集(4曲)以前の、若いブレインが聴ける貴重な遺産。第2番が26歳、第4番が22歳の時の録音。
 ワルター・ジュスキンド(1913-80)はプラハ生まれのイギリスの指揮者。マルコム・サージェント(1895-1967)はイギリスの名指揮者。二人ともレコード録音が多い。
78CDR-3290
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[CD-R]
モイーズのモーツァルト
 モーツァルト:
  フルート協奏曲第1番 ト長調 K.313(*)
  (カデンツァ:タファネル)/
  フルート協奏曲第2番 ニ長調 K.314(#)
  (カデンツァ:ド・ドンジョン)
マルセル・モイーズ(Fl)
ウジェーヌ・ビゴー指揮(*)
ピエロ・コッポラ指揮(#) o.
78DSD-3290
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 ソース:米 Victor 12853/5(*)、12477/8(#)、(仏Gramophone L1021/3 &L.835/6と同一録音)。録音:1936年2月17日(*)/1930年3月28日(#)、パリ。
 フルートのマルセル・モイーズ(1889-1984)はパリ音楽院でポール・タファネル(1844-1908)、フィリップ・ゴーベール(1879-1941)に師事し1905年に一等賞を得た。1932年から49年まで母校パリ音楽院の教授をつとめた。指揮者のウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)はパリ音楽院出身。シャンゼリゼ劇場の指揮者を経てパリ音楽院o.、フランス放送o.、ラムルーo.、オペラ・コミックの指揮者を歴任。母校の指揮科の教授もつとめた。ピエロ・コッポラ(188-1977)はミラノ生まれ、フランスで活躍した。SPレコードの録音も多い。
78CDR-3289
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[CD-R]
「四季」の世界初録音
 ヴィヴァルディ/モリナーリ編曲:
  協奏曲集「四季」Op.8 Nos.1-4
ベルナルディーノ・モリナーリ指揮
ローマ・
 サンタ・チェチーリア音楽院o.
78DSD-3289
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 ソース:米 Cetra-Soria BB2043/8 (Set No.107)、(伊 Parlophone BB 25067/72と同一録音)。録音:1941年11月-12月。珍しい録音で、少なくともCD期では、以前 伊 ERMITAGE / AURA (廃盤)から出ていただけと思われ、FONIT / CETRA 系列(現 WARNER FONIT)からのCD化は成されていない。
 ヴィヴァルディの「四季」の世界初レコード。ベルナルディーノ・モリナーリはローマ生まれのイタリアの指揮者。サンタ・チェチーリア音楽院で指揮を学び1912年にローマ・アウグステオo.(後にサンタ・チェチーリア音楽院o.と改名)の音楽監督に就任し、第2次世界大戦終了時までその地位にあった。モリナーリはヨーロッパやアメリカの主要オーケストラに多く客演した。彼は他のイタリアの指揮者とは異なり管弦楽曲の指揮を好み、オペラの指揮はめったにしなかったという。レスピーギの交響詩「ローマの松」の初演(1924)の指揮をした。
 この「四季」の編曲は1927年に出版された。1928年1月にモリナーリの指揮でアメリカ初演がセントルイスso.で行われた。同年2月にはアルトゥーロ・トスカニーニがニューヨーク・フルハーモニーで「春」を指揮した。これは第2次世界大戦中の録音でイタリア以外では知られていなっかたため、「四季」の初録音はルイス・カウフマン(1905-94)のヴァイオリンによるコンサートホール盤(1948年録音)とされていたが、こちらが7年も早く録音されていた。
GOODIES "DIRECT TRANSFER" 2010年リリース分 (末尾 229-288)
78CDR-3288
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[CD-R]
ランドフスカの「ゴルトベルク」1945年
 J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV.988
ワンダ・ランドフスカ(Cemb)
78DSD-3288
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 ソース: 米 RCA VICTOR 11-8939/44。録音:1945年3月29日-30日、4月2日、6月5日、6日、12日、ニューヨーク、RCA VICTORスタジオ。
 ワンダ・ランドフスカ(1879-1959)による2回目の「ゴルトベルク変奏曲」の録音。ランドフスカはポーランドのワルシャワ生まれ。20世紀最高のチェンバロ奏者。またピアニスト、音楽学者、教授で1900年から13年間パリのスコラ・カントルムで教鞭をとった。二列の鍵盤と七個のペダルを有する自分のハープシードをパリのプレイエル社に作らせて生涯この楽器を使用した。1940年フランス国籍を得たが、1941年ドイツ軍のフランス侵攻によりアメリカに逃れた。アメリカへ移住後、1942年2月21日、14年ぶりにニューヨークのタウン・ホールでゴルトベルク変奏曲を弾いた。作曲家ヴァージル・トムソン(1896-1989)の感激的なリポートがこのオリジナルSPアルバムに載っている。
 ランドフスカは1933年にゴルトベルク変奏曲をフランス DISQUE GRAMOPHONE に録音していた(現・原盤保有:EMI/当シリーズでの復刻あり:78CDR-3073)。
78CDR-3287
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[CD-R]
ブッシュSQ
 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調 Op.59 No.1「ラズモフスキー第1番」
 ハイドン:弦楽四重奏曲第83番 変ロ長調 Op.103〜メヌエット・マ・ノン・トロッポ
  ブッシュSQ[アドルフ・ブッシュ(第1Vn) ゲスタ・アンドレアソン(第2Vn)
        カール・ドクトル(Va) ヘルマン・ブッシュ(Vc)]
78DSD-3287
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[DVD-R]
 ソース: 米 COLUMBIA 71474/9D。録音:1942年5月15日、25日、ニューヨーク。
 ブッシュ弦楽四重奏団は1919年にアドルフ・ブッシュ(1891-1952)によって組織され、1930年代には英 HIS MASTER'S VOICEに多くの録音をしている。ブッシュはまたピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とのデュオ録音でも活躍した。ブッシュは1939年に実弟でチェリストのヘルマン・ブッシュと共にアメリカに移住、その後四重奏の二人のメンバーもアメリカに渡り、1941年からアメリカCOLUMBIAに録音を再開した。
 このシリーズではヨーロッパ時代に録音したベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番Op.135(78CDR-3195)が出ている。
78CDR-3286
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ヴォルフスタール + グルリット〜ベートーヴェン
 ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61
  (カデンツァ:ヨアヒム)
ヨーゼフ・
 ヴォルフスタール(Vn)
マンフレート・グルリット指揮
BPO
78DSD-3286
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 ソース: 米 BRUNSWICK 90277/81 (独 GRAMMOPHON 95243/7 と同一録音)。録音:1929年1月、ベルリン高等音楽院。
 ヨーゼフ・ヴォルフスタール(1899-1931)はウクライナのレンブルク(現在のリヴォフ)に生まれた。1912年13歳の時ベルリンの名教師カール・フレッシュ(1873-1944)につき厳格な指導を受け、3年後にデビュー。オーケストラのコンサートマスターをつとめた後、1922年に師フレッシュのアシスタントとしてベルリンで後進の指導にあたった。1928年指揮者のオットー・クレンペラー(1885-1973)の要請でベルリンのクロル・オペラのコンサートマスターに就任したが、1930年11月にインフルエンザに感染、それをこじらせたのが原因で翌1931年2月、32歳で他界した。指揮者のマンフレート・グルリット(1890-1972)はドイツ生まれ。ベルリン高等音楽院で教鞭をとると同時に国立歌劇場の客演指揮者として活躍した。1939年から日本に住みわが国の音楽界の発展に寄与した。
78CDR-3285
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[CD-R]
フォイアマン + サージェント〜ハイドン
 チェロ協奏曲第2番 ニ長調 Op.101 Hob.VIIb-2
エマヌエル・フォイアマン(Vc)
マルコム・サージェント指揮o.
78DSD-3285
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 ソース: 米 COLUMBIA 69925/8D (英 COLUMBIA LX8227/30 と同一録音)。録音:1935年11月25日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 エマヌエル・フォイアマン(1902-1942)はウクライナのコロミア生まれ。ライプツィヒの音楽院で名教授ユリウス・クレンゲル(1859-1933)に師事した。1929年ベルリン高等音楽院の教授になり斎藤秀雄(1902-1974)も教えた。ナチスを逃れて一時スイスに居を構えたが、1938年アメリカに移住した。フィラデルフィアのカーティス音楽院で教える一方、ヴァイオリンのハイフェッツ、ピアノのルービンシュタインと "百万ドル・トリオ" を結成して活躍した。1942年に40歳の若さでニューヨークで死去した。指揮者のマルコム・サージェント(1895-1967)は指揮者、オルガニスト、作曲家。特に合唱作品の指揮に秀でていた。SP時代に協奏曲の録音を多く残した。
78CDR-3284
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[CD-R]
ラスキーヌ、モイーズ、ドレクリューズ、カルヴェSQ〜ラヴェル:序奏とアレグロ(1906)
 リリー・ラスキーヌ(Hp) マルセル・モイーズ(Fl)
 ユリス・ドレクリューズ(Cl) カルヴェSQ
78DSD-3284
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 ソース: 仏 DISQUE GRAMOPHONE K8168/9。録音:1938年5月19日、パリ、アルベール・スタジオ。
 小ハープ協奏曲と目されるラヴェルの傑作。ハープのリリー・ラスキーヌ(1893-1988)は12歳の時パリ音楽院で一等賞を得た。コンセール・ラムルーのハーピスト、ソリストとしても活躍し、1948年から1958年まで母校の教授をつとめた。フルートのマルセル・モイーズ(1899-1984)は1906年にパリ音楽院で一等賞を得て、1908にソロ・デビュー。オペラ・コミック、ストララムo.に席を置き、1932年から1949には母校の教授もつとめた。クラリネットのユリス・ドレクリューズ(1907-1995)は1925年にパリ音楽院で一等賞を得た後、ギャルド・レピュブリケーヌのソリストに就任。1948年退団後母校の教授をつとめた。カルヴェ四重奏団は1919年ジョゼフ・カルヴェによって組織され、1950年に解散したフランスの名門四重奏団。
 本シリーズではモイーズ、ラスキーヌ、ジノによるドビュッシー:フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ(78CDR-3064)が出ている。
78CDR-3283
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[CD-R]
バーンスタイン弾き振り〜ラヴェル
 ピアノ協奏曲 ト長調
レナード・
 バーンスタイン(P)指揮
フィルハーモニアo.
78DSD-3283
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 米 RCA VICTOR 18-0115/7。録音:1946年6月1日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 レナード・バーンスタイン(1918-1990)はアメリカ、マサチューセッツ州ローレンスに生まれた指揮者。ハーバード大学とカーティス音楽院で学んだ。指揮をフリッツ・ライナー(1888-1963)とセルゲイ・クーセヴィツキー(1874-1951)にピアノをイザベラ・ヴェンゲローヴァ(1877-1956)に師事した。1943年アルトゥール・ロジンスキー(1892-1958)の指名でNYPハーモニーso.の副指揮者に就任、1943年病気のブルーノ・ワルター(1876-1962)の代役として指揮者デビュー大評判をとった。
 この録音は1946年バーンスタイン27歳の時の物。この大音楽家の初レコード録音であろう。得意のピアノと指揮。米RCA VICTORは主要アーティストの録音はほとんどロンドンのアビー・ロードに送り込んで録音するしきたりがあったが、バーンスタインもこの例にもれなかった。復刻にはRCA社がSPレコード時代に開発したビニール素材を使用した'RED SEAL'DELUXE盤を使用した。LP並に雑音が少ないのが特長。
78CDR-3282
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トスカニーニ、1939年の「運命」
 ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 Op.67「運命」
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮
NBCso.
78DSD-3282
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 仏 LA VOIX DE SON MAITRE DB8691/4 (米 VICTOR 15965/8と同一録音)。録音:1939年2月28日、3月1日、29日、ニューヨーク、NBC 8-H スタジオ。
 アルトゥーロ・トスカニーニ(1867-1957)はイタリアのパルマ生まれ。最初チェロを学んだ。1886年南米への演奏旅行中に指揮者の代役をつとめ、それを機に指揮者に転向した。1898-1908年ミラノ・スカラ座音楽監督、1908-1915年ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場音楽監督、1926-1936年NYPハーモニー音楽監督を歴任した。1930-1931年バイロイト音楽祭出演、1934-1937年ザルツブルク音楽祭に出演した。1937年ムッソリーニの独裁政権に反対してアメリカに亡命、一旦引退を表明したが、NBCso.が創立され復帰し、途中一年間の空白(1943年)があったが、1954年まで常任指揮者をつとめた。トスカニーニは1939年にNBCso.を指揮したSP録音による「運命」。LP時代のトスカニーニには見られない覇気と白熱に満ちた圧倒的な演奏が聴かれる。
78CDR-3281
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ビング・クロスビー〜フォスター:歌曲集
 金髪のジェニー 18801-A (DLA 1968) (1940.03.22) (*)
 ネルと私 18801-B (DLA2503) (1941.07.15) (*)
 夢みる人 18802-A (DLA1967) (1940.03.22) (*)
 やすらかに眠る、私の美しいアリス 18802-B (DLA2442) (1941.06.26) (*)
 なつかしいケンタッキーの我が家よ 18803-A (DLA2261) (1940.12.09) (#)
 草競馬 18803-B (DLA2259) (1940.12.09) (#)
 故郷の人びと(スワニー川) 18804-A (DLA96) (1935.02.21) (+)
 オールド・ブラック・ジョー 18804-B (DLA2445) (1941.06.16) (*)
  ビング・クロスビー(Vo) ジョン・スコット・トロッター楽団(*)
  キングズ・メンとヴィクター・ヤング楽団(#)
  クリノライン合唱団とジョージー・ストール楽団(+)
78DSD-3281
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 米 DECCA 18801/4 (Album: A-440)。
 スティーヴン・コリンズ・フォスター(1826-1864)は19世紀のアメリカのポピュラーソングの作曲家。その作品は旅回りのE.クリスティのミンストレルズのために作曲した。作曲後150年を経た今日まで歌いつづけられている名曲が多い。
 ビング・クロスビー(1903-1977)はアメリカの歌手、俳優。アメリカ初のマルチエンタテイナーのひとり。高校時代から演劇や音楽に関心を持ち、大学は法学部に進むがジャズバンドを友人と結成して中退。1926年に当時人気の高かったポール・ホワイトマン楽団に歌手として入団、3人の男声コーラスグループ、リズム・ボーイズのメンバーになる。1931年ソロ歌手として独立、ラジオの「ビング・クロスビー・ショー」で大人気を獲得した。マイクロフォンの特性を生かして滑らかに発声する歌唱法を確立して、新しいポピュラーソングに大きな影響を与えた。その後映画に進出した。「ホワイト・クリスマス」は1942年に発売され後のリメイク盤を含めて全世界で4500万枚を超える大ヒット、生涯のレコード売り上げ枚数は4億枚を越えた。
 この「フォスター歌曲集」は第2次世界大戦前にアメリカDECCAに録音された物。滑らかな歌唱がダイレクト・トランスファーで際だって聞こえる。
78CDR-3280
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テネシー・ワルツ〜ジョー・スタッフォード、SP録音集
 テネシー・ワルツ(1950) #7 39065 (RHCO 4303)
 ユー・ビロング・トゥ・ミー(1952) #1 39811 (RHCO 10204)
 ジャンバラヤ(1952) #3 39838 (RHCO 10260)(*)
 シュリンプ・ボート(1951) #2 39581 (RHCO 4554) (*)
 ヘイ、グッドルッキン(1951) #9 39570 (RHCO 4588) (#)
 ア・フール・サッチ・アズ・アイ(1952) 39930 (RHCO 10374)
 霧のロンドン橋(1956) #38 B22024 H (AA 22008.2 H)
 また会う日まで(1951) 1-G (RHCO-4435) (+)
  ジョー・スタッフォード(Vo) フランキー・レイン(#) ネルソン・エディ(+)
  ポール・ウェストン楽団 [PAUL WESTON AND HIS ORCHESTRA] ノーマン・ルボフcho.(*)
78DSD-3280
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 ジョー・スタッフォード(1917.11.12-2008.07.16)はアメリカのポップス・シンガー。1938年、男女4人編成のヴォーカルグループ"パイド・パイパーズ" の一員としてトミー・ドーシー楽団に加わり、その後ソロ・シンガーに抜擢された。1942年にバンドを辞して独立、ヴォーカリストとしての道を歩みはじめた。1950年にCAPITOLからコロンビアに移籍。夫君のピアニスト=アランジャーのポール・ウェストンと二人三脚でスターシンガーの地位を築いた。ここには第2次大戦後わが国でもヒットした名唱を集めた。SPレコードならではの声の温もり、力強さをダイレクト・トランスファーで聴いていただきたい。
 括弧内の年号は録音年、その次項にある#はチャートの最高位。さらに使用した米コロンビアのオリジナルレコード番号と原盤番号を付記。「霧のロンドン橋」はオランダ・フィリップスのSPを使用した。
78CDR-3279
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パブロ・カザルス〜J.S.バッハ
 無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV1007/
 無伴奏チェロ組曲第6番 ニ長調 BWV1012
パブロ・カザルス(Vc)
78DSD-3279
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 米 VICTOR 17658/64(Set M-742)、(英 HIS MASTER'S VOICE DB8590/96と同一録音)。録音:1938年6月2日-4日、パリ、アルベール・スタジオ。
 米RCA VICTOR盤による復刻。パブロ・カザルス(1876-1973)はスペインのカタルーニャ地方の町エル・ベドレルに生まれた偉大なチェロ奏者。バルセロナ音楽院でチェロ、ピアノ、楽理、作曲を学んだ。1890年バルセロナでバッハの無伴奏チェロ組曲の楽譜に出会った。1899年23歳でパリにデビュー、1904年バッハの無伴奏チェロ組曲を初めて公開演奏した。1905年ピアノのコルトー、ヴァイオリンのティボーとトリオを結成。1908年コンセール・ラムルーo.で指揮デビューした。カザルスのバッハ:無伴奏チェロ組曲全6曲は2曲ずつ録音された。第1巻は組曲2番と3番で1936年録音(78CDR-3004/ HMV盤、78CDR-3100/ RCA盤)。第2巻はここに収録の組曲1番と6番で1938年録音(78CDR-3224/ HMV盤)。第3巻は組曲4番と5番(78CDR-3070/ RCA盤)で1939年4月にパリで録音された。1930年代のカザルスのSPはどれを聴いても圧倒的な感銘をうける。
78CDR-3278
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自作自演〜ストラヴィンキー:兵士の物語(1918)(七重奏曲版)
 マルセル・ダリュー(Vn) ベルナール・ブサゴル(Cb) エミル・ゴドー(Cl)
 ギュスタヴ・デラン(Fg) ウジェーヌ・フォヴォー(コルネット)
 ラファエル・デルボ(Tb) ジャン=ポール・モレル(Perc)
 イーゴリ・ストラヴィンスキー指揮
78DSD-3278
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 ソース:日 COLUMBIA J8108/10 (仏 COLUMBIA LFX263/5と同一録音)、録音:1932年5月6日-7日、パリ。
 1930年代前半にフランスで活躍していた器楽奏者達による七重奏曲版「兵士の物語」。朗読者、悪魔、兵士、王女のセリフは入っていない。作曲者で指揮をしているイーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971)1918年の作品。作曲時36歳だったストラヴィンスキーは第1次世界大戦(1914-1918)とロシア革命(1917)のため、祖国ロシアを捨てスイスに居を定めていた。
 以下物語のあらすじ。「あらゆる疑問に解答する魔法の書とひきかえにヴァイオリンを悪魔に売ってしまった兵士は、悪魔に誘われて3日間の楽しい時を共に過ごした。ところがそれは3年間に相当していた。故郷に帰った兵士を母親も許婚も見分けることができない。魔法の書が教える金もうけも幸福をもたらさないので、兵士は本を捨てて冒険の旅に出た。ある日一人の王女が病気になっていて、それを治した男が王女と結婚できると兵士は教えられる。王宮へやってきた兵士はばったり悪魔に出くわし、二人はカードゲームをはじめる。兵士は持ち金を全部すってしまうが、悪魔が酔いつぶれているすきにヴァイオリンを取り戻し、これで王女の病を治しめでたく結婚し幸福に暮らす。しかしホームシックになった兵士は、王女を連れて故郷の入口まで来たとたんに、兵士は悪魔に連れ去られ、王女は置き去りにされた」。
 このシリーズでサン=サーンス:七重奏曲作品65(78CDR-3162)(1927年録音)があり編成は異なるがフランスの器楽奏者の名演が楽しめる。
78CDR-3277
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カペーSQ
 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調 Op.59-1「ラズモフスキー第1番」
 カペーSQ[リュシアン・カペー(第1Vn) モーリス・エウィット(第2Vn)
      アンリ・ブノワ(Va) カミーユ・ドローベル(Vc)]
78DSD-3277
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 ソース:日 COLUMBIA J8055/60 (仏COLUMBIA D15063/70と同一録音)、録音:1928年6月15日、パリ。
 「人類の遺産」の一つに数えられるカペー弦楽四重奏団が1928年にフランス・コロンビアに録音した一曲。リーダーのリュシアン・カペー(1873-1928)は医師の誤診による腹膜炎で1928年12月18日に急逝した。享年55歳。カペーは1893年パリ音楽院で一等賞を得て、その年に弦楽四重奏団を組織した。1920年頃から毎年ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏会をパリで開催していた。カペーは1928年6月10日から10月15日にかけてフランス・コロンビアに51枚の録音をした。まるで自らの死を予期したようなハイペースの録音だった。
 このシリーズでカペーはフランク:ピアノ五重奏曲(ピアノ=シャンピ)(78CDR-3034)、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第5番(78CDR-3042)、シューマン:弦楽四重奏曲第1番(78CDR-3056)、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番(78CDR-3082)、ドビュッシー:弦楽四重奏曲(78CDR-3168)、ハイドン:弦楽四重奏曲「ひばり」(78CDR-3194)、シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」(78CDR-3270)が出ている。
78CDR-3276
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ハロルド・サミュエル
 J.S.バッハ:パルティータ第2番 ハ短調 BWV.826
ハロルド・サミュエル(P)
78DSD-3276
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 ソース:米 COLUMBIA 68056/7-D (英 COLUMBIA DX427/8と同一録音)、録音:1931年11月6日、ロンドン。
 ハロルド・サミュエル(1879-1937)はロンドン生まれのイギリスのピアニスト。バッハ演奏の権威で、バッハの全クラヴィーア作品を暗譜した。1898年当時ロンドンの聴衆には未知の作品だったバッハのゴルトベルク変奏曲BWV.988を弾いてデビューした。バッハの演奏の傍らサミュエルは伴奏ピアニストとして人気があった。特に女流ヴァイオリン奏者イゾルデ・メンゲスとのデュオは有名だった。バッハ演奏の評判が上がる中で1921年にはロンドンで6日にわたるバッハ連続演奏会を開いた。同様のコンサートをニューヨークでも行った。この録音はイギリス・コロンビアの技術者アラン・ダウアー・ブルムレインが開発した新型録音機の最初期の物。電気録音の導入当初から使用されたウェスタン・エレクトリック社の録音機使用料が高かったために、自社製のしかも従来のものを凌ぐ高性能な録音機を開発したのだった。
 本シリーズではフランスの女流ピアニスト、ブランシュ・セルヴァによるJ.S.バッハのパルティータ第1番 BWV.825(78CDR-3191)が出ている。これらで1920-30年代のバッハ演奏を知ることができる。
78CDR-3275
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[CD-R]
ヴィート(ヴィトー)、ゼッキ〜
 J.S.バッハ:
  ブランデンブルク協奏曲第5番 ニ長調 BWV.1050
ジョコンダ・デ・ヴィトー(Vn)
カルロ・ゼッキ(P)
アリーゴ・タッシナーリ(Fl)
フェルナンド・プレヴィターリ指揮
トリノ・イタリア放送室内o.
78DSD-3275
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 ソース:スイス ODEON O-7884/6 (伊 PARLOPHONE CB20519/61と同一録音)、録音:1938年5月9日、イタリア。
 ジョコンダ・デ・ヴィトー(1907-1994)の初録音レコード。デ・ヴィトーは11歳でペサロ音楽院に入りレミ・プリンチーペ(1899-1977)に師事した。1932年にウィーン国際ヴァイオリン・コンクールで一等賞をとった。フルートのアリーゴ・タッシナーリ(1889-1988)はボローニャ音楽院出身。ミラノ・スカラ座の首席フルート奏者をつとめた後ソリストとして活躍した。ピアノのカルロ・ゼッキ(1903-1984)はローマ生まれ。ピアニストとして活躍した後指揮者に転向した。指揮者のフェルナンド・プレヴィターリ(1907-1985)はイタリアのアドリア生まれ。トリノ音楽院で学び、1928年から35年にフィレンツェでヴィットリオ・グイ(1885-1975)のアシスタントを務めた。プレヴィターリは1936年から1953年の間イタリア放送局の芸術監督をつとめ、特に1951年のヴェルディ没後50年にヴェルディのオペラ全曲を指揮した。ヴァイオリンのデ・ヴィトーは1948年ロンドン・デビュー後のEMI録音はよく知られているが、この27歳の時のイタリア録音はほとんど知られていない。初々しいヴァイオリンが魅力。イタリアを代表する演奏家の若き日の演奏が聴ける貴重な録音。
78CDR-3274
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リリー・クラウス
 モーツァルト:ピアノ協奏曲第18番 変ロ長調 K.456
         (カデンツァ:モーツァルト)
リリー・クラウス(P)
ワルター・ゲール指揮
ロンドンpo.
78DSD-3274
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 ソース:仏 ODEON 123.835/8 (英 PARLOPHONE R20404/7と同一録音)、録音:1938年3月25日、ロンドン。
 リリー・クラウス(1905-1986)ハンガリー生まれの女流ピアニスト。17歳でブダペスト音楽院に入り、ベラ・バルトーク(1881-1945)、ゾルターン・コダーイ(1882-1967)らに師事した。1922年にはウィーンに赴きウィーン音楽アカデミーでアルトゥール・シュナーベル(1882-1951)とエドゥアルト・シュトイアーマン(1892-1964)についてさらに研鑽を積んだ。1930年代からモーツァルトやベートーヴェンの演奏家として名声をあげ、ヴァイオリンのシモン・ゴールドベルク(1909-1993)と共演して各国で評判をとった。1942年インドネシアのジャワで公演中、ゴールドベルクと共に日本軍によって軟禁され大戦終結まで軟禁された。戦後イギリス国籍を取得して演奏活動を再開、1967年から1983年アメリカで活躍。最終的にアメリカに定住した。このモーツァルトはこの曲の初レコードでおそらくクラウスの初協奏曲録音。指揮者のワルター・ゲール(1903-1960)はドイツ出身。シェーンベルクについて作曲を勉強した後イギリスに亡命、指揮者として活躍した。
 ゲールはこのシリーズでワンダ・ランドフスカによるモーツァルト:ピアノ協奏曲第26番 K.537「戴冠式」(78CDR-3117)の指揮をしている。
78CDR-3273
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E.シューマン&ムーア〜シューマン
 歌曲集「女の愛と生涯」Op.42
エリーザベト・シューマン(S)
ジェラルド・ムーア(P)
78DSD-3273
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB9567/9。録音:1946年10月9日、1948年10月2日、1949年6月20日ロンドン、EMI アビー・ロード第3スタジオ。
 エリーザベト・シューマン(1885-1952)はドイツの名ソプラノ歌手。1909年ハンブルク歌劇場でデビューした。シューマンはオペラ、オペレッタ、宗教曲、リートと幅広いレーパートリーを誇り、1910年代の機械式録音時代からレコード録音で活躍した。この「女の愛と生涯」は最晩年の録音。1946年に始まった録音が完成したのが1949年であった。大歌手シューマンの自らの人生を省みるような、味わい深い歌唱をレコードに残した制作者の見識に敬意を抱く。
 ダイレクト・トランスファーの声楽曲は他にシューベルト:冬の旅(ソプラノ=ロッテ・レーマン)(78CDR-3048、3049)とシューベルト:美しき水車屋の娘(ソプラノ=ロッテ・レーマン)(78CDR-3079)が出ている。ピアノのジェラルド・ムーア(1899-1987)は伴奏者として高名だった。レコード録音は数多い。
78CDR-3272
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A.ブレイン + ボールト〜モーツァルト
 ホルン協奏曲第3番 変ホ長調 K.447
オーブリー・ブレイン(Hr)
エイドリアン・ボールト指揮
BBC so.
78DSD-3272
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 米 VICTOR 13784/5 (英 HIS MASTER'S VOICE DB3973/4と同一録音)。録音:1940年4月9日、ロンドン、EMI アビー・ロード第1スタジオ。
 オーブリー・ブレイン(1893-1955)は20世紀前半に活躍したイギリスの名ホルン奏者、デニス・ブレインの父親。1911年王立アカデミーで奨学金を受け、同年新so.の首席奏者に就任。翌1912年にはドイツの大指揮者アルトゥール・ニキシュ指揮LSOの北米楽旅に参加した。1923年から母校の王立アカデミーでホルンを教えはじめた。その生徒の一人が息子のデニス・ブレイン(1921-1957)だった。
 指揮者のサー・エイドリアン・ボールト(1889-1983)はイギリスのチェスターの生まれ。オックスフォードのウェストミンスター・スクールとキリスト教会で学んだ後、ライプツィヒでマックス・レーガーに師事した。ニキシュの手ほどきを受けたこともある。バーミンガム市立so.、BBCso.、ロンドン・フィル等の指揮者を歴任し1979年に退任した。レコードはSP録音のホルスト:惑星他LPも多数ある。
78CDR-3271
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マレシャル&カサドシュ
 ドビュッシー:チェロ・ソナタ(1915)
 カプレ:「エピファニ」〜小さな黒ん坊の踊り
モーリス・マレシャル(Vc)
ロベール・カザドシュ(P)
78DSD-3271
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 日 COLUMBIA J7795/6 (仏 COLUMBIA LFX85/6 と同一録音)。録音:1930年6月3日、パリ。
 モーリス・マレシャル(1892-1964)はフランスの名チェリスト。パリ音楽院でチェロをジュール・レブに、室内楽をルフェーブルに、指揮法をポール・デュカに学び1911年に一等賞を得た。マレシャルは第1次世界大戦(1914-1918)に従軍、戦後の1919年にコンセール・ラムルーにソリストとしてデビューした。以来世界中を楽旅し、日本にも何度か来訪し、日本コロムビアにも録音したこともある。ここに収録されたキャプレ:「エピファニ」の初演者でもあった。
 ピアノのロベール・カザドシュ(1899-1972)はパリ音楽院でルイ・ディエメール(1843-1919)に師事し、1913年に一等賞を得た。カザドシュ家はパリの高名な音楽一家。甥のアンリとマリユスはカペー弦楽四重奏団の初期のメンバーで、カザドシュ邸でしばしばリハーサルをしていた。1921年女流ピアニストのガブリエル・ロートと結婚、夫人はギャビー・カザドシュ(1901-1999)の名で活躍する。第2次大戦中はアメリカで過ごしニュージャージー州プリンストン大学で教鞭を執っていた。これはカザドシュの初期の録音で貴重。
 マレシャルはこのシリーズでラロ:チェロ協奏曲(指揮=ゴーベール)(78CDR-3135)が出ている。
78CDR-3270
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カペーSQ〜シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 D.810「死と乙女」
 カペーSQ[リュシアン・カペー(第1Vn) モーリス・エヴィット(第2Vn)
      アンリ・ブノワ(Va) カミーユ・ドローベル(Vc)]
78DSD-3270
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 日本COLUMBIA J7958/61 (仏 COLUMBIA D15053/6と同一録音)。録音:1928年6月19日、21日、パリ。
 「人類の遺産」の一つに数えられるカペー弦楽四重奏団が1928年にフランス・コロンビアに録音した一曲。リーダーのリュシアン・カペー(1873-1928)は医師の誤診による腹膜炎で1928年12月18日に急逝した。享年55歳。カペーは1893年パリ音楽院で一等賞を得て、その年に弦楽四重奏団を組織した。1920年頃から毎年ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏会をパリで開催していた。カペーは1928年6月10日から10月15日にかけてフランス・コロンビアに51枚の録音をした。まるで自らの死を予期したようなハイペースの録音だった。
  このシリーズでカペーはフランク:ピアノ五重奏曲(ピアノ=シャンピ)(78CDR-3034)、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第5番(78CDR-3042)、シューマン:弦楽四重奏曲第1番(78CDR-3056)、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番(78CDR-3082)、ドビュッシー:弦楽四重奏曲(78CDR-3168)、ハイドン:弦楽四重奏曲「ひばり」(78CDR-3194)が出ている。
78CDR-3269
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ロン + ゴーベール〜フォーレ
 ピアノと管弦楽のためのバラードOp.19
マルグリット・ロン(P)
フィリップ・ゴーベール指揮o.
78DSD-3269
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 仏 COLUMBIA LFX54/5。録音:1930年4月1日、パリ。
 マルグリット・ロン(1874-1966)は1891年19歳でパリ音楽院の一等賞を得た後コンサートデビュー、ガブリエル・フォーレ(1845-1924)やフィガロ紙の評論家達から絶賛された。1906年パリ音楽院の教授に就任、1940年まで務めた。
 1943年ヴァイオリンのジャック・ティボー(1880-1954)と共に、若い優秀な音楽家を発掘する国際コンクールをパリで創設した。指揮者のフィリップ・ゴーベール(1879-1941)はパリ音楽院でポール・タファネルにフルートを学び1894年に一等賞に輝き、1904年にはフーガ科で一等賞、1905年にはローマ賞二等賞を得た。1920年には母校パリ音楽院のフルート科の教授に就任した。1919年以降指揮者としても活躍、パリ音楽界の重鎮的存在だった。
 このシリーズでロンはショパン:ピアノ協奏曲第2番(指揮=ゴーベール)(78CDR-3092)、ラヴェル:ピアノ協奏曲(指揮=ラヴェル)(78CDR-3075)、モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番K.488(指揮=ゴーベール)(78CDR-3023)、フォーレ:ピアノ四重奏曲第2番(ヴァイオリン=ティボー、チェロ=フルニエ)等が出ている。
78CDR-3268
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当曲の世界初録音〜カテラル&ハーティ
 モーツァルト:
  ヴァイオリン・ソナタ第42番 イ長調 K.526
アーサー・カテラル(Vn)
ハミルトン・ハーティ(P)
78DSD-3268
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 英 COLUMBIA L1494/6。録音:1923年4月27日、ロンドン。機械式録音盤(電気録音以前)。
 この曲の初録音。カテラルとハーティーについては78CDR-3266(モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番/指揮はハーティ)に記載。ここではピアニストとしてのハーティの演奏が聴ける。
78CDR-3267
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4楽章盤の世界初録音〜ストロッコフ&ハーティ
 ラロ:スペイン交響曲 Op.21
レオ・ストロッコフ(Vn)
ハミルトン・ハーティ指揮o.
78DSD-3267
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 米 COLUMBIA 67059/61-D。録音:1924年7月14日、ロンドン。機械式録音盤(電気録音以前)。
 この曲の4楽章版による初録音。レオ・ストロッコフ(1888-1957)はロシア生まれのアメリカのヴァイオリニスト、作曲家、作詞家。機械式録音時代にイギリス・コロンビアに小品の録音が多くあった。アメリカに移住してからも活躍。
 この「スペイン交響曲」はこのヴァイオリニストの唯一の大曲録音。ベルギーの大ヴァイリニスト、ウジェーヌ・イザイ(1858-1931)がアメリカ公演した際に共演したことがある。
78CDR-3266
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当曲の世界初録音〜カテラル&ハーティ
 モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K.219
アーサー・カテラル(Vn)
ハミルトン・ハーティ指揮o.
78DSD-3266
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 英 COLUMBIA L1592/5。録音:1924年4月10日、ロンドン。機械式録音盤(電気録音以前)。
 この曲の初録音。アーサー・カテラル(1883-1943)はイギリスのヴァイオリニスト。マンチェスター王立音楽アカデミーで学び、1902年18歳で指揮者ハンス・リヒター(1843-1916)の招きでバイロイトに赴きヴァーグナーの未亡人コジマ・ヴァーグナーが催したシーズン音楽会に登場した。1903年ハレo.でチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏した。1909年ロンドンのクイーンズ・ホールのプロナードo.のコンサートマスター、1929年に創立されたBBCso.のコンサートマスターに就任した。コンサート活動の傍らロンドンの王立音楽アデミーでも教えた。20世紀の最初の四半世紀にイギリスで最も活躍したヴァイオリニストで、録音した曲の多くはそれらの初レコードだった。指揮者のサー・ハミルトン・ハーティ(1879-1941)はアイルランド出身の指揮者。教会のオルガン奏者だった父親の指導を受け12歳で教会オルガニストになった。1901年ロンドンに出て大アーティスト達のピアノ伴奏者をつとめ、1920年ハレo.の指揮者となり1993年までつとめた。ハーティは1925年に叙勲され、作曲家、編曲者としても活躍した。
 このシリーズでカテラルはモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第42番 K.526(78CDR-3268)が出ている。ピアニストはハーティ。
78CDR-3265
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当曲の世界初録音〜イェリー・ダラーニ(ダラニー)
 モーツァルト:
  ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216/
  セレナード第7番
   ニ長調「ハフナー」K.250〜メヌエット
イェリー・ダラニー(Vn)
スタンリー・チャップル指揮
エオリアンo.
78DSD-3265
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[DVD-R]
 英 VOCALION A0242/4。録音:1925年、イギリス。機械式録音盤(電気録音以前)。
 この曲の初レコ-ド。イェリー・ダラニー(1893-1966)はハンガリーのブダペスト生まれの女流ヴァイオリニスト。大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)の甥の娘にあたる。ブダペスト音楽院で最初ピアノを学んだが、ヴァイオリン科のイェノ・フバイ(1858-1937)のクラスに入学が許されヴァイオリンに転向した。ヨーロッパ各地やアメリカに演奏旅行のあとロンドンに定住した。妹のアディラ・ダラニーもヴァイオリン奏者で二人のデュオの録音もある。作曲家でピアニストだったベラ・バルトーク(1881-1945)と一緒にロンドンとパリでソナタ演奏会を開いた。モーリス・ラヴェル(1875-1937)は「ツィガーヌ」を彼女に献呈し1924年にロンドンで初演。ソリストだけでなく室内楽でも活躍した。指揮者のスタンリー・チャップル(1900-1987)は1921年にLSOの指揮者になり、1930年にBPOを指揮してヨーロッパでの名声を得た。1939年にボストンに行きそのままアメリカに留まり、タングルウッド音楽祭のディレクターをレナード・バーンスタイン(1918-1990)と共につとめた。
78CDR-3264
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[CD-R]
当曲の世界初録音、ティボー&コルトー〜フランク
 ヴァイオリン・ソナタ イ長調
ジャック・ティボー(Vn)
アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3264
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB785/8。録音:1923年10月22日、イギリス、ミドルセックス州ヘイズHMVスタジオRoom第1番。機械式録音盤(電気録音以前)。
 この曲の初レコード。ジャック・ティボー(1880)は20世紀フランス最高のヴァイオリニスト。1897年パリ音楽院のマルシック教授のもとで一等賞を得た。ピアノのアルフレッド・コルトー(1877-1962)は1896年にパリ音楽院のディエメール教授のもとで一等賞を得た。1905年二人はチェロのパブロ・カザルス(1876-1973)を加えピアノ三重奏団の「カザルス・トリオ」を結成、以後四半世紀にわたって最高の三重奏団として君臨した。
 この録音はティボーとコルトーによる初顔合わせの録音。まだ電気録音が生まれていない1923年、大きなラッパの前で演奏した物。ティボーが43歳、コルトーが46歳だった。二人はフランクのソナタを1929年に再録音している。
 このシリーズでコルトーとティボーはベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」(78CDR-3015)、ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ(78CDR-3044)が出ている。カザルスが加わったトリオの演奏はベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第7番「大公」(78CDR-3009)、シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番(78CDR-3131)、ハイドン:ピアノ三重奏曲第39番(78CDR-3199)がある。他にティボー、コルトーのソロ、協奏曲録音は多数出ている。
78CDR-3263
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[CD-R]
パリ・プロ・ムジカ〜ベートーヴェン
 七重奏曲 変ホ長調 Op.20
 (ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、
  クラリネット、ファゴットとホルンのための)
パリ・プロ・ムジカ室内グループ
[アンリ・メルケル(Vn)
 P.ラドユイ(Va)
 アンドレ・ナヴァラ(Vc)
 H.モロー(Cb)
 ユリス・ドレクリューズ(Cl)
 J.ルーシェ(Fg)
 G.クルシエル(Hr)]
78DSD-3263
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 仏 POLYDOR 566 270/3。録音:1948年4月15日、パリ。
 この録音は第2次世界大戦後、当時パリ音楽院の教授をつとめていた器楽奏者によるパリ・プロムジカ室内グループによる。ヴァイオリンのアンリ・メルケル(1897-1969)、チェロのアンドレ・ナヴァラ(1911-1988)、クラリネットのユリス・ドレクリューズ(1907-1995)などの名手が参加し、彼らは他にも多くの名録音を残している。1948年の録音はSPレコード末期のためレコードの数が少ない稀少盤。このシリーズでヴァイオリンのメルケルはベートーヴェンのヴァイオリオン協奏曲(78CDR-3020)、ラロのスペイン交響曲(78CDR-3107)、サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番(78CDR-3166)が、チェロのアンドレ・ナヴァラはベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番(78CDR-3095)が出ている。
78CDR-3262
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メニューイン&エネスコ〜モーツァルト
 ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216
イェフディ・メニューイン(Vn)
ジョルジュ・エネスコ指揮so.
78DSD-3262
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[DVD-R]
 ソース:英 HIS MASTER'S VOICE DB 2729/31。録音:1935年12月19日、パリ、アルベール・スタジオ。
 イェフディ・メニューイン(1916-1999)はニューヨーク生まれ。サンフランシスコに移り3歳からヴァイオリンを習いシグムンド・アンカー、ルイ・パーシンガー(1887-1966)に師事した。1924年6歳の時アルフレッド・ヘルツ(1871-1942)指揮サンフランシスコso.とラロのスペイン交響曲を弾いてデビュー、神童として評判になった。その後パリでジョルジュ・エネスコ(1881-1955)、ベルリンでアドルフ・ブッシュ(1891-1952)の手ほどきをうけた。1928年12歳で初レコード録音を行った。このモーツァルトは19歳の時の録音で、オーケストラは師のエネスコが指揮をしている。メニューインはこのシリーズでモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第42番 K.526(78CDR-3026)、モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第32番 K.376(78CDR-3037)、ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番(78CDR-3155)、ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-3136)が出ている。
78CDR-3261
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モイーズ&A.ブッシュ〜J.S.バッハ
 管弦楽組曲第2番 ロ短調 BWV.1067
マルセル・モイーズ(Fl)
アドルフ・ブッシュ指揮
ブッシュ室内o.
78DSD-3261
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 ソース:仏 LVSM DB 3015/7 (英 HIS MASTRER'S VOICE DB 3015/7と同一録音)。録音:1935年11月1日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 マルセル・モイーズ(1889-1984)は20世紀最高のフランスのフルート奏者。パリ音楽院でポール・タファネル(1844-1941)に師事し、1906年に一等賞を得た。1932年から1949年までパリ音楽院の教授をつとめる一方、パドルーo.、パリ音楽院o.、ストララムo.の首席フルート奏者をつとめた。1960年代にはスイス、イギリス、アメリカ、日本で後進の指導にあたった。アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツの名ヴァイオリニスト。1939年にアメリカに定住した。この録音はヨーロッパ時代のもので、同時期にバッハのブランデンブルク協奏曲全6曲も録音していた。モイーズはこのシリーズでドビュッシーのフルート、ヴィオラとハープのためのソナタ(78CDR-3064)、ベートーヴェンのセレナーデ作品25(78CDR-3231)、バッハのブランデンブルク協奏曲第4番、ピエルネの室内ソナタ(78CDR-3249)が出ている。
78CDR-3260
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ランドフスカ〜ドメニコ・スカルラッティ
 チェンバロ・ソナタ集第1巻(20曲)
ワンダ・
 ランドフスカ(Cemb)
78DSD-3260
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 ソース:英 HIS MASTER'S VOICE DB 4960/5。録音:1934年9月10日-12日、パリ、サル・ショパン。
 ワンダ・ランドフスカ(1879-1959)はポーランドのワルソー生まれ。20世紀最高のチェンバロ奏者。1900年から13年間パリのスコラ・カントルムで教鞭をとった。二段の鍵盤と七個のペダルを有する自分のチェンバロをパリのプレイエル社に作らせ、生涯この楽器を使用した。ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)は、ナポリ派の作曲家、ハープシコーソ奏者、オルガン奏者。ヴァチカンの楽長、ポルトガル宮廷礼拝堂の楽長、スペイン王妃つきの音楽指導者として活躍し、500曲を越えるチェンバロ曲を作曲した。Lはロンゴによる整理番号、Kはカークパトリックによる整理番号で、便宜のため両方を記した。ランドフスカはこの第1集の後に第2集も録音した。ランドフスカはこのシリーズでJ.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲(78CDR-3073)、フランソワ・クープラン:クラヴサン曲集(78CDR-3081)他が出ている。
78CDR-3259
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パレー&コロンヌ管〜ベートーヴェン
 交響曲第6番 ヘ長調 Op.68「田園」/
 アテネの廃墟 Op.113〜「トルコ行進曲」
ポール・パレー指揮
コロンヌo.
78DSD-3259
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 ソース:英 COLUMBIA DCX 63/7。録音:1934年5月23日、25日、パリ。
 ポール・パレー(1886-1979)はフランスの大指揮者、作曲家。1911年にカンタータ「ヤニッツァ」でローマ大賞を得てイタリアに留学。第1次世界大戦(1914-1918)でフランス軍に従軍したが、ドイツ軍の捕虜となり、ダルムシュタット収容所生活の間に音楽家たちと交友を築く。大戦後コンセール・ラムルーo.
コンセール・コロンヌo.の指揮者となって活躍、とくに後者とは1932年から1940年音楽監督を務め、第2次世界大戦のパリ開放後の1944年から1956年も同じ地位を務めた。1951年にアメリカのデトロイトso.に招かれその育成にあたり、米国有数のオーケストラに仕上げLPレコード録音も多い。この「田園」交響曲はコンセール・コロンヌ時代のものであまり知られていない。SPレコード時代の再生法では大指揮者の風格の片鱗すらも聴くことが出来なかったが、ダイレクト・トランスファーによって、その至芸の全貌が明らかになった。特にオーケストラの木管パートの妙技に耳を傾けてほしい。
78CDR-3258
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[CD-R]
レーヌ・ジャノリの稀少録音
 ベートーヴェン:
  ピアノ・ソナタ第18番 変ホ長調 Op.31-3
 ブラームス:狂詩曲第2番 ト短調 Op.79-2
レーヌ・ジャノーリ(P)
78DSD-3258
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[DVD-R]
 仏 BAM 41/43。録音:1947年5月30日、パリ。クリストファ・N.野沢氏のライブラリより。
 レーヌ・ジャノーリ(1915-1979)はパリ生まれ。パリ音楽師範学校エコール・ノルマルでアルフレッド・コルトー(1887-1962)に指導を受け、同時期にパリ音楽院でイヴ・ナット(1890-1956)にもついた。さらにルツェルンでエトヴィン・フィッシャー(1886-1960)に学び、フィッシャーと共に2台、3台クラヴィーア曲の演奏に力を入れた。1946年にコルトーの推薦でエコール・ノルマルのピアノ科の主任教授、室内楽科の教授を兼任、演奏家としてカザルス、エネスコ、フルニエ、シャンドル・ヴェーグらと共演した。1956年にはパリ音楽院教授に任命され、門下にはジャン=イヴ・ティボーデ(1961-)がいる。
 このSP録音はジャノーリが32歳の時のもので、おそらく初レコード録音と思われる。ジャノーリはモーツァルト:ピアノ・ソナタ全集(米ウェストミンスター)、シューマン:ピアノ曲全集(仏アデ)他、LP時代に数多くの録音を残した。
78CDR-3257
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[CD-R]
当曲の世界初録音
 モーツァルト:ピアノ協奏曲第19番 ヘ長調 K.459
ジョルジュ・ボスコフ(P)
ギュスターヴ・クロエ指揮
パリpo.
78DSD-3257
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 仏 ODEON 171.115/7。録音:1930年12月10日、パリ。
 ジョルジュ・ボスコフ(1882-1960)はルーマニア生まれのピアニスト。パリ音楽院でルイ・ディエメール(1843-1919)に師事した。
 このボスコフ盤はこの曲の世界初録音で、フランス・ピアニスムの伝統の繊細で軽い奏法が聴ける貴重な物。カデンツァは縮小版ながらモーツァルトの作曲したものが弾かれていえる。
 ギュスターヴ・クロエ(1890-1970)はフランスの指揮者。フランス・オデオンに多くの録音を残している。
78CDR-3256
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ワンダ・ランドフスカ
 ヘンデル:チェンバロ協奏曲 変ロ長調 Op.4-6/
      アリアと変奏曲 変ロ長調
ワンダ・ランドフスカ
 (Cemb)
ウジェーヌ・ビゴー指揮o.
78DSD-3256
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB3307/8。録音:1937年4月21日、パリ、アルベール・スタジオ。
 ワンダ・ランドフスカ(1879-1959)はポーランドのワルソー生まれ。20世紀最高のチェンバロ&ピアノ奏者。彼女はピアニスト、音楽学者、教授で1900年から13年間パリのスコラ・カントルムで教鞭をとった。二列の鍵盤と七個のペダルを有する自分のチェンバロをパリのプレイエル社に特注し、生涯この楽器を使用した。1940年フランス国籍を得たが、1941年ドイツ軍のフランス侵攻によりアメリカにのがれた。パリに残したチェンバロは後にアメリカ軍によって彼女の手元に送られた。このヘンデルはランドフスカが58歳の時の録音。ハイドン:チェンバロ協奏曲 ニ長調(78CDR-3053)の二日後の録音。
 指揮者のウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)はパリ音楽院出身。シャンゼリゼ劇場の指揮者を経て1923年パリ音楽院o.、1928年にフランス放送o.、1935年ラムルーo.、オペラ・コミックの指揮者を歴任。パリ音楽院の指揮科教授も務めた。
 「アリアと変奏曲 変ホ長調」はブラームス:ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ作品24の主題の原曲。
78CDR-3255
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ブッシュ&モイーズ
 J.S.バッハ:
  ブランデンブルク協奏曲第4番 ト長調 BWV.1049
ブッシュ室内合奏団
アドルフ・ブッシュ(Vn)
マルセル・モイーズ(第1Fl)
ルイ・モイーズ(第2Fl)
78DSD-3255
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 蘭COLUMBIA LX441/2。録音:1935年10月15日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 マルセル・モイーズ(1889-1984)は20世紀最高のフランスのフルート奏者。パリ音楽院でポール・タファネル(1844-1908)、フィリップ・ゴーベール(1879-1941)に師事し、1906年に一等賞を得た。1932年から1949年までパリ音楽院の教授をつとめる一方、パドルーo.、パリ音楽院o.、ストララムo.の首席奏者もつとめた。1960年代にはスイス、イギリス、アメリカ、日本で後進の指導にあたった。第2フルートのルイ・モイーズ(1912-2007)は息子でピアニストでもあった。父子の録音も多い。アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツの名ヴァイオリニスト。1939年にアメリカに定住した。この録音はヨーロッパ時代のも、同時期にブランデンブルク協奏曲全6曲を録音していた。
 モイーズはこのシリーズでドビュッシー:フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ(78CDR-3064)、ベートーヴェン:セレナーデ作品25(78CDR-3231)が出ている。
78CDR-3254
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チェリビダッケ&LPO
 モーツァルト:交響曲第25番 ト短調 K.183
セルジュ・チェリビダッケ指揮
LPO
78DSD-3254
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 録音:1948年4月9日、12月29日、ロンドン、キングズウェイ・ホール。
 セルジュ・チェリビダッケ(1912-1996)はルーマニア生まれ。ベルリンに学び、その地で第2次世界大戦の終戦を迎えた。当時BPOの常任指揮者だったヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)が大戦中のナチスとの関係をとがめられ謹慎生活に入った。後継の指揮者にレオ・ボルヒャルトが選ばれたが、ボルヒャルトが急死したため、後継者さがしのコンクールが開かれ応募したチェリビダッケが審査員全員一致で優勝。ボルヒャルトの死の6日後にBPOの野外コンサートで指揮者デビューした。1947年のフルトヴェングラー復帰後も、BPOに留まっていが、1954年フルトヴェングラーの死後カラヤンがBPOの首席指揮者になってから、イタリア、スウェーデンのオーケストラに客演した。1971年に南ドイツ放送so.、1979年にミュンヘン・フィルの首席指揮者になった。
 この録音はチェリビダッケが36歳の時の英デッカ社に正規に録音した物。第1楽章と第2楽章は1948年4月に行われた録音セッションの結果に満足せず、同年の12月の再セッションでOKを出している。同じ時期にデッカにはチャイコフスキー:交響曲第5番と胡桃割り人形組曲の2曲があった。いずれもSPレコード末期のffrr録音。
78CDR-3253
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ブッシュ兄弟&R.ゼルキン
 ベートーヴェン:
  ピアノ三重奏曲第5番 ニ長調 Op.70-1「幽霊」
アドルフ・ブッシュ(Vn)
ヘルマン・ブッシュ(Vc)
ルドルフ・ゼルキン(P)
78DSD-3253
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 録音:1947年12月15日、ニューヨーク。ソース:米 COLUMBIA 72748/50。
 アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツの大ヴァイオリニスト。1922年からピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とデュオを組んだ活躍した。1936年ゼルキンはブッシュの娘イレーネと結婚したが、ゼルキンはナチスのユダヤ人迫害を避けてアメリカに逃れた。その後ブッシュもドイツを去ってスイスに移住、1939年に実弟でチェリストのヘルマン・ブッシュと共にアメリカに定住した。この録音は第2次世界大戦後のニューヨークでの録音。ゼルキンのピアノが光っている。
 このシリーズで他にブッシュとゼルキンにホルンのオーブリー・ブレイン(1893-1955)を加えたブラームス:ホルン三重奏曲(78CDR-3218)が出ている。
 オーブリー・ブレインは有名なホルン奏者デニス・ブレイン(1921-1957)の父親で師でもある。アメリカ時代のブッシュの録音はJ.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番 BWV.1042(78CDR-3216)、二つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV.1043(78CDR-3235)が出ている。
78CDR-3252
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ゴールドベルク、ヒンデミット、フォイアマン
 ベートーヴェン:セレナード ニ長調 Op.8
シモン・ゴールドベルク(Vn)
パウル・ヒンデミット(Va)
エマヌエル・フォイアマン(Vc)
78DSD-3252
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 録音:1934年1月22日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。ソース:日本コロムビア J8358/60 (英COLUMBIA LX354/6と同一録音)。
 ヴァイオリンのシモン・ゴールドベルク(1909-1993)はポーランド出身のヴァイオリニスト。ベルリンでカール・フレッシュ(1873-1944)に師事し16歳でドレスデン・フィルのコンサート・マスターに就任した。20歳の時フルトヴェングラーの招きでBPOのコンサート・マスターになった。1930年にヴィオラ奏者で作曲家のパウル・ヒンデミット(1895-1963)とチェロのエマヌエル・フォイアマン(1902-1942)と弦楽三重奏団を結成した。これはこの三重奏団の残した貴重な録音。ゴールドベルクは1934年ナチスの迫害でBPOを退団し1938年ニューヨークにデビューした。1942年演奏旅行中にジャワ島で日本軍に拘束され抑留生活を強いられたこともある。1990年に日本人ピアニスト山根美代子と結婚、富山県立山のホテルで死去した。この録音はBPO退団直後の物。レコード史上永遠に残したい名演奏。
78CDR-3251
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プロ・アルトSQ〔プロ・アルテSQ〕
 モーツァルト:弦楽五重奏曲第4番 ト短調 K.516
  プロ・アルトSQ
  [アルフォンス・オンヌー(第1Vn) ローラン・アルー(第2Vn)
   ジェルマン・プレヴォー(Va) ロベール・マース(Vc)]
  アルフレッド・ホブデイ(第2Va)]
78DSD-3251
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 録音:1934年2月15日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。ソース:英 HIS MASTER'S VOICE DB2173/6。
 プロ・アルト弦楽四重奏団は1912年アルフォンス・オンヌーをリーダーにベルギーのブリュッセルで結成された。1926年アメリカに初公演、ワシントンの国会図書館音楽ホールの開館式で演奏した。1932年にベルギーの宮廷四重奏団の称号を得た。1941年にアメリカのウィスコンシン大学からの要請で各メンバーが教授に就任。1944年にコーリッシュ弦楽四重奏団が解散したとき、リーダーだったルドルフ・コーリッシュ(1896-1978)が第1ヴァイオリンに就任した。プロ・アルト弦楽四重奏団は1930年代にイギリスHMVに数多くの録音を残し、中でもアルバム全8巻SP56枚の「ハイドン弦楽四重奏ソサイエティ」(1932年と1936年録音)はレコード録音史の快挙だった。
78CDR-3250
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コーリッシュSQ
 モーツァルト:音楽の冗談 ヘ長調 K.522(二本のホルンと弦楽四重奏のための)
  ドメニコ・カプート、ジョン・バロウズ(Hr)
  コーリッシュSQ
  [ルドルフ・コーリッシュ(第1Vn) フェリックス・クーナー(第2Vn)
   オイゲン・レーナー(Va) ベルナール・ハイフェッツ(Vc)]
78DSD-3250
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 録音:1937年11月12日、ニューヨーク、RCAスタジオ。ソース:英 HIS MASTER'S VOICE DB3645/6 (米VICTOR 14822/3と同一録音)。
 別名「村の音楽士の六重奏」。村の楽師が未熟のため、音をはずすさまなどを取り入れたモーツァルトらしいジョークにみちた面白い曲。コーリッシュ四重奏団はシェーンベルクの指導を受け、新ウィーン楽派の弦楽四重奏曲を演奏する目的で組織された。リーダーのルドルフ・コーリシュ(1896-1978)は子供の頃左手に怪我をしたため、右手でヴァイオリンを持ち左手で弓を持って弾いた。現代音楽のスペシャリストがモーツァルトを取り上げた面白さがある。コーリッシュ四重奏団はこのシリーズでモーツァルト:弦楽四重奏曲第22番K.589 「プロシャ王第2番」(78CDR-3197)、シューマン:ピアノ四重奏曲作品47(ピアノ=モナート、78CDR-3242)が出ている。
78CDR-3249
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モイーズ&ピエルネ
 ピエルネ:室内ソナタOp.48
ガブリエル・ピエルネ(P)
マルセル・モイーズ(Fl)
M.ロペス(Vc)
78DSD-3249
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 録音:1928年6月11日、パリ、アルベール・スタジオ。ソース:英 COLUMBIA 5275/7(仏 COLUMBIA D13063/5と同一録音)。
 ガブリエル・ピエルネ(1863-1937)は1871年にパリ音楽院に入り、アントワーヌ=フランソワ・マルモンテル(1816-1898)にピアノを、ジュール・マスネ(1842-1912)に作曲を、セザール・フランク(1822-1890)にオルガンを学んだ。各部門で一等賞を得た後、1882年のローマ賞を受賞した。1891年からフランクの後を継いでパリの聖クロティルド教会のオルガニストになり、1903年からコロンヌo.の指揮者となり、1910年から34年まで正指揮者をつとめた。
 フルートのマルセル・モイーズ(1889-1984)はパリ音楽院でポール・タファネル(1844-1908)、フィリップ・ゴベール(1879-1941)らに師事し1905年に一等賞を得た。1932年から1949年までパリ音楽院教授をつとめた。モイーズはこのシリーズでドビュッシー:フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ(78CDR-3064)、ベートーヴェン:セレナーデ作品25(78CDR-3231)が出ている。
78CDR-3248
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ティボー&コルトー〜
 J.S.バッハ

  ブランデンブルク協奏曲第5番 ニ長調 BWV.1050
ジャック・ティボー(Vn)
アルフレッド・コルトー(P)指揮
ロジェ・コルテ(Fl)
パリ・エコール・ノルマル室内o.
78DSD-3248
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB 1783/4、録音:1932年5月16日-17日、パリ、サル・ショパン。
 アルフレッド・コルトー(1977-1962)は20世紀最高のフランスのピアニスト。スイスのニヨンに生まれ、両親はフランス人。1892年パリ音楽院のルイ・ディエメール(1843-1919)のクラスに入り、1893年に一等賞を得た。1902年にヴァイオリンのジャック・ティボー(1880-1953)、チェロのパブロ・カザルス(1876-1973)とピアノ・トリオを結成した。コルトーは1917年にパリ音楽院教授に任命され、1919年にパリのエコール・ノルマル(音楽師範学校)を設立した。ジャック・ティボー(1880-1953)は20世紀最高のフランスのヴァイオリニスト。1893年14歳でパリ音楽院に入りマルシック教授(1848-1924)に師事した。後にパリ音楽院教授になったジュール・ブーシュリ(1877-1962)とは音楽院時代からの盟友で、コロンヌo.のリーダーを交代でつとめていたこともあった(マルク・ソリアノ著「ヴァイオリンの奥義、ジュール・ブーシュリ回想録」(日本語版近刊)。ティボーとコルトーはこのシリーズで多数出ている。
78CDR-3247
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マルグリット・ロン〜 SP 録音集
 ショパン:即興曲第2番 嬰ヘ長調 Op.36(*)
 ドビュッシー:
  「版画」〜雨の庭(#)/レントよりおそく(#)
 フォーレ:夜想曲第4番 変ホ長調 Op.36(+)/
      舟歌第6番 変ホ長調 Op.70(+)
マルグリット・ロン(P)
78DSD-3247
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 仏 COLUMBIA LFX 513(*)、LFX24(#)、LFX 567(+)、録音:1936年7月23日、1937年4月18日(*)/1929年11月12日、11月6日(#)/1937年5月19日(+)。使用ピアノ:プレイエル。
 マルグリット・ロン(1874-1966)はフランスのニームに生まれた。17歳でパリ音楽院の一等賞を得た後、マルモンテル(1816-1898)教授のもとでさらに研鑽をつみ、1893年にサル・プレイエルでデビューした。1906年32歳でパリ音楽院の教授に就任した。ロンの弟子にはサンソン・フランソワ(1924-1970)、イヴォンヌ・ルフェビュール(1898-1986)、リュセット・デカーヴ(1906-)、ジャン・ドワイヤン(1907-1982)、ジャック・フェヴリエ(1900-1979)、ニコール・アンリオ・シュワイツァー(1925-)らがいる。これはロンのSP時代のソロ録音の一部だが、偉大な演奏家の真の姿をとらえた録音。
 ロンはこのシリーズでモーツァルト:ピアノ協奏曲第23番 K.488(78CDR-3023)、ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調(78CDR-3075)、ショパン:ピアノ協奏曲第2番Op.21(78CDR-3092)が出ている。
78CDR-3246
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フランシス・プランテ
 ショパン:
  エチュード第11番 イ短調 Op.25-11「木枯らし」
 シューマン/ドビュッシー編:噴水のほとりで
 ショパン:
  エチュード第11番 イ短調 Op.25-11「木枯らし」
  (WLX516-1のメタル原盤)
フランシス・プランテ(P)
78DSD-3246
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 仏 COLUMBIA D15089、録音:1928年7月3日-4日、フランス、ランド県モン=ド=マルサン。使用ピアノ:エラール。
 フランシス・プランテ(1839-1934)はフランスの超人かつ伝説的なピアニスト。パリ音楽院のアントワーヌ=フランソワ・マルモンテル(1816-1898)教授のクラスで一等賞を得た。この録音はプランテが89歳の時にフランス・コロンビアに録音した9枚のSPレコードの中の一枚。プランテは95歳で死去するまで、毎日未明の早朝からピアノに向かい、それが終わった後に市長の公務についたと伝えられる。この録音はモン=ド=マルサン市から依頼された慈善演奏会にスケジュールの都合がつかないので、代わりにこの録音の報酬を市に寄付するという代案を受け入れて実現したという。トラック(3)はSPレコードの金属原盤からのダイレクト・トランスファーを収録した。プランテについてはマルク・ソリアノ著「ヴァイオリンの奥義、ジュール・ブーシュリ回想録」(日本語版近刊)に愉快な逸話が載っている。
 プランテはフランスの画家ポール・セザンヌ(1839-1906)、詩人のシュリ=プリュドム(1839-1881)、また幕末の志士、高杉晋作(1839=天保10年-1867=慶応3年)と同年の生まれ。ベルリオーズ(1803-1869)、シューマン(1810-1856)、リスト(1811-1886)、ワーグナー(1813-1883)、ブラームス(1833-1897)達と同時代に生きた人物で、19世紀の大演奏家の音が電気録音による録音で残されたのは奇跡と言える。
78CDR-3245
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マグダ・タリアフェロ〜
 アーン
:ピアノのためのソナチネ ハ長調(*)/
     ピアノ協奏曲第1番 ホ長調(#)
マグダ・タリアフェロ(P)
レナルド・アーン指揮o.
78DSD-3245
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 仏 PATHE PAT61(*)、PAT86/8(#)、録音:1936年7月8日(*)、1937年5月10日-11日(#)。使用ピアノ:ガヴォー。
 ピアノのマグダ・タリアフェロ(1893-1986)はブラジル生まれ、両親はフランス人。1906年にパリ音楽院に入り9カ月後に一等賞を得た。タリアフェロはSPレコード時代から多くの録音をしているが、この協奏曲はまぎれもなく彼女の最高傑作。作曲者で指揮をしているレナルド・アーン(1875-1947)はベネズエラのカラカス生まれ、3歳の時にパリに移住した。6歳の時に神童として、ナポレオン3世の従妹マティルドのサロンにデビュー、ボーイソプラノでのピアノの弾き語りでサロンの寵児となり、作曲家ジュール・マスネ(1842-1912)の推薦を得て10歳でパリ音楽院に入学した。長じて美声と数カ国語をあやつる巧みな話術、豊かな教養で各界の名士、貴婦人たちと交友を築き、パリ・オペラ座の指揮者として活躍、ザルツブルク音楽祭でもモーツァルト指揮者として名声をあげた。また作曲家として声楽曲の作品が多数あるが、親交のあった音楽家のために作曲した器楽作品もある。
 タリアフェロとアーンの顔合わせでモーツァルト:ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」(78CDR-3039)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3244
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ドニーズ・ソリアーノ(ソリアノ)〜
 アーン
:ヴァイオリン・ソナタ ハ長調(*)/
     ロマンス イ長調(#)
ドニーズ・ソリアノ(Vn)
ドニーズ・ステルンベルグ(P;*)
E.ロワゾー(P;#)
78DSD-3244
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 仏 PATHE PDT 183/4(*)、仏 PATHE PAT 54(#)、録音:1948年4月15日、パリ、アルベール・スタジオ(*)、1936年5月22日、パリ、アルベール・スタジオ録音(#)。お詫び:全体にキズ及び録音の不具合により聴き難い箇所がある。
 ドニーズ・ソリアノ(1916-2006)はパリ音楽院のヴァイオリン科教授ジュール・ブーシュリ(1878-1962)に師事した女流ヴァイオリニスト。1932年16歳でパリ音楽院の一等賞を得た。1934年にピアノのマグダ・タリアフェロ(1893-1986)と録音したフォーレ:ヴァイオリン・ソナタ第1番(78CDR-1135)がディスク大賞を受賞した。
 ソリアノはソリストとして活動すると同時に師のブーシュリ教授の片腕として後進の指導にあたり、後に結婚した。ブーシュリはレナルド・アーン(1875-1947)と親交があり、このソナタを弟子のソリアノに弾かせて作曲者を喜ばせたと、その回想録にある。ジャック・ティボー(1880-1953)はソリアノを「今は亡きジネット・ヌヴーの後継者たる唯一無二の名ヴァイオリニスト」と絶賛した(マルク・ソリアノ著「ヴァイオリンの奥義、ジュール・ブーシュリ回想録」(日本語版近刊)に収録された「ソリアノ追悼記」にある)。このシリーズでドニーズ・ソリアノの録音のほとんどが出ている。トラック5の冒頭にソリアノと思われる声が聞こえる。
78CDR-3243
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[CD-R]
アドルフ・ブッシュ
 モーツァルト:
  ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K.219(*)
   (カデンツァ:J.ヨアヒム)
 タルティーニ:
  ヴァイオリン・ソナタ第12番 ト長調Op.2〜アリア(#)
アドルフ・ブッシュ(Vn)
ブッシュ室内o.
78DSD-3243
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[DVD-R]
 米 COLUMBIA 71749/52-D。録音:1945年4月30日(*)、5月3日(#)、ニューヨーク。
 アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツの大ヴァイオリニスト。1922年からピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とデュオを組んで活躍した。1936年ゼルキンはブッシュの娘イレーネと結婚したが、ゼルキンはナチスのユダヤ人迫害を避けてアメリカに逃れた。その後ブッシュもドイツを去ってスイスに移住、1939年実弟でチェリストのヘルマン・ブッシュと共にアメリカに定住した。
 この録音は第2次世界大戦最末期の録音。ブッシュの協奏曲はJ.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番 BWV.1042(78CDR-3216)、二つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV.1043(78CDR-3235)が出ている。
78CDR-3242
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[CD-R]
コーリッシュSQ団員のシューマン
 シューマン:ピアノ四重奏曲 変ホ長調Op.47
ホルテンス・モナート(P)
コーリッシュSQ団員
[ルドルフ・コーリッシュ(Vn)
 オイゲン・レーネル(Va)
 ベナール・ハイフェッツ(Vc)]
78DSD-3242
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB3642/4(米 VICTOR 14816/8 と同一録音)。録音:1937年11月26日。
 ホルテンス・モナート(1905-1955)はアメリカ生まれの女流ピアニスト。アルトゥール・シュナーベルに師事し、トスカニーニ指揮NBCso.のソリストに迎えられた最初の女性ピアニストだった。
 コーリッシュ弦楽四重奏団は新ウィーン楽派の音楽を演奏するためにルドルフ・コーリッシュ(1896-1978)によって1921年に組織された。シェーンベルグの指導を受けた後、現代音楽だけでなく古典音楽にも目を向けた。ナチスに追われてアメリカに移住し活動を続けたが1942年に解散した。
 このシリーズにはモーツァルト:弦楽四重奏曲第22番 K.589「プロシャ王第2番(78CDR-3197)が出ている。これは聴く者の心をを幸せにしてくれる名曲の名演奏。
78CDR-3241
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[CD-R]
ヴィート(ヴィトー)のヴィターリ
 ヴィターリ/レスピーギ編:シャコンヌ ト短調
ジョコンダ・デ・ヴィトー(Vn)
アルベルト・エレーデ指揮
フィルハーモニアo.
ハーバート・ドーソン(Org)
78DSD-3241
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB6936/7。録音:1948年5月14日、29日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 レスピーギ(1879-1936)によるオルガン入りの壮麗なオーケストレーション。
 ジョコンダ・デ・ヴィトー(1907-1994)はイタリアの女流奏者。11歳でペサロ音楽院に入り、レミ・プリンチーペ(1899-1977)に師事した。1932年にウィーン国際ヴァイリン・コンクールで一等賞をとった。1935年イタリアPARLOPHONEにJ.S.バッハのブランデンブルク協奏曲第5番(アリーゴ・タッシナーリ/fl,カルロ・ゼッキ/pf,プレヴィターリ/cond.)と共にを録音したのが初レコーディング。1941年にはベルリンでブラームスのヴァイオリン協奏曲をドイツPOLYDORに録音(78CDR-1174)した。第2次世界大戦後の1948年ロンドンにデビューしEMIのアーティストになり、SPレコードと初期のLPに優れた録音を残した。
 指揮者のアルベルト・エレーデ(1909-2001)はイタリアのジェノア生まれ。ミラノで学んだ後スイスでヴァインガルトナー、ドレスデンでフリッツ・ブッシュのアシスタントをつとめた。戦後ロンドンのニュー・ロンドン・オペラ団の指揮者になり、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場でも指揮をした。1968年バイロイトで「ローエングリン」を指揮した。トスカニーニ以来バイロイトに登場した二人目のイタリア人指揮者だった。
78CDR-3240
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[CD-R]
テルマニーのニルセン
 ニルセン:ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ長調Op.9
エミール・テルマニー(Vn)
クリスティアン・
 クリスティアンセン(P)
78DSD-3240
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB2732/4。録音:1935年10月13日。
 カール・ニルセン(1865-1931)は北欧デンマークを代表する作曲家。これは1895年の作品。
 ヴィオリンのエミール・テルマニー(1892-1988)はハンガリー生まれ。ブダペスト音楽院でイェノ・フバイ(1858-1937)に師事した。1919年来デンマークのコペンハーゲンに在住し、ニルセンの娘婿となった。テルマニーの美音は一度聴くと忘れられない魅力がある。
 このシリーズでメンデルスーン:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-3087)が出ている。
78CDR-3239
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[CD-R]
ミュンシュ&パリ管の「悲愴」
 チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調Op.74「悲愴」
シャルル・ミュンシュ指揮
パリ音楽院o.
78DSD-3239
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 英 DECCA AK1968/73。録音:1948年5月22日-23日、パリ、サル・ド・ラ・ミュチュアリテ。
 英国デッカのffrr録音。シャルル・ミュンシュ (1891-1968)はストラスブールの生まれ。生地の音楽院でオルガンを学んだ後、パリ音楽院でリュシアン・カペー(1873-1928)にヴァイオリンを学び、その後ベルリンでカール・フレッシュ(1873-1928)に師事した。1926年ライプツィヒ音楽院の教授に就任、1925年から32年にはゲヴァントハウスo.のソロ第一ヴァイオリン奏者もつとめ、ブルーノ・ワルター (1876-1962)やヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)のもとで演奏し、指揮法も身につけた。パリに戻り1935年から38年にはパリ・フィルハーモニーの指揮者、1938年にはエコール・ノルマルのヴァイオリン科教授に任命された。1938年から45年にパリ音楽院o.指揮者をつとめた。1939年には同音楽院の指揮科教授に任命された。1949年にボストンso.の正指揮者となり1962年までつとめた。
 この録音はデッカ社の録音クルーがパリに赴いての物。オーケストラの各パートに音楽院の教授達の名人芸が聴こえる。コンデンサー・マイクロフォン独特の高域の輝きがffrrの特長。
 ミュンシュ&パリ音楽院はラヴェル:ボレロ(78CDR-1164)が出ている。
78CDR-3238
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メニューイン&ランドフスカ
 J.S.バッハ:
  ヴァイオリン・ソナタ第3番 ホ長調 BWV1016
イェフディ・メニューイン(Vn)
ワンダ・ランドフスカ(Cemb)
78DSD-3238
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 録音:1944年12月28日、RCA第1スタジオ、ニューヨーク。ソース: 米 VICTOR 11-9052/4。
 ワンダ・ランドフスカ(1879-1959)はポーランドのワルシャワ生まれ。20世紀最高のチェンバロ奏者、ピアニスト、音楽学者。パリのプレイエル社に二列の鍵盤と七個のペダルを持つ自分のチェンバロを作らせ生涯この楽器を使用した。1940年にフランス国籍を得たが、1941年ドイツ軍のフランス侵攻によってアメリカに逃れた。パリに残したチェンバロはアメリカ軍によって戦後彼女の元に届けられた。ランドフスカはJ.S.バッハの演奏に特に造詣が深く、「平均律クラヴィーア曲集」、「ゴルトベルク変奏曲」の大作を録音していた。イェフディ・メニューイン(1916-1999)は神童としてデビューし、12歳でレコード初録音。ジョルジュ・エネスコ(1881-1955)やアドルフ・ブッシュ(1891-1952)にも師事した。これは第2次大戦末期のアメリカ録音。
78CDR-3237
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エリー・ナイ
 モーツァルト:ピアノ協奏曲第15番 変ロ長調 K.450
エリー・ナイ(P)
ウィレム・ファン・
 ホーフストラーテン指揮
室内o.
78DSD-3237
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 録音:1935年10月、ベルリン。ソース: 英 HIS MASTER'S VOICE DB8071/3。
 エリー・ナイ(1882-1968)はドイツの女流ピアニスト。初録音は1906年にウェルテ・ミニョン社のピアノロール。ウィーンでレシェティツキーやフォン・ザウアーの薫陶を得た。1911年にオランダの指揮者ウィレム・ファン・ホーフストラーテン(1884-1964)と結婚。1921年から夫君とニューヨークに暮らす。だが1927年に離婚。ドイツに戻りヒトラー政権下で演奏活動を続けた。戦後の名誉回復後も精力的な演奏活動を続けた。この録音は夫君だったホーフストラーテンとの初録音で、且つこの名曲の世界初録音でもあった。ホーフストラーテンは1923年から1925年NYPの首席指揮者を務め、1925年にオレゴンso.に移った。さらに1935年から1945年にザルツブルク・モーツァルテウムの指揮者を努めた。
78CDR-3236
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シゲティ&フォルデス
 コレッリ/レオナール編:ラ・フォリア(*)
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・
  パルティータ第1番 ロ短調BWV1002〜ブーレ
ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
アンドール・フォルデス(P;*)
78DSD-3236
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 録音:1940年6月5日(*)/1941年3月21日、以上ニューヨーク。ソース: 米 COLUMBIA 71187/8-D 。
 ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はハンガリー生まれのヴァイオリニスト。ブダペスト音楽院でイェネー・フバイ(1858-1937)に師事した。1905年ベルリンで大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)に認められた。1917年から24年スイスのジュネーヴ音楽院で教え、1940年にアメリカに移住した。この録音はアメリカ定住直後のニューヨーク録音。このシリーズではヨーロッパ時代に録音したシゲティの重要録音が多数出ている。
78CDR-3235
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A.ブッシュのバッハ
 J.S.バッハ:
  2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043
アドルフ・ブッシュ、
フランセス・マグネス(Vn)
ブッシュ室内合奏団
78DSD-3235
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 録音:1945年4月26日、ニューヨーク。ソース: 米 COLUMBIA 71676/7-D。
 アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツのヴァイオリニスト。1922年からピアニストのルドルフ・ゼルキンと(1903-1991)デュオを組んで活躍した。1936年ゼルキンはブッシュの娘イレーネと結婚したがゼルキンはナチのユダヤ人迫害を避けてアメリカに移住した。その後ブッシュも実弟でチェリストのヘルマン・ブッシュと共にアメリカに定住した。この録音はブッシュのアメリカ時代のも。第2次世界大戦末期のニューヨークで行われた。第2ヴァイオリンを弾く女流のフランセス・マグネスの経歴は不詳。LP初期のバルトークレコードやエソテリックレコードに現代音楽の録音があった。
78CDR-3234
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ドレイパー&レナーSQ
 ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調Op.115
チャールズ・ドレイパー(Cl)
レナーSQ
78DSD-3234
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 録音:1928年11月7日&10日、ロンドン。ソース: 米 COLUMBIA 67613/7-D (英 COLUMBIA L2228/32 と同一録音)。
 レナー弦楽四重奏団は1918年ハンガリーのブダペストで結成された、全員がブダペスト音楽院出身。4人はブダペスト・オペラの楽員だったが1918年のハンガリー革命を機に弦楽四重奏団を結成し、2年間田舎の村に籠もって練習を積んだ。1920年ウィーンにデビュー、そこに居合わせたラヴェル(1875-1937)が聴いて彼らをパリに招いた。パリ公演は大成功を収め、その後1922年にロンドン、1929年にアメリカにデビューした。クラリネットのチャールズ・ドレイパー(1869-1952)はイギリスのサマーセットシャー生まれ。ロイヤル・アカデミーやギルドホール音楽校の教授を務め、イギリスのクラリネット界の祖父として尊敬された。ブラームスがこの曲を捧げたミュールフェルトの伝統を継ぐ奏者と言われていた。このシリーズではレナーとドレイパーの組み合わせでモーツァルト:クラリネット五重奏曲(78CDR-3045)も出ている。
78CDR-3233
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A.ブッシュ&R.ゼルキン
 ブラームス:
  ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調Op.100
アドルフ・ブッシュ(Vn)
ルドルフ・ゼルキン(P)
78DSD-3233
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 録音:1932年、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。ソース:英 HIS MASTER'S VOICE DB1805/6。
 アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツの大ヴァイオリニスト。1912年20歳の時にウィーンのコンツェルトフェライン(後のウィーンso.)ソロ・ヴァイオリンに抜擢され、1918年ベルリン高等音楽院の教授になった。1922年以後ピアニストのルドルフ・ゼルキンとデュオを組んで活躍した。ゼルキンは1936年ブッシュの娘イレーネと結婚したが、ナチのユダヤ人迫害を避けてアメリカに移住、ブッシュも第2次世界大戦直前にアメリカに渡った。ブッシュ=ゼルキンの顔合わせではブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番(78CDR-3204)、ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」(78CDR-3222)、モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第33番K.377(78CDR-3038)、シューベルト幻想曲 ハ長調(78CDR-1172)、ブッシュのソロでバッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番(78CDR-3226)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3232
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フルニエ&シュナーベル
 ベートーヴェン:
  チェロ・ソナタ第4番 ハ長調Op.102-1
ピエール・フルニエ(Vc)
アルトゥール・シュナーベル(P)
78DSD-3232
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 録音:1947年6月ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。ソース:英 HIS MASTER'S VOICE DB9555/6 。
 ピエール・フルニエ(1906-1986)はパリ生まれのチェリスト。最初ピアノを学んだが9歳のとき小児麻痺による右足障害のためチェロに転向した。1923年パリ音楽院で一等賞を得て楽壇にデビュー、ヴァイオリンのガブリエル・ブイヨン、ピアノのヴラド・ペルルミュテルとのトリオで注目された。1937年エコール・ノルマル教授、1941年から1949年までパリ音楽院教授をつとめた。1942年にヴァイオリンのシゲティ、ピアノのシュナーベルとのピアノ・トリオ、ヴィオラのプリムローズを加えて四重奏で活動、さらに1945年にはカザルスの抜けたカザルス・トリオに加わりヴァイオリンのティボー、ピアノのコルトーと演奏活動をした。1954年に初来日。その後何度も日本を訪れた。ピアノのシュナーベル(1882-1951)はオーストリアの大ピアニスト。ウィーンで高名なレシェティツキーに師事した。この顔合わせによるベートーヴェンは、チェロ・ソナタ第3番(78CDR-1171)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3231
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モイーズ、ダリュー、P.パスキエ
 ベートーヴェン:セレナーデ ニ長調Op.25
 (フルート、ヴァイオリン、ヴィオラのための)
マルセル・モイーズ(Fl)
マルセル・ダリュー(Vn)
ピエール・パスキエ(Va)
78DSD-3231
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 録音:1931年頃。ソース:米 DECCA 25592/3 (英 DECCA K582/3 と同一録音)。#第1面に周期ノイズがあります。
 フルートのマルセル・モイーズ(1889-1984)はパリ音楽院でポール・タファネル(1844-1908)、フィリップ・ゴーベール(1879-1941)らに師事し1905年に一等賞を得た。1932年から1949年までパリ音楽院教授をつとめ、SP時代からレコード録音も多い。ヴァイオリンのマルセル・ダリューは1895年生まれ。パリの選りすぐりの音楽家を集めて組織されたストララムo.のコンサート・マスターとして活躍、ストラヴィンスキーが自ら指揮した「兵士の物語」のSP録音にも参加していた。ピエール・パスキエはパスキエ三兄弟で組織した弦楽三重奏団のヴィオラ奏者で彼もまたストララムo.のメンバーだった。英デッカ・レーベルの黎明期の録音。モイーズのフルートはドビュッシー: フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ(78CDR-3064)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3230
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イヴォンヌ・アストリュック
 J.S.バッハ:
  ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV1041
イヴォンヌ・アストリュック(Vn)
ギュスタヴ・ブレー指揮
弦楽合奏団
78DSD-3230
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 録音:1935年、パリ。ソース:英 DECCA CA8225/6 (仏 POLYDOR 516 636/7 と同一録音)。
 イヴォンヌ・アストリュックは1889年に生まれたフランスの女流ヴァイオリニスト。ダリユス・ミヨー(1892-1974)の「春のコンチェルティーノ」(1934)は作曲者ミヨーの指揮アストリュックのヴァイオリン演奏のSP録音で有名になった。ピアニストのマルセル・シャンピ(1891-1980)夫人で、仏COLUMBIAのSPにグリーグ・ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ短調Op.45を夫妻で録音している。映画監督で医師のイヴ・シャンピ(1921-1982)は息子にあたる。指揮者のギュスタヴ・ブレーは1875年生まれのオルガニスト。パリ音楽院でウィドールに師事、スコラ・カントルムでダンディーに学んだ。サンシュルピス寺院のオルガニストを務め、パリ・バッハ協会の設立者でもあった。
78CDR-3229
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A.B.ミケランジェリ
 J.S.バッハ/ブゾーニ編:シャコンヌ
 (無伴奏ヴァイオリン・パルティータ
   第2番 ニ短調 BWV1004より)
アルトゥーロ・ベネデッティ・
 ミケランジェリ(P)
78DSD-3229
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 録音:1948年10月27日ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。ソース:英HIS MASTER'S VOICE DB21005/6。
 アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(1920-1995)はイタリアの大ピアニスト。1939年ジュネーヴ国際コンクールで優勝し、審査員長のアルフレッド・コルトー(1877-1962)は「リストの再来」と賞賛したと伝えられる。この「シャコンヌ」はミケランジェリが第2次世界大戦後楽壇に飛躍するきっかけになった記念すべきスタジオ録音。この名ピアニストの20代の演奏がきける。ダイレクト・トランスファーで演奏の細部が浮き彫りにされている。本シリーズでは他に録音時22歳のイヴォンヌ・ロリオによるバッハ=ブゾーニ編:シャコンヌ(78CDR-3186)が出ている。
GOODIES "DIRECT TRANSFER" 2009年以前発売旧譜 (末尾 000-228)
 3000番台の商品は、DSD録音による新マスターを使用し、高音質化再発売された物です(下3ケタが1000番台と共通)。
78CDR-3328
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ブロニスワフ・フーベルマン〜J.S.バッハ
 ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV1041
ブロニスワフ・
 フーベルマン(Vn)
イッサイ・ドブローウェン指揮
VPO
78DSD-3328
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 英COLUMBIA LX329/30。録音:1934年6月13日、ウィーン。
 20世紀前半の巨匠フーベルマンはバッハを弾いても個性豊かなスタイルを保っていた。ヴァイオリンを自在に操り、聴き手を自らの世界に引き込んでいく魔術的な演奏家ブロニスワフ・フーベルマン(1882-1947)はポーランド生まれ。1892年10歳の時に大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)の指揮でベルリンにデビューし、1895年ブラームスのヴァイオリン協奏曲を作曲家の前で弾いて作曲者を唸らせた。フーベルマンは活動拠点をウィーンに置いていたが、ナチスの台頭後パレスチナに移り、ドイツを追われたユダヤ系の音楽家のためにオーケストラを組織した。それが現在のイスラエル・フィル。このダイレクト・トランスファー・シリーズには全盛期のフーベルマンの演奏が多数出ている。
78CDR-3227
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イェフディ・メニューイン〜J.S.バッハ
 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ長調 BWV1005
イェフディ・メニューイン(Vn)
78DSD-3227
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 英HIS MASTER'S VOICE DB1368/70。録音:1929年11月13日、ロンドン、クイーンズ・ホール第3スタジオ"C"。
第4面(トラック4)に大きなキズ音が7回入る。ご了承頂きたい。
 イェフディ・メニューイン(1916-1999)はニューヨーク生まれ。4歳からヴァイオリンの手ほどきを受け7歳でサンフランシスコso.との共演でデビューした。その後パリでジョルジュ・エネスコ(1881-1955)、ベルリンでアドルフ・ブッシュ(1891-1952)に師事した。神童メニューインが13歳でバッハの無伴奏に取り組んだ記念すべきこの曲の世界初レコード。15歳年長の師アドルフ・ブッシュがパルティータ第2番(78CDR-3226)をベルリンで録音した5日後のもの。メニューインは同曲を5年後の1934年にパリで2回目の録音(HMV DB2284/86)をしている。
78CDR-3226
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アドルフ・ブッシュ〜J.S.バッハ
 無伴奏ヴァイオリン・
  パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004
アドルフ・ブッシュ(Vn)
78DSD-3226
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 伊DISCO GRAMMOFONO DB1422/4。録音:1929年11月8日、ベルリン。
 この曲の世界初録音。アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツの名ヴァイオリニスト。1912年20歳の時ウィーンのコンツェルトフェライン(ウィーンso.)のソロ・ヴァイオリンに抜擢され、1918年ベルリン高等音楽院の教授になった。その頃弦楽四重奏団を組織している。ブッシュは電気録音以前のラッパ吹き込み時代にドイツのポリドールにソロと弦楽四重奏の録音を残していた。さらに電気録音時代になってベートーヴェンの弦楽四重奏曲やソナタをHMVに録音した。このバッハのパルティータ第2番は世界初録音。録音時ブッシュは38歳だった。第2次世界大戦直前にアメリカに渡った。ダイレクト・トランスファー・シリーズではブッシュの名演奏を多数発売している。
78CDR-3225
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ヨーゼフ・シゲティ〜J.S.バッハ
 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト短調 BWV1001
ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
78DSD-3225
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 日本コロムビア J7825/6(英COLUMBIA LX127/8と同一録音)。録音:1931年2月3日、ロンドン。
 定評のあるシゲティのJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータの全曲録音の原点にあたる演奏。録音時シゲティは39歳だった。ハンガリー生まれのヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はブダペスト音楽院でイェノ・フバイ(1858-1937)に師事した。1905年ベルリンで大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)に認められた。1917年から24年スイスのジュネーヴ音楽院で教え、1940年にアメリカに移住した。シゲティはSPレコードにこのJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番と第2番(78CDR-3041)の2曲を録音し、いずれもこの名曲の全曲初録音であった。
78CDR-3224
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パブロ・カザルス〜
 J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 Vol.3
(完結編)
 [第1番 ト長調 BWV1007/第6番 ニ長調 BWV1012]
パブロ・カザルス(Vc)
78DSD-3224
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 英HIS MASTER'S VOICE DB8590/97。録音:1938年6月2日-4日、パリ、アルベール・スタジオ。
 レコード史上の金字塔、カザルスのJ.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲全6曲ダイレクト・トランスファー・シリーズで完成。パブロ・カザルス(1876-1973)はスペインのカタルーニャ地方の町エル・ベドレルに生まれた偉大なチェロ奏者。バルセロナ音楽院でチェロ、ピアノ、楽理、作曲を学んだ。1890年バルセロナでバッハの無伴奏チェロ組曲の楽譜に出会った。1899年23歳でパリにデビュー、1904年バッハの無伴奏チェロ組曲を初めて公開演奏した。1905年ピアノのコルトー、ヴァイオリンのティボーとトリオを結成。1908年コンセール・ラムルーo.で指揮デビューした。カザルスのバッハ:無伴奏チェロ組曲全6曲は2曲ずつ録音された。第1巻は組曲2番と3番で1936年録音(78CDR-3004)。第2巻はここに収録の組曲1番と6番で1938年録音。第3巻は組曲4番と5番(78CDR-3070)で1939年4月にパリで録音された。1930年代のカザルスのSPはどれを聴いても圧倒的な感銘をうける。
78CDR-3223
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アルフレッド・コルトー
 ショパン:4つのバラード
アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3223
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 録音:1933年7月6日-7日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。ソース:米VICTOR 16538/41 (英HIS MASTER'S VOICE DB2023/6 と同一録音)。
 アルフレッド・コルトー(1877-1962)は20世紀最高のフランスのピアニスト。1892年パリ音楽院にルイ・ディエメール(1843-1919)のクラスで研鑽を積む。1896年一等賞を得て卒業。1902年にヴァイオリンのジャック・ティボー(1880-1953)とチェロのパブロ・カザルス(1876-1973)とトリオを組んだ。1917年にパリ音楽院教授、1919年にパリに音楽学校エコール・ノルマルを設立した。コルトーはショパンの4つのバラードを2回録音していて、これは2回目の録音。
78CDR-3222
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A.ブッシュ + 父ゼルキン
 ベートーヴェン:
  ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調Op.24「春」
アドルフ・ブッシュ(Vn)
ルドルフ・ゼルキン(P)
78DSD-3222
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 録音:1933年5月17日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。ソース:米VICTOR 8351/3 (英HIS MASTER'S VOICE DB1970/2 と同一録音)。
 アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツの名ヴァイオリニスト。1922年からピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とデュオを組んで活躍した。1936年ゼルキンはブッシュの娘イレーネと結婚したが、ゼルキンはナチのユダヤ人迫害を避けてアメリカに移住した。その後ブッシュもアメリカに渡り1939年に定住した。
78CDR-3221
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カザルス + ホルショフスキ
 ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第1番 ヘ長調Op.5-1
パブロ・カザルス(Vc)
ミェチスワフ・
 ホルショフスキ(P)
78DSD-3221
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 録音:1939年6月19日、20日、パリ、アルベール・スタジオ。ソース:米VICTOR 18288/90 (英HIS MASTER'S VOICE DB3908/10と同一録音)。
 パブロ・カザルス(1876-1973)はスペインのカタルーニャ地方の町エル・ベドレルに生まれた偉大なチェロ奏者。バルセロナ音楽院でチェロ、ピアノ、楽理、作曲を学んだ。1890年バルセロナでバッハの無伴奏チェロ組曲の楽譜に出会った。1899年23歳でパリでデビュー、1904年バッハの無伴奏チェロ組曲を初めて公開演奏した。1902年ピアノのコルトー、ヴァイオリンのティボーとトリオを結成。1908年コンセール・ラムルーo.で指揮デビューした。レコード録音は機械式録音時代の1915年から行いバッハの無伴奏チェロ組曲第3番から4曲、G線上のアリアほか小品を18面録音した。
 ピアノのミェチスワフ・ホルショフスキ(1892-1993)はポーランド出身のピアニスト。99歳までステージで演奏した伝説的なピアニスト。カザルスの第1回目のベートヴェン:チェロ・ソナタ全集では第3番以外のピアニストを務めた。このシリーズでは1936年録音のカザルスとのブラームス:チェロ・ソナタ第2番(78CDR-1084)が出ている。
78CDR-3220
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ヨーゼフ・シゲティ
 ブラームス:
  ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.77(*)
   (カデンツァ:J.ヨアヒム)/
  ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調Op.108
   〜第2楽章(#)
ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
ハミルトン・ハーティ指揮(*)
ハレo.(*)
クルト・リュールザイツ(P;#)
78DSD-3220
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 録音:1928年12月3日、5日(*)/1927年7月1日(#)。ソース:米COLUMBIA 67608/12D (英COLUMBIA L2265/9と同一録音)。
 ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はハンガリーのブダペスト生まれ。ブダペスト音楽院でイェノ・フバイ(1850-1937)に師事した。1905年13歳でベルリン・デビュー、大ヴァイオリニスト、ヨアヒム(1831-1907)に認められた。1917年から24年スイスのジュネーヴ音楽院で教え、1940年にアメリカに移住した。ブラームスのヴァイオリン協奏曲をシゲティは生涯3回録音しているが、これはその第1回目のもので、36歳のシゲティの初の協奏曲録音だった。
78CDR-3219
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ワルター弾き振り
 モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466
       (カデンツァ:C.H.ライネッケ)
ブルーノ・ワルター(P)指揮
VPO
78DSD-3219
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 録音:1937年5月7日、ウィーン、ムジークフェライン大ホール。ソース:米VICTOR 12151/4 (英HIS MASTER'S VOICE DB3273/6 と同一録音)。
 ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後ピニストとしてデビュー、その後指揮者に転向した。1894年ケルン市立歌劇場でデビュー、1896年ハンブルク歌劇場へ移った。そこで音楽監督だったグスタフ・マーラー(1860-1911)と出会い交友を深めた。ワルターは以後ウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスo.などの楽長、音楽監督を歴任。VPOやBPOも指揮した。1938年オーストリアがナチス・ドイツに併合されると、迫害を避けてフランス、スイスを経てアメリカに逃れた。この録音は1937年ウィーン・フィルを指揮して自らピアノを弾いた録音。ダイレクト・トランスファーによってムジークフェライン大ホールの美しい響きがワルターのピアノとオーケストラの音色を引き立てているのがよく聴き取れる。録音時ワルターは61歳だった。
78CDR-3218
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父ブレイン + A.ブッシュ + 父ゼルキン
 ブラームス:ホルン三重奏曲 変ホ長調Op.40
オーブリー・ブレイン(Hr)
アドルフ・ブッシュ(Vn)
ルドルフ・ゼルキン(P)
78DSD-3218
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 録音:1933年11月13日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。ソース:米 VICTOR 17112/5 (英 HIS MASTER'S VOICE DB2105/8と同一録音)。
 オーブリー・ブレイン(1893-1955)は20世紀の前半に活躍したイギリスの名ホルン奏者、デニス・ブレイン(1921-1957)の父親にあたる。1911年王立アカデミーで奨学金を受け、同年、新so.の首席奏者に就任。翌1912年には大指揮者アルトゥール・ニキシュ指揮LSOの北米楽旅に参加した。1923年から母校の王立アカデミーでホルン教え始めた。ずっと後になるが、生徒の一人が息子のデニス・ブレインだった。アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツのヴァイオリニスト。1922年からピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とデュオを組んで活躍した。このブラームスは3人の名人によるブラームスの濃厚なロマンティシズムが表出した名演奏。
78CDR-3217
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ゲオルク・クーレンカンプ
 ベートーヴェン:
  ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調Op.24「春」
ゲオルク・クーレンカンプ(Vn)
ジークフリート・シュルツェ(P)
78DSD-3217
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 録音:1940年6月15日、ベルリン。ソース:独 TELEFINKEN E3124/6。
 ゲオルク・クーレンカンプ(1898-1948)はドイツのヴァイオリニスト。第2次世界大戦中はソリストとしてドイツを代表する演奏家だった。またベルリン高等音楽院のヴァイリン科教授も務めた。
 この録音は1940年ドイツ・テレフンケン社への録音。クーレンカンプは1944年にスイスのルツェルン音楽院の教授になり、ピアノのエトヴィン・フィッシャー(1886-1960)、チェロのエンリコ・マイナルディ(1897-1976)とのトリオでも活躍した。彼は1948年50歳を迎えて間もなく急逝した。ピアノのジークフリート・シュルツェは経歴不明。ポーランド出身の大ヴァイオリニスト、ブロニスワフ・フーベルマン(1882-1947)と多くの録音をしていた。
 クーレンカンプは本シリーズでブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番(シューリヒト指揮チューリヒ・トンハレo.1947年録音)(78CDR-1123)が出ている。
78CDR-3216
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アドルフ・ブッシュ
 J.S.バッハ:
  ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV.1042(*)
 コレッリ/ブッシュ編:
  ソナタ ヘ長調Op.5-10〜プレリュード(#)
アドルフ・ブッシュ(Vn)
ブッシュ室内合奏団
78DSD-3216
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 録音:1941年10月3日(*)、1942年5月27日(#)、ニューヨーク。ソース:米 COLUMBIA 119146/6-D(Set M-MM-530)。
 アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツのヴァイオリニスト。1922年からピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とデュオを組んで活躍した。1936年ゼルキンはブッシュの娘イレーネと結婚したが、ゼルキンはナチのユダヤ人迫害を避けてアメリカに移住した。その後ブッシュもドイツを去ってスイスに移住、1939年実弟でチェリストのヘルマン・ブュッシュと共にアメリカに定住した。
 この録音はブッシュがアメリカでの最初の録音にあたる。ブッシュの演奏はこのシリーズでモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第33番 K.377(78CDR-3038)、シューベルト:幻想曲 ハ長調(78CDR-1172)が出ている。ピアノはいずれもゼルキン。
78CDR-3215
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マックス・シュトループ + ベーム
 ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.61
マックス・シュトループ(Vn)
カール・ベーム指揮
ザクセン国立歌劇場o.
78DSD-3215
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 録音:1939年6月29日-30日、ドレスデン。ソース:独 ELECTROLA DB5516/21S。
 マックス・シュトループ(1900-1966)はドイツのヴァイオリン奏者。1922年、当時ザクセン国立歌劇場の音楽監督だったフリッツ・ブッシュ(1890-1951)の招きでコンサート・マスターに就任。1924年から1928年にワイマール音楽学校のヴァイオリン教授になり、一方オットー・クレンペラーの要請でベルリン国立歌劇場のコンサートマスターも務めた。1934年にはピアニストのエリー・ナイ(1882-1968)、チェリストのルートヴィヒ・ヘルシャー(1907-1996)とピアノ三重奏団を組織した。
 カール・ベーム(1894-1981)はオーストリアのグラーツ生まれの大指揮者。グラーツ大学で法律を専攻した法学博士でもある。1917年グラーツ市立歌劇場で指揮者としてデビュー、1921年ブルーノ・ワルター(1876-1962)に招かれバイエルン国立歌劇場の指揮者になった。その後ダルムシュタット、ハンブルクの歌劇場の指揮者を歴任、1934年にフリッツ・ブッシュの後任としてザクセン国立歌劇場の音楽監督に就任、1943年にウィーン国立歌劇場に転出すまでその地位にあった。
 これは第2次世界大戦勃発三ヵ月前の録音。当時ベームは45歳だった。第6面のカデンツァが聴き物。
78CDR-3214
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エトヴィン・フィッシャー
 モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番 ハ短調 K.491
        (カデンツァ:E.フィッシャー)
エトヴィン・フィッシャー(P)
ローランス・コリングウッド指揮
ロンドンpo.
78DSD-3214
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 録音:1937年3月5日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)はスイスのピアニスト。バーゼル音楽院で学んだ後、ベルリンに出てリスト(1811-1886)の高弟マルティン・クラウゼ(1853-1918)についた。1930年ベルリン高等音楽院の教授に就任、また演奏家としても活躍した。このモーツァルトはフィッシャーが51歳の時の録音。弟子にレーヌ・ジャノーリ(1915-1979)、パウル・バドゥラ=スコダ(1927-)、アルフレッド・ブレンデル(1931-)らがいる。
 指揮者のローランス・コリングウッド(1887-1982)はイギリスの指揮者。ロンドンのギルドホール音楽学校で学んだ後、オックフォード大学に進んだ。1912年ロシアのペテルブルク音楽院に留学、グラズノフ、チェレプニン等に指導を受けた。1918年イギリスに戻り指揮者として活躍、1931年から1941年サドラーズ・ウェールズ・オペラの首席指揮者、1941年から47年音楽監督を務めた。
 フィッシャーはこのシリーズでモーツァルト:ピアノ・ソナタ第10番 K.330(78CDR-3036)、モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲つき」(78CDR-1096)、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番Op.110(78CDR-1106)、ハイドン:ピアノ協奏曲 ニ長調(78CDR-1129)、J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集全曲(78CDR-1142-1146分売)、ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番Op.25(78CDR-1160)、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」(78CDR-3202)が出ている。
78CDR-3213
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グリュミオー&プーニエ
 J.S.バッハ:
  2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV.1043
アルテュール・グリュミオー、
ジャン・プーニエ(Vn)
ワルター・ジュスキンド指揮
フィルハーモニア室内o.
ボリス・オード(Cemb)
78DSD-3213
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 蘭 COLUMBIA DX1276/77、録音:1946年3月27日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 アルテュール・グリュミオー(1921-1986)はベルギーの名ヴァイオリニスト。3歳から祖父にヴァイオリンの手ほどきを受け、6歳で生地のシャルルロワ音楽院に入った。5年の間にヴァイオリンとピアノで一等賞になり、ブリュッセル王立音楽院でアルフレッド・デュボワ(1898-1944)についてさらに研鑽をつんだ。1939年にアンリ・ヴュータン賞とフランソワ・プリューム賞を受賞、シャルル・ミュンシュ(1891-1955)の指揮でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を弾きデビューした。その後パリでジョルジュ・エネスコ(1881-1955)の指導を受けた。第2次大戦中は英米軍の兵士に慰問活動をした。戦後すぐにEMIのプロデューサー、ワルター・レッグに招かれイギリス・コロンビアに録音した。この演奏はグリュミオーの初協奏曲録音にあたる。ジャン・プーニエ(1907-1968)はインド洋のモーリシャス島にイギリス人の両親のもとに生まれ、2歳の時にイギリスに移住し王立アカデミーで学んだ。ワルター・ジュスキンド(1913-1980)はチェコ出身のイギリスの指揮者。プラハ音楽院でスークやハーバに師事した後、ベルリンでジョージ・セル(1897-1970)のアシスタントになり薫陶を得た。
78CDR-3212
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アニヤ・イグナティウス
 シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調Op.47
アニヤ・イグナティウス(Vn)
アルマス・ヤルネフェルト指揮
ベルリン市立o.
78DSD-3212
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 独 POLYDOR 68046/49、録音:1943年、ベルリン。
 アニヤ・イグナティウス(1911-1995)はフィンランドの女流ヴァイオリニスト。1924年-28年までパリ音楽院、1928年-29年にチェコの巨匠シェヴチーク(1852-1934)、1929年-31年にはベルリンでカール・フレッシュ(1873-1944)に師事した。特にシベリウスのヴァイオリン協奏曲は作曲家自身が高く評価し、この曲のスペシャリストになった。1955年-78年にヘルシンキのシベリウス・アカデミーの教授を務めた。指揮者のアルマス・ヤルネフェルト(1869-1958)はフィンランドの作曲家で指揮者。ヤルネフェルトの「子守歌」の作曲者でもある。
 この録音は第2次世界大戦後期のもの。
78CDR-3211
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ハインツ・シュタンスケ
 モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調 K.218
  (カデンツァ:J.ヨアヒム)
ハインツ・シュタンスケ(Vn)
パウル・ファン・ケンペン指揮
ドレスデンpo.
78DSD-3211
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 独 POLYDOR 67888/90、録音:1942年、ドレスデン。
 ハインツ・シュタンスケ(1912-)はカール・フレッシュ(1873-1944)に師事したヴァイオリニスト。1937年のウィーン音楽祭で金賞を受賞した。第2次大戦中のドイツ・ポリドールにSP録音がある。シュタンスケは戦後コンサート活動と同時に後進の指導にあたり、女流ヴァイオリニスト、エディット・パイネマン(1939-)は弟子の一人だった。指揮者のパウル・ファン・ケンペン(1893-1955)はオランダの指揮者。17歳でアムステルダム・コンセルトヘボウo.のヴァイオリン奏者になり、1916年からドイツ各地のオーケストラで指揮者として活動した。1934年-42年にはドレスデン・フィルの常任指揮者としてこのオーケストランをヨーロッパ有数の楽団に育てあげた。
 このシリーズではジョコンダ・デ・ヴィトーのヴァイオリンでブラームス:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-1174)、ヴィルヘルム・ケンプのピアノでモーツァルト:ピアノ協奏曲第20番(78CDR-1153)、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番(78CDR-1112)、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番(78CDR-1120)が出ている。
78CDR-3210
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カール・フロイント
 ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.61
  (カデンツァ:H.レオナール)
カール・フロイント(Vn)
ヴァルター・ダヴィッソン指揮
BPO
78DSD-3210
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 独 POLYDOR 15205/09。録音:1938年3月5日、8日、ベルリン高等音楽院。
 戦前の全盛期にあったBPOによるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲でLP、CDを通じて初復刻と思われる。ヴァイオリンのカール・フロイント(1904-1955?)はドイツのヴァイオリニスト。経歴の詳細は不明だが、ドイツ・ポリドールのSPにピアノ・トリオの録音がある。ドイツの女流ヴァイオリニスト、シュザンヌ・ラウテンバッハー(1932-)の師だった。指揮者のヴァルター・ダヴィッソン(1885-1973)はフランクフルト生まれ。フランクフルト音楽院でヴァイオリンを学び、卒業後母校でヴァイオリンを教えた。その後指揮者として活躍し、1932年にライプツィヒ音楽院の校長に就任した。この録音が行われた1938年は大指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)がBPOの正指揮者の時代だった。フルトヴェングラー指揮BPOの演奏はこのシリーズでチャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」(78CDR-1103)が出ている。
78CDR-3209
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ティボー&ミュンシュ
 モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K.219
  (カデツァ:J.ヨアヒム)
ジャック・ティボー(Vn)
シャルル・ミュンシュ指揮
パリ音楽院o.
78DSD-3209
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 仏 DISQUE GRAMOPHONE DB5142/4。録音:1941年1月6日、パリ、アルベール・スタジオ。
 ジャック・ティボー(1880-1953)は20世紀フランス最高のヴァイオリニスト、世界中で最も優れたモーツァルト演奏家のひとりだった。この録音が行われた当時、フランスはナチ・ドイツの占領下だったが、1941年はモーツァルト没後150年にあたりヨーロッパの各地で記念行事が行われた。この録音もその記念のためのものと思われる。指揮者のシャルル・ミュンシュ(1891-1955)はストラスブール生まれ。パリ音楽院でリュシアン・カペー(1873-1928)にヴァイオリンを学んだ。1926年-32年にはライプツィヒのゲヴァントハウスo.のソロ第一ヴァイオリン奏者をつとめ、ブルーノ・ワルター(1876-1962)やヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)のもとで演奏し指揮法も身につけた。1938年-45年にパリ音楽院o.の指揮者をつとめ、1939年には同音楽院の指揮科の教授に任命された。この録音はその当時のもの。ティボーのモーツァルトはヴァイオリン協奏曲第3番(78CDR-1118)とヴァイオリン協奏曲第6番(78CDR-1080)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3208
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マルツィ&アントニエッティ
 モーツァルト:
  ヴァイオリン・ソナタ第32番 ヘ長調 K.376(374d)
ヨハンナ・マルツィ(Vn)
ジャン・アントニエッティ(P)
78DSD-3208
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 DEUTSCHE-GRAMMOPHON LV36035/6e。録音:1952年7月9日。全体に小キズによるノイズ)。
 ヨハンナ・マルツィ(1924-1979)はハンガリー生まれの女流ヴァイオリニスト。1934年10歳でブダペストのフランツ・リスト音楽院に入学、イェノ・フバイ(1858-1937)に師事した。13歳でデビューしたが、大戦のため活動を中断。1947年ジュネーヴ国際音楽コンクーるに入賞しスイスに居をかまえた。1953年にロンドンにデビューした。この録音はロンドン・デビュー前にドイツ・グラモフォンに入れたもの。この社が開発した長時間収録の78回転SP、VG盤に収録されたもの。ピアノのジャン・アントニエッィはオランダ生まれ。マルツィとの共演の他にハンガリー弦楽四重奏団とシューベルトの「ます」を録音していた。
78CDR-3207
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ゴールドベルク&ムーア
 ヘンデル:
  ヴァイオリン・ソナタ第4番 ニ長調Op.1-13
シモン・ゴールドベルク(Vn)
ジェラルド・ムーア(P)
78DSD-3207
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 蘭 PARLOPHONE PXO 1043/4。録音:1947年5月6日、ロンドン。
 シモン・ゴールドベルク(1909-1993)はポーランド生まれのヴァイオリニスト。ベルリンで名教授カール・フレッシュ(1873-1944)に師事し、1929年にフルトヴェングラーに招かれBPOのコンサート・マスターに就任した。1934年ドイツがナチ政権になった時退団、ロンドンに移住した。1936年ハンガリー出身の女流ピアニスト、リリー・クラウスと共に来日したこともある。1942年クラウスと共にアジア演奏旅行中にインドネシアのジャワ島で日本軍に捕らえられ1945年まで抑留生活を強いられた。大戦後はオランダとアメリカで活躍、晩年日本のピアニスト山根美代子さんと結婚、立山で暮らしていた。この録音は戦後の1947年のもの、録音時ゴールドベルクは38歳だった。ピアノのジェラルド・ムーア(1899-1987)はイギリスのピアニスト。主に声楽家の名伴奏者として録音の数も多かった。
78CDR-3206
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メンゲス&デ・グリーフ
 シューベルト:ヴァイオリンとピアノのための
  ソナチネ第3番 ト短調 D.408 Op.137-3
イゾルデ・メンゲス(Vn)
アーサー・デ・グリーフ(P)
78DSD-3206
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 英 HIS MASTER'S VOICE D1398/9。録音:1927年12月13日、ロンドン。
 イゾルデ・メンゲス(1893-1976)はイギリスの女流ヴァイオリニスト。1910年17歳の時ペテルブルク音楽院でレオポルド・アウアー(1845-1930)に師事し3年間の滞在中アウアーの最もお気に入りの弟子となった。1913年20歳でロンドンでデビューし、1916年から1919年にかけて北米公演を行いアメリカのメジャーオーケストラのほとんどと共演し名声を高めた。
 このシューベルトは電気録音最初期のもの。ピアノのアーサー・デ・グリーフ(1862-1940)はベルギー生まれのピアニスト。17歳でブリュッセル王立音楽院を卒業後、ワイマールに赴きフランツ・リストに2年間師事した。デ・グリーフはSP時代のHMVに数多くの録音を残した。イゾルデ・メンゲスはバッハの「シャコンヌ」(78CDR-1178)が本シリーズで出ている。
78CDR-3205
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ザイデル&レッサー
 ブラームス:
  ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調Op.100
トッシャ・ザイデル(Vn)
アーサー・レッサー(P)
78DSD-3205
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 米 COLUMBIA 67180/2-D。録音:1926年1月14日-15日。
 トッシャ・ザイデル(1899-1962)はオデッサ生まれのロシアのヴァイオリニスト。ペテルブルク音楽院でレオポルド・アウアー(1845-1930)に師事した。後にアメリカ国籍を得た。ジンバリスト(1889-1985)、エルマン(1891-1967)、ハイフェッツ(1899-1987)、ミルスタイン(1904-1992)等と共にヴァイオリンのロシア楽派を築いた。ザイデルはロマンティックな音色と自由なルバートで評判をとった。この録音はザイデルが27歳の時のもの。現在の演奏家からは聴けないロマンティックな味わいが満ちあふれた名演奏。ピアノのアーサー・レッサー(1894-1969)はドイツ系のアメリカのピアニスト。戦後日比谷公会堂でアメリカ駐留軍士官時代に軍服姿でショパンのピアノ協奏曲を日本フィルハーモニーと演奏したこともあった。復刻には米 COLUMBIAのブルーシェラック盤を使用した。
78CDR-3204
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A.ブッシュ&ゼルキン
 ブラームス:
  ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト長調Op.78「雨の歌」
アドルフ・ブッシュ(Vn)
ルドルフ・ゼルキン(P)
78DSD-3204
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 米 VICTROLA 7487/9(英HIS MASTER'S VOICE DB1527/9 と同一録音)。録音:1931年5月4日、ロンドン。#第1面に強音での音われがややある。
 アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツのヴァイオリニスト。1922年以後ピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とデュオを組んで活躍した。1936年ゼルキンはブッシュの娘イレーネと結婚したが、ゼルキンはナチのユダヤ人迫害を避けてアメリカに移住した。ブッシュもドイツを去ってスイスに移住、その後アメリカに定住した。
 この録音はブッシュが40歳、ゼルキンが28歳の時のもの。復刻にはノイズの少ないアメリカVICTROLA盤を使用した。ブッシュ&ゼルキンの演奏はモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第33番K.377(78CDR-3038)、シューベルト:幻想曲 ハ長調(78CDR-1172)が出ている。
78CDR-3203
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マジョリー・ヘイワード
 モーツァルト:
  ヴァイオリン・ソナタ第34番 変ロ長調 K.378(317d)
マジョリー・ヘイワード(Vn)
ユナ・ボーン(P)
78DSD-3203
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 英 HIS MASTER'S VOICE C1247/8、録音:1925年11月11日、12月10日。
 女流奏者によるモーツァルト。マジョリー・ヘイワード(1885-1953)はイギリスの女流ヴァイオリニスト、ヴィルトゥオーゾ弦楽四重奏団のリーダー。1920年代に英HIS MASTER'S VOICEにベートーヴェンの弦楽四重奏曲第6番、第8番「ラズモフスキー第2番」、第9番「ラズモフスキー第3番」、や二重奏では「クロイツェル・ソナタ」の録音があった。ピアノのユナ・ボーン(1882-1974)はオーストラリアのメルボルン生まれ。第1次世界大戦(1914-1918)中には同郷の大ソプラノ歌手、ネリー・メルバのピアニストをつとめた。この名曲の世界初録音で電気録音最初期のもの。
78CDR-3202
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エトヴィン・フィッシャー
 ベートーヴェン:
  ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調Op.13「悲愴」
エトヴィン・フィッシャー(P)
78DSD-3202
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB3666/7、録音:1938年11月7日、8日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)はスイスのピアニスト。バーゼル音楽院で学んだ後、ベルリンに出てリスト(1811-86)の高弟マルティン・クラウゼ(1853-1918)に師事した。1930年ベルリン高等音楽院の教授になり、一方演奏家としても活躍した。1942年スイスに戻り、ソロ活動に加えヴァイオリンのクーレンカンプ(1898-11948)、後にヴォルフガング・シュナイダーハン(1915-90)、チェロのマイナルディ(1897-1976)とフィッシャー・トリオを結成した。
 フィッシャーは本シリーズでモーツァルト:ピアノ・ソナタ第10番 K.330(78CDR-3036)、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番「熱情」(78CDR-1057)、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番Op.110(78CDR-1106)、ハイドン:ピアノ協奏曲 ニ長調(78CDR-1129)、J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集(78CDR-1142-1146分売)が出ている。
78CDR-3201
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アルフレッド・デュボワ
 フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
アルフレッド・デュボワ(Vn)
マルセル・マース(P)
78DSD-3201
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 米 COLUMBIA 67928/31(仏 COLUMBIA LFX77/80と同一録音)、録音:1930年5月8日、パリ。
 トラック1(第1面)のみ、盤質不良のためノイズ処理を行なっている。
 アルフレッド・デュボワ(1898-1948)はアルテュール・グリュミオー(1921-1975)の師として知られている。ウジェーヌ・イザイ(1858-1931)に師事したデュボワは1920年にヴュータン賞を得た。ソリストとして活躍し、ピアニストのマルセル・マースとのデュオは評判をとった。1927年にブリュッセルの王立音楽院の教授に就任し、ピアノ三重奏団や弦楽四重奏団のリーダーとしても活躍した。
 このシリーズではヴュータン:ヴァイオリン協奏曲第5番(78CDR-3013)、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第6番(78CDR-1054)が出ている。
78CDR-3200
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巌本真理、1949年頃録音
 J.S.バッハ:「シャコンヌ」〜
  無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 BWV.1004
巌本真理(Vn)
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 日本コロムビア G30/1、録音:1949年頃。
 巌本真理(1926-1979)は東京に生まれ、6歳からヴァイオリンを始め、優れた教師であった小野アンナ(1898-1979)に師事した。1937年12歳の時、第6回日本音楽コンクールで第1位。1939年にデビューリサイタルを開いた。1946年から5年間東京音楽学校の教授を務めた後1951年に渡米、ジュリアード音楽院でルイス・パーシンガー(1887-1967)、ジョルジュ・エネスコ(1881-1955)に師事し、ニューヨークのタウンホールでリサイタルを開いた。翌年帰国後ソロ奏者として精力的に活躍する一方、1964年から巌本真理弦楽四重奏団を結成して活躍した。この録音は戦後間もなくの東京音楽学校教授時代のもの。SPレコードのたいへん貴重な記録。同じ頃ルクー:ヴァイオリン・ソナタ(日本コロムビア)も録音していた。
78CDR-3199
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コルトー、ティボー、カザルス
 ハイドン:
  ピアノ三重奏曲第39番 ト長調Op.73-2, Hob.XV-25
アルフレッド・コルトー(P)
ジャック・ティボー(Vn)
パブロ・カザルス(Vc)
78DSD-3199
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 英 HIS MASTER'S VOICE DA895/6、録音:1927年6月6日、ロンドン、キングズウェイ・ホール。
 この3人の中の最年長者パブロ・カザルス(1876-1973)の名前を冠したカザルス・トリオは1905頃から活動をはじめた。アルフレッド・コルトー(1877-1962)のもとに、ジャック・ティボー(1880-1953)とカザルスが集まって自然発生的に生まれた室内楽グループでクラシック史上最高の顔合わせ。レコード録音が行われた時点まで約20年の歳月をかけて音楽を熟成させた。3人の奏でるすべての音、すべてのフレーズが聴き手に感動を与える。
 このシリーズではベートーヴェンの「大公トリオ」(78CDR-3009)、シューベルトの作品99(78CDR-1131)が出ている。
78CDR-3198
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クレトリーSQ〜ラヴェル
 弦楽四重奏曲 ヘ長調
クレトリーSQ
[ロベール・クレトリー(第1Vn)
 ルネ・コスタール(第2Vn)
 フランソワ・ブロー(Va)
 アンドレ・ナヴァラ(Vc)]
78DSD-3198
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 仏 DISQUE GRAMOPHONE W975/7、録音:1929年3月22日、パリ。
 クレトリー弦楽四重奏団のリーダー、ロベール・クレトリー(1891-?)は、名チェリスト、ピエール・フルニエ(1906-1986)の師だったオデット・クレトリーの弟で、その縁で1924年に19歳のフルニエがチェリストの席にあった。クレトリーは作曲家ガブリエル・フォーレ(1845-1924)のピアノ三重奏曲作品120の初演(1923)にも参加した。また1925年のフォーレ追悼演奏会でフォーレの弦楽四重奏曲 ホ短調Op.121を第1ヴァイオリンがジャック・ティボー(1880-1953)、第2ヴァイオリンがクレトリー、ヴィオラがモーリス・ヴィウー(1884-1951)、チェロがアンドレ・エッキング(1866-1925)で弾いた。弦楽四重奏団にはフルニエの後任として1928年にアンドレ・ナヴァラ(1911-1988)が入った。フランス・コロンビアの専属だったクレトリー四重奏団がこのラヴェルを仏 HMVに録音したのは、フランス・コロンビアにはカペー四重奏団が録音したばかりだったからだ。この香り立つようなラヴェルはカペーの名演に比肩する。また18歳のナヴァラの雄弁なチェロも聴きもの。
78CDR-3197
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コーリッシュSQ〜モーツァルト
 弦楽四重奏曲第22番 変ロ長調 K.589
  「プロシャ王第2番」
コーリッシュSQ
[ルドルフ・コーリッシュ(第1Vn)
 フェリックス・クーナー(第2Vn)
 オイゲン・レーナー(Va)
 ベルナール・ハイフェッツ(Vc)]
78DSD-3197
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB3432/4(米 VICTOR 14626/8 と同一録音)、録音:1937年9月22日、28日、アメリカ。
 コーリッシュ弦楽四重奏団は新ウィーン楽派の弦楽四重奏曲を演奏する目的でルドルフ・コーリッシュ(1896-1978)によって1921年に組織された。当初は作曲家シェーンベルクの指導を受けウィーン弦楽四重奏団という名称だったが、後にコーリッシュ弦楽四重奏団に改称し、現代音楽だけではなく古典レパートリーの演奏にも取り組んだ。コーリッシュは子供の頃左手に怪我をしたため、右手でヴァイオリンを持ち、左手に弓を持ってひいた。この録音はアメリカで行われたもので、有名なシェーンベルクの4曲からなる弦楽四重奏曲の録音(米ARCO)の後のもの。現代音楽のスペシャリストがモーツァルトやシューベルトの演奏をしたところが聴きどころ。1942年にこの四重奏団は解散した。
78CDR-3196
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レナーSQ〜モーツァルト
 弦楽四重奏曲第19番 ハ長調 K.465「不協和音」
レナーSQ
[イェノ・レナー(第1Vn)
 ヨーゼフ・スミロヴィッツ(第2Vn)
 シャーンドル・ロート(Va)
 イムレ・ハルトマン(Vc)]
78DSD-3196
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 英 COLUMBIA L1545/8、録音:1923年11月7日-8日。機械式録音(お詫び:各所にキズによる雑音あり)。
 レナー弦楽四重奏団はハンガリーのブダペスト音楽院出身の4人によって1918年に結成された。4人は1884年生まれと1885年生まれの同年代。1920年にウィーンでデビューした。デビュー前の2年間は田舎の村で共同生活をして1日12時間の練習を重ねたと伝えられる。1922年にロンドン・デビュー、同時にイギリス・コロンビアの専属アーティストになった。この録音は契約当初断片曲・小品の録音を行なっていたこの四重奏団が取り組んだ初の全曲物で、しかもこの名曲の世界初録音。このシリーズではモーツァルトの弦楽四重奏曲 K.387(78CDR-1055)、弦楽四重奏曲 K.421(78CDR-1062)、弦楽四重奏曲 K.458「狩り」(78CDR-1097)、弦楽五重奏曲 K.516(78CDR-1085)、クラリネット五重奏曲(クラリネット:ドゥレイパー)(78CDR-1045)が出ている。
78CDR-3195
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ブッシュSQ〜ベートーヴェン
 弦楽四重奏曲第16番 ヘ長調Op.135
ブッシュSQ
[アドルフ・ブッシュ(第1Vn)
 ゲスタ・アンドレアソン(第2Vn)
 カール・ドクトル(Va)
 ヘルマン・ブッシュ(Vc)]
78DSD-3195
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 日本 VICTOR JD476/9 (英 HIS MASTER'S VOICE DB2113/6 と同一録音)、録音:1933年11月13日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 ブッシュ弦楽四重奏団はリーダーのアドルフ・ブッシュ(1891-1952)によって1919年に組織された。当時ブッシュはベルリン高等音楽院の教授の地位にあった。ブッシュ四重奏団は何回かのメンバーの交代があったが1930年にこの録音のメンバーになった。チェロのヘルマン・ブッシュ(1897-1975)はアドルフの実弟。この録音はこの楽団の絶頂期のものの一つ。ベートーヴェンの最後の作品をあるべき姿で演奏した歴史的録音。
78CDR-3194
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カペーSQ〜ハイドン
 弦楽四重奏曲第67番 ニ長調Op.64-5,
  Hob.III-63「ひばり」
カペーSQ
[リュシアン・カペー(第1Vn)
 モーリス・エウィット(第2Vn)
 アンリ・ブノワ(Va)
 カミーユ・ドゥロベール(Vc)]
78DSD-3194
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 英 COLUMBIA D13070/2、録音:1928年10月4日、パリ。
 史上最高の弦楽四重奏団だったフランスのカペー四重奏団のリーダー、リュシアン・カペー(1873.01.08-1928.12.18)は医師の誤診による腹膜炎で急逝した。死の年の1928年、6月10日からフランス・コロンビアに録音を開始したカペー四重奏団は10月15日までの短期間に10インチ盤7枚、12インチ盤44枚の録音を残した。カペーはパリ音楽院でジャン=ピエ-ル・モーランに師事し、1893年一等賞を得た。その年に弦楽四重奏団を組織し、またソリストとして活動を開始した。1907年パリ音楽院の室内楽科の教授に任命され、1924年にはヴァイオリン科の教授に就任した。弟子にジュリアードのイヴァン・ガラミアン(1903-1981)がいる。このシリーズではフランク:ピアノ五重奏曲(78CDR-1034)、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第5番(78CDR-1042)、シューマン:弦楽四重奏曲第1番(78CDR-1056)、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番(78CDR-1082)が出ている。
78CDR-3193
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ヴァン・バレンツェンのファリャ
 ファリャ:交響的印象「スペインの庭の夜」/
      アンダルーサ
アリーヌ・
 ヴァン・バレンツェン(P)
ピエロ・コッポラ指揮交響楽団
78DSD-3193
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 英 HIS MASTER'S VOICE D1569/71、録音:1928年6月7日、6月11日。(お詫び):02,03,05 面の終結部にリードアウトのノイズが入ります。
 この名曲の世界初録音盤。アリーヌ・ヴァン・バレンツェン(1897-1981)はアメリカ、ボストン生まれのフランスのピアニスト。 9歳でパリ音楽院に入学が許されマルグリット・ロン(1874-1966)とE.-M.ラボルドに師事し、1909年11歳で一等賞を得た。これは最年少受賞記録で現在も破られていない。その後ベルリンでエルンスト・フォン・ドホナーニ(1877-1960)に、ウィーンでテオドール・レシェティツキ(1830-1915)について、さらに技量を磨いた。祖国アメリカに戻りフィラデルフィアの音楽学校で教え、その後ブエノスアイレスの音楽学校の教授を務める傍ら、演奏旅行を重ねた。1954年にはパリ音楽院の教授に任命された。
 このシリーズではベートーヴェンの「熱情」(78CDR-1156)とブラームスの「パガニーニ変奏曲」(78CDR-3185)が発売されている。
78CDR-3192
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ハスキルの「森の情景」、DECCA録音
 シューマン:森の情景 Op.82
クララ・ハスキル(P)
78DSD-3192
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 英 DECCA AK2110/1、録音:1947年10月18日、ロンドンNW6 デッカ・スタジオ。
 英デッカのffrr録音。クララ・ハスキル(1895-1960)はルーマニアのブカレスト生まれ。1901年6歳でブカレスト音楽院に入学し、1902年ルーマニア女王エリザベスの奨学金を得て、ウィーンでリヒャルト・ロベルトの下でピアノを学んだ。ハスキルはピアノの同時にヴァイオリンも学んだ。1905年にパリに赴きフォーレに出会った。1907年にパリ音楽院に入り最初にコルトー(1877-1962)のクラスで学び、その後ラザール・レヴィ(1882-1964)に師事した。1909年にジャック・ティボーが主宰した "若い音楽家のためのコンクール" のヴァイオリン部門で一等賞を取ったが、同年のパリ音楽院ピアノ部門ではアリーヌ・ヴァン・バレンツェン(1897-1981)、ユーラ・ギュレル(1895-1981)に次いで二等賞にとどまった。だが翌1910年の一等賞を得た。
 このシリーズではベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番(78CDR-1165)が出ている。
78CDR-3191
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ブランシュ・セルヴァ
 J.S.バッハ:
  パルティータ第1番 変ロ長調 BWV.825
ブランシュ・セルヴァ(P)
78DSD-3191
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 仏 コロムビア D.15234/5、録音:1929年5月4日。
 ブランシュ・セルヴァ(1884-1942)はパリ音楽院でピアノを学び1895年に11歳で一等賞得た。13歳でコンサート・デビューした後スコラ・カントルム音楽院でヴァンサン・ダンディ(1851-1931)に作曲を学んだ。1902年から同校で教鞭をとるようになった。1904年にはJ.S.バッハのクラヴィーア曲全曲をピアノで演奏しパリ音楽界を驚かせた。セルヴァは1930年11月のコンサート中に卒中に襲われステージ活動をはなれた。録音はフランス・コロンビアに残している。
 カタロニア出身の女流ヴァイオリニスト、ジョアン・マッシアと録音したフランクのヴァイオリン・ソナタ(78CDR-1012)とベートーヴェンの「スプリング・ソナタ」(78CDR-1028)が本シリーズにある。
78CDR-3190
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モリーニ&ケントナー
 モーツァルト
/シュナーベル&フレッシュ編:
 ヴァイオリン・ソナタ第40番 変ロ長調 K.454
エリカ・モリーニ(Vn)
ルイス・ケントナー(P)
78DSD-3190
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB1429/31、録音:1929年12月12日、ベルリン、ジングアカデミー。
 この曲の世界初録音。エリカ・モリーニ(1904-95)はオーストリア生まれの女流ヴァイオリン奏者。8歳でウィーン音楽院に入学を許され、オトカル・シェフチーク(1852-1934)に師事した。1916年にアルトゥール・ニキシュ(1855-1922)指揮ゲヴァントハウスo.と共演してデビューした。1938年にアメリカの移住し1976年に引退するまで活躍した。彼女はハイフェッツも一目置く技巧家だったことはあまり知られていない。モリーニは機械式録音時代から多くの録音を残した。
 ピアノのルイス・ケントナー(1905-87)はオーストリア生まれのピアニスト、1935年にイギリス国籍を得た。このSPレコードのレーベルにはドイツ名でLUDWIG KENTNERと記されていた。
 この演奏に使用された楽譜は大ピアニスト、アルトゥール・シュナーベル(1882-1952)とヴァイオリンの名教師カール・フレッシュ(1873-1944)の校訂版が使用されている。また原盤番号の末尾のTの文字は、ジングアカデミーから電話回線で送った音声信号をエレクトローラの録音室でカットしたことを意味する。
78CDR-3189
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ダルレ&パレーのサン=サーンス
 サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番 ト短調Op.22
ジャンヌ=マリー・ダルレ(P)
ポール・パレー指揮
コンセール・コロンヌo.
78DSD-3189
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 仏 PATHE PDT167/9、録音:1948年2月24日、パリ、シャンゼリゼ劇場。
 ジャンヌ=マリー・ダルレ(1905-99)はフランスの女流ピアニスト。10歳でパリ音楽院に入りマルグリット・ロン(1874-1966)とイシドール・フィリップ(1863-1958)に師事した。1919年に一等賞を得て1920年にパリでデビューした。1923年にはポール・パレー(1886-1979)指揮のラムルーo.とオーケストラ初共演。1958年にパリ音楽院教授に指名された。指揮者のポール・パレーはパリ音楽院に学び1911年のローマ賞を得た。1944年からコロンヌo.を指揮し1952年からアメリカのデトロイトso.の指揮者を務めた。この録音は戦後の1948年にフランス・パテ社がデッカのffrr録音に対抗ワイドレンジ録音の一枚で原盤番号の末尾のER(Extended Range)がそれを意味する。ピアノのリアリティのある音に驚かされる優秀録音。
78CDR-3188
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サバタの「田園」
 ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調Op.68「田園」
ヴィクトル・デ・サバタ指揮
ローマ・アウグステオso.
(ローマ・サンタ・
  チェチーリア音楽院o.)
78DSD-3188
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 蘭 HIS MASTER'S VOICE DB9154/8、録音:1947年1月23日-25、29日、2月3日、ローマ、テアトロ・アルジェンティーナ。
 イタリアの名指揮者ヴィクトル・デ・サバタ(1892-1967)は1930年アルトゥーロ・トスカニーニ(1867-1957)の後任としてミラノ・スカラ座の音楽監督に就任、1953年指揮活動に終止符を打つまでその地位にあった。サバタは若い時からオペラ以外にも指揮活動を行いSPレコードにも録音が多かった。彼のベートーヴェンはロンドン・フィルを指揮した1946年5月2-3日録音の「英雄」(英DECCA K1507/13)がある。この「田園」はイタリアのEMIに録音されたもので、稀少SP盤からの復刻。レーベルにはローマ・アウグステオso.との記載があるが、ローマ・サンタ・チェチーリア音楽院o.と同一団体。心が洗われる美しい演奏。
78CDR-3187
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マックス・ロスタル
 ベートーヴェン:
  ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調Op.24「春」
マックス・ロスタル(Vn)
フランツ・オズボーン(P)
78DSD-3187
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 英 DECCA AK1817/9、録音:1946年7月22日-23日、ロンドンNW6、デッカ・スタジオ。
 ヴァイオリンのマックス・ロスタル(1905-1991)はオーストリア生まれ。ウィーンでアルノルト・ロゼー(1863-1964)に、ベルリンではカール・フレッシュ(1873-1944)に師事した。1930-33年にベルリン高等音楽院のヴァイリン科教授、1934-58年にはロンドンのギルドホール音楽学校の教授を務め、アマデウス弦楽四重奏団のメンバー育成にたずさわった。1957-82年にはケルン音楽院、1957-85年にはスイスのベルン音楽院の教授を務めた。弟子にエディット・パイネマン(1937-)やイゴール・オジム(1931-)がいる。SPレコード末期の英デッカにベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ集(第1番と第3番以外)の録音をした。ピアノのフランツ・オズボーンはレオニード・クロイツァー(1884-1953)のドイツ時代の弟子の一人。英デッカのffrr録音。このシリーズにはベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7番(78CDR-1176)が発売されている。
78CDR-3186
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イヴォンヌ・ロリオのバッハ
 J.S.バッハ/ブゾーニ編:シャコンヌ
  (無伴奏ヴァイオリン・パルティータ
    第2番 ニ短調BWV.1004 より)
イヴォンヌ・ロリオ(P)
78DSD-3186
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 仏 PATHE PDT149/50、録音:1946年12月12日、パリ。おそらく初CDフォーマット化。
 イヴォンヌ・ロリオ(1924-)はパリ生まれのピアニスト、作曲家のオリヴィエ・メシアン(1908-1992)夫人。パリ音楽院でピアノをラザール・レヴィ(1882-1964)とマルセル・シャンピ(1891-1980)に、作曲をダリユス・ミヨー(1892-1974)に、アナリーゼ(楽曲分析)をオリヴィエ・メシアンに師事した。音楽院で7つの一等賞を得たという。後年メシアンの作品の紹介者として活躍するが、14歳でバッハの「平均律クラヴィーア」曲集、ベートーヴェンの32の「ピアノ・ソナタ」を暗譜で演奏したという神童だった。この「シャコンヌ」はロリオが22歳の時の録音で、彼女の初レコーディグと目される。ここでも楽譜の読みの深さを示す多くのパッセージが聴こえる。単に希少価値だけではない音楽的価値が多く含まれる新発掘レコード。
78CDR-3185
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アリーヌ・ファン・バレンツェン
 ブラームス:
  パガニーニの主題による変奏曲 Op.35(全2巻)
アリーヌ・
 ファン・バレンツェン(P)
78DSD-3185
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 仏 DISQUE GRAMOPHONE DB5181/2、録音:1941年7月15日、パリ。おそらく初CDフォーマット化。
 アリーヌ・ファン・バレンツェン(1897-1981)はアメリカ生まれのフランスのピアニスト。9歳でパリ音楽院に入学が許されマルグリット・ロン(1874-1966)とE.-M.ラボルドに師事し、11歳で一等賞を得た。これは最年少者の受賞記録で現在も破られていない。その後ベルリンでエルンスト・フォン・ドホナーニ(1877-1960)に、ウィーンでテオドール・レシェティツキ(1830-1915)について、さらに技量を磨いた。祖国アメリカに戻りフィラデルフィアの音楽学校で教え、その後ブエノスアイレスの音楽学校の教授を務める傍ら、演奏旅行を重ねた。1954年にはパリ音楽院の教授に任命された。ファン・バレンツェンは読譜の才能に優れ、難曲「パガニーニ変奏曲」を僅か5日間でものにしたという。このシリーズではベートーヴェンの「熱情」(78CDR-1156)が発売されている。
78CDR-3184
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コンラート・ハンゼン&ヨッフム
 ベートーヴェン:
  ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調Op.72「皇帝」
コンラート・ハンゼン(P)
オイゲン・ヨッフム指揮
ベルリン・ドイツ・
 オペラ劇場o.
78DSD-3184
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 独 TELEFUNKEN SK3203/7、録音:1941年6月20日、22日、ベルリン。初CDフォーマット化だろうか?
 コンラート・ハンゼン(1906-2002)はドイツのピアニスト。ベルリン高等音楽院でエトヴィン・フィッシャー(1886-1960)に師事し、後にフィッシャーの助手を務めるかたわらコンサートピアニストとして活躍した。SPレコードには1940年11月7日録音のチャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番(メンゲルベルク指揮BPO)(Telefunken SK3092/5)とこのベートーヴェン:「皇帝」の2曲のみ。ドイツ帝国放送のライヴ録音のベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番(フルトヴェングラー指揮BPO/1943年10月31日収録)がずっと後にレコード化された。ハンゼンは第2次世界大戦後教育者として活躍し、デトモルト音楽アカデミーの創設に関わり、ヘレン版のベートーヴェン全集の校訂をした。東京藝術大学や上野学園大学で教えたこともある。指揮者のオイゲン・ヨッフム(1902-1987)はドイツの名指揮者。バッハからブルックナーまでのドイツ・オーストリア音楽を得意とし、レコードも多かった。
ラモン・モトーヤ〜フラメンコ・ギターの神様
 ソレア/ラ・ローザ/グラナイーナ/タランタ/
 シギリーヤス/ファンダンゴス/ブレリアス/
 ロンデーニャ/グァヒーラ/
 タンゴ(マヨールとメノール)/マラゲニャ/
 ファルーカ/アレグリアス/ミネーラ
ラモン・モントーヤ(G)
78DSD-3183
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 仏 BAM 101/6、録音:1936年、パリ。LP時代日本コロムビアから発売されていた「フラメンコ・ギターの神様/ラモン・モントーヤ」(XM-30-AM)と同一演奏。これは12インチ盤6枚組のオリジナルSP盤からのダイレクト・トランスファー。ここの第2曲(ラ・ローザ)と第11曲(マラゲニャ)はLPには入っていなかった。
 ラモン・モントーヤはマドリッドのジプシーの家系に生まれた。父親もギターを弾いたが、息子のラモンに教えることはなく、ラモンは町をさまよう盲目の楽士について歩いた。成長するとフラメンコ酒場のギタリストにテクニックの手ほどきをうけ、そのギタリストが亡くなるとその後釜にすわり、様々な歌い手の伴奏を務めて腕を磨いた。ラモンはクラシックギターにも深い憧憬を抱き、近代ギターの父と呼ばれたタレガの弟子ミゲル・リョベトに私淑し、多くのものを自己のフラメンコ奏法に取り入れた。
 この録音は1936年にパリのボワト・ア・ミュジーク社が録音したもの。それまで歌の伴奏だったギターを単独で扱った最初の録音と目される。上記の理由から是非ともクラシックギターの人達にも是非聴いていただきたいアルバム。ミゲル・リョベトは本シリーズの「スペイン・ギター音楽-世界九大ギタリスト演奏」(78CDR-1163)に入っている。聴きどころは"ソレア" でギター・ソロでありながらその裏にカンテ(歌)が息づいているように聞こえる。
サバタのモツレク
 モーツァルト:レクイエム ニ短調K.626
 ピア・タッシナーリ(S) エベ・スティニャーニ(Ms)
 フェルッチョ・タリアヴィーニ(T) イタロ・ターヨ(B)
 ヴィクトル・デ・サバタ指揮トリノ放送o.(E.I.A.R.)&cho.
78DSD-3182
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB9541/8(原録音: 伊CETRA-SORIA set101)、録音:1941年12月4日-5日、ローマ。
 第2次世界大戦下のローマ録音。日米開戦の3日前の1941年(昭和16年)12月4-5日。イタリアのレコード会社CETRAのための録音だったが、プロデューサーのダリオ・ソリアが後にEMIに発売させたもの。大戦中にはドイツPOLYDORでも発売されていた。この名曲の世界初の全曲録音。指揮者のヴィクトル・デ・サバタ(1892-1967)は1929年大指揮者アルトゥーロ・トスカニーニ(1867-1957)の後任としてスカラ座の音楽監督に就任し1953年に引退した名指揮者。ソプラノのタッシナーリ(1903-1995)はスカラ座のソプラノで戦後はアメリカで活躍した。メゾソプラノのスティニャーニ(1903-1974)はローマ歌劇場で活躍後、戦後の1948年アメリカにデビューした。テノールのタリアヴィーニ(1913-1995)は1939年にデビュー忽ち人気歌手となった。大戦後はアメリカに移住し、世界的に人気を博した。バスのターヨ(1915-1993)はイタリアとヨーロッパ各地で活躍した後、1948年メトロポリタン歌劇場にデビューした。映画にも多く出演していた。教会の大聖堂での録音と思わせる響きはSPレコード時代にしては珍しい。
コルトーの前奏曲集、1933年
 ショパン:24の前奏曲 Op.28
アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3181
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB2015/8、録音:1933年7月5日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 アルフレッド・コルトー(1877-1962)は20世紀最高のフランスのピアニスト。スイスのニヨンに生まれ、両親はフランス人。1892年パリ音楽院のルイ・ディエメ(1843-1919)のクラスに入り研鑽を積む。1896年一等賞を得て卒業。1902年にヴァイオリンのジャック・ティボー(1880-1953)とチェロのパブロ・カザルス(1876-1973)とピアノ・トリオを組んだ。1917年にパリ音楽院教授、1919年にパリに音楽学校エコール・ノルマルを設立した。コルトーはショパンの「前奏曲」を生涯に3回録音していて、これはその第2回目の録音。第1回の録音は電気録音最初期の1926年で本シリーズの78CDR-1043で発売されている。
 コルトーは戦後の1952年(昭和27年)に初来日した。その時75歳だったコルトーは山口県下関市の響灘にある厚島が気に入り購入を申し出た。無人島の厚島はコルトーに贈られ「孤留島」と名づけられたが、コルトーは帰国後体調を崩し、再来日は果たせなかった。
リンパニーのサン=サーンス
 サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番 ト短調Op.22
モウラ・リンパニー(P)
ウォーウィック・
 ブレイスウェイト指揮
ナショナルso.
78DSD-3180
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[DVD-R]
 英 DECCA AK1161/3、録音:1945年7月24日、ロンドン、キングズウェイ・ホール。
 ピアニストのモウラ・リンパニー(1916-2005)は英国コーンウォール州サルタッシュ生まれ。父親は軍人、母親は彼女の最初のピアノ教師になった音楽家だった。彼女はベルギーの修道院に送られ、そこで音楽才能が開花し、さらにリエージュで勉強をつづけた。その後ロンドンの王立音楽アカデミーへの奨学金を得た。さらにウィーンでパウル・ヴァインガルテンに師事し、1938年ブリュッセルで開催されたイザイ・ピアノ・コンクールでソ連のエミール・ギレリス(1916-1985)に続いて第2位に入賞した。第2次世界大戦迄に英国で最も名前の通ったピアニストになった。
 この録音は1945年大戦直後のもので、リンパニーにとっては初期のもの。LP時代になって、彼女はデッカ、EMI、晩年にはエラートへ数多くの録音を残している。ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インドでは非常に名の通ったピアニストだったが、日本ではそれほどでもなかった。1979年にCBEを叙勲され、1992年にはDAMEの称号を得た。指揮者のブレイスウェイト(1896-1971)はニュージーランド生まれでイギリスで指揮し、後に祖国のニュージーランドやオーストラリアでも活躍した。
 これは初期のFFRR録音。聴きどころは第3楽章。透明で華麗なピアノが光り輝いている。
ハイフェッツのシベリウス
 シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調Op.47
ヤッシャ・ハイフェッツ(Vn)
トーマス・ビーチャム指揮
LPO
78DSD-3179
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 米VICTOR 14016/9(英 HIS MASTER'S VOICE DB2791/4と同一録音)、録音:1935年11月、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 ヤッシャ・ハイフェッツ(1901-87)はロシア生まれのアメリカのヴァイオリニスト。ペテルブルク音楽院でレオポルド・アウアー(1845-1930)に学び、10歳の春にデビューした。1917年16歳の時に革命を逃れ一家はアメリカに移住し、少年ハイフェッツは一流演奏家として待遇された。その後青年期、壮年期から引退するまで世界最高のヴァイオリン奏者として崇められた。
 この録音は英HIS MASTER'S VOICEが企画したシベリウス・コレクション全6巻、SPレコード42枚の中に組み込まれ、米VICTORではヴァイオリン協奏曲のみ4枚組のアルバムで発売された。ハイフェッツは1959年にステレオで2回目のシベリウスを録音している(RCA VICTOR)。指揮者のサー・トーマス・ビーチャム(1879-1961)は英国で最も尊敬された指揮者。1932年ロンドンpo.を組織し、1947年にはロイヤルpo.を作った。
 ハイフェッツのSP時代の録音はこのシリーズでチャイコフキー:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-1086)とメンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-1114)が発売されている。復刻には最高のコンディションの米VICTOR盤を使用した。
78CDR-3178
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(旧 78CDR-1178)
[CD-R]
メンゲスの「シャコンヌ」
 J.S.バッハ:
  無伴奏ヴァイオリン・パルティータ
   第2番 BWV.1004〜「シャコンヌ」
イゾルデ・メンゲス(Vn)
78DSD-3178
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE D875/6。録音:1924年4月7日。機械式録音。彼女の録音は電気時代のソナタ3曲が BIDDULPH から復刻されていた(ほぼ入手不能)他、APRなどのオムニバス盤もあったが、当録音は初CDフォーマット化と思われる。
 イゾルデ・メンゲス(1893-1976)は20世紀の前半に最も精力的に活動したイギリスの女流ヴァイオリン奏者。1910年、17歳で名ヴァイオリン教授レオポルド・アウアー(1845-1930)に師事するためにロシアのザンクトペテルブルクに向かった。アウアーには通算3年師事し教授の最もお気に入りの弟子になった。1913年、20歳でロンドンにデビューした。その時のプログラムはチャイコフスキーの協奏曲、ラロのスペイン交響曲に加えて、ベートーヴェンとブラームスの協奏曲の縮刷版だった。1916年から1919年には北米公演を行いアメリカのメジャーオーケストラのほとんどと共演し名声を高めた。
 レコード録音は機械式録音時代に、世界最初の録音になるベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、電気初期のベートーヴェン:「クロイツエル・ソナタ」、ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番及び第3番がHIS MASTER'S VOICEにあり、室内楽はデッカに録音していた。この「シャコンヌ」もおそらくこの名曲の世界初録音のようだ。
 楽譜の隅々まで行き届いた柔和な表情は、女流ヴァイオリニストならではのもので、マイクロフォンを使わない録音がヴァイオリンの音を素直にひろいあげている。
78CDR-3177
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(旧 78CDR-1177)
[CD-R]
ハロルド・バウアー〜「熱情」
 ベートーヴェン:
  ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調Op.57「熱情」
ハロルド・バウアー(P)
78DSD-3177
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB1293/4(米 VICTOR 6697/8と同一録音)。録音:1927年、アメリカ。
 ハロルド・バウアー(1873-1951)はロンドン生まれ。父親はドイツ人でヴァイオリン奏者、母親はイギリス人。父親の手ほどきでヴァイオリンを学び、1883年にロンドンでヴァイオリニストとしてデビューし、9年間に渡ってイギリス国内で演奏活動をした。1892年、19歳の時にパリに行き、大ピアニスト、パデレフスキ(1860-1941)にすすめられてピアノに転じた。第1次世界大戦(1914-18)以前には、主にパリで活動し、ティボーやカザルスとトリオ演奏会を開いたこともある。1917年にアメリカに渡りニューヨークに在住し、ベートーヴェン協会を創立した。この「熱情」はソナタは電気録音の最初期のもの。78CDR-1170「月光」の翌年録音された。バウアーの特質がよく表れた名演奏とされたもの。現在では忘れられた存在の名ピアニストの演奏に耳を傾けたい。
78CDR-3176
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(旧 78CDR-1176)
[CD-R]
マックス・ロスタル
 ベートーヴェン:
  ヴァイオリン・ソナタ第7番 ハ短調Op.30-2
マックス・ロスタル(Vn)
フランツ・オスボーン(P)
78DSD-3176
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[DVD-R]
 英 DECCA AK2356/9。録音:1949年12月19日-20日、ロンドン、デッカ・スタジオ。ロスタルのDECCA録音は、先に RETROSPECTIVE からバルトークの協奏曲や「クロイツェル」「FAEソナタ〜スケルツォ」が復刻された(RET-8400)が、当録音は初CDフォーマット化と思われる。
 ヴァイオリンのマックス・ロスタル(1905-1991)はオーストリア生まれ。ウィーンでアルノルト・ロゼー(1863-1964)に、ベルリンではカール・フレッシュ(1873-1944)に師事した。1930-33年にベルリン高等音楽院のヴァイリン科教授、1934-58年にはロンドンのギルドホール音楽学校の教授を務め、アマデウス弦楽四重奏団のメンバー育成にたずさわった。1957-82年にはケルン音楽院、1957-85年にはスイスのベルン音楽院の教授を務めた。弟子にエディット・パイネマン(1937-)やイゴール・オジム(1931-)がいる。SPレコード末期の英デッカにベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ集(第1番と第3番以外)の録音をした。ピアノのフランツ・オスボーンはレオニード・クロイツァー(1884-1953)のドイツ時代の弟子の一人。
 英デッカのFFRR録音。
78CDR-3175
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(旧 78CDR-1175)
[CD-R]
モーリス・マレシャル
 ラロ:チェロ協奏曲 ニ短調
モーリス・マレシャル(Vc)
フィリップ・ゴーベール指揮o.
78DSD-3175
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[DVD-R]
 日 COLUMBIA J8133/5(仏 Columbia LFX282/4と同一録音)。録音:1932年、パリ。
 モーリス・マレシャル(1892-1964)はフランスの名チェリスト。パリ音楽院でチェロをジュール・レブに、室内楽をルフェーブルに、指揮法をポール・デュカに学び、1911年一等賞を得た。マレシャルは第1次世界大戦(1914-18)に従軍、戦後の1919年にコンセール・ラムルーにソリストとデビューした。以来世界中を楽旅し、日本にも何度か来訪した。日本コロムビアに日本録音をしたこともある。フィリップ・ゴーベール(1879-1941)はフランスのフルート奏者で指揮者。1914年パリ音楽院のフルート科で一等賞を得た後、1905年第2回のローマ賞を得た。フルート独奏者としてフランスの一流オーケストラの首席を務め、1919年パリ音楽院o.の指揮者となり1938年でその任にあった。SP時代にレコード録音も多い。
78CDR-3174
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(旧 78CDR-1174)
[CD-R]
ジョコンダ・デ・ヴィトー(ヴィート)
 ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.77
  (カデンツァ:ヨアヒム)
ジョコンダ・デ・ヴィトー(Vn)
パウル・ファン・ケンペン指揮
ベルリン・ドイツ・オペラ劇場o.
78DSD-3174
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[DVD-R]
 独 GRAMMOPHON 68308/12。録音:1941年、ベルリン。
 ジョコンダ・デ・ヴィトー(1907-94)はイタリアの女流ヴァイオリニスト。この録音はデ・ヴィトーのレコードデビュー。1941年第2次世界大戦下のベルリンでポリドール・レーベルに行われた。この時デ・ヴィトーは34歳だった。初々しく、輝かしいヴァイオリンは戦後のEMIへの再録音とはかなり異なる。指揮者のパウル・ファン・ケンペン(1893-1955)はオランダの指揮者。17歳でアムステルダム・コンセルトヘボウo.にヴァイオリニストとして入団。1916年以降ドイツで活躍。1932年にオーバーハウゼンで指揮者としてデビュー。1934年から1942年の8年間ドレスデン・フィルハーモニーの首席指揮者を務めた。戦後はオランダに戻ったが第2次大戦中ナチ政権下のドイツで活躍したことで1949年まで指揮活動が制限された。1949年からオランダのヒルファーサムの放送o.を指揮している。録音はSP期にはドレスデン・フィル、LPになってBPOやアムステルダム・コンセルトヘボウo.がある。1955年、62歳で他界した。
 なお第10面は原盤不良によるダビングで他の面に較べて音質が劣る。
78CDR-3173
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(旧 78CDR-1173)
[CD-R]
ティボー&コルトー
 ショーソン:協奏曲 ニ長調Op.21
 フォーレ:子守歌 Op.16
ジャック・ティボー(Vn)
アルフレッド・コルトー(P)
弦楽四重奏団
[イスナール、ヴルフマン、
 ブランパン、アイゼンベルグ]
78DSD-3173
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[DVD-R]
 日本 VICTOR DB1649/53(英 HIS MASTER'S VOICE DB1649/53と同一録音)、録音:1931年7月1日-2日、パリ、プレイエル音楽堂。
 ジャック・ティボー(1880-1953)のヴァイオリン、アルフレッド・コルトー(1877-1962)のピアノと弦楽四重奏によるショーソンの協奏曲 ニ長調。作曲者のショーソンはパリ音楽院でジュール・マスネ(1842-1912)に師事した。フランスのエスプリにあふれた作風を完成した人。ヴァイオリン曲の「詩曲」がよく知られているが、このティボーとコルトーによる協奏曲は、フランスの音楽家の至芸を聴くことができる名演。
 これまで良い復刻がなかったこのSPにダイレクト・トランスファーでチャレンジした。
78CDR-3172
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(旧 78CDR-1172)
[CD-R]
ブッシュ&ゼルキン
 シューベルト:幻想曲 ハ長調Op.159, D.934
 レーガー:ヴァイオリン・ソナタ
  第5番 嬰ヘ短調Op.84〜第2楽章
アドルフ・ブッシュ(Vn)
ルドルフ・ゼルキン(P)
78DSD-3172
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[DVD-R]
 米 RCA VICTOR 7562/4 (英 HIS MASTER'S VOICE DB1521/3と同一録音)、録音:1931年5月6日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツの名ヴァイオリニスト。2歳からヴァイオリンを始め1902年ケルン音楽院でウィリー・ヘスやブラム・エルデリンクに師事した。16歳の時に大作曲家マックス・レーガーに注目された。1912年、20歳の時ウィーンのコンツエルトフェライン(ウィーンso.)のソロ・ヴァイオリンに抜擢された。1918年ベルリン高等音楽院のヴァイオリン教授に任命され、弦楽四重奏団も組織した。1927年以降スイスのバーゼルに住居をかまえ、若きユーディ・メニューインの指導をしたこともある。ナチの台頭でユダヤ系のピアニスト、ルドルフ・ゼルキン(1903-1991)と共にドイツを去り、アメリカに移住した。
 ゼルキンは1920年にアドルフ・ブッシュのデュオ相手に抜擢され、後にブッシュの娘イレーネと結婚した。1951年マールボロ音楽学校と音楽祭を創設、主宰した。
 このダイレクト・トランスファーにはノイズが少ないアメリカVICTOR盤を使用した。
78CDR-3171
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(旧 78CDR-1171)
[CD-R]
フルニエ&シュナーベル
 ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第3番 イ長調Op.69
ピエール・フルニエ(Vc)
アルトゥール・シュナーベル(P)
78DSD-3171
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB9123/5、録音:1947年6月6日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 ピエール・フルニエ(1906-1986)はパリ生まれのチェリスト。幼少より母親の手ほどきでピアノを学んだが9歳のとき小児麻痺による右足障害のためチェロに転向。1923年パリ音楽院で一等賞を得て楽壇にデビュー。ヴィオリンのガブリエル・ブイヨン、ピアノのヴラド・ペルルミュテルとのトリオで注目された。1937年エコール・ノルマル教授、1941年から1949年までパリ音楽院教授をつとめた。1942年にヴァイリンのシゲティ、ピアノのシュナーベルとのトリオ、ヴィオラのプリムローズを加えた四重奏で活動。さらに1945年にはカザルスが抜けたカザルス・トリオに加わりヴァイオリンのティボー、ピアノのコルトーと演奏活動をした。1954年初来日。その後何度も日本を訪れた。
 ピアノのアルトゥール・シュナーベル(1882-1951)はオーストリアの大ピアニスト。ウィーンで高名なレシェティツキーに師事した。EMIにベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を2回録音、ピアノ・ソナタ全曲を録音した。
78CDR-3170
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(旧 78CDR-1170)
[CD-R]
ハロルド・バウアー〜ベートーヴェン
 ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調Op.27-2「月光」
ベートーヴェン/バウアー編:ガヴォット ヘ長調
ハロルド・バウアー(P)
78DSD-3170
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[DVD-R]
 米 VICTROLA 6591/2、録音:1926年6月14日、7月13日、アメリカ、 ニュージャージー州キャムデン。
 ハロルド・バウアー(1873-1951)はロンドン生まれ。父親はドイツ人でヴァイオリン奏者、母親はイギリス人。父親の手ほどきでヴァイオリンを学び、1883年にロンドンでヴァイオリニストとしてデビューし、9年間に渡ってイギリス国内で演奏活動をした。1892年、19歳の時にパリに行き、大ピアニスト、パデレフスキ(1860-1941)にすすめられてピアノに転じた。第1次世界大戦(1914-18)以前には、主にパリで活動し、ティボーやカザルスとトリオ演奏会を開いたこともある。1917にアメリカに渡りニューヨークに在住し、ベートーヴェン協会を創立した。この「月光」ソナタは電気録音の最初期のもので、バウアーの特質がよく表れた名演奏とされたもの。現在では忘れられた存在の名ピアニストの演奏に耳を傾けたい。
78CDR-3169
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(旧 78CDR-1169)
[CD-R]
フィストラーリ〜グノー:ファウストのバレエ音楽
 ヌビア人の奴隷の踊り/昔の踊り/アダージョ/
 クレオパトラの踊り/トロイ人の娘の踊り/
 鏡のヴァリエーション/ヘレネの踊り(終曲)
アナトール・フィストラーリ指揮
ナショナルso.
78DSD-3169
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[DVD-R]
 英 DECCA AK1339/40、録音:1945年9月6日、ロンドン、キングズウェイ・ホール。
 アナトール・フィストラーリ(1907-1995)はロシアのキエフ生まれ。神童とうたわれ8歳の時チャイコフスキーの「悲愴」交響曲を指揮した。その後パリにデビュー、1931年にシャリアピンがグランド・ロシア・オペラの首席指揮者に任命した。1937年にはモンテカルロのロシア・バレエの指揮者になり、アメリカ公演も行った。第2次世界大戦中にロンドン・フィルの指揮者をつとめ、イギリスの市民権を得た。フィストラーリはバレエ音楽の権威者で、LP時代にチャイコフスキーの「白鳥の湖」「胡桃割り人形」の名録音をデッカに残した。このファウストのバレエ音楽は大戦直後のもの。フィストラーリはSP時代にもデッカに多くの録音をしていた。FFRR録音。
78CDR-3168
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(旧 78CDR-1168)
[CD-R]
カペーSQのドビュッシー
 ドビュッシー:弦楽四重奏曲 ト短調Op.10
カペーSQ
[リュシアン・カペー(第1Vn)
 モーリス・エウィット
  (第2Vn)
 アンリ・ブノワ(Va)
 カミユ・ドゥロベール(Vc)]
78DSD-3168
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[DVD-R]
 日本COLUMBIA J7992/5(仏 COLUMBIA D15085/8と同一録音)。録音:1928年6月、パリ。
 史上最高の弦楽四重奏団だったカペー弦楽四重奏団のリーダー、リュシアン・カペー(1873-1928)は医師の誤診による腹膜炎で1928年12月18日に急逝した。享年55歳。カペーはパリ音楽院でJ.-P. モーラン(1822-1894)に師事し1893年に一等賞を得て、その年に弦楽四重奏団を組織した。録音時のメンバーは1918年からのもの。1920年頃から毎年ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の連続演奏会をパリで開催していた。カペーは1928年4月にフランス・コロンビアに録音を始めた。そしてその年の10月までの6ヶ月間に弦楽四重奏曲11曲とピアノ五重奏曲1曲の録音をした。SP盤10インチが7枚、12インチが44枚。まるでカペーが自らの死を予期したようなハイペースの録音だった。80年前の録音ながら、この稀有四重奏団の音色がダイレクト・トランスファーで見事にとらえられている。
78CDR-3167
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(旧 78CDR-1167)
[CD-R]
シャイエ=リシェ四重奏団
 フォーレ:ピアノ四重奏曲第1番 ハ短調Op.15
シャイエ=リシェ四重奏団
[セリニ・シャイエ=リシェ(P)
 マリー・テレーズ・イボ(Vn)
 マリー・テレーズ・シャイエ
  (Va)
 ジャクリーヌ・アイオーム
  (Vc)]
78DSD-3167
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[DVD-R]
 仏 COLUMBIA LFX647/40。録音:1941年10月23日、1942年4月24日、パリ。
 ピアニストのセレニー・シャイエ=リシェ(1884-1973)はフランスのリール生まれのピアニスト。14歳(1898年)でパリ音楽院の一等賞を得た。1908年にヴァイオリニストのマルセル・シャイエと結婚。マルセル・シャイエはパリ音楽院のジュール・ブーシュリ(1872-1962)教授や名奏者ジャック・ティボー(1880-1953)と盟友だったが、1936年に惜しくも世を去った。セレニー・シャイエ=リシェは1926年ヴァイオリンのジョルジュ・エネスコ(1881-1955)に出会い、1932年から1952年の間にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲やJ.S.バッハのヴァイオリン・ソナタ全曲の演奏会を開いた。シャイエ=リシェはまた女性メンバーのピアノ五重奏団を組織して話題を呼んだ。
 この録音はそのメンバーによるもので第2次大戦下のパリで録音された。マルグリット・ロンとジャック・ティボーによるフォーレ:ピアノ四重奏曲第2番(78CDR-1152)と対をなす名録音。
78CDR-3166
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(旧 78CDR-1166)
[CD-R]
アンリ・メルケル
 サン=サーンス:
  ヴァイオリン協奏曲第3番 ロ短調Op.61
アンリ・メルケル(Vn)
ピエロ・コッポラ指揮
パドゥルーo.
78DSD-3166
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[DVD-R]
 仏 DISQUE "GARAMOPHONE" L1000/2。録音:1935年4月12日、6月25日、パリ。
 ヴァイオリンのアンリ・メルケル(1897-1969)は1914年にパリ音楽院ヴァイオリン科の一等賞を得た。パリ・オペラのo.、コンセール・ラムルーo.の後、1929年からパリ音楽院o.のコンサート・マスターになり、その後ソリストとして活躍、一方オペラ座o.のソロ・ヴァイオリンもつとめた。指揮者のピエロ・コッポラ(1887-1977)はミラノ生まれ。フランスのDISQUE GRAMOPHONE 社の協奏曲に多く登場した。この録音はメルケルの協奏曲デビューだったラロ:スペイン交響曲につづくもの。メルケルはこのシリーズでベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-1020)、ラロ:スペイン交響曲(78CDR-1107)が出ている。
78CDR-3165
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(旧 78CDR-1165)
[CD-R]
ハスキル + ゼッキのベートーヴェン
 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調Op.58
クララ・ハスキル(P)
カルロ・ゼッキ指揮
LPO
78DSD-3165
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[DVD-R]
 英 DECCA AK1944/7。録音:1947年7月7日、ロンドン、キングズウェイ・ホール。
 ピアニストのクララ・ハスキル(1895-1960)はルーマニアのブカレスト生まれ。1901年、6歳でブカレスト音楽院に入った。ルーマニア女王エリザベスの奨学金を得て1902年、ウィーンでリヒャルト・ロベルトの下でピアノを学んだ。同じころウィーンには神童ジョージ・セル(1897-1970)が居た。ハスキルはピアノと一緒にヴァイオリンも学んだ。1905年にパリへ赴きフォーレに出会った。1907年パリ音楽院に入り、最初にコルトー(1877-1962)のクラスで学び、その後ラザール・レヴィ(1882-1964)に師事した。1909年ジャック・ティボーが主宰した"若い音楽家のためのコンクール" のヴァイオリン部門で一等賞を得た。一方音楽院ではピアノ部門ではアリーヌ・ファン・バレツェン(1897-1981)とユーラ・ギュレ(1895-1981)に次いで二等賞にとどまった。だが1910年には一等賞を得た。1912年にブゾーニ(1886-1924)やパデレフスキ(1860-1941)に出会い影響をうけた。1934年に初レコード(仏ポリドール)を吹き込んだ。指揮者のカルロ・ゼッキ(1903-1984)はローマ生まれのイタリアの指揮者。最初はピアニストだったが後に指揮者に転向した。
 この録音はハスキルの英デッカへの初録音。同時期にシューマン:森の情景も同レーベルに録音している。FFRR録音。
78CDR-3164
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(旧 78CDR-1164)
[CD-R]
ミュンシュ、DECCAへの「ボレロ」
 ラヴェル:ボレロ
シャルル・ミュンシュ指揮
パリ音楽院o.
78DSD-3164
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[DVD-R]
 英 DECCA K1637/8。録音:1946年10月10日、ロンドン、ウォルサムストウ・アセンブリー・ホール。
 指揮者のシャルル・ミュンシュ(1891-1968)はストラスブール生まれ。生家は音楽一家でアルバート・シュヴァイツァー(1875-1965)の甥でもあった。生地の音楽院でオルガンを学んだ後、パリに出てリュシアン・カペー(1873-1928)についてヴァイオリンを学び、後にベルリンでカール・フレッシュ(1873-1944)に師事した。1926年からライプツィヒの音楽院の教授に就任、1925年から32年にはゲヴァントハウスo.のソロ第一ヴァイオリン奏者もつとめ、ブルーノ・ワルター(1876-1962)やヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)の指揮のもとで演奏し、指揮法も身につけた。その後パリに戻り1935年から38年にはパリpo.の指揮者としてパリ・デビュー、1936年にはエコル・ノルマルのヴァイオリン科教授に任命された。1937年にはベルリンの国際現代音楽協会に招かれ、1938年から45年にパリ音楽院o.指揮者に迎えられた。1939年には同音楽院の指揮科の教授に任命され、同年セントルイスso.を指揮してアメリカ・デビューした。1949年にNYPとさらにボストンso.と全米ツアーをし、クーセヴィツキー(1874-1951)を継いでボストンso.の正指揮者になり1962年までつとめた。
 この録音は1946年パリ音楽院o.との英国公演中の録音で、英デッカ社への初録音。英デッカのFFRR録音が本格的に胎動しはじめた頃の素晴らしい録音で音楽院の名手たちのこぼれるばかりの名演がみごとにとらえられている。
78CDR-1163
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[CD-R]
西班牙(スペイン)ギター音楽〜世界九大ギタリスト演奏
 ソル:アンダンティーノOp.2-3 (Bao1225) /リョベト:アメリアの遺言(76283)
  [ミゲル・リョベト(G)]
 ヴィーニャス:独創的幻想曲(DMo2179-1)[フェデリコ・ガリムベルティ(G)]
 タレガ:アラビア奇想曲(D2475-1)[アグスティン・バリオス(G)]
 J.S.バッハ/タレガ編:ブーレ(DSo4840)
  [レヒーノ・サインス・デ・ラ・マサ(G)]
 ショパン/タレガ編:ノクターン(So7140)[ラリタ・アルミローン(G)]
 アルベニス:アストゥリアス(1) (DWK1011-1)/アストゥリアス(2) (DWK1012-2)
  [フアン・パラス・デル・モラール(G)]
 タレガ:アラールの華麗な練習曲(So7139)[ラリータ・アルミロン(G)]
 タレガ:演奏会用大ホタ(DW19059)[ロシタ・ロデース(G)]
 ロドリゲス:ラ・クンパルシータ(CO19790)
  [フリオ・マルティネス・オヤングレン(G)]
 ゴンザレス:ロサリーナ(D3646-1)[アルベト・ディアナ・ラバレ(G)]
 1938年(昭和13年)1月から3月にかけてコロムビアから発売された限定頒布アルバム「西班牙(スペイン)ギター音楽-世界九大ギタリスト演奏」(レコード番号S36-41)の復刻。チラシには「コロムビアは、ギター音楽のオーソドックスとも謂う可き、現代西班牙並びにアルゼンチンのギター界を風靡するタレガ派の真髄を世に紹介す可く、世界一流のギタリストの演奏する代表的名曲を厳選してこの一輯を編みた」とある。当時未発表のレコードから編纂されたこのアルバムの原盤番号の頭にDの文字があるのが当時海外の契約会社で廃盤などの理由で原盤が輸入できなかったため、レコードからのダビングで製作されたSP盤によることをおことわりしておく。幸いにして最も貴重な演奏と目されるミゲル・リョベト(1878-1938)の演奏はオリジナル原盤からプレスされたもの。ギター愛好家からの熱望でこのシリーズに組み入れた。アビー・ロード第3スタジオ。
 # 当アイテムの DSD 化は行われず、78CDR-3163, 78DSD-3163 は欠番となります。また、DSD フォーマット商品 (DVD-R or USBメモリ) はございません。
78CDR-3162
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(旧 78CDR-1162)
[CD-R]
サン=サーンス:七重奏曲 Op.65 フォヴォー(Tp)
カントレル(第1Vn)
ベランジェ(第2Vn)
ヴィユー(Va)
マルネフ(Vc)
ナニー(Cb)
フォール(P)
78DSD-3162
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[DVD-R]
 録音:1927年、パリ。英 COLUMBIA 9672/3。
 トランペットとピアノ、弦楽四重奏とコントラバスという風変わりな編成の曲はピアニストでオルガニストだったサン=サーンスが86歳の死の直前、老作曲家のために開かれた芸術院のパーティで演奏され、それがサン=サーンスの公開の席での最後の演奏になったという。それから6年後のこの録音にはサン=サーンスと一緒に演奏した音楽家が参加していると推測する。カントレル、ヴィユー、フォールはSP時代に活躍した名手。録音も電気初期のものながらたいへん優れていてフランスのエスプリにあふれた洒落た気分を満喫できる。
78CDR-3161
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(旧 78CDR-1161)
[CD-R]
フォイアマンの「アルペジオーネ」
 シューベルト:
  アルペジオーネ・ソナタ イ短調D.821
エマヌエル・フォイアマン(Vc)
ジェラルド・ムーア(P)
78DSD-3161
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[DVD-R]
 録音:1937年6月29日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。米 COLUMBIA 69341/3-D(英COLUMBIA LX717/9と同一録音)。
 アルペジオーネは1823年にウィーンのシュタウファーが開発した6弦のフレットをもった弦楽器。この曲は今日ではチェロで弾かれる。チェロのエマヌエル・フォイアマン(1902-1942)はウクライナのコロミア生まれ。ライプツィヒ音楽院でユリウス・クレンゲル(1859-1933)に師事した。1929年にベルリン高等音楽院の教授になり齋藤秀雄(1902-1974)も教えた。ナチスを逃れ一時スイスに居を構えたが1938年アメリカに移住した。ピアノのジェラルド・ムーア(1899-1987)はイギリスのピアニスト。声楽の名伴奏者として名声が高かった。
78CDR-3160
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(旧 78CDR-1160)
[CD-R]
E.フィッシャー他
 ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番 ト短調Op.25
エトヴィン・フィッシャー(P)
ヴィットリオ・ブレロ(Vn)
ルドルフ・ネル(Va)
テオ・シュルガース(Vc)
78DSD-3160
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[DVD-R]
 録音:1940年、ベルリン。独ELECTROLA DB5532/5536S。
 エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)はスイスのバーゼル生まれ。ベルリンでリストの最後の弟子だったマルティン・クラウゼ(1853-1918)に師事した。フィッシャーの偉業は1933年から1936年の4年間をかけてバッハの平均律クラヴィーア曲集を録音、バッハのピアノ演奏の規範とした。このブラームスは第2次世界大戦中のベルリン録音でこのピアニストには珍しく感情の昂揚が聴かれる。弦楽奏者はブレロ=ネル四重奏団のメンバー。稀少SP盤の復刻。
78CDR-3159
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(旧 78CDR-1159)
[CD-R]
シゲティ&ペトリ
 ブラームス:
  ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調Op.108
ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
エゴン・ペトリ(P)
78DSD-3159
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[DVD-R]
 録音:1937年12月8日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。米 COLUMBIA 69155/7-D(英COLUMBIA LX699/71 と同一録音)。
 ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はハンガリーのブダペスト生まれのの名ヴァイオリニスト。ヨーロッパで名声を確立した後、1940年アメリカに移住した。ピアニストのエゴン・ペトリ(1881-1962)はドイツのハノーヴァー生まれ。最初はヴァイオリニストとして活躍したが、大ピアニストのブゾーニ(1866-1924)に弟子入りし、きびしい指導を得てピアニストに転向した。第2次世界大戦勃発を契機にアメリカに移住した。SPレコード時代に録音も多かった。このブラームスは二人の巨匠のヨーロッパ時代の最後の録音。演奏にも大戦前夜の緊張感が感じられる。
78CDR-3158
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(旧 78CDR-1158)
[CD-R]
シドニー・ビーア、ブレインが参加
 チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調Op.64
シドニー・ビーア指揮
ナショナルso.
デニス・ブレイン
(第2楽章Hrソロ)
78DSD-3158
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[DVD-R]
 録音:1944年6月8日、ロンドン、キングズウェイ・ホール。英 DECCA AK1032/36。
 英国デッカの録音技術者アーサー・ハディ(1906-1989)は第2次大戦中の1943年に、デッカ社がイギリス政府から委嘱をうけていた軍事技術研究の実験成果を基に、当時のSPレコードの50Hz-7.5kHzだった録音帯域を、一挙に15kHzまで伸長させることに成功した。ハディの新方式の最初の録音となったのがこのチャイコフスキーの第5番。指揮者はナショナルso.の創立者シドニー・ビーアで、1944年6月8日のロンドンのキングズウェイ・ホールで行われた。ホルンの名手デニス・ブレイン(1921-1957)が第2楽章のホルン・ソロを受け持っている。バランス・エンジニアはハディ自身が担当、厚みのあるサウンドは後にハイ・フィデリティ録音の代名詞となったFULL FREQUERNCY RANGE RECORDING(FFRR)の最初の録音であることを十分に納得させられる。このSPレコードは1944年(昭和19年)12月新譜として発売された。大戦末期の厳しい状況下でありながら、それを感じさせない優れた演奏。
 『 FFRR録音 (full frequency range recording)は、第2次世界大戦中の潜水艦のソナー(海中で音波を使って相手の船を探し出す機械)開発技術を生かしたものですが、その技術を使った最初の商業録音は何と戦中の1944年のSP録音でした。ここにはSP特有の針音は有るものの、その後のハイファイ録音への第一歩が見事に記録されています。これまでの録音ではなかなかとらえる事の出来なかった録音会場の空気感や楽器の質感など、当店のダイレクト・トランスファーによって初めて皆様にお届けできるようなりました。』(Goodies)
78CDR-3157
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(旧 78CDR-1157)
[CD-R]
コルトー、ティボー&カザルス、イタリア盤からの復刻
 ベートーヴェン:
  ピアノ三重奏曲第7番 変ロ長調Op.97「大公」
アルフレッド・コルトー(P)
ジャック・ティボー(Vn)
パブロ・カザルス(Vc)
78DSD-3157
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[DVD-R]
 録音:1928年11月18日、ロンドン小クイーンズ・ホール。伊 DISCO "GRAMMOFONO" DB1223/7(英 HMV DB1223/7 と同一録音)。
 イタリアHMV盤による新復刻。既発売の78CDR-1009は英HMV盤によった。これは同一録音ながら英HMV盤に較べてノイズが小さい。この「大公」はまさに人類の遺産とも言えるかけがいのない名演奏。1905年に結成されたアルフレッド・コルトー(1877-1962)、ジャック・ティボー(1880-1953)、パブロ・カザルス(1876-1973)のピアノ・トリオは電気録音の初期に数曲の録音をした。
 『当シリーズベストセラー78CDR-1009(英HMV盤使用)の同一音源をイタリア HMV 盤を使用して再復刻しました。英HMV盤はオリジナル盤としてコレクターの間では他国盤より高値で取引されています。SP 盤はテープ録音と違い各国に送られたマスターに音質上の差がありませんが、盤の材質によって音質が大きく違って聴こえます。英 HMV 盤は非常にノイズの多い材料を使用して盤が制作されていますが、そのノイズのおかげで高域が伸びているように人間の耳には聴こえるという特徴もあって、英 HMV 盤は高い人気を保っています。今回のノイズの少ない復刻をお聴きいただくと、この名演奏からまた新しい発見をしていただけると思います。』(Goodies)
78CDR-3156
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(旧 78CDR-1156)
[CD-R]
ファン・バレンツェン〜「熱情」
 ベートーヴェン:
  ピアノ・ソナタ第23番 ヘ長調Op.57「熱情」
アリーヌ・ファン・
 バレンツェン(P)
78DSD-3156
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 仏 VMS-DB11150/2、1947年4月17日、パリ録音、ピアノ:ガヴォー。
 アリーヌ・ファン・バレンツェン(1897-1981)はアメリカ生まれのフランスのピアニスト。9歳でパリ音楽院に入学が許されマルグリット・ロン(1874-1966)とE.-M.ドゥ・ラボルドに師事した。一等賞を得た後、ベルリンでエルンスト・フォン・ドホナーニ(1877-1960)に、ウィーンでテオドール・レシェツキ(1830-1915)について、さらに技量を磨いた。祖国アメリカに戻りフィラデルフィアの音楽学校で教え、その後ブエノスアイレスの音楽学校の教授を務める傍ら、演奏旅行を重ねた。1954年にはパリ音楽院の教授に任命された。ファン・バレンツェンはSPレコードの末期とLPの初期にいくつかの録音をEMIに残している。
78CDR-3155
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(旧 78CDR-1155)
[CD-R]
メニューイン〜
 ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番
ニ長調Op.1-13
ユーディ・メニューイン(Vn)
マルセル・ガゼル(P)
78DSD-3155
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB6175/6、1944年9月25日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ録音。
 ヴァイオリンのユーディ・メニューイン(1916-1999)はニューヨーク生まれ。4歳からヴァイオリンの手ほどきを受け7歳でサンフランシスコso.と共演してデビューした。神童メニューインはパリでジョルジュ・エネスコ(1881-1955)、ドイツでアドルフ・ブッシュ(1891-1952)に師事した。メニューインは1928年、12歳で初録音をしてレコード・デビューした。このヘンデルは第2次世界大戦下の録音。メニューインは28歳だった。師のエネスコも同じ曲を録音している(78CDR-1035) 。
78CDR-3154
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(旧 78CDR-1154)
[CD-R]
フォイアマン〜
 ドヴォルザーク:チェロ協奏曲
ロ短調Op.104
エマヌエル・フォイアマン(Vc)
ミヒャエル・タウベ指揮
ベルリン国立歌劇場o.
78DSD-3154
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 米 DECCA 25300/25304 (英PARLOPHON P.E 10856/8と同一録音)、1928年-1930年、ベルリン録音。
 チェロのエマヌエル・フォイアマン(1902-1942)はウクライナのコロミア生まれ。ライプツィヒの音楽院で名教師ユリウス・クレンゲル(1859-1933)に師事した。1929年にベルリン高等音楽院の教授になり齋藤秀雄(1902-1974)も教えた。ナチスを逃れ一時スイスに居を構えたが、1938年アメリカに移住した。フィラデルフィアのカーティス音楽院で教える一方、ヴァイオリンのハイフェッツ、ピアノのルービンシュタインと "百万ドル・トリオ" を結成して活躍した。1942年に40歳の若さでニューヨークで死去した。
 指揮者のミヒャエル・タウベ(1890-1972)は、1924年にベルリン国立歌劇場に入りブルーノ・ワルター(1876-1962)のアシスタントを務め、1935年にイスラエルに移住、イスラエル・フィルの育成に尽力した。フォイアマンはベートーヴェン:チェロ・ソナタ第3番(78CDR-1045)がこのシリーズで発売されている。
 #この盤は元録音の第4面において収録途中から回転数の変動がありますが、修正は行わずそのまま収録していますのでご了承下さい。
78CDR-3153
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(旧 78CDR-1153)
[CD-R]
ケンプ + ケンペン〜
 モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番
ニ短調 K466
ヴィルヘルム・ケンプ(P)
パウル・ファン・ケンペン指揮
ドレスデンpo.
78DSD-3153
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[DVD-R]
 独 GRAMMOPHON 69274/7、1941年、ドレスデン録音。
 ドイツの名ピアニスト、ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)の壮年期の演奏で第2次世界大戦中の録音。指揮者のパウル・ファン・ケンペン(1893-1955)はオランダの指揮者。戦中戦後を通してドイツで活躍し、レコード録音も数多かった。だがファン・ケンペンは大戦中に祖国を離れ、敵国ドイツで活動したことをオランダ人は許さず、戦後ボイコット運動が起こり不遇のうちに世を去った。ケンプ=ケンペンのコンビによるSPはベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番(78CDR-1112) 、ピアノ協奏曲第4番(78CDR-1120) がこのシリーズでも発売されているが、このモーツァルトは、わが国では殆ど知られていなっかったもの。
78CDR-3152
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(旧 78CDR-1152)
[CD-R]
ロン、ティボー、ヴィユー、フルニエ〜
 フォーレ:ピアノ四重奏曲第2番
ト短調Op.45
マルグリット・ロン(P)
ジャック・ティボー(Vn)
モーリス・ヴィユー(Va)
ピエール・フルニエ(Vc)
78DSD-3152
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[DVD-R]
 仏 DISQUE GRAMOPHONE DB5103/5、1940年5月10日パリ、アルベール・スタジオ録音。
 20世紀のフランスの巨匠4人が一堂に会した、夢の顔合わせ。ピアノのマルグリット・ロン(1874-1966)、ヴァイオリンのジャック・ティボー(1880-1953)、ヴィオラのモーリス・ヴィユー(1884-1951)、チェロのピエール・フルニエ(1906-1986)はいずれもパリ音楽院出身で、全員一等賞を得た抜きんでた音楽家。この録音が行われた1940年5月10日はドイツ軍がベルギー、オランダ、ルクセンブルグのベネルックス3国に侵攻し無差別攻撃をした日だった。このニュースは録音中の演奏家達に知らされた。ティボーの長男ロジェがベルギー方面に従軍していることを全員が知っていたので、悲痛な気分で演奏に没頭したという。そして録音の翌々日の5月13日にロジェが戦死した旨の報せがティボーの許にとどいた。この演奏は完璧な完成度を持った稀有の名演奏。
78CDR-3151
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(旧 78CDR-1151)
[CD-R]
ベートーヴェン:ロマンス ヘ長調Op.50 ジョコンダ・デ・ヴィトー(Vn)
アルベルト・エレーデ指揮
フィルハーモニアo.
78DSD-3151
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[DVD-R]
 注:今回から当シリーズではデ・ヴィトーと表記されるとのこと。英 HIS MASTER'S VOICE DB6727、録音:1948年5月8日、ロンドン, アビー・ロード, EMI第1スタジオ。
 歌心にあふれたヴァイオリンの女神、デ・ヴィトー最高の名演。ジョコンダ・デ・ヴィトー(1907-1994)はイタリアのヴァイオリニスト。マルティナ・フランカに生まれ、ペザロ音楽院でレミー・プリンチーペ(1889-1977)に師事1923年16歳でチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を弾いてローマにデビューした。1932年ウィーン国際ヴァイオリン・コンクールで一等賞を得た。1934年から1945年のローマ音楽院教授、1945年から1958年サンタ・チェチーリア音楽アカデミー教授を務めた。1945年第1回エディンバラ音楽祭に招かれ、これが縁でEMIの専属となり、SPレコード末期からLPレコード、初期のステレオLPに名演を残した。1962年に引退、1994年ローマで死去した。享年87歳。このシリーズではJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番(78CDR-1019)、J.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番(78CDR-1052)、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番(78CDR-1113)が出ている。
78CDR-3150
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(旧 78CDR-1150)
[CD-R]
サラサーテ:ツィゴイネルワイゼンOp.20 イダ・ヘンデル(Vn)
アイヴァー・ニュートン(P)
78DSD-3150
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[DVD-R]
 英 DECCA K1842、録音:1947年6月14日、ロンドン, ウェスト・ハムステッド, デッカ・スタジオ。
 現在も第一線で活躍するイダ・ヘンデルの21歳の録音。彼女は15歳で同じ "ツィゴイネルワイゼン"(英 DECCA K940,ピアノ= アデーラ・コトフスカ1940年8月9日録音)を弾いてレコードデビューした。イダ・ヘンデル(1924.12.15-)はポーランド生まれのヴァイオリニスト。1935年ワルシャワ音楽院を金メダルと同時にフーベルマン賞を得た。同年開かれたヴィエニャフスキ国際コンクールでジネット・ヌヴー(15歳)、ダヴィド・オイストラフ(27歳)に次いで第3位に入賞した、その時10歳だった。その後カール・フレッシュ(1873-1944)に師事した。ヘンデル一家は1939年ポーランドを離れロンドンに移住し、1940年に市民権を得た。1940年に英 DECCAと契約して初録音を行った。第2次世界大戦中であったが、50枚近い録音を行い DECCA社の看板アーティストだった。その後EMIに移籍し、一時レコード録音から遠ざかった時期があったが、ステレオ時代にEMIに復帰した。現在も積極的に演奏活動をしている。
78CDR-3149
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(旧 78CDR-1149)
[CD-R]
ラヴェル:ハバネラ形式の小品
フォーレ:ドリー第1番「子守歌」Op.56
ジャック・ティボー(Vn)
タッソ・ヤノプーロ(P)
78DSD-3149
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 仏 VSM DA4999、録音:1944年5月28日、パリ、プルーズ・スタジオ。
 ティボーの小品SPの中で最も入手が難しい稀少盤。第2次世界大戦下のパリでの録音。ジャック・ティボー(1880-1953)は20世紀前半に活躍したフランスの大ヴァイオリニスト。ボルドー出身で1893年からパリ音楽院でマルタン・マルシック(1848-1924)に師事し1896年、16歳で一等賞を得た。生活のためにカフェのコンセール・ルージュで弾いていたところを指揮者のエドゥアール・コロンヌ(1838-1910)に見いだされ楽員として採用された。ある日コンサートマスターの代役を務めてソロを弾いたところ大喝采を浴びその後ソリストになった。1905年にピアノのアルフレッド・コルトー(1877-1974)、チェロのパブロ・カザルス(1876-1973)とトリオを結成し1930年頃まで活動をした。ティボーは1923年と1936年に来日、1953年の3度目の来日のとき、乗っていたエールフランス機がアルプスの支峰スメ山に激突し死亡した。享年72歳。このシリーズではティボーの多くの演奏が聴ける。
78CDR-3148
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(旧 78CDR-1148)
[CD-R]
クライスラー:グラーヴェ ハ長調
 (W.F.バッハのスタイルによる)
スーク:ウン・ポコ・トリステ/
    「4つの小品」Op.17〜第3曲
ジネット・ヌヴー(Vn)
ブルーノ・ザイトラー=
 ヴィンクラー(P)
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 独 ELECTROLA DB4577、録音:1938年、ベルリン。
 ジネット・ヌヴー19歳の初録音盤。ジネット・ヌヴー(1919-1949)はジョルジュ・エネスコ(1881-1955)にヴァイオリンの手ほどきを受けた後、11歳でパリ音楽院のジュール・ブーシュリ(1878-1955)のクラスに入り、 8ヵ月後に一等賞を得た。この8カ月という短期間はヌヴーの受賞の50年前にヴィエニャフスキ(1835-1880)が打ち立てた記録と同じだった。その後ベルリンでカール・フレッシュ(1873-1944)のもとで研鑽を積んだ。1935年ワルシャワで開かれたヴィエニャフスキ・ヴァイオリン・コンクールに16歳で参加し、180人の競争者に勝ち抜き優勝した。その時の第2位はソ連から参加した27歳のダヴィド・オイストラフ(1908-1974)だった。ヌヴーは1949年アメリカに向かう航空機事故で30歳の生涯を終えた。ダイレクト・トランスファーシリーズにはヌヴーのシベリウス:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-1017)、ブラームス:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-1003)、スーク:4つの小品(78CDR-1063)、リヒャルト・シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ(78CDR-1076)が出ている。
78CDR-3147
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(旧 78CDR-1147)
[CD-R]
サラサーテ:アンダルシアのロマンスOp.22-1 (*)
ザジツキ:マズルカ ト長調Op.26 (#)
ブロニスワフ・
 フーベルマン(Vn)
ジークフリート・シュルツェ(P)
78DSD-3147
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[DVD-R]
 伊 ODEON N6667、録音:1929年6月10日(*)&11日(#)、ロンドン。
 この「アンダルシアのロマンス」は電気録音初期のものながらフーベルマンの小品レコードの代表盤であった。ヴァイオリンを自在に操り聴き手を自らの世界に引き込んでいく魔術的な演奏。ブロニスワフ・フーベルマン(1882-1947)はポーランド出身のヴァイオリニスト。1892年10歳の時に時の大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)の指揮でベルリン・デビュー。3年後の1895年13歳の時に名ソプラノ、アデリーナ・パッティ(1843-1919)に招かれウィーンでの「パッティ告別演奏会」で演奏した。ダイレクト・トランファーシリーズにはフーベルマンのラロ:スペイン交響曲(78CDR-1040)やチャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-1077)、モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番(78CDR-1021)、ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-1128)、ベートーヴェン:「クロイツェル・ソナタ」(78CDR-1006)が出ている。
 SPレコードの本来の楽しみは小品だった。大演奏家が約4分の演奏時間に、持てる技量と音楽のすべてを注ぎ込んだ録音を、昔の人はこうして楽しんだ。ここでは吹き込まれたままのSPレコードの芸術を味わうことができる。当盤以下5枚は、今やオリジナル盤をほとんど目にすることがない名演奏・好音質盤を選び、これまで同様のダイレクト・トランスファーでお届けする特別アイテム。SPレコードってこんな音がしていたのか、と驚かれる方もたくさんおられることだろう。
78CDR-1146
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[CD-R]
J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第2巻(その3)
 「前奏曲とフーガ」第44番-第48番 BWV889-BWV893
J.S.バッハ:イギリス組曲第2番 イ短調 BWV807(*)
エトヴィン・フィッシャー(P)
ワンダ・
 ランドフスカ(Cemb;*)
 英 HIS MASTER'S VOICE 8276/81、録音:1936年6月4日,6月5日,6月6日, アビー・ロード第3スタジオ/1936年9月23日 パリ, アルベール・スタジオ(*)。
 付録の(*)がワンダ・ランドフスカ(1879-1959)のハープシコードで収録されている。ランドフスカはSP時代に「ゴルトベルク変奏曲」他のバッハの作品を録音し、後年LP時代になって「平均律」も録音した。
 # 当アイテムの DSD 化は行われず、78CDR-3146 は欠番となります。また、DSD フォーマット商品 (DVD-R or USBメモリ) はございません。
78CDR-1145
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[CD-R]
J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第2巻(その2)
 「前奏曲とフーガ」第35番-第43番 BWV880-BWV888
エトヴィン・フィッシャー(P)
 英 HIS MASTER'S VOICE 2944/50、録音:1936年6月3日,6月4日,6月5日,アビー・ロード第3スタジオ。
 # 当アイテムの DSD 化は行われず、78CDR-3145 は欠番となります。また、DSD フォーマット商品 (DVD-R or USBメモリ) はございません。
78CDR-1144
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J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第2巻(その1)
 「前奏曲とフーガ」第25番-第34番 BWV870-BWV889
エトヴィン・フィッシャー(P)
 英 HIS MASTER'S VOICE 2532/38、録音:1935年2月13日,6月3日,6月4日,6月5日,6月7日,アビー・ロード第3スタジオ。
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J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻(その2)
 「前奏曲とフーガ」第13番-第24番 BWV858-BWV869
エトヴィン・フィッシャー(P)
 英 HIS MASTER'S VOICE 2092/98、録音:1933年4月26日,4月28日,1934年5月23日,5月24日,8月27日アビー・ロード第3スタジオ。
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J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻(その1)
 「前奏曲とフーガ」第1番-第12番 BWV846-BWV857
エトヴィン・フィッシャー(P)
 英 HIS MASTER'S VOICE 2079/85、録音:1933年4月25日,4月28日,9月12日,9月13日 アビー・ロード第3スタジオ。
 ピアノのエトヴィン・フィッシャー(1886-1960)はスイスのバーゼル生まれ、ベルリンでリストの最後の弟子だったマルティン・クラウゼに師事した。1933年から1936年の4年をかけて録音されたこの「平均律クラヴィーア曲集」は "バッハ協会盤" としてアルバム全5巻として予約販売されたもの。HMV盤特有の大きな雑音があるが、耳を澄ますと聞こえてくるピアノの暖かい演奏は復刻盤では味わえないものがある。
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78CDR-3141
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(旧 78CDR-1141)
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ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.77
 (カデンツァ:ヨアヒム)
オシー・ルナルディ(Vn)
シャルル・ミュンシュ指揮
アムステルダム・
 コセルトヘボウo.
78DSD-3141
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 英 DECCA AK2055/59、録音:1948年9月13日-14日、アムステルダム、コンセルトヘボウ大ホール。
 オシー・レナルディ(1920-1953)はウィーン生まれのヴァイオリニスト。11歳で演奏旅行をするほどの技量を持っていた。13歳でウィーンに戻り正式にデビュー。1937年にアメリカに渡り、大戦前夜を過ごした。1941年米国陸軍に入隊、2年後に除隊しステージに現れた。レナルディが最も評判をとったのはカーネギーホールの演奏会でプログラム後半に弾いたパガニーニの12の奇想曲だった。このデッカ録音は1948年9月にアムステルダムで行われたレナルディ28歳の時のもの。LP初期にも発売されたがトランスファーが悪くこの演奏を十全に伝えていなかった。指揮はシャルル・ミュンシュ(1891-1968)であることもこの演奏に大きな意味を持つ。レナルディは1953年自動車事故で33歳で世を去った。デッカ社のヴィクター・オロフ(プロデユーサー)、ケネス・ウィルキンソン(レコーディィング・エンジニア)によるFFRR録音。
78CDR-3140
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(旧 78CDR-1140)
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ヴィヴァルディ(ダンドゥロー編):
 ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.3-9「調和の幻想」より
 フォーレ: 子守歌 Op.16
ドゥニーズ・ソリアーノ(Vn)
シャルル・ミュンシュ指揮
o.
78DSD-3140
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 仏 PATHE PAT154/5、録音:1939年9月5日、パリ。
 ヴァイオリンのドゥニーズ・ソリアーノ(1916-2006)はカイロ生まれのフランスの女流ヴァイオリニスト。パリ音楽院でジュール・ブーシュリ(1878-1962)に師事し、1932年16歳で一等賞を得た。ソリアーノはソロ演奏活動の傍らブーシュリ教授の片腕として後進の指導にあたり、後に結婚してブーシュリ夫人となった。指揮のシャルル・ミュンシュ(1891-1968)はストラスブール生まれのフランスの名指揮者、録音当時パリ音楽院の指揮科の教授だった。ミュンシュは1949年から1962年までボストンso.の首席指揮者をつとめた。
78CDR-3139
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(旧 78CDR-1139)
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ラロ:スペイン交響曲 Op.21 ローラ・ボベスコ(Vn)
ウジェーヌ・ビゴー指揮
コンセール・ラムルーo.
78DSD-3139
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 仏 COLUMBIA LFX610/13、録音:1942年7月23日、パリ、アルベール・スタジオ。
 ローラ・ボベスコ (1921-2003)はルーマニアのブカレスト生まれ。パリ音楽院でジュール・ブーシュリ(1878-1962)に師事し1934年13歳で一等賞を得た。同年ポール・パレー指揮コロンヌo.でデビューした。1937年ブリュッセルのイザイ国際コンクールで入賞。以後ソリストとして活躍、ブリュッセル音楽院の教授もつとめた。1970年-80年代には日本を数回訪問し録音も多い。これはボベスコ21歳の時の初録音。第2次世界大戦下のパリで録音された。ここでは通常カットされる第3楽章インテルメッツォが演奏されている。指揮者のウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)はフランスの名指揮者。SP時代に多くの録音を残していた。
78CDR-3138
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(旧 78CDR-1138)
[CD-R]
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.61
 (カデンツァ:ヨアヒム)
ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
ブルーノ・ワルター指揮
ブリティッュso.
78DSD-3138
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 英 COLUMBIA LX174/8、録音:1932年4月18日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はハンガリーのブダペスト生まれ。ブダペスト音楽院でイェノ・フバイ(1858-1937)に師事した。1905年ベルリンでデビュー、大ヴァイオリニスト、ヨアヒム(1831-1907)に認められた。1917年から24年スイスのジュネーヴ音楽院で教え、1940年にアメリカに移住。シゲティは1931年の初来日以後何度も日本を訪れ、SP時代の日本録音も数多い。これはシゲティ40歳の初めてのベートーヴェンの協奏曲録音。英 COLUMBIAのアラン・ブラムラインが開発したMC型録音機による最初の録音。シゲティは後年ニューヨークでもブルーノ・ワルター(1876-1962)と再録音した。
78CDR-3137
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(旧 78CDR-1137)
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エルガー:チェロ協奏曲 ホ短調Op.85 パブロ・カザルス(Vc)
エイドリアン・ボールト指揮
BBCso.
78DSD-3137
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB6338/DBS6341、録音:1945年10月14日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 サー・エドワード・エルガー (1857-1934)はイギリスの作曲家・指揮者。チェロ協奏曲 ホ短調は1919年の作品。パブロ・カザルス(1876-1973)は20世紀最大チェリスト。1939年母国スペイン内戦でフランスに亡命、スペインのフランコ政権を認める国では演奏しない宣言を行いスペインとの国境に近いプラドで隠棲していた。1945年6月から演奏活動を再開、同年10月にアビー・ロードで6年ぶりの録音をしたのが、このエルガー。だが各国政府がフランコ政権を容認したことで、11月より演奏活動を再び停止。それは5年後の1950年にプラド音楽祭が開かれるまで続いた。指揮者のボールト(1889-1983)はニキシュの影響を受けたイギリスの指揮者。1930年BBCso.設立時の初代首席指揮者だった。
78CDR-3136
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(旧 78CDR-1136)
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メニューイン&フルトヴェングラーのベートーヴェン
 ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.61
ユーディ・メニューイン(Vn)
ヴィルヘルム・
 フルトヴェングラー指揮
ルツェルン祝祭o.
78DSD-3136
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 録音:1947年8月29日、蘭 HIS MASTER'S VOICE DB6574/9。
 大指揮者ヴィルヘルム・フルトウェングラー(1886-1954)は1945年のドイツ敗戦後に戦時中ナチスへの協力を疑われ、1947年4月まで演奏活動が禁止された。この録音は1947年8月にフルトヴェングラーが音楽祭に再登場した記念の録音。ソリストのユーディ・メニューイン(1916-99)はフルトヴェングラーのナチス協力疑惑を晴らす証言で、大指揮者の弁護にあたったことでも知られている。SPレコード最後期の録音。
78CDR-3135
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(旧 78CDR-1135)
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ソリアーノ&タリアフェロのフォーレ
 フォーレ:ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ長調Op.13
ドゥニーズ・ソリアーノ(Vn)
マグダ・タリアフェロ(P)
78DSD-3135
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 録音:1935年、仏 PATHE PAT3/5。
 1936年第1回フランス・ディスク大賞受賞ディスク。ソリアーノとタリアフェロの名前を世界のクラシック愛好家に知らしめた。ヴァイオリンのドゥニーズ・ソリアーノ(1916-2006)は1932年16歳でパリ音楽院の一等賞を得た。マグダ・タリアフェロ(1893-1986)はブラジル生まれのピアニスト。サンパウロ音楽院を経て1906年にパリ音楽院に13歳で入り9カ月後に一等賞を得た。本シリーズでは二人の演奏によるモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 K.454(78CDR-1027)、タリアフェロのピアノによるモーツァルト:ピアノ協奏曲第26番 K.537「戴冠式」(78CDR-1097)、ソリアーノのヴァイオリンによるモーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 K.216(78CDR-1031)、モーツァルト: ヴァイオリン協奏曲第7番 K.271a(78CDR-1108)、モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調K.378(78CDR-1047)が出ている。いずれも稀少SP盤からのダイレクト・トランスファー。
78CDR-3134
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(旧 78CDR-1134)
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クヌドゥセン&リーフリングのグリーグ
 グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ短調Op.45
グンナール・クヌドゥセン(Vn)
ロベルト・リーフリング(P)
78DSD-3134
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 録音:1947年頃、ノルウェー HIS MASTER'S VOICE DB11900/902。
 作曲家エドゥアルト・グリーグ(1843-1907)と同郷のじノルウェーの演奏家による録音。ヴァイオリンのグンナール・クヌドゥセンは1907年生まれ。ノルウェー録音のLPが十数枚あるが、SP録音はおそらくこの「ソナタ」だけと思われる。ピアニストのロベルト・リーフリング(1911-1988)はオスロ生まれで、ドイツでエトヴィン・フィッシャー(1866-1960)に師事した。20世紀ノルウェーを代表するピアニストでバッハの「平均律クラヴィーア曲集」を生涯2回録音した。この「ソナタ」の演奏は作曲家と同じ言語を感じさせる。第2楽章の玲瓏な響きは他の演奏家では聞けない美しいもの。戦後のSP録音。
78CDR-3133
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(旧 78CDR-1133)
[CD-R]
ケンプ、1940年の「悲愴」
 ベートーヴェン:
  ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調Op.13「悲愴」
ヴィルヘルム・ケンプ(P)
78DSD-3133
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 録音:1940年、独 POLYDOR 67682/3。
 ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)は機械式録音(ラッパ吹込)時代からレコードで活躍したドイツの偉大なピアニスト。モノラル&ステレオのLP時代の録音はよく知られているが、この「悲愴」は第2次世界大戦中の録音で、日本ではSP時代に発売されなった。第3楽章はこのピアニストの持ち味がよく出た美しい演奏。本シリーズではケンプの戦中録音のベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番(78CDR-1112)とピアノ協奏曲第4番(78CDR-1120)が出ている。
78CDR-3132
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(旧 78CDR-1132)
[CD-R]
ミルシテイン&オーマンディ
 ラロ:スペイン交響曲 Op.21
ナタン・ミルスタイン(Vn)
ユージン・オーマンディ指揮
フィラデルフィアo.
78DSD-3132
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 録音:1944年11月19日、1945年3月15日、フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック、米 COLUMBIA 12067/69-D (Set MM-564)。
 ナタン・ミルスタイン(1903-92)はロシアのオデッサ生まれ。11歳でペテルブルク音楽院に入学、名ヴァイオリン教師レオポルド・アウアー(1845-1930)に就いた。後にピアニストのホロヴィッツと知り合い一緒に演奏旅行。1929年にはストコフスキー指揮フィラデルフィアo.のコンサートでアメリカにデビュー、1942年にアメリカ市民権を得た。この「スペイン交響曲」は大戦末期の録音。溌剌として生気に満ちた演奏は後年のものと違った味を持つ。本シリーズではJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番(78CDR-1078)に続くミルスタインの2枚目のダイレクト・トランスファー。
78CDR-3131
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(旧 78CDR-1131)
[CD-R]
コルトー、ティボー、カザルス
 シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調Op.99
アルフレッド・コルトー(P)
ジャック・ティボー(Vn)
パブロ・カザルス(Vc)
78DSD-3131
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[DVD-R]
 録音:1926年7月5日-6日、ロンドン、キングズウェイ・ホール、独 ELECTROLA DB947/50。第4楽章の面にキズあり。
 カザルス・トリオはアルフレッド・コルトー(1877-1962)のピアノ、ジャック・ティボー(1880-1953)のヴァイオリン、パブロ・カザルス(1876-1973)のチェロで1905年頃始まったピアノ・トリオ、3人はまだ20歳代の若い演奏家だった。このグループの初録音がこのシューベルトで、電気録音最初期の1926年に行われた。後年の「大公トリオ」(78CDR-1009)に較べると音質的に若干の難点があるが、この較べるもののない人類の遺産的演奏を十分に聴き取ることができる。
78CDR-3130
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(旧 78CDR-1130)
[CD-R]
アルフレッド・コルトー
 フランク:交響的変奏曲
アルフレッド・コルトー(P)
ランドン・ロナルド指揮
ロンドンpo.
78DSD-3130
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[DVD-R]
 録音:1934年3月13日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ、英 HIS MASTER'S VOICE DB2185/6。
 アルフレッド・コルトー(1877-1962)が電気録音になってこの曲の2回目の録音。作曲家フランクを敬愛していたコルトー57歳の演奏。指揮者のサー・ランドン・ロナルド(1873-1938)はロンドン生まれ。レコード黎明期からロンドンのコヴェントガーデン・オペラに出演した大歌手にレコード録音を薦めた功労者。ピアニストだったが1909年にロイヤル・アルバート・ホールo.の指揮者となり多くの録音を残した。電気録音時代にはコルトーやクライスラー(1875-1962)の協奏曲の指揮をした。
78CDR-3129
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(旧 78CDR-1129)
[CD-R]
エトヴィン・フィッシャー
 ハイドン:ピアノ協奏曲 ニ長調
エトヴィン・
 フィッシャー(P)指揮
VPO
78DSD-3129
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[DVD-R]
 録音:1942年12月、ウィーン、独 ELECTROLA DB7657/8。
 エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)はスイス生まれで、主にドイツで活躍したピアニスト、指揮者で教育者でもあった。ベルリンでリストの最後の弟子だったマルティン・クラウゼに師事した。1933年にEMIのアーティストとなり、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」全曲の世界初録音を行った。フィッシャーは協奏曲の演奏では独奏と同時に指揮をする「弾き振り」の演奏法を現代に復活した。この録音も自らの指揮による「弾き振り」。第2次世界大戦下のウィーン録音で超希少盤。第2楽章のカデンツァがことのほか美しい。
78CDR-3128
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(旧 78CDR-1128)
[CD-R]
ブロニスワフ・フーベルマン
 ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.61
 J.S.バッハ:
  無伴奏ヴァイオリン・ソナタ
   第2番 イ短調BWV1003〜「アンダンテ」(*)
 
ブロニスワフ・
 フーベルマン(Vn)
ジョージ・セル指揮
VPO
78DSD-3128
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[DVD-R]
 録音:1934年6月18日-20日、26日、ウィーン、日COLUMBIA J8491/5 (原録音: 英COLUMBIA LX509/13A &LX410B)。(*)の中間部にゴツゴツ・ノイズあり。
 ブロニスワフ・フーベルマン(1882-1947)はポーランド生まれのヴァイオリニスト。1892年10歳の時に大ヴァイオリニスト、ヨアヒム(1831-1907)の指揮でベルリン・デビュー。3年後の1895年13歳の時、名ソプラノ、アデリーナ・パッティ(1843-1919)に招かれウィーンでの「パッティ告別演奏会」で演奏した。このベートーヴェンは1934年6月にラロ:スペイン交響曲(78CDR-1040)と同時期に録音された。聴く人の心を抉るような個性的な演奏。指揮者のジョージ・セル(1897-1970)はブダペスト生まれ。ヨーロッパで活躍した後、アメリカに移住、1946年から1970年までの24年間はクリーヴランドo.を指揮しこのオーケストラを世界有数のものに育て上げた。
78CDR-3127
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(旧 78CDR-1127)
[CD-R]
カール・シューリヒト
 ベートーヴェン:交響曲第4番 変ロ長調Op.60
カール・シューリヒト指揮
ベルリン市立o.
78DSD-3127
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[DVD-R]
 録音:1942年、ベルリン、独 POLYDOR 68139/43。
 カール・シューリヒト(1880-1967)はドイツの指揮者。1912年から1944年までヴィスバーデン歌劇場の音楽監督をつとめると同時にBPOやウィーン・フィルを指揮した。シューリヒトのベートーヴェン:交響曲第1番から第9番は戦後のパリ音楽院o.を指揮したEMI録音がよく知られているが、この録音は第2次世界大戦下の1942年ベルリンで行われた。80歳を越えてもまだ現役の指揮者だったシューリヒトの62歳の録音。
78CDR-3126
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(旧 78CDR-1126)
[CD-R]
モニーク・ドゥ・ラ・ブルショルリSP録音集
 サン=サーンス:
  6つのエチュード Op.111〜
   第5協奏曲のフィナーレによるトッカータ
 シューベルト/I.フィリップ編:
  ワルツOp.9 D.365〜第19番&第20番
 ハイドン:ピアノ・ソナタ第34番 ホ短調Op.42
 ドメニコ・スカルラッティ/タウジヒ編:
  田園曲 L.413/奇想曲 L.375
モニーク・ドゥ・ラ・
 ブルショルリ(P)
78DSD-3126
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[DVD-R]
 録音:1947年、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ/1948年頃、パリ、英 HIS MASTER'S VOICE DA1888、英 HIS MASTER'S VOICE DB21038、英 NIXA 4001(原録音: 仏 PACIFIC 3720)。
 モニーク・ドゥ・ラ・ブルショルリ(1915-72)はパリ生まれのフランスの女流ピアニスト。アルフレッド・コルトー(1877-1962)とイシドール・フィリップ(1863-1958)の弟子。1928年パリ音楽院の一等賞を得た。コンサート・アーティストとして活躍した傍ら母校で後進の指導にあたった。ヨーロッパ各地で演奏をしていた最中に自動車事故でキャリアを断たれた。最近マイナーレーベルに残されたこのピアニストの演奏がCD化されているが、ここに集めた30歳を越えたばかりの演奏は後年のものとは違った華麗な輝やきがある。SP録音末期のもので、スカルラッティは最初期のテープ録音と思われる。
78CDR-3125
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(旧 78CDR-1125)
[CD-R]
コルトー&インターナショナルSQ
 フランク:ピアノ五重奏曲 ヘ短調
アルフレッド・コルトー(P)
インターナショナルSQ
[マンジョー、ペッカー、
 ハワード、ウィザース]
78DSD-3125
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[DVD-R]
 録音:1927年12月12日、ロンドン、小クイーンズ・ホール、英 HIS MASTER'S VOICE DB1099/1102。
 アルフレッド・コルトー(1877-1962)が電気録音初期に残した貴重な録音。カペー四重奏団とマルセル・シャンピのピアノによる録音(78CDR-1034) の1年前のもの。作曲家フランクを敬愛していたコルトー50歳の演奏。インターナショナル弦楽四重奏団は1919年にアンドレ・マンジョーによって、イギリスの現代音楽と諸外国の音楽との交歓演奏を目的にロンドンで組織された。マンジョーは1883年パリ生まれのヴァイオリン奏者。
78CDR-3124
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(旧 78CDR-1124)
[CD-R]
ヨーゼフ・シゲティ
 メンデルスゾーン:
  ヴァイオリン協奏曲 ホ短調Op.64(*)/
 パガニーニ:奇想曲 Op.1〜第9番 ホ長調「狩り」
ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
トーマス・ビーチャム指揮(*)
LPO(*)
78DSD-3124
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[DVD-R]
 録音:1933年9月28日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ、英 COLUMBIA LX262/5 (一部日本コロムビア盤) 。
 ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はハンガリーのブダペスト生まれ。ブダペスト音楽院でイェノ・フバイ(1858-1937)に師事した。1905年ベルリンでデビュー、大ヴァイオリニスト、ヨアヒム(1831-1907)に認められた。1917年から24年スイスのジュネーヴ音楽院で教えた。1940年アメリカに移住した。シゲティは1931年の初来日以降何度も日本を訪れた。SP時代の日本録音も数多い。メンデルスゾーンはシゲティの唯一のスタジオ録音で、LP時代にも再録音しなかった。
78CDR-3123
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(旧 78CDR-1123)
[CD-R]
ゲオルク・クーレンカンプ
 ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調Op.26
ゲオルク・クーレンカンプ(Vn)
カール・シューリヒト指揮
チューリヒ・トーンハレo.
78DSD-3123
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[DVD-R]
 録音:1947年1月23日、27日、チューリヒ放送スタジオ、英 DECCA AK1603/5。
 ゲオルク・クーレンカンプ(1898-1948)はドイツのブレーメン生まれ、第2次世界大戦中ソリストとして活躍する傍らベルリン高等音楽院教授を1943年まで務めた。1944年にスイスのルェツェルン音楽院教授となり、ピアノのエトヴィン・フィッシャー(1886-1960)、チェロのエンリコ・マイナルディ(1897-1976)とのトリオでも活躍した。1948年50歳を迎えて間もなく急逝した。この録音は死の1年前のもので、クーレンカンプの良さがシューリヒトの絶妙なバックで最高に発揮されている。同じ時期に英DECCAにブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全3曲をショルティのピアノで録音していた。FFRR録音。
78CDR-3122
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(旧 78CDR-1122)
[CD-R]
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
 ブラームス:交響曲第2番 ニ長調Op.73
ヴィルヘルム・
 フルトヴェングラー指揮
LPO
78DSD-3122
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[DVD-R]
 録音:1948年3月22日、24日、25日、ロンドン、キングスウェイ・ホール、英 DECCA AK1875/9。
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)によるこの曲の唯一のスタジオ録音。フルトヴェングラーはこの録音の翌日フィルハーモニアo.を指揮してヴァーグナー:楽劇「神々の黄昏」より、ブリュンヒルデの自己犠牲をソプラノのフラグスタートと録音した。この演奏をSP盤のダイレクト・トランスファーで聴いて、初めて周到なリハーサルと録音に3日間かけた成果が明らかになった。デッカのオロフ=ウィルキンソンのコンビによるFFRR録音。
78CDR-3121
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(旧 78CDR-1121)
[CD-R]
エネスコのシューマン
 シューマン:交響曲第2番 ハ長調Op.61
ジョルジュ・エネスコ指揮
LPO
78DSD-3121
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[DVD-R]
 録音:1947年9月18日-19日、ロンドン、キングズウェイ・ホール。英 DECCA AK1748/52。
 ジョルジュ・エネスコ(1881-1955)はルーマニア出身。ヴァイオリニスト、ピアニスト、作曲家、指揮者、教育者として活躍した全能音楽家。この録音は第2次世界大戦後、英国デッカ社に残した極めて貴重な録音。わが国に多いエネスコ・ファンの間でも殆ど知られていないもの。エネスコ65歳の晩年の録音だが、透明で香り立つような親しめるシューマンである。英デッカのFFRR録音。
78CDR-3120
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(旧 78CDR-1120)
[CD-R]
ケンプ + ケンペン、1941年
 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調Op.58
ヴィルヘルム・ケンプ(P)
パウル・ファン・ケンペン指揮
ベルリン・ドイツ・オペラo.
78DSD-3120
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[DVD-R]
 録音:1941年、ベルリン。第1楽章冒頭にキズあり。
 ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)とパウル・ファン・ケンペン(1893-1955)のベートーヴェン:ピアノ協奏曲はモノLP初期の1953年に録音したベルリン・フィルとの演奏が有名だが、これは第2次世界大戦下の録音。オランダの指揮者ファン・ケンペンが指揮するベルリンのシャルロッテンベルグ・オペラのオーケストラとの共演。
78CDR-3119
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(旧 78CDR-1119)
[CD-R]
アルノルト・ロゼー
 J.S.バッハ:
  二つのヴァイオリンのための
   協奏曲 ニ短調 BWV.1043(*)/
  無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番
   ト短調 BWV.1001〜アダージョ
アルノルト・ロゼー(Vn)
アルマ・ロゼー(Vn;*)
室内管弦楽団(*)
78DSD-3119
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 録音:1929年5月29日、ウィーン。チェコ HIS MASTER'S VOICE ES663/5 (*)の第3楽章終りにゴト音あり。
 ロゼー父娘による唯一の録音。アルノルト・ロゼー(1863-1946)はウィーン・フィルやウィーン国立歌劇場オーケストラのリーダーを50年間(1881-1931)務め、機械式録音時代にも録音していた名手。アルノルト・ロゼーはグスタフ・マーラーの妹ユスティーネと結婚し、娘のアルマ・ロゼー(1906-1944)をもうけた。アルマはヴァイオリニストとなり、1932年に女性だけのオーケストラ "ウィーン・ワルツ・オーケストラ" を組織し好評を得た。アルマ・ロゼーはチェコ出身のヴァイオリニスト、ヴァーシャ・プシホダ(1900-1960)と1930年に結婚したが1935年に離婚。1938年にナチのウィーン侵攻でロゼー父娘はロンドンに逃れたが、アルマはヨーロッパ大陸の戻りフランスで演奏活動中、ナチのゲシュタボにつかまりアウシュウィッツに送られた。アルマはガス室に送られる人々の僅かの時間を慰めるために楽団を作ることを許されたが、1944年アウシュヴィッツで他界した。ガス室ではなく食中毒が死因とされている。
78CDR-3118
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(旧 78CDR-1118)
[CD-R]
ジャック・ティボー
 モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216
ジャック・ティボー(Vn)
ポール・パレー指揮
管弦楽団
78DSD-3118
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 録音:1947年11月、パリ。仏 POLYDOR A.6.230/232。
 ジャック・ティボー(1880-1953)は20世紀フランス最高のヴァイオリニスト。モーツァルトの作品を得意として生涯プログラムの中心だった。この録音は第2次世界大戦後の1947年、ティボーが67歳の時のもの。指揮者のポール・パレー(1886-1979)は1911年パリ音楽院の作曲部門でローマ賞(審査員の全員の推挙による一等賞)を得て、後に指揮者として活躍した。戦後の1951年アメリカのデトロイト交響楽団の指揮者に就任1963年まで務めた。この録音は78回転再生ではピッチが高く(修正済)、また円盤録音機の回転音が耳障りである。それでもダイレクト・トランスファーによって復刻LPとは違ったティボーのエレガントなヴァイオリンが聴ける。
78CDR-3117
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(旧 78CDR-1117)
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ワンダ・ランドフスカ
 モーツァルト:
  ピアノ協奏曲第26番 ニ長調 K.537「戴冠式」(*)
  モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397
ワンダ・ランドフスカ(P)
ワルター・ゲール指揮(*)
管弦楽団(*)
78DSD-3117
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 録音:1937年、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。仏 DISQUE GRAMOPHONE DB3147/50 (*)の第2楽章終りにノイズあり。
 ワンダ・ランドフスカ(1879-1959)はポーランド出身のハープシコード&ピアノ奏者。パリのプレイエル社に2段鍵盤の特注したハープシコードでSPレコードの電気録音初期から多くの録音を残した。この「戴冠式」はランドフスカが初めてピアノを弾いた録音。イギリス国王ジョージ6世(1895-1952、現エリザベス女王の父君)即位を記念した録音と伝えられる。指揮者のワルター・ゲール(1903-1960)はドイツ出身でシェーンベルクについて作曲を勉強した後イギリスに亡命。指揮者として活躍した。
78CDR-3116
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(旧 78CDR-1116)
[CD-R]
ベートーヴェン:
 ヴァイオリン・ソナタ第7番 ハ短調Op.30-2
ヴォルフガング・
 シュナイダーハン(Vn)
フリードリヒ・ヴューラー(P)
78DSD-3116
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 英 COLUMBIA LX8673/6 。録音:1947年12月1&6日、ウィーン。
 ヴォルフガング・シュナイダーハン(1915-2002)はウィーン生まれ。幼少期に神童と注目されヴォルフィの名でオーストリア・コロンビアに小品の録音もあった。17歳でウィーン交響楽団の第1ヴァイオリン奏者になり、その後ウィーン・フィルハーモニーに入り、1937年から1950年までコンサート・マスターの地位にあった。その時期にシュナイダーハン弦楽四重奏団のリーダーやエトヴィン・フィッシャー・トリオのメンバーとしても活躍した。このSP録音はシュナイダーハンがドイツ・グラモフォン専属になる前のもの。ピアノのフリートリッヒ・ヴューラー(1900-75)はウィーン音楽アカデミーに学び、母校の教授もつとめた。LPの初期に米VOXに録音を残していた。
78CDR-3115
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(旧 78CDR-1115)
[CD-R]
ベートーヴェン:交響曲第2番 ニ長調Op.36 カール・シューリヒト指揮
スイス・ロマンドo.
78DSD-3115
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 英 DECCA AK1610/3 。録音:1947年2月14日、ジュネーヴ放送局スタジオ。ご注意:第1楽章の強音で音ワレあり。
 カール・シューリヒト(1880-1967)はドイツの指揮者。SP時代からベートーヴェンやブルックナーの録音を独ポリドールに残していた。これはシューリヒトがスイス・ロマンドを指揮した珍しいもので、わが国ではほとんど知られていなっかった。LP時代にパリ音楽院やウィーン・フィルを指揮していたこの大指揮者の第2次世界大戦直後のスイス録音は、颯爽とと直進する若々しさが横溢している。英デッカのFFRR録音。
78CDR-3114
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(旧 78CDR-1114)
[CD-R]
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調Op.64 ヤッシャ・ハイフェッツ(Vn)
トーマス・ビーチャム指揮
ロイヤルpo.
78DSD-3114
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB1913/5 。録音:1949年6月10日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 ヤッシャ・ハイフェッツ(1901-87)はロシア生まれのアメリカのヴァイオリニスト。ペテルブルグ音楽院でレオポルド・アウアー(1845-1930)に学び、10歳の春にデビューした。1917年16歳の時に革命を逃れ一家はアメリカに移住し、少年ハイフェッツは一流演奏家として待遇された。その後青年期、壮年期から引退するまで世界最高のヴァイオリン奏者として崇められた。この録音はSP最後期の録音。ハイフェッツ初のメンデルスゾーンであった。指揮者のサー・トーマス・ビーチャム(1879-1961)は英国で最も尊敬された指揮者で1932年ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団を組織し、1947年にはロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を作った。ハイフェッツはチャイコフキー:ヴァイオリン協奏 曲(78CDR-1086)が出ている。
78CDR-3113
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(旧 78CDR-1113)
[CD-R]
モーツァルト:
 ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216
ジョコンダ・デヴィート(Vn)
トーマス・ビーチャム指揮
ロイヤルpo.
78DSD-3113
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 蘭 HIS MASTER'S VOICE DB9570/2 。録音:1949年5月3-4日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 ジョコンダ・デヴィート(1907-1994)はイタリアの女流ヴァイオリニスト。戦後の1947年にエディンバラ音楽祭に初登場、同時にEMIの専属アーティストになった。この録音はSP時代の末期のもの。指揮者のサー・トーマス・ビーチャム(1879-1961)は英国で最も尊敬された指揮者。1932年ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団を組織し、1947年にはロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を作った。ビーチャムの指揮するモーツァルトはSP時代最も権威のあるものとして欧米では受け入れられた。デヴィートはこのシリーズでJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 BWV1004(78CDR-1019)とJ.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番 BWV1042(78CDR-1052)が出ている。
78CDR-3112
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(旧 78CDR-1112)
[CD-R]
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調Op.37 ヴィルヘルム・ケンプ(P)
パウル・ファン・ケンペン指揮
ドレスデンpo.
78DSD-3112
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[DVD-R]
 独 POLYDOR 67946/50 。録音:1942年。
 ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)はドイツのピアニスト。機械式録音時代からステレオ録音の時代まで多くの録音を残した。パウル・ファン・ケンペン(1893-1955)はオランダの指揮者。1932年から1942年までドレスデン・フィルハーモニーの首席指揮者を務めた。ケンプとファン・ケンペン指揮ベルリン・フィルのベートーヴェン:ピアノ協奏曲全5曲はLP初期の1953年の録音が有名だが、これは1942年第2次世界大戦下のドレスデン録音。ケンプ47歳の壮年期の演奏が聴ける。物資窮乏の時代のためプレス枚数が極めて少なく、希少盤である。
78CDR-3111
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(旧 78CDR-1111)
[CD-R]
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調 K.218
         (カデンツァ:ヨアヒム)
ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
トーマス・ビーチャム指揮
LPO
78DSD-3111
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[DVD-R]
 日本コロムビア J8445/7 (原録音:英COLUMBIA LX-386/8) 。録音:1934年10月8日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はブダペスト生まれのヴァイオリニスト。ブダペスト音楽院でイェネー・フバイ(1858-1937)に師事し、13歳でデビューした。1907から1913年に英国に住みピアノのマイラ・ヘス(1890-1965)やフェルッチョ・ブゾーニ(1866-1924)らとのソナタ演奏から大きな音楽的影響を受け、その後ヨーロッパ大陸に戻り1917年から1924年スイスのジュネーヴ音楽院で教えた。第2次世界大戦前の1932年(昭和7年)と翌1933年(昭和8年)に来日した。その時日本コロムビアに録音もしている。このモーツァルトはシゲティの長い録音経歴で唯一のモーツァルト:ヴァイオリン協奏曲。トーマス・ビーチャム(1879-1961)は英国で最も尊敬された指揮者で1932年ロンドンpo.を組織し、1947年にはロイヤルpo.を作った。
78CDR-3110
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(旧 78CDR-1110)
[CD-R]
サン=サーンス:
 ヴァイオリン・ソナタ第1番 ニ短調Op.75
アンドレ・パスカル(Vn)
イシドール・フィリップ(P)
78DSD-3110
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 米 COLUMBIA P-71214/6D (仏Pathe PAT 15/7と同一録音) 。録音:1935年頃、パリ。
 フランス近代ヴァイオリン・ソナタの名作フォーレの第1番(1877年作)やフランクのソナタ(1886年作)の間に埋もれている感のあるこのソナタはカミーユ・サン=サーンス(1835-1921)が1885年に作曲した。ピアニストのイシドール・フィリップ(1863-1958)はハンガリー系のフランスのピアニストで、1883年パリ音楽院の一等賞を得てサン=サーンスにも師事した。1903年から1934年まで母校の教授を務め、門下に多くの名ピアニストを輩出した。ヴァイオリンのアンドレ・パスカル(1894-没年不詳)はパリ音楽院に学び、パリ音楽院o.の第1ヴァイオリン奏者、フォンテンブローのアメリカ音楽院の教授を務めた。この録音は作曲者サン=サーンスの生誕100年の年に、故人と縁の逢った演奏者によって録音された貴重なもの。この曲の世界初録音であった。
78CDR-3109
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(旧 78CDR-1109)
[CD-R]
サン=サーンス:
 交響曲第3番 ハ短調Op.78「オルガン付き」
アレックス・スイェ(Org)
リュシアン・プティジャン、
ドゥニーズ・エルブレシュト(P)
ピエロ・コッポラ指揮
so.
78DSD-3109
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 米 RCA VICTOR 13238/41 (Set:DM100) (仏 DISQUE GRAMOPHONE W1092/5と同一録音)。録音:1930年2月パリ。
 その昔、このオルガンを聴きえた人は居たのだろうか。電気録音初期のこの曲の初レコードで、SPレコードながらオルガンが自然なバランスで録音されている。当時の蓄音機や電蓄などでは再生が難しかったと思われる。またこのディスクは作曲家サン=サーンス(1835-1921)の生前の演奏様式を知ることができる貴重な録音。ライヴを彷彿させる熱気溢れる演奏。ピエロ・コッポラ(1888-1977)はミラノ生まれの指揮者で作曲家。フランスのDISQUE GRAMOPHONE 社の専属指揮者を務め、主として協奏曲の録音で活躍したほか、大バス歌手フェオドール・シャリアピン(1873-1938)のアメリカ公演に乞われて随行したこともある。
78CDR-3108
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(旧 78CDR-1108)
[CD-R]
モーツァルト:
 ヴァイオリン協奏曲第7番 ニ長調 K.271a
ドゥニーズ・ソリアーノ(Vn)
シャルル・ミュンシュ指揮o.
78DSD-3108
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[DVD-R]
 仏 Pathe PAT143/5。録音:1940年頃、パリ。
 ドゥニーズ・ソリアーノ(1916-2006)はパリ音楽院の名ヴァイオリン教授ジュール・ブーシュリ(1878-1962)に師事したカイロに生まのフランスの女流ヴァイオリニスト。1932年16歳でパリ音楽院の一等賞を得た。1936年にはピアノのマグダ・タリアフェロと録音したフォーレ:ヴァイオリン・ソナタ第1番がディスク大賞を受賞した。ソリアーノはソリストとしての活動の傍ら、ブーシュリ教授の片腕として後進の指導にあたり、後に結婚してブーシュリ夫人になった。ソリアーノは2006年3月5日パリの病院で90歳の生涯を閉じた。指揮者のシャルル・ミュンシュ(1891-1968)はストラスブール生まれのフランスの指揮者、録音当時パリ音楽院の指揮科の教授だった。モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第7番 ニ長調 K.271a はモーツァルトが21歳の時に作曲されたと伝えられた曲だがオリジナル楽譜は存在せず、19世紀中頃に作成された筆写譜に基づいた楽譜が1927年に出版された。1932年に当時16歳だったユーディ・メニューイン(1916-1999)によって初録音されたが現在ではモーツァルトの作品ではない疑作に分類されている。ソリアーノの演奏はモーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 K.216(指揮:ジュール・ブーシュリ)(78CDR-1031)とモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第40番 変ロ長調 K.454(ピアノ:マグダ・タリアフェロ)(78CDR-1027)が出ている。
78CDR-3107
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(旧 78CDR-1107)
[CD-R]
ラロ:スペイン交響曲Op.21 アンリ・メルケル(Vn)
ピエロ・コッポラ指揮
コンセール・パドゥルーo.
78DSD-3107
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 仏 DISQUE GRAMOPHONE L-923/6 。録音:1932年2月パリ。
 アンリ・メルケル(1897-1969)はパリ・オペラ座のo.やコンセール・ラムルーo.の団員を務めた後、1927年にパリで独奏会を開いた。1929年からパリ音楽院o.のコンサート・マスターになり、その後ソリストとして独立した。このスペイン交響曲はSPレコード時代にカットされることが多かった第3楽章インテルメッツォが収録されている。指揮者のピエロ・コッポラ(1888-1977)はミラノ生まれ。フランスのDISQUE GRAMOPHONE社の専属指揮者を務め、主として協奏曲の録音で活躍した。大バス歌手フェオドール・シャリアピン(1873-1938)のアメリカ公演に乞われて随行したこともある。メルケルはこのシリーズでベートーヴェン・ヴァイオリン協奏曲(78CDR-1020)が出ている。
78CDR-3106
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(旧 78CDR-1106)
[CD-R]
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調Op.110 エトヴィン・フィッシャー(P)
78DSD-3106
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[DVD-R]
 独 ELECTROLA DB3707/8。録音:1938年ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)はスイスのピアニスト。バーゼル音楽院で学んだ後、ベルリンに出てリスト (1811-86)の高弟マルティン・クラウゼ(1853-1918)に師事した。1930年ベルリン高等音楽院の教授になり、一方演奏家としても活躍した。1942年スイスに戻り、ソロ活動に加えヴァイオリンのクーレンカンプ(1898-11948)、後にヴォルフガング・シュナイダーハン(1915-90)、チェロのマイナルディ(1897-1976)とフィッシャー・トリオを結成した。フィッシャーのベートーヴェンの演奏は同時代に活躍したバックハウス(1884-1969)やシュナーベル(1882-1951)には無い"心の内に燃えさかる感情の炎" が見える。
78CDR-3105
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(旧 78CDR-1105)
[CD-R]
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.77 フリッツ・クライスラー(Vn)
レオ・ブレッヒ指揮
ベルリン国立歌劇場o.
78DSD-3105
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[DVD-R]
 独 ELECTROLA BD1120/24 。録音:1927年11月21,23,25日、ベルリン、ジングアカデミー。
 フリッツ・クライスラー(1875-1962)は電気録音最初期の1926/7年にベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスのヴァイオリン協奏曲を指揮者レオ・ブレッヒとベルリンでHISMASTER'S VOICEに録音した。このブラームスがベートーヴェン、メンデルスゾーンより1年遅かったため前2作品より優れた音質の録音になっている。クライスラーは1936年に3大協奏曲をロンドンで再録音した。これらはすべて78CDRシリーズで復刻されている。50歳代初頭のクライスラーと60歳代の入ってからの演奏を聴きくらべるのも面白い。
78CDR-3104
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(旧 78CDR-1104)
[CD-R]
ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調Op.95「新世界より」 ジョージ・セル指揮
チェコpo.
78DSD-3104
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 米RCA VICTOR 12259/63 (Set:AM469)(英 HIS MASTER'S VOICE C2949/53と同一録音)。録音:1937年10月30日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 指揮者のジョージ・セル(1897-1970)はハンガリー生まれ。ウィーンとライプツィヒに学んだ。10歳の時にピアニストとしてウィーンso.の演奏会でデビュー、17歳でBPOを指揮した。リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)のアシスタントを務めたこともある。1930年から36年にはチェコ・フィルの音楽監督、1942年から46年にはニューヨークのメトロポリタン歌劇場の指揮者だった。1946年にアメリカ市民となり、46年から70年までクリーヴランドo.の音楽監督の地位にあった。この録音はカザルスをソリストに迎えたドヴォルザーク:チェロ協奏曲(78CDR-1060)の半年後、チェコ・フィルがヨーロッパツアーした際にアビー・ロードで録音された。
78CDR-3103
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(旧 78CDR-1103)
[CD-R]
ヴィルヘルム・
 フルトヴェングラー指揮
BPO
78DSD-3103
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[DVD-R]
 独 ELECTROLA BD4609/14 。録音:1938年10月25-27日、ベルリン、ベートーヴェンザール。
 大指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)がEMIに録音した正規録音。正規録音とは指揮者自身がレコードとして承認したもので、放送録音など指揮者が生前レコードになることを許可しなかった演奏とは違うものをさす。今回の復刻はオーケストラの細部を克明に彫りだすことに努めたことで、演奏の感動がまた新たになるだろう。
78CD-3002
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(CD)
価格帯:B
プレス盤
(*/#)
フルトヴェングラー 「悲愴」「黄昏〜葬送行進曲」、独盤 SP からの復刻
 チャイコフスキー
:交響曲第6番 ロ短調Op.74「悲愴」(*)
 ワーグナー:「神々の黄昏」〜葬送行進曲(#)
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 BPO
78CDR-3103
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[CD-R]
(*)のみ
78DSD-3103
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[DVD-R]
(*)のみ
 ソース:独 ELECTROLA DB 3328/32S (英 HMV DB 3328/32S と同一録音) (*) |独 POLYDOR 67054 (#) 。録音:1938年10月15日-27日、ベートーヴェンザール、ベルリン (*) /1933年、ベルリン高等音楽院(#)。 ご注意:ノイズカットや編集は一切行っていませんので、SP盤特有の針音等のノイズが入ります。盤面ごとのつなぎ編集も行っておりませんので、SP盤1面ごとに音楽再生が途切れます。#「神々の黄昏」〜葬送行進曲はプレス盤 78CD-3002 が初登場となる復刻で、CD-R, DSD [DVD-R] 盤へは収録されておりません。 テレビでも話題になった玉音放送の復刻を担当した新 忠篤氏の復刻音源シリーズから、プレスCD第3回発売! これまでの復刻からは聴けなかった鮮烈な演奏がよみがえる!
 「悲愴」はヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)が残した唯一の正規録音。SPレコード録音が頂点に達した1930年代後半の録音である。テープ録音時代には聴き取れなくなったオーケストラ内声部の細かな動きが明瞭に聞こえるのはSP録音ならではのもの。これまでのSP復刻盤ではそれがノイズと共に消え去ってしまっていた。ベルリン・フィルがフルトヴェングラーの指揮のもとで巨大な怪物と化し、そのウネリが聴き手を恍惚の境地に導いてくれる。ワーグナーの「葬送行進曲」も同様である。フルトヴェングラーの指揮はこのシリーズで「英雄」(78CD-3000)と「運命」+「未完成」(78CD-3001)が出ている。
78CDR-3102
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(旧 78CDR-1102)
[CD-R]
ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調Op.55「英雄」 ハンス・クナッパーツブッシュ指揮
BPO
78DSD-3102
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[DVD-R]
 独 ELECTROLA BD7666/71 。録音:1943年3月31-4月1日、ベルリン、ベートーヴェンザール。
 ハンス・クナッパーツブッシュ(1888-1965)による唯一正規録音の「英雄」。第2次世界大戦の真っ只中、ヒトラーの統制下のベルリンで行われた録音。クナッパーツブッシュはBPOと1942年からエレクトローラ(EMI)に録音を始めた。そしてこの「英雄」れがBPOの戦前最後の商業録音になった。このレコードは戦中のためプレス枚数が極めて少なく、現在SP盤を見ることは滅多にない。この時期のBPOはフルトヴェングラーやヨッフムが指揮して帝国放送局(RRG)に録音を行っていた。それらはLP時代になってウラニアやメロディア、VOX等から発売された。
78CDR-3101
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(旧 78CDR-1101)
[CD-R]
ブラームス:
 ヴァイオリンとチェロのための複協奏曲 イ短調Op.102
ジャック・ティボー(Vn)
パブロ・カザルス(Vc)
アルフレッド・コルトー指揮
バルセロナ・パブロ・カザルスo.
78DSD-3101
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB1311/4 。録音:1929年5月10-11日、バルセロナ、オリンピア劇場。
 アルフレッド・コルトー (1877-1962)、ジャック・ティボー (1880-1953)、パブロ・カザルス (1876-1973)の壮年期の3人が一同に会した最後の録音。ここではコルトーが指揮者を務めている。香り立つロマンが横溢して、タイムカプセルが80年前の世界に導いてくれる。
78CDR-3100
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(旧 78CDR-1100)
[CD-R]
アメリカRCA VICTOR盤からの新復刻
 J.S.バッハ:
  無伴奏チェロ組曲第2番 ニ短調 BWV1008/
  無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV1009
パブロ・カザルス(Vc)
78DSD-3100
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[DVD-R]
 米 RCA VICTOR 16015/16020 (Set DM 611) 。録音:1936年11月23日、ロンドン, アビー・ロード第3スタジオ。
 パブロ・カザルス(1876-1973)のJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲全6曲は2曲ずつ録音された。この第2番と第3番はアルバムの第1巻として発売された。この2曲だけがアビー・ロードでの録音。他の4曲は1938年と1939年に録音された。この2曲を聴くとLP初期のシュタルケルによるコダーイ:無伴奏チェロ・ソナタ(Period)が血の通わない録音にきこえる。それほどカザルスのこの2曲は生々しく迫ってくる。1930年の半ばにしてEMIの録音技術は完成していた。
 ノイズの少ない米RCAVICTOR盤からの復刻。SPレコードは後のテープ録音と違って、各国のマスターの音質は基本的に違いはないが、主に盤の材質によって音質が大きく変わっている。各国の盤の優劣が論じられる事もあるが、ここは2枚の音質の違いを実際にお楽しみいただければと思う。英 HIS MASTER'S VOICE盤からの復刻は78CDR-1004で出ている。
78CDR-3099
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(旧 78CDR-1099)
[CD-R]
モーツァルト:
 ヴァイオリン・ソナタ第36番 変ホ長調 K.380(374f)
エールリング・ブロッホ(Vn)
エルゲル・ルンド・
 クリスティアンセン(P)
78DSD-3099
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 スカンジナヴィア HIS MASTER'S VOICE DB5258/9 (デンマーク)。録音:1941年。
 エールリング・ブロッホ(1904-1992)はデンマークのヴァイオリニスト。演奏活動の傍ら教師として後進の指導にあたった。ピアノのホルゲル・ルンド・クリスティアンセンは尊敬を集めたピアニスト。これは第2次世界大戦中の録音。この二人はニルセンのヴァイオリン・ソナタ第2番をデンマークHMVに録音していた (DB5219/20)。
78CDR-3098
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(旧 78CDR-1098)
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モーツァルト:
 ヴァイオリン・ソナタ第30番 ニ長調 K.306(300l)
カルロ・ファン・ネステ(Vn)
ナウム・スルズニー(P)
78DSD-3098
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 ベルギー HIS MASTER'S VOICE DB4703/4 。録音:1950年1月20日。
 カルロ・ファン・ネステ(1914-)はベルギーのブリュッセル王立音楽院出身でジョルジュ・エネスコに師事した。1933年にアンリ・ヴュータン賞を受賞した。ベルギーの生んだ世界的ヴァイリニスト、アルテュール・グリュミオー(1921-1986)の先輩にあたる。ナウム・スルズニー(1914-1979)はシュテファン・アスケナーゼに師事したピアニスト。第2次世界大戦直後の録音。フランコ=ベルギー楽派の伝統が生きている。このソナタの初レコード。
78CDR-3097
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(旧 78CDR-1097)
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モーツァルト:
 弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 K.458「狩り」
レナーSQ
78DSD-3097
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 米 COLUMBIA 67740/2-D (原録音:英 COLUMBIA L2261/3) 。録音:1928年11月3日、ロンドン。
 この録音が行われた1928年秋、英国COLUMBIA社はカペー弦楽四重奏団とレナー弦楽四重奏団の2大カルテットを擁していた。この時代は同一レーベルが同一曲を別団体で録音することは極力避けられていた。レナー弦楽四重奏団の「狩り」はこのような状況の下で録音された。この団体の最も得意とした曲と言える。ハンガリーのブダペスト音楽院出身の4人の奏者は、革命後祖国を離れてロンドンを中心に活躍した。モーツァルトの録音はクラリネット五重奏曲(78CDR-1045)、弦楽四重奏曲第14番 K.387(78CDR-1055)、弦楽四重奏曲第15番 K.421(78CDR-1062)、弦楽五重奏曲 ト短調 K.516(78CDR-1085)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3096
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(旧 78CDR-1096)
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モーツァルト:
 ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K.311 (284c)
  「トルコ行進曲つき」
エトヴィン・フィッシャー(P)
78DSD-3096
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 独 ELECTROLA DB1993/4。録音:1933年4月25,28日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)のHIS MASTER'S VOICEへの初録音。フィッシャーはスイスのバーゼル音楽院で学んだ後、ベルリンでリスト(1811-1886)の高弟マルティン・クラウゼ(1853-1918)についた。1930年にベルリン高等音楽院の教授に就任し後進の指導にあたる一方、演奏家としても活躍した。弟子にはレーヌ・ジアノリ(1915-1979)、パウル・バドゥラ・スコダ(1927-)、イェルク・デムス(1928-)、アルフレッド・ブレンデル(1931) 、ダニエル・バレンボイム(1942-)らがいる。フィッシャーはモーツァルト:ピアノ・ソナタ第10番 K.330(78CDR-1036)、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番「熱情」(78CDR-1057)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3095
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(旧 78CDR-1095)
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ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第3番 イ長調Op.69 アンドレ・ナヴァラ(Vc)
アルトゥール・バルサム(P)
78DSD-3095
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 仏 COLUMBIA LFX841/3。録音:1948年7月6日、パリ。
 アンドレ・ナヴァラ(1911-1988)は1920年、9歳でトゥールーズ音楽院に入り4年後に一等賞を得て、さらにパリ音楽院出研鑽を積み1927年に一等賞を得た。卒業後クレトリー弦楽四重奏団に入り1935に退団、1937年にウィーン国際コンクールで優勝、ソリストとして華やかな活動を開始した。1949年にパリ音楽院教授に迎えられ、イタリア、シエナのシギアーナ音楽アカデミーの教授もつとめた。1940年代後半からソロよりもむしろ室内楽の分野で活躍し、ステレオ時代になってからもソロ録音が多い。この録音はナヴァラ38歳の録音。
78CDR-3094
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(旧 78CDR-1094)
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J.S.バッハ/コルトー編曲:
 コンチェルト・ダ・カメラ
  (原曲:ヴィヴァルディの協奏曲Op.3 No.11
   「調和の幻想」のJ.S.バッハによる
     オルガン協奏曲 ニ短調 BWV596)
 プレリュード/シチリアーノ/トッカータ
 J.S.バッハ/コルトー編曲:
  アリア (原曲:クラヴィーア協奏曲第5番
          ヘ短調 BWV1056〜第2楽章)
アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3094
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 米 VICTOR 15463/4, 15412 (原録音:英 HIS MASTER'S VOICE DB3261/2)。録音:1937年5月18日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 アルフレッド・コルトー(1877-1962)がソロ・ピアノに編曲したバッハの協奏曲。コルトーはバッハのブランデンブルグ協奏曲の全曲を自らの指揮とピアノで録音したほどにバッハを敬愛していた。ここにはコルトーのバッハ感が集約されている。
78CDR-3093
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(旧 78CDR-1093)
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モーツァルト:
 ピアノ協奏曲第26番 ニ長調 K.537「戴冠式」
マグダ・タリアフェロ(P)
レナルド・アーン指揮
コンセール・パドゥルーo.
78DSD-3093
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 仏 DECCA TF141/4 。録音:1930年パリ、ガヴォー音楽堂。注:原録音に著しい音の歪みあり。
 マグダ・タリアフェロ(1893-1986)はブラジル生まれ、サンパウロ音楽院を経て1906年13歳でパリ音楽院に入り9カ月後に一等賞を得、その後コルトー(1877-1962)に師事した。指揮のレナルド・アーン(1875-1947)はベネズエラのカラカスに生まれ、3歳の時にパリに移住した。6歳の時に神童としてナポレオン3世の従妹マティルドのサロンにデビュー、ボーイソプラノでのピアノの弾き語りでサロンの寵児となり、作曲家ジュール・マスネ(1842-1912)の推薦で10歳でパリ音楽院に入学した。長じて美声と数カ国語をあやつる巧みな話術、豊かな教養で各界の名士、貴婦人たちと交友を築き、パリ・オペラ座の指揮者として活躍、またザルツブルク音楽祭でもモーツァルト指揮者として名声をあげた。この録音はベルエポックのスター二人によるもので、パリのモーツァルト演奏がどんなものだったかを知ることができる貴重なもの。残念なら録音技術に欠陥があり音質が非常に悪い。だが他に聴くことができない歴史的モーツァルト演奏のためこのシリーズに加えた。
78CDR-3092
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(旧 78CDR-1092)
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ショパン:
 ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調Op.21(*) /
 マズルカ第38番 嬰ヘ短調Op.59-3(#)
マルグリット・ロン(P;*/#)
フィリップ・ゴーベール指揮(*)
パリ音楽院o.(*)
78DSD-3092
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 米 COLUMBIA 67800/3-D (原録音:仏COLUMBIA D15236/9)。録音:1928年6月28-29日(*)/1928年11月6日(#)。
 マルグリット・ロン(1874-1966)は17歳でパリ音楽院の一等賞を得た後、1893年に19歳でコンサート・デビューし、1906年32歳で母校パリ音楽院の教授に就任した。1943年ヴァイオリニストのジャック・ティボー(1880-1953)と共に若い優秀な音楽家を発掘する国際音楽コンクールをパリに創設した。この録音はロンが54歳の時のもの。ロンの録音モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番 K.488(78CDR-1023) 、ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調(78CDR-1075)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3091
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(旧 78CDR-1091)
[CD-R]
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調Op.64 フリッツ・クライスラー(Vn)
レオ・ブレッヒ指揮
ベルリン国立歌劇場o.
78DSD-3091
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB997/1000 。録音:1926年12月9-10日、ベルリン、ジングアカデミー。
 フリッツ・クライスラー(1875-1962)は1926年と1936年の2回メンデルスゾーンを録音した。この1926年版はクライスラーが電気録音になって初の協奏曲録音で、SP時代この曲の決定盤と評価されていた。クライスラーが51歳の時の録音。クライスラーの主要録音のほとんどはこのシリーズで出ている。
78CDR-3090
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(旧 78CDR-1090)
[CD-R]
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.61
J.S.バッハ:
 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 BWV1001〜アダージョ
フリッツ・クライスラー(Vn)
レオ・ブレッヒ指揮
ベルリン国立歌劇場o.
78DSD-3090
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 米 VICTOR 8074/9 (原録音:英 HIS MASTER'S VOICE DB990/5) 。録音:1926年12月15-16日、ベルリン、ジングアカデミー。
 フリッツ・クライスラー(1875-1962)はこの1926年と1936年に2回にベートーヴェンを録音した。この1926年版はSP時代この曲の決定盤と評価されていた。電気録音の最初期のためまだ録音機の回転精度が悪く、面によってピッチが異なっていた。また第12面に収録されたバッハの無伴奏も圧倒的な感動を覚える名演奏。クライスラーが51歳の時の録音。クライスラーの主要録音のほとんどはこのシリーズで出ている。
78CDR-3089
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(旧 78CDR-1089)
[CD-R]
チャイコフスキー:カプリッチョ風小品Op.62
グリンカ:メロディア
ムスティスラフ・
 ロストロポーヴィッチ(Vc)
キリル・コドラシン指揮
モスクワpo.
A.A.デディムヒン(P)
78DSD-3089
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 ソ連 Dolgoigratsia 78D450/1 。録音:1952年。
 2007年4月27日に80歳の生涯を閉じたチェロの巨匠ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ(1927年3月27日生まれ)の初期の78回転盤録音。ロストロポーヴィッチが西側に姿を現したののは1956年だった。鉄のカーテンの向こう側の時代の20代の演奏が聴ける。おそらくロストロポーヴィッチ初録音の一つであろう貴重な一枚。LPと同じ音ミゾでカットした10インチ78回転盤。
78CDR-3088
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(旧 78CDR-1088)
[CD-R]
プニャーニ:ラルゴ・エスプレッシーヴォ
クライスラー:プニャーニの様式による
        テンポ・ディ・メヌエット
コレッリ:ラ・フォリア[I/II]
ジョルジュ・エネスコ(Vn)
サンフォード・シュルッセル(P)
78DSD-3088
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 日本コロムビア JW232&J7940 (原録音:米COLUMBIA 50235D, 50161D)。録音:1929年ニューヨーク。
 ジョルジュ・エネスコ(1881-1955)はルーマニアに生まれた。ヴァイオリンは4歳で、作曲を5歳で始めた。1888年7歳でウィーン音楽院に入学を許され、1893年12歳で音楽院の最高栄誉賞メダルを得た。1894年パリ音楽院に入学、1899年までヴァイオリンをマルシック(1848-1924)、和声法と作曲をアンドレ・ゲダルジュ(1856-1926)、ガブリエル・フォーレ(1845-1924)、ジュール・マスネ(1842-1914)に師事し、1899年にヴァイオリンで一等賞を得た。1902年にベルリン・デビュー、1903年にはロンドンを訪問した。1910年にはピアニストのエドゥアール・リスレル(1873-1929)とベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの全曲演奏会を開いた。1917年には祖国のルーマニアの首都ブカレトにエネスコの名を冠したオーケストラを作った。1923年には初のアメリカ楽旅をし、その後生涯に14回この地を訪れた。第2次世界大戦中は祖国に留り、ヴァイオリン演奏、指揮、作曲と後進の指導にあたった。この録音は1929年にアメリカ訪問をした時にニューヨークのコロンビアで行ったものの2曲で録音時エネスコは48歳だった。このシリーズでショーソン:詩曲(78CDR-1018)、ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番(78CDR-1035)とクライスラー:プロヴァンスの朝の歌&ダンブロジオ:セレナード(78CDR-1066)が出ている。
78CDR-3087
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(旧 78CDR-1087)
[CD-R]
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調Op.64 エミール・テルマニー(Vn)
トーマス・イェンセン指揮
室内o.
78DSD-3087
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 デンマーク TONO X25065/7 。録音:1946年頃。
 エミール・テルマニー(1892-1988)はハンガリー生まれのヴァイオリニストでブダペスト音楽院でイェネー・フバイ(1858-1937)に師事した。1919年来デンマークのコペンハーゲンに在住、作曲家カール・ニルセン(1865-1931)の娘婿となった。テルマニーはバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータをカーヴドボウ(彎曲弓)で弾いて注目され、初期LP時代に英 DECCAに録音もあった(このバッハ「無伴奏」は、TESTAMENT からCDが発売されている; SBT2-1257)。
78CDR-3086
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(旧 78CDR-1086)
[CD-R]
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.35 ヤッシャ・ハイフェッツ(Vn)
ジョン・バルビローリ指揮
LPO
78DSD-3086
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB8282/5 。録音:1937年3月25日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 ヤッシャ・ハイフェッツ(1901-1987)はロシア生まれの20世紀最高のヴァイオリニストの一人。ペテルブルク音楽院でレオポルド・アウアー(1845-1930)に師事し、10歳の春にデビュー。その後ロシアの諸都市で演奏、1913年にはベルリンでニキシュ指揮の下で演奏した。1917年16歳の時に革命を逃れ一家はアメリカに移住した。以降天才少年は一流演奏家としての待遇を受けた。この協奏曲は36歳の時の録音。録音場所をロンドンに選んだのも、当時の英国のクラシック音楽の録音技術がアメリカを越えていたからであろう。
78CDR-3085
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(旧 78CDR-1085)
[CD-R]
モーツァルト:弦楽五重奏曲 ト短調 K.516 レナーSQ
78DSD-3085
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 英 COLUMBIA LX61/4 。録音:1930年3月2日、ロンドン。
 レナー弦楽四重奏団は20世紀前半の活躍したハンガリー出身の名団体。メンバーはブダペスト音楽院出身で、デビュー前の2年間は田舎の村にこもって一日12時間の練習を重ねたと伝えられる。1922年ロンドンにデビューして絶賛され、同時にイギリス・コロンビアの専属アーティストとなった。このシリーズのレナー弦楽四重奏団はモーツァルト:クラリネット五重奏曲(78CDR-1045)、モーツァルト:弦楽四重奏曲第14番(78CDR-1055)、モーツァルト:弦楽四重奏曲第15番(78CDR-1062)が出ている。
78CDR-3084
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(旧 78CDR-1084)
[CD-R]
ブラームス:チェロ・ソナタ第2番 ヘ短調Op.99 パブロ・カザルス(Vc)
ミエチスワフ・
 ホルショフスキー(P)
78DSD-3084
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 米 VICTOR 14699/702 (英HIS MASTER'S VOICE DB3059/62と同一録音) 。録音:1936年11月28日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 パブロ・カザルス(1876-1973)が英HIS MASTER'S VOICEの主要アーティストとして活躍しはじめた1936年録音で、バッハの無伴奏チェロ組曲第2番と第3番の5日後の録音。まるで昨日の録音のような音の生々しさは圧倒的。録音後70年を経たものとはとても思えない。
78CDR-3083
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(旧 78CDR-1083)
[CD-R]
ラヴェル:ソナチネ(1903-05)/水の戯れ(1901) アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3083
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB1533/4 。録音:1931年5月11日、ロンドン、小クイーンズ・ホール。
 スイスに生まれたフランスのピアニスト、アルフレッド・コルトー(1877-1962)は1892年パリ音楽院のルイ・ディエメ(1843-1919)のクラスに入り研鑽を積んだ。1896年一等賞を得て卒業。1897年バイロイトに赴き合唱指揮者となった。フランスに戻った後、1902年に「神々の黄昏」と「トリスタンとイゾルデ」のパリ初演を指揮した。同年ソプラノのフェリア・リトヴァンヌ(1863-1936)のピアノ伴奏者として初レコード録音を行った。このラヴェルのソナチネはコルトーが54歳の時の録音。録音時作曲者のラヴェル(1875-1937)は56歳だった。コルトーによるラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲(78CDR-1032)がこのシリーズで出ている。
78CDR-3082
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(旧 78CDR-1082)
[CD-R]
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調Op.131 カペーSQ
78DSD-3082
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 日本コロムビア J7529/33 (原録音:仏COLUMBIA D15097/101) 。録音:1928年10月5, 8日、パリ。
 史上最高の弦楽四重奏団だったカペー弦楽四重奏団のリーダー、リュシアン・カペー(1876-1928)は医師の誤診による腹膜炎で1928年12月18日に急逝した。享年52歳。カペーはパリ音楽院でJ.-P. モーランに師事し1893年に一等賞を得た。その年に弦楽四重奏団を組織した。この録音時のメンバーは1918年からもの。1920頃から毎年ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の連続演奏会をパリで開催していたカペーは1928年4月にフランス・コロンビアに録音を始めた。そして同年の10月までの6ヶ月間に弦楽四重奏曲11曲とピアノ五重奏曲1曲の録音をした。10インチSP盤が7枚、12インチ盤が44枚。まるでカペーが自らの死を予期したようなハイペースの録音。このシリーズではフランク:ピアノ五重奏曲(78CDR-1034)、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第5番(78CDR-1042)、シューマン:弦楽四重奏曲第1番(78CDR-1056)が出ている。
78CDR-3081
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(旧 78CDR-1081)
[CD-R]
フランソワ・クープラン:クラヴサン曲集(全18曲) ワンダ・ランドフスカ(Cemb)
78DSD-3081
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB4941/6 。録音:1934年パリ。
 ワンダ・ランドフスカ(1879-1959)は二列の鍵盤と七個のペダルを有する自分のハープシードをパリのプレイエル社に作らせて生涯この楽器を使用した。このランドフスカによるクープラン作品集の録音はバッハの「ゴルトベルク変奏曲」の翌年に行われた。「ゴルトベルク変奏曲」と同じく英国 HIS MASTER'S VOICE 初版300部のアルバムには紫色のインクと羽根ペンによるランドフスカの自筆署名の愛蔵家番号シールが貼られていた。
78CDR-3080
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(旧 78CDR-1080)
[CD-R]
モーツァルト:
 ヴァイオリン協奏曲第6番 変ホ長調 K.268(365b)
ジャック・ティボー(Vn)
マルコム・サージェント指揮o.
78DSD-3080
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[DVD-R]
 米 VICTOR 6744/6(英HIS MASTER'S VOICE DB1018/20と同一録音) 。録音:1927年2月23日ロンドン、クイーンズ・ホール。
 20世紀フランス最高のヴァイオリニストのジャック・ティボー(1880-1953)が生涯コンサート・プログラムに載せた協奏曲。ティボーの電気録音時代の最高傑作。息づまるような名演奏を繰り広げている。ヴァイオリン協奏曲第6番はモーツァルトの死後8年目の1799年にヨハン・アントン・アンドレによって楽譜が出版された。モーツァルト時代にミュンヘンで活躍したヴァイオリニスト、ヨハン・フリードリヒ・エックがモーツァルトから手渡された楽譜にもとづいて自分で加筆し、さらにモーツァルトの弟子のフランツ・ジュスマイアー(1766-1803)が筆を加えたという。ジュスマイアーはモーツァルトの最後の作品「レクイエム」を補筆完成させた人物。学者間では第2楽章は疑わしいが、他の楽章はモーツァルトの作品であるという説だったが、現在では疑わしい作品としてモーツァルトの作品表から除外されている。このシリーズではベルギーの巨匠アルフレッド・デュボワの演奏(78CDR-1054)も出ている。
78CDR-3079
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(旧 78CDR-1079)
[CD-R]
シューベルト:歌曲集「美しき水車屋の娘」Op.25 D.795 ロッテ・レーマン(S)
パウル・ウラノフスキー
(P;第7曲を除く;*)
エルノ・バロー(P;第7曲;#)
78DSD-3079
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[DVD-R]
 米 COLUMBIA 71778-D/71783-D (*)/ 英 HIS MASTER'S VOICE DA1467 (原録音:米VICTOR 1371) (#)。録音:1942年(*)/1935年10月17日(#)。
 ロッテ・レーマン(1888-1976)はオペラだけではなくリートを得意とした。この「美しき水車屋の娘」はアメリカ・コロンビアに録音したが、第7曲「いらだち」だけがアメリカ・ヴィクター社に録音していたため、コロンビア盤からは除外された。「冬の旅」(78CDR-1048、78CDR-1049)につづくレーマンのシューベルトで、第2次世界大戦のため日本ではSPレコードでは発売されなかった。
78CDR-3078
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(旧 78CDR-1078)
[CD-R]
J.S.バッハ:
 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ
  第2番 ニ短調 BWV.1004
ナタン・ミルシテイン(Vn)
78DSD-3078
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 米 COLUMBIA S70198-D/70200-D 。録音:1935年12月&1936年2月、ニューヨーク。
 ナタン・ミルシテイン(1904-1992)はロシアのオデッサに生まれ、名教師レオポルド・アウアー一門の一人。このSP録音は「シャコンヌ」の演奏を生涯の芸術としたミルシテインが31歳の時のもので、ほとんど知られていないもの。後年の演奏との比較が興味ある。
78CDR-3077
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(旧 78CDR-1077)
[CD-R]
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.35(*)
チャイコフスキー:メロディ 変ロ長調Op.42-3(#)
ブロニスワフ・フーベルマン(Vn)
ウィリアム・スタインバーグ指揮(*)
ベルリン国立歌劇場o.(*)
ピアノ伴奏(#)
78DSD-3077
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 独 PARLOPHONE P9855/59 (英COLUMBIA L2335/8と同一録音)。録音:1928年12月28、30日、ベルリン。
 ブロニスワフ・フーベルマン(1882-1947)の電気録音初期のもので、SP時代にはこの曲の決定盤だった。よりリアルな音を持つドイツ・パーローフォン盤からのダイレクト・トランスファー。
78CDR-3076
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(旧 78CDR-1076)
[CD-R]
R.シュトラウス:
 ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調Op.18
タルティーニ/クライスラー編:
 コレッリの主題による変奏曲
ジネット・ヌヴー(Vn)
グスタフ・ベック(P)
78DSD-3076
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB4663/6 。録音:1939年、ベルリン。
 ジネット・ヌヴー(1919-1949)の20歳の時の録音。初録音はこの録音の前年の1938年、同じくベルリンで12インチ盤2枚と10インチ盤1枚だった。リヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタは作曲者が24歳の作品で、シュトラウスは室内楽の作曲をこれ以降せず、交響詩やオペラに集中するようになった。ヴァイオリン・ソナタにはその後の交響詩やオペラに聴くフレーズが顔を出して思わず微笑んでしまう魅力的作品。ヌヴーは真摯な情熱を傾けて演奏を展開する。
78CDR-3075
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(旧 78CDR-1075)
[CD-R]
ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調(*)
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ(#)
マルグリット・ロン(P;*)
モーリス・ラヴェル指揮so.(*)
ペドロ・デ・
 フレイタス・ブランコ指揮so.(#)
78DSD-3075
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[DVD-R]
 英 COLUMBIA LX194/6 。録音:1932年4月、パリ。
 フランスのピアノ界の重鎮マルグリット・ロン(1874-1996)が作曲者モーリス・ラヴェル(1875-1937)自身の指揮で録音した[カデンツァ注:と従来言われていたが、現在ではラヴェルはその場での監修のみで、実際にはフレイタス・ブランコが振ったとされている]SPレコード。この名曲演奏の原点。録音時ロンは58歳、ラヴェルは57歳だった。
78CDR-3074
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(旧 78CDR-1074)
[CD-R]
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調 K.218 フリッツ・クライスラー(Vn)
ランドン・ロナルド指揮o.
78DSD-3074
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 録音:1924年12月1-2日、ヘイズ第1スタジオ。
 機械式録音盤。この録音も電気録音出現前夜のもの。機械式録音時代の大曲録音は省略版で演奏されることが多かった中で、ノーカットでの録音。これもSP時代から人気の高かった稀少盤で、理由は聴いてみると納得する。クライスラー(1875-1962)の49歳の録音。これも人類の遺産的な価値を持つ偉大なレコード。
78CDR-3073
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(旧 78CDR-1073)
[CD-R]
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV.988 ワンダ・ランドフスカ(Cemb)
78DSD-3073
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB4908/13。録音:1933年パリ。
 ワンダ・ランドフスカ(1879-1959)がSP時代に録音した初の大曲で、「ゴルトベルク変奏曲」の原点。ランドフスカは二列の鍵盤と七個のペダルを有する自分のハープシードをパリのプレイエル社に作らせて生涯この楽器を使用した。ランドフスカの「ゴルトベルク変奏曲」は英HMVの "バッハ・ソサイエティ" の第1回発売で、英国盤の初版300部のアルバムには、ランドフスカの紫色のインクと羽根ペンによる自筆署名のシールが貼られていた。これは愛蔵家番号 No.272のセットからのダイレクト・トランスファー。
78CDR-3072
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(旧 78CDR-1072)
[CD-R]
ショパン:ワルツ集 アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3072
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB2311/6 。録音:1934年6月19-20日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 アルフレッド・コルトー(1877-1962)のショパン録音の中核をなすもので、「エチュード」作品25(78CDR-1061)と同時期に録音された。コルトーは録音時57歳だった。この時代のコルトーが弾いていたフランスのプレイエル社のピアノの絢爛たる音色がダイレクト・トランスファーで聴ける。
78CDR-3071
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(旧 78CDR-1071)
[CD-R]
J.S.バッハ:
 ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV1042(*)
デプラーヌ/ナシェ編:イントラーダ(#)
ジャック・ティボー(Vn)
R.オートマンス指揮o.(*)
P.アダミ(P;#)
78DSD-3071
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB789/91 。録音:1924年10月21, 31, 11月1日、ヘイズ第1スタジオ。
 機械式録音盤。ジャック・ティボー(1880-1953)の残した数多いSPレコードの中の最高傑作。録音は1924年、ティボーが44歳の時のもの。1924年にはおそらく電気録音開発を知っていたであろうHMVが敢行した録音で、大ヴァイオリニスト、ティボーの気力漲るベスト・フォームが聴ける。これはSP時代からの稀少盤で、「珍品レコード」(グラモフィル社1940年刊、復刻版富士レコード社1972年刊)によれば、「我國に輸入された數は三組と言い、或いは五組と噂されてゐるが、その後歐州から直接求めた人士、おあるから實際は最少限度十組はあると想像される。久禮傳三氏の調べたところに依ると七八組所有者が判ってゐると云うことであるから、或いはもう少し多いかもしれない。」との記述がある。
78CDR-3070
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(旧 78CDR-1070)
[CD-R]
J.S.バッハ:
 無伴奏チェロ組曲第4番 変ホ長調 BWV1010
 無伴奏チェロ組曲第5番 ハ短調 BWV1011
パブロ・カザルス(Vc)
78DSD-3070
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 米 VICTOR 12-0890/06 (原録音:英 HIS MASTER'S VOICE DB6538/44S) 。録音:1939年6月13日、パリ,アルベール・スタジオ。
 パブロ・カザルス(1876-1973)のJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲全6曲は2曲ずつ録音された。第1巻は組曲2番と3番で1936年録音(78CDR-1004)、第2巻は組曲1番と6番で1938年録音、この組曲4番と5番は1939年4月13日にパリで録音され、アルバム第3巻として発売された。1930年代のカザルスのSPはどれを聴いても圧倒的な感銘をうける。今回は雑音が小さなアメリカ VICTOR盤からのダイレクト・トランスファー。
78CDR-3069
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(旧 78CDR-1069)
[CD-R]
ドヴォルザーク(1841-1904)/ウィルヘルミ編:
 ユモレスク(4:41)
ヴェチェイ(1893-1935):
 綺想曲第2番「滝」(3:34)
フランツ・
 フォン・ヴェチェイ(Vn)
カロル・シュレター(P)
78DSD-3069
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 独 VOX 06294 。録音:1925年。
 機械式録音盤(電気録音以前)。フランツ・フォン・ヴェチェイ(1893-1935)はハンガリー生まれ。ブダペスト音楽院でイェネー・フバイ(1858-1937)に師事した。神童で10歳の時に大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)の指揮でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を弾いた。42歳で惜しまれつつ早逝した。シベリウス(1865-1957)のヴァイオリン協奏曲はヴェチェイに献呈された。ドイツのVOX 社は機械式録音時代の末期に存在したレコード会社。機械式録音に自信があったため電気録音に乗り遅れ倒産した。他社が電気に切り換えた後の1927年まで旧式録音を継続していた。
78CDR-3068
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(旧 78CDR-1068)
[CD-R]
ヴィターリ(1663-1745):シャコンヌ ト短調 ヴァーシャ・プルジーホダ(Vn)
ブルーノ・ザイトラー=
 ヴィンクラー(Org)
78DSD-3068
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 独 GRAMMOPHON 68074/6。録音:1923年。
 機械式録音盤(電気録音以前)。ヴァーシャ・プルジーホダ(プシホダ)(1900-1960)チェコのヴォズナニーに生まれたヴァイオリニスト。11歳でプラハ音楽院に入った。ミラノの演奏会に居合わせた大指揮者アルトゥーロ・トスカニーニ(1867-1957)を驚嘆させ、「新しいパガニーニ」と称賛したのがきっかけで、ヨーロッパ諸国で認められた。1921年にアメリカ・デビュー、1927年にはロンドン公演をした。この録音はプルジーホダの最初期のもので、伴奏がシートマイヤー・フリューゲル(Org)。片面盤3面に収録されたノーカット版であることもこの時代には珍しい。ブルーノ・ザイトラー=ヴィンクラー(1880-1960)はベルリン生まれ。ピアノの神童と言われた。録音プロデューサの草分けで、作曲・編曲・オーケストラ指揮・ピアノ伴奏のすべてをこなした多才な音楽家。19世紀末からドイツ・グラモフォンで活躍し、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」や第9番「合唱」の電気以前の録音もある。1935年から1944年はドイツ・エレクトローラの専属だった。
78CDR-3067
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(旧 78CDR-1067)
[CD-R]
マルシック(1848-1924):
 スケルツァンドOp. 6-2 (3:11) (*)
J.S.バッハ (1685-1750):
 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番
   ホ長調BWV1006 〜ガヴォット(1:59) (#)
ジャック・ティボー(Vn)
ピアノ伴奏(*)
78DSD-3067
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[DVD-R]
 伊 FONOTIPIA 39087/39222 。録音:1905年(*)/1904年(#)、以上パリ(EMIのデータによる)。
 機械式録音盤(電気録音以前)。20世紀フランス最高のヴァイオリニスト、ジャック・ティボー(1880-1953)は1893年14歳でパリ音楽院にはいりマルシックに師事した。1897年一等賞を得た。卒業後生計を立てるためパリのカフェ・ルージュで演奏しているところを指揮者エドゥアール・コロンヌ(1838-1910)に見出され、コロンヌの主宰するオーケストラに入った。ある日急病のコンサート・マスターの代役を務めていたとき、サン=サーンスのオラトリオ「大洪水」の前奏曲のソロ・パートを弾き、聴衆から絶賛され、以降コロンヌのソリストとしてパリの楽壇の寵児となった。1903年にアメリカにデビュー世界的なヴァイオリニストとして名声を確立した。この録音は1904年のティボーの初レコードで、録音時ティボーは24歳だった。
78CDR-3066
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(旧 78CDR-1066)
[CD-R]
クライスラー(1875-1962):
 ルイ・クープランの様式による
  プロヴァンスの朝の歌(3:00)
ダンブロジオ(1871-1914):
 セレナードOp.4(2:50)
ジョルジュ・エネスコ(Vn)
エドワード・C.ハリス(P)
78DSD-3066
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[DVD-R]
 米COLUMBIA 20023-D 。録音:1924年、ニューヨーク。
 機械式録音盤(電気録音以前)。ジョルジュ・エネスコ(1881-1955)はルーマニアに生まれた。ヴァイオリンは4歳で作曲を5歳で始めた。1888年、7歳でウィーン音楽院に入学を許され、1893年、12歳で音楽院の最高栄誉賞メダルを得た。1894年パリ音楽院に入学、1899年までにヴァイオリンをマルシック(1848-1924)、和声法と作曲をアンドレ・ゲダルジュ(1856-1926)、ガブリエル・フォーレ(1845-1924)、ジュール・マスネ(1842-1914) に師事し、1899年にヴァイオリンで一等賞を得た。1902年にベルリン・デビュー、1903年にはロンドンを訪問した。1910年にはピアニストのエドゥアール・リスレル(1873-1929)とベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの全曲演奏会を開いた。1917年には祖国のルーマニアの首都ブカレトにエネスコの名を冠したオーケストラを作った。1923年には初のアメリカ楽旅をし、その後生涯に14回この地を訪れた。第2次世界大戦中は祖国に留り、ヴァイオリン演奏、指揮、作曲と後進の指導にあたった。この録音は1923年にアメリカ訪問をした時にニューヨークのコロンビアで行ったものの2曲で録音時エネスコは42歳だった。彼は1929年にもニューヨークで12面6枚の電気録音を行った。このシリーズでショーソン:詩曲 (78CDR-1018)とヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番(78CDR-1035)が出ている。
78CDR-3065
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(旧 78CDR-1065)
[CD-R]
モーツァルト(1756-1791):
 ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K.219
  〜第3楽章(3:26)
マスネ(1842-1912)/マルシック(1848-1924)編:
 タイスの瞑想曲(3:33)
ジュール・ブーシュリ(Vn)
ルイ・ディエメ(P)
78DSD-3065
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[DVD-R]
 仏 ZONOPHONE X77906/77913。録音:1906年パリ。
 機械式録音盤(電気録音以前)。ジュール・ブーシュリ(ブシュリ)(1878-1962)はフランスのヴァイオリニスト。ジャック・ティボー(1880-1953)の2歳年上で、1892年に15歳でパリ音楽院の一等賞を得た。ちなみにティボーは1897年に17歳で一等賞を得た。モーツァルトの演奏を得意としたブーシュリだったが、病弱のため早い時期にコンサート活動を停止しパリ音楽院のヴァイオリン科の教授として後進を育成にあたった。録音は1906年、28歳の時に13面を残したのみで、これはその中の2面。ブーシュリの弟子には、後にブーシュリ夫人となったドゥニーズ・ソリアーノ(1916-2006)、ジャニーヌ・アンドラード(1918-)、ジネット・ヌヴー(1919-1949)、ローラ・ボベスコ(1919-2003)、イヴリー・ギトリス(1922-)、ミシェール・オークレール(1924-2005)、ドゥヴィ・エルリー(1928-)ほかがいる。
 ピアニストの名前はレーベルに記載されていないが、ルイ・ディエメ(1843-1919)という説がある。ディエメはパリ音楽院のピアノ科の教授として弟子にコルトー(1877-1962)、リスレル(1873-1929)、カザドゥシュ(1899-1972)らがいた。ヴァイオリニストとしてのブーシュリは電気時代になってからは録音をしなかったが、愛弟子ソリアーノのために指揮棒を取ったモーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番がこのシリーズ(78CDR-1031)で発売されている。
78CDR-3064
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(旧 78CDR-1064)
[CD-R]
ドビュッシー(1862-1918):
 フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ
マルセル・モイーズ(Fl)
ウジェーヌ・ジノ(Va)
リリー・ラスキーヌ(Hp)
78DSD-3064
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[DVD-R]
 仏 ODEON 165.243/5 。録音:1928年2月3日。
 フルートのマルセル・モイーズ(1889-1984)はパリ音楽院でポール・タファネル(1844-1908)、アドルフ・エンヌバン、フィリップ・ゴーベール(1879-1941)らに師事し1906年に一等賞を得、1908年にソロ・デビューした。1913年から1938年にオペラ・コミック、1922年から33年にはストララムo.に席を置いた。1932年から1949年にパリ音楽院の教授もつとめた。1952年にルドルフ・ゼルキン(1903-1991)、アドルフ・ブッシュ(1891-1952)と共に若い音楽家を育成するマールボロ音楽祭の創立に加わった。SPレコードの録音も多い。ハープのリリー・ラスキーヌ(1893-1988)は12歳の時パリ音楽院で一等賞を得た。コンセール・ラムルーのハープ奏者であったが、ソロ奏者としても活躍した。1948年から1958年にはパリ音楽院の教授も務めた。ラスキーヌもSPレコード時代から、LP時代、ステレオ時代と録音が多い。
78CDR-3063
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(旧 78CDR-1063)
[CD-R]
スーク(1874-1935):4つの小品Op.17 ジネット・ヌヴー(Vn)
ジャン・ヌヴー(P)
78DSD-3063
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB6359/60。録音:1946年8月12-14日、ロンドン, アビー・ロード第3スタジオ。
 ジネット・ヌヴー(1919-1949)はアメリカへの演奏旅行に向かう航空機事故で30歳の生涯を終えた。ジョルジュ・エネスコ(1881-1955)に手ほどきを受けた後、11歳でパリ音楽院のジュール・ブーシュリ(1878-1962)のクラスにはいり、8ヶ月後に一等賞を得た。 8ヶ月は50年前にヴィエニャフスキ(1835-1880)が打ち立てた記録と同じだった。その後ベルリンでカール・フレッシュ(1873-1944)のもとで研鑽を積んだ。1935年ワルシャワで開かれたヴィエニャフスキ・ヴァイオリン・コンクールに16歳で参加し、180人の競争者に勝ち抜き優勝した。その時の第2位はソ連から参加した27歳のダヴィド・オイストラフ(1908-1974)だった。ヌヴーはこのシリーズでブラームス:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-1003)、シベリウス:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-1017)が出ている。
78CDR-3062
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(旧 78CDR-1062)
[CD-R]
モーツァルト(1756-1791):
 弦楽四重奏曲第15番 ニ短調 K.421
レナーSQ
[イェネー・レナー(第1Vn)
 ヨーゼフ・
  スミロヴィッツ(第2Vn)
 シャーンドル・ロート(Va)
 イムレ・ハルトマン(Vc)]
78DSD-3062
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[DVD-R]
 英 COLUMBIA L1965/7。録音:1926年3月26日、ロンドン。
 レナー弦楽四重奏団は20世紀前半に活躍したハンガリー出身の名団体。メンバーはブダペスト音楽院出身で、デビュー前の2年間は田舎の村にこもって一日12時間の練習を重ねたと伝えられる。1922年ロンドンにデビューして絶賛され、同時にイギリス・コロンビアの専属アーティストとなった。この録音は電気録音最初期の1926年3月のもの。SP時時代の決定盤だった。このシリーズのレナー弦楽四重奏団はモーツァルト:クラリネット五重奏曲(78CDR-1045) 、モーツァルト:弦楽四重奏曲第14番(78CDR-1055) が出ている。
78CDR-3061
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(旧 78CDR-1061)
[CD-R]
ショパン(1810-1849):エチュードOp.25(全12曲) アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3061
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB12308/10 。録音:1934年6月18-19日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 20世紀最高のピアニスト、アルフレッド・コルトー(1877-1962)のショパン:エチュード集作品10(78CDR-1001)と対になるもので、録音は作品10の1年後のもの。コルトーは録音時57歳だった。曲順はSPレコードの順のままで収録した。コルトーは第2次世界大戦中の1942年にパリでエチュードを再録音している。このシリーズのコルトーはショパン:ピアノ協奏曲第2番(78CDR-1000)、サン=サーンス:ピアノ協奏曲第4番(78CDR-1009)、ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲(78CDR-1032)、ショパン:ピアノ・ソナタ第3番(78CDR-1051)が発売されている。
78CDR-3060
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(旧 78CDR-1060)
[CD-R]
ドヴォルザーク(1841-1904):
 チェロ協奏曲 ロ短調Op.104
パブロ・カザルス(Vc)
ジョージ・セル指揮
チェコpo.
78DSD-3060
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB3288/92。録音:1937年4月28日、プラハ,ドイチェ・ハウス。
 チェロのパブロ・カザルス(1876-1973)の協奏曲録音第2弾にあたる。録音場所には作曲者ドヴォルザークの故郷プラハが選ばれ、録音時カザルスは61歳だった。指揮者のジョージ・セル(1897-1970)はハンガリー生まれ。ウィーンとライプツィヒで学び、10歳の時ピアニストとしてウィーンso.演奏会でデビュー、17歳でBPOを指揮した。リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)のベルリン・オペラ時代(1915-1917)アシスタントを務めたこともある。1930年から1936年にはチェコ・フィルの音楽監督、1942年から1946年にはニューヨークのメトロポリタン歌劇を指揮し、1946年にアメリカ市民となった。1946から1970年までクリーヴランドo.の音楽監督を務めた。これはセルが40歳の録音。SP時代のチェコ・フィルのHIS MASTER'S VOICE録音はほとんどがロンドンで行われた中で、プラハでの録音は珍しい。ちなみにセル指揮チェコ・フィルのドヴォルザーク:「新世界」は1937年10月30日のロンドン、アビー・ロード第1スタジオ録音だった。
78CDR-3059
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(旧 78CDR-1059)
[CD-R]
ベートーヴェン:
 ロマンス ヘ長調Op.50 (2:50)
アルノルト・ロゼー(Vn)
ピアノ伴奏
78DSD-3059
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[DVD-R]
 英 GRAMOPHONE 47975 (14682u)。録音:1909年ウィーン(注:古いレコードのため雑音大)。
 電気録音以前の機械式録音(これまでに以上にノイズがあり、また収録時間も非常に短い)。アルノルト・ロゼー(1863-1946)はルーマニア生まれ。1874-7年にウィーン音楽院で学び、1881年ウィーン宮廷歌劇場オーケストランのコンサートマスターになり1938年までその地位にあった。また弦楽四重奏団も組織した。ロゼーはグスタフ・マーラー(1860-1911)の妹のユスティーヌと結婚した。1888年バイロイト・フェスティヴァル・オーケストラのコンサート・マスターになり、また宮廷歌劇場オーケストラはVPOとして演奏会を開くようになった。コンサート・マスターの傍ら1893年から1924年までウィーン音楽院で教鞭をとった。1938年にナチの迫害でロンドンに移住した。ロゼーはソリストとしてラッパ吹き込み時代にかなりのレコード録音をした。この録音はロゼーが45歳の時のもの。ここにもラッパ吹き込みならではの独特の弦の音が聴き取れる。
78CDR-3058
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(旧 78CDR-1058)
[CD-R]
ヘンデル/ブルメスター編:
 アリオーソ (2:29) (*) /メヌエット (2:09) (#)
ヴィリー・ブルメスター(Vn)
ピアノ伴奏
78DSD-3058
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[DVD-R]
 独 GRAMMOPHON47974 (1734ab) (*)/ 47985 (1735ab) (#) 。録音:1909年9月27日、ベルリン(注:古いレコードのため雑音大)。
 電気録音以前の機械式録音(これまでに以上にノイズがあり、また収録時間も非常に短い)。ヴィリー・ブルメスター(1869-1933)はハンブルク生まれのドイツのヴァイオリニスト。ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)に師事し、1894年ベルリンでセンセーショナルにデビューした。1909年に録音した4枚8面のレコードだけで約100年後の今日に語り継がれている。ヴァイオリン教師として有名なカール・フレッシュ(1873-1944)はブルメスターのレコードを、メジャー演奏家の残した録音で、最もリズム感に欠けた生気のない非音楽的なものと酷評した。だがこの言葉は正しいだろうか疑問を感じる。盛大な雑音の中に潜んでいる澄みきった湖の底を覗くような透明なヴァイオリンの音色は、日本古来のワビサビの世界に通じるものがあるように思う。それは電気録音ではとても不可能と思わせる。ラッパ吹き込み(機械式録音の俗称) ならではの世界がここにある。ブルメスターは1923年に来日し、公演のあいまに大阪のニットーに録音を残した。
78CDR-3057
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(旧 78CDR-1057)
[CD-R]
ベートーヴェン:
 ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調Op.57「熱情」
エトヴィン・フィッシャー(P)
78DSD-3057
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB7899/7901。録音:1935年2月12日、ロンドン,アビー・ロード第3スタジオ。
 エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)はスイスのピアニスト。バーゼル音楽院で学んだ後、ベルリンに出てリスト(1811-1886)の高弟マルティン・クラウゼ(1853-1918)についた。1930年ベルリン高等音楽院の教授に就任、また演奏家としても活躍した。1942年スイスに戻り、ソロ活動に加え、ヴァイオリンのクーレンカンプ(1898-1948)、後にヴォルフガング・シュナイダーハン(1915-1990)、チェロのマイナルディ(1897-1976)とフィッシャー・トリオを結成した。弟子にレーヌ・ジアノーリ(1915-1979)、パウル・バドゥラ=スコダ(1927-)、アルフレッド・ブレンデル(1931-)らがいる。この「熱情」はフィッシャーが49歳の時の録音。このシリーズにはモーツァルト:ピアノ・ソナタ第10番K.330(78CDR-1036)が出ている。
78CDR-3056
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(旧 78CDR-1056)
[CD-R]
シューマン:弦楽四重奏曲第1番 イ短調Op.41-1 カペーSQ
[リュシアン・カペー(第1Vn)
 モーリス・
  エウィット(第2Vn)
 アンリ・ブノワ(Va)
 カミユ・ドゥロベール(Vc)
78DSD-3056
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[DVD-R]
 日本コロムビアJ7629/31(原録音:仏 COLUMBIA D15107/9) 。録音:1928年10月3日。
 フランスのカペー弦楽四重奏団は史上最高の弦楽四重奏団。1928年12月18日にリーダーのリュシアン・カペー(1876-1928)の死でその活動は終止符を打った。カペーはパリ音楽院でJ.-P.モーランに師事し1893年に一等賞を得た。その年に弦楽四重奏団を組織した。第1ヴァイオリンのカペー以外は何回か交代したが、1918年からは不動のメンバーであった。1920年頃から毎年ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の連続演奏会をパリで開いていた。カペー弦楽四重奏団は1928年4月にフランス・コロンビアに録音を始めた。その年の10月迄の6カ月に弦楽四重奏曲11曲とピアノ五重奏曲1曲を録音した。10インチSP盤が7枚、12インチSP盤が44枚。このシリーズでは、フランク:ピアノ五重奏曲(78CDR-1034)とベートーヴェン:弦楽四重奏曲第5番Op.18-5(78CDR-1042)が出ている。
78CDR-3055
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(旧 78CDR-1055)
[CD-R]
モーツァルト:弦楽四重奏曲第14番 ト長調 K.387 レナーSQ
[イェネー・レナー(第1Vn)
 ヨーゼフ・
  スミロヴィッツ(第2Vn)
 シャーンドル・ロート(Va)
 イムレ・ハルトマン(Vc)]
78DSD-3055
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[DVD-R]
 米 COLUMBIA 67806/9D(原録音:英 COLUMBIA LX-24/27) 。録音:1930年1月20-21日。
 レナー弦楽四重奏団は1918年ハンガリーのブダペストで結成された。メンバー全員がブダペスト音楽院出身で、レナー(1894-1948)、スミロヴィッツ、ロートがイェネー・フバイ(1858-1937)の弟子。チェロのハルトマンがダヴィド・ポッパー(1843-1913)に師事した。4人はブダペスト・オペラの楽員だったが、1918年に起こったハンガリー革命を機に弦楽四重奏団を結成した。2年に渡って田舎の村に籠もって練習を積んだ後、1920年にウィーンでデビューした。そこに居合わせた作曲家のラヴェル(1875-1937)が演奏に感動し、彼らをパリに招いた。公演はセンセーショナルな成功を収めた。その後1922年にロンドン、1929年にはアメリカ・デビューした。レコードは機械式録音時代の1922年にイギリス・コロンビアに録音したのが最初。1927年のベートーヴェン没後100年では、16曲の弦楽四重奏曲中11曲(SPレコード40枚)を録音した。このシリーズではモーツァルト:クラリネット五重奏曲K.581(78CDR-1045)が出ている。
78CDR-3054
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(旧 78CDR-1054)
[CD-R]
モーツァルト:
 ヴァイオリン協奏曲第6番 変ホ長調 K.268 (*)
モーツァルト/ブルメスター編:
 ディヴェルティメント第17番 K.334〜メヌエット (#)
アルフレッド・デュボワ(Vn)
デジレ・ドゥフォー指揮(*)
ブリュッセル王立音楽院o.(*)
フェルナン・ゴーヤン(P;#)
78DSD-3054
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 仏 COLUMBIA LFX201/3 。録音:1931年6月12日。
 アルフレッド・デュボワ(1898-1948)はアルテュール・グリュミオー(1921-1975)の師として知られているが、その演奏を聞く機会はめったにない。本シンリーズのヴュータン:ヴァイオリン協奏曲第5番Op.37(78CDR-1013)に続くデュボワの第2弾。このヴァイオリン協奏曲第6番はモーツァルトの死後8年目の1799年にヨハン・アントン・アンドレによって楽譜が出版された。モーツァルト時代にミュンヘンで活躍したヴァイオリニスト、ヨハン・フリードリヒ・エックがモーツァルトから手渡された楽譜にもとづいて自分で加筆し、さらにモーツァルトの弟子のフランツ・ジュスマイアー(1766-1803)が筆を加えたという。ジュスマイアーはモーツァルトの最後の作品「レクイエム」を補筆完成させた人物。学者間では第2楽章は疑わしいが、他の楽章はモーツァルトの作品であるという説だったが、現在では疑わしい作品としてモーツァルトの作品表から除外されている。デジレ・ドゥフォー(1885-1960)はベルギーのガンに生まれた指揮者。1943年から1947年シカゴso.の指揮者を務めたこともある。
78CDR-3053
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(旧 78CDR-1053)
[CD-R]
ハイドン:
 チェンバロ協奏曲 ニ長調Op.21 Hob. XVIII-11/
 ピアノ・ソナタ第36番 嬰ハ短調〜メヌエット/
 ドイツ舞曲〜5曲
ワンダ・ランドフスカ(Cemb)
ウジェーヌ・ビゴー指揮o.
78DSD-3053
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB8782/4 。録音:1937年4月19日、パリ。
 ワンダ・ランドフスカ(1879-1959)はポーランドのワルソー生まれ。20世紀最高のチェンバロ奏者。彼女はピアニスト、音楽学者、教授で1900年から13年間パリのスコラ・カントルムで教鞭をとった。二列の鍵盤と七個のペダルを有する自分のチェンバロをパリのプレイエル社に作らせ、生涯この楽器を使用した。1940年フランス国籍を得たが、1941年ドイツ軍侵攻によりアメリカにのがれた。後にチェンバロはアメリカ軍によって彼女の手元に送られた。このハイドンはランドフスカが58歳の録音。指揮者のウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)はパリ音楽院出身。シャンゼリゼ劇場の指揮者を経て1923年パリ音楽院o.、1928年フランス放送o.、1935年ラムルーo.、オペラ・コミックの指揮者を歴任。パリ音楽院の指揮科の教授も務めた。SPレコードの録音も多い。
78CDR-3052
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(旧 78CDR-1052)
[CD-R]
J.S.バッハ:
 ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV1042
ジョコンダ・デヴィート(Vn)
アンソニー・バーナード指揮
ロンドン室内o.
ゲライント・ジョーンズ
(Cemb)
78DSD-3052
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB6884/6 。録音:1949年2月17日。
 ジョコンダ・デヴィート(1907-1994)は20世紀イタリア最高の女流ヴァイオリニスト。1944年ローマのサンタ・チェチーリア音楽院の終身教授に任命された。1947年エディンバラ音楽祭に出演を機にEMIのアーティストとなった。このバッハの協奏曲は彼女の初期の録音にあたる。SPレコード末期の優秀録音で溢れるように豊麗なヴァイオリンが聞く人を魅了する。ダイレクト・トランスファー・シリーズにはデヴィートのバッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番(78CDR-1019)が出ている。
78CDR-3051
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(旧 78CDR-1051)
[CD-R]
ショパン:ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調Op.58 アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3051
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 英 HIS MASTER'S VOICE DA1333/6 。録音:1933年7 6日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 20世紀最高のフランスのピアニスト、アルフレッド・コルトー(1877-1962)は1892年パリ音楽院のルイ・ディエメ(1843-1919)のクラスに入り研鑽を積む。1896年一等賞を得て卒業。ワーグナーに心酔し1897年バイロイトに赴き合唱指揮者となった。1902年には「神々の黄昏」と「トリスタンとイゾルデ」のパリ初演をし、またソプラノのフェリア・リトヴァンヌ(1863-1936)のピアノ伴奏者として初レコード録音を行った。このショパンのピアノ・ソナタ第3番はコルトーの2回目の録音。録音時コルトーは56歳だった。1933年7月4日から8日の5日間でコルトーはショパンばかり49面の録音を行った。
78CDR-3050
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(旧 78CDR-1050)
[CD-R]
モーツァルト/クライスラー:
 「ハフナー・セレナード」 ニ長調 K.250〜ロンド(*)
パガニーニ/クライスラー:
 ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調〜第1楽章より(#)
フリッツ・クライスラー(Vn)
フランツ・ルップ(P;*)
ユージン・オーマンディ指揮(#)
フィラデルフィアo.(#)
78DSD-3050
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB3731 (*)/ DB3234/5 (原録音:米 VICTOR 14420/1) (#)。。録音:1938年2月14日、ロンドン, アビー・ロード第3スタジオ(*)/1936年12月13日&1937年1月9日、フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック(#)。
 20世紀最高のヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラー(1875-1962)は作曲家としても編曲者としても才能を発揮した。昔の作曲家の名前を冠した多くの作品を弾いて名声を上げたが、後にそれらは編曲ではなく、作曲家の名前を借りたクライスラー自身の作品であることを公表した。この2曲は実在する作品をクライスラーが編曲したもの。モーツァルトの「ロンド」はクライスラー以前にティボー(1880-1953)の録音もあった。パガニーニはクライスラーの手になる絢爛豪華なオーケストレーション。ソロ・パートは原曲を尊重しているがカデンツァはこの演奏は最大の聞きどころ。
78CDR-3049
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(旧 78CDR-1049)
[CD-R]
ロッテ・レーマンのアメリカ・ヴィクター録音による
 シューベルト:歌曲集「冬の旅」Op.89 D.911より

 第5曲 「菩提樹」/第8曲 「かえりみて」/
 第13曲「郵便馬車」/第15曲「からす」/
 第17曲「村にて」/第18曲「嵐の朝」/
 第19曲「まぼろし」/第20曲「道しるべ」/
 第21曲「宿」/第22曲「勇気」/第23曲「幻の太陽」
ロッテ・レーマン(S)
パウル・ウラノフスキー(P)
78DSD-3049
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 米VICTOR 2108/9, 17190/1。録音:1940年2月25日&26日。
 ロッテ・レーマン(1888-1976)はドイツの名ソプラノ。1945年にアメリカ国籍を取得しカリフォルニアのサンタバーバラで晩年を過ごした。1910年ハンブルクのオペラで「ラインの黄金」のフライアでデビュー(22歳) 、以後ドイツ・オペラの最高のソプラノとして君臨した。またリートの分野でも活躍した。電気録音の初期に録音したシューマンの「女の愛と生涯」は広く聴かれた名演。
 レーマンの「冬の旅」はアメリカのコロンビアとヴィクターの2社に録音された。コロンビアへは1941年に13曲を10インチ盤3枚&12インチ盤3枚に、ヴィクター社へはコロンビアの1年前、1940年に11曲を10インチ2枚&12インチ2枚に録音した。レーマン52歳-53歳の録音。シューベルトの書いた曲順で収録すると、レコード会社による音の違いが気になるため、コロンビアとビクターを別々に収録した。レーマンはソプラノでありながら低声域が豊かで、女声の「冬の旅」でもまったく違和感がない。声をはりあげて歌うのではなく、聴き手に語りかける歌い方が好ましい。ピアノのパウル・ウラノフスキー(1908-1968)はウィーン生まれでニューヨークに没した。アメリカ時代のレーマンの録音の伴奏の多くを手掛けた。シューベルトの「美しい水車屋の娘」ほかのレーマンとの録音がある。
78CDR-3048
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(旧 78CDR-1048)
[CD-R]
ロッテ・レーマンのアメリカ・コロンビア録音による
 シューベルト:歌曲集「冬の旅」Op.89 D.911より

 第1曲 「おやすみ」/第2曲 「風見の旗」/
 第3曲 「凍った涙」/第4曲 「かじかみ」/
 第6曲 「あふれる涙」/第7曲 「川の上で」/
 第9曲 「鬼火」/第10曲「休息」/第11曲「春の夢」/
 第12曲「孤独」/第14曲「霜おく髪」/
 第16曲「最後の希望」/第24曲「辻音楽師」
ロッテ・レーマン(S)
パウル・ウラノフスキー(P)
78DSD-3048
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 米COLUMBIA 71174/6D, 17367/9D 。録音:1941年3月14日&19日、ニューヨーク。
78CDR-3047
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(旧 78CDR-1047)
[CD-R]
モーツァルト:
 ヴァイオリン・ソナタ第34番 変ロ長調 K.378(317d)
ドゥニーズ・ソリアーノ(Vn)
エレーヌ・ピニャリ(P)
78DSD-3047
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 仏PATHE PDT163/4。録音:1948年。ご注意:小さなキズによるノイズがございます。
 ヴァイオリンのドゥニーズ・ソリアーノ(1916-2006)はエジプトのカイロ生まれ。パリ音楽院で名ヴァイオリン教授ジュール・ブーシュリ(1878-1962)のクラスで研鑽を積み、1932年16歳で一等賞を得た。1934年にピアノのマグダ・タリアフェロ(1893-1986)と録音したフォーレ:ヴァイオリン・ソナタ第1番がディスク大賞を受賞した。このモーツァルトは第2次世界大戦後の1948年の録音で、当時ソリアーノは32歳だった。ピアノのピニャリはパリ音楽院出身の女流奏者。ソリアーノは、78CDR-1027(モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調 K.454[タリアフェロ(P)])、78CDR-1031(モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216[ブーシュリ指揮])が出ている。
78CDR-3046
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(旧 78CDR-1046)
[CD-R]
ベートーヴェン:
 チェロ・ソナタ第3番 イ長調Op.69 (*)
ウェーバー:アンダンティーノ(変奏曲 ヘ長調 J.94)(#)
エマヌエル・フォイアマン(Vc)
マイラ・ヘス(P;*)(ベートーヴェン)
ジェラルド・ムーア(P;#)
78DSD-3046
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 米COLUMBIA 69081/83-D (原録音:英COLUMBIA LX-641/3)。録音:1937年6月28日&29日(*)/1936年12月22日(#)。
 チェロのエマヌエル・フォイアマン(1902-1942)はウクライナのコロミアに生まれた。1909年にウィーンに移りアントン・ワルターに師事し11歳でコンサートデビューした。さらにライプツィヒでチェロの名教師ユリウス・クレンゲルについた。1929年から1933年にベルリン高等音楽院の教授をつとめ、1935年にナチスの迫害を避けるためにチューリヒに在住し、1938年にアメリカに移住した。この録音は35歳の時のもの。フォイアマンは1934年(昭和9年)と1936年(昭和11年)に来日し、演奏会の傍らコロムビアに録音した。ピアノのマイラ・ヘス (1890-1965)はロンドン生まれの女流で1907年17歳の時トーマス・ビーチャム (1879-1961)指揮でベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番でデビューした。その後デイム(男性のサーにあたる)の称号が与えられたイギリス・ピアノ界の重鎮で、門下にソロモン(1902-1988)やスティーヴン・(ビショップ=)コヴァセヴィチ(1940-)らがいる。ジェラルド・ムーア(1899-1987)はイギリスの名ピアノ伴奏者。
78CDR-3045
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(旧 78CDR-1045)
[CD-R]
モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581 チャールズ・ドレイパー(Cl)
レナーSQ
[イェネー・レナー(第1Vn)
 ヨーゼフ・
  スミロヴィッツ(第2Vn)
 シャーンドル・ロート(Va)
 イムレ・ハルトマン(Vc)]
78DSD-3045
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[DVD-R]
 米COLUMBIA 67664/7D (原録音:英 COLUMBIA L-2252/5)。録音:1928年11月2日。
 レナー弦楽四重奏団は1918年にハガリーのブダペストで結成された。メンバーの全員がブダペスト音楽院出身で、レナー(1894-1948)、スミロヴィッツ、ロートがイェネー・フバイ(1858-1937)の弟子。チェロのハルトマンがダヴィッド・ポッパー(1843-1913)に師事した。 4人はブダペスト・オペラの楽員だったが、1918年のハンガリー革命を機に弦楽四重奏団を結成し2年間、田舎の村に籠もって練習を積んだ。1920年にウィーンでデビュー。そこに居合わせたモーリス・ラヴェル(1875-1937)が聴いて彼らをパリに招き、公演はセンセーショナルな成功を収めた。その後1922年にロンドン、1929年にアメリカでデビューした。レコードは機械式録音時代の1922年にイギリス・コロンビアに録音したのが最初で、1927年のベートーヴェン没後100年では弦楽四重奏16曲中11曲(SPレコード40枚を録音した。このモーツァルトのクラリネット五重奏曲はイギリスのクラリネット界の祖父と尊敬されたチャールス・ドレイパー(1869-1952)を迎えて録音された。ドレイパーはブラームスのクラリネット五重奏曲もレナーと録音している。
78CDR-3044
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(旧 78CDR-1044)
[CD-R]
ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ
ドビュッシー/ハルトマン編曲:
 「前奏曲集第1巻」〜ミンストレル
ジャック・ティボー(Vn)
アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3044
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[DVD-R]
 仏DISQUE "GRAMOPHONE" DB1322/3。録音:1929年6月7日、ロンドン、小クイーンズ・ホール。
 ヴァイオリンのジャック・ティボー(1880-1953)とピアノのアルフレッド・コルトー(1877-1962)の1929年6月7日の録音。ティボーが49歳、コルトーが52歳だった。二人はこの録音の10日前の5月27日と28日にベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」とフランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調(HMV DB1347/50)をパリのプレイエル音楽堂で録音していた。ヴァイオリンのティボーは1953年(昭和28年)9月2日(フランスでは9月1日)、日本を含む東南アジア公演に向かう途中、搭乗機が夜のアルプスの南峰スメ山に激突して命を落とした。享年73歳。ティボーとコルトーは78CDR-1015ベートーヴェン「クロイツェル・ソナタ」が出ている。
78CDR-3043
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(旧 78CDR-1043)
[CD-R]
ショパン:24の前奏曲Op.28 アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3043
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[DVD-R]
 英HIS MASTER'S VOICE DB957/60 。録音:1926年3月22日&23日、イギリス、ヘイズ "A"スタジオ。ご注意:HMV 盤特有のノイズが大きく収録されています。
 アルフレッド・コルトー(1877-1962)は20世紀最高のフランスのピアニスト。スイスのニヨンに生まれ、両親はフランス人。1892年パリ音楽院のルイ・ディエメ(1843-1919)のクラスに入り研鑽を積む。1896年一等賞を得て卒業。1902年にヴァイオリンのジャック・ティボー(1880-1953)とチェロのパブロ・カザルス(1876-1973)とピアノ・トリオを組んだ。1917年にパリ音楽院教授、1919年にパリに音楽学校エコール・ノルマルを設立した。コルトーはショパンの「前奏曲」を生涯に3回録音していて、これはその第1回目の録音。コルトーは戦後の1952年(昭和27年)に初来日した。その時75歳だったコルトーは山口県下関市の響灘にある厚島が気に入り購入を申し出た。無人島の厚島はコルトーに贈られ「孤留島」と名づけられたが、コルトーは帰国後体調を崩し、再来日は果たせなかった。
78CDR-3042
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(旧 78CDR-1042)
[CD-R]
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第5番 イ長調Op.18-5 カペーSQ
[リュシアン・カペー(第1Vn)
 モーリス・
  エウィット(第2Vn)
 アンリ・ブノワ(Va)
 カミユ・ドゥロベール(Vc)
78DSD-3042
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[DVD-R]
 日本コロムビアJ5091/4 (原録音:仏COLUMBIA D-13066/9) 。録音:1928年4月10日。
 史上最高の弦楽四重奏団だったカペー弦楽四重奏団のリーダー、リュシアン・カペー(1876-1928)は医師の誤診による腹膜炎で1928年12月18日に急逝した。享年52歳。カペーはパリ音楽院でJ.-P. モーランに師事し1893年に一等賞を得た。その年に弦楽四重奏団を組織した。録音時のメンバーは1918年からもの。1920頃から毎年ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の連続演奏会をパリで開催していた、カペーは1928年4月にフランス・コロンビアに録音を始めた。そしてその年の10月までの6ヶ月間に弦楽四重奏曲11曲とピアノ五重奏曲1曲の録音をした。10インチSP盤が7枚、12インチ盤が44枚。まるでカペーが自らの死を予期したようなハイペースの録音。約80年前の録音ながら、この洗練された四重奏団の音色がダイレクト・トランスファーで見事にとらえられている。
78CDR-3041
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(旧 78CDR-1041)
[CD-R]
J.S.バッハ:
 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調 BWV1003
ヨーゼフ・シゲティ(Vn)
78DSD-3041
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[DVD-R]
 日本コロムビアJ8221/2(原録音:英COLUMBIA LX-259/60) 。録音:1933年6月2日。
 ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はブダペスト生まれのヴァイオリニスト。ブダペスト音楽院でイェネー・フバイ(1858-1937)に師事し、13歳でデビューした。1907から1913年に英国に住みピアノのマイラ・ヘス(1890-1965)やフェルッチョ・ブゾーニ(1866-1924)らとのソナタ演奏から大きな音楽的影響を受け、その後ヨーロッパ大陸に戻り1917年から1924年スイスのジュネーヴ音楽院で教えた。第2次世界大戦前の1932年(昭和7年)と翌1933年(昭和8年)に来日した。その時日本コロムビアに録音もしている。このバッハはシゲティが41歳の録音。後年の「無伴奏ソナタとパルティータ」の全曲録音 (VANGUARD) との比較では、まるで別人の演奏の感がある。
78CDR-3040
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(旧 78CDR-1040)
[CD-R]
ラロ:スペイン交響曲Op.21 ブロニスワフ・フーベルマン(Vn)
ジョージ・セル指揮
VPO
78DSD-3040
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[DVD-R]
 日本コロムビアJ8320/22 (原録音:英COLUMBIA LX-347/9)。録音:1934年6月20日&22日、ウィーン。
 ブロニスワフ・フーベルマン(1882-1947)はポーランドのヴァイオリニスト。1892年10歳の時に大ヴァイオリニスト、ヨアヒム(1831-1907)の指揮でベルリン・デビュー。3年後の1895年13歳の時、名ソプラノ、アデリーナ・パッティ(1843-1919)に招かれウィーンでの「パッティ告別演奏会」で演奏した。この「スペイン交響曲」の録音は1934年フーベルマンが52歳の時のもの。指揮者のジョージ・セル(1897-1970)はブダペスト生まれ、最初にウィーン、後にライプツィヒで学んだ。ヨーロッパ各地のオペラ劇場で指揮した後、ニューヨークに移住。1942年から1946年はメトロポリタン歌劇場、1946から死去する1970年までの24年間はクリーヴランドo.を指揮した。この録音はセルが37歳の時のもの。ヴァイオリンをもってオーケストラに真剣勝負で切り込んでいくフーベルマンの凄さがダイレクト・トランスファーによって初めて聴ける。このシリーズのフーベルマンは78CDR-1006ベートーヴェン「クロイツェル・ソナタ」、78CDR-1021モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番K.216がある。
78CDR-3039
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(旧 78CDR-1039)
[CD-R]
ルクー:ピアノ四重奏曲(未完) シャルル・ファン・ランケル(P)
アンリ・コック(Vn)
ジャン・ロジステル(Va)
リド・ロジステル(Vc)
78DSD-3039
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[DVD-R]
 仏 POLYDOR 516.555/7 。録音:1933年1-5月。
 24歳の生涯を閉じたギヨーム・ルクー(1870-1894)未完のピアノ四重奏曲をルクーのヴァイオリン・ソナタ ト長調を録音したヴァイオリンのアンリ・コック(1903-1969)とピアノのシャルル・ファン・ランケルにヴィオラのジャン・ロジステル(1879-1964)とチェロのリド・ロジステルが加わっての演奏。これら4人の音楽家はベルギーのリエージュで活躍した。長老格のジャン・ロジステルはストコフスキー時代のフィラデルフィアo.の首席ヴィオラを務めたこともある。第2楽章をルクーに代わって師のヴァンサン・ダンディ(1851-1931)が補筆したこのピアノ四重奏曲は、ヴァイオリン・ソナタ ト長調と同じくベルギーの大ヴァイオリニスト、ウジェ-ヌ・イザイ(1858-1931)が作曲委嘱した作品だった。コックとランケルによるヴァイオリン・ソナタ ト長調は78CDR-1005で発売されている。
78CDR-3038
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(旧 78CDR-1038)
[CD-R]
モーツァルト:
 ヴァイオリン・ソナタ第33番 ヘ長調 K.377 (374e)
アドルフ・ブッシュ(Vn)
ルドルフ・ゼルキン(P)
78DSD-3038
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[DVD-R]
 米 VICTOR 15176/7 (原録音:英 HIS MASTER'S VOICE DB3373/4) 。録音:1937年10月9日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツのヴァイオリニスト。1922年以後ピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とデュオを組んで活躍した。1935年ゼルキンはブッシュの娘イレーネと結婚したが、ゼルキンはナチのユダヤ人迫害を避けアメリカに移住した。ブッシュもまたドイツを去りスイスに在住、その後アメリカに定住した。この録音はブッシュが46歳、ゼルキンが34歳の時のもの。70年前のドイツではどのようなモーツァルト演奏が行われていたかの良き例。
78CDR-3037
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(旧 78CDR-1037)
[CD-R]
モーツァルト:
 ヴァイオリン・ソナタ第32番 ヘ長調 K.376 (374d)
ユーディ・メニューイン(Vn)
ヘフツィバ・メニューイン(P)
78DSD-3037
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB3552/3)。録音:1938年3月29日、ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 ユーディ・メニューイン(1916-1999)は6歳の時、サンフランシスコso.でラロのスペイン交響曲を弾いてデビューし、神童と騒がれた。その後パリでジョルジュ・エネスコ(1881-1955)、ドイツでアドルフ・ブッシュ(1891-1952)の指導を受けた。このソナタはメニューインが22歳の録音。他に17歳の時に録音したヴァイオリン・ソナタ イ長調K.526(78CDR-1026) もある。ヘフツィバ・メニューイン(1920-1980)は4歳年下の妹で1933年以降しばしば兄と共演した。
78CDR-3036
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(旧 78CDR-1036)
[CD-R]
モーツァルト:
 ピアノ・ソナタ第10番 ハ長調 K.330 (300h) (*)
モーツァルト:ロマンス 変イ長調 K.Anh.205 (#)
エトヴィン・フィッシャー(P)
78DSD-3036
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB3424/5)。録音:1937年3月6日(*)/1938年3月8日(#)、以上ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 エトウィン・フィッシャー(1886-1960)はスイスのピアニスト。バーゼルの音楽院で学んだ後ベルリンに出て、リストの高弟マルティン・クラウゼについた。1930年にベルリン高等音楽院の教授に就任し、演奏家としても活躍した。1942年にスイスに戻りソロ活動に加え、ヴァイオリンのクーレンカンプ(後にヴォルフガング・シュナイダーハン)、チェロのマイナルディとフィッシャー・トリオを結成した。弟子にアルフレッド・ブレデル、パウル・バドゥラ=スコダ、レーヌ・ジャノリらがいる。このモーツァルトはフィッシャーが51歳の時の録音。
78CDR-3035
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(旧 78CDR-1035)
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ヘンデル:
 ヴァイオリン・ソナタ第4番 ニ長調Op.1-13
ジョルジュ・エネスコ(Vn)
サンフォード・シュルッセル(P)
78DSD-3035
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 米 COLUMBIA 50187-D/8-D。録音:1929年ニューヨーク。収録時間:約14分。
 ヴァイオリニスト、ピアニスト、指揮者、作曲家の全能音楽家だったエネスコ(1881-1955)が1929年にアメリカ・コロンビアに録音した電気録音6枚の中の一曲。全霊精根を傾けてひたすら弾くこのアーティストのベストフォームで、ヴァイオリン・レコードの最高峰といえる。録音時エネスコは48歳だった。復刻にはアメリカ・コロンビアの初版ブルー・シェラック盤を使用した。第3楽章と第4楽章の前半で周期ノイズが出るのをご容赦願いたい。
78CDR-3034
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(旧 78CDR-1034)
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フランク:ピアノ五重奏曲 ヘ短調 マルセル・シャンピ(P)
カペーSQ
[リュシアン・カペー(第1Vn)
 モーリス・
  エウィット(第2Vn)
 アンリ・ブノワ(Va)
 カミユ・ドゥロベール(Vc)
78DSD-3034
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 日本コロムビア J8242/6 。録音:1928年10月パリ。
 カペー弦楽四重奏団最後の録音。この録音の数週間後リーダーのリュシアン・カペー(1876-1928)が急逝したのだった。享年52歳。カペー弦楽四重奏団は1893年に結成された。途中メンバーの交代があったが、1927年と1928年にフランス・コロンビアに録音した時は1919年以来のメンバーであった。ピアノのマルセル・シャンピ(1891-1980)はパリ生まれ。パリ音楽院でルイ・ディエメに師事し、1909年に一等賞を得て、1941年から1961年でパリ音楽院の教授の地位にあった。弟子には、イヴォンヌ・ロリオ、エリック・ハイドシェック、セシル・ウーセなどがいる。
78CDR-3033
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(旧 78CDR-1033)
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ベートーヴェン:
 ヴァイオリン・ソナタ第1番 ニ長調Op.12-1 (*)/
 ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調Op.12-2 (#)/
 ヴァイオリン・ソナタ第3番 変ホ長調Op.12-3 (+)
フリッツ・クライスラー(Vn)
フランツ・ルップ(P)
78DSD-3033
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB2554/60 。録音:1935年4月2日(*)/4月3日(#)/4月3-4日(+)、以上ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 フリッツ・クライスラー(1875-1962)はウィーン生まれの20世紀最高のヴァイオリニスト。1935年と1936年にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全10曲をSPレコード27枚に録音し、HISMASTER'S VOICEは "ベートーヴェン・ヴァイオリン・ソナタ協会" としてアルバム4巻で発売した。この第1番から第3番は第1巻にあたる。この録音時クライスラーは60歳だった。第2巻は第4番、第5番「春」、第8番(78CDR-1014)、第3巻は第7番、第9番「クロイツェル」(78CDR-1002) 、第4巻は第6番、第10番(78CDR-1025)で発売されている。
78CDR-3032
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(旧 78CDR-1032)
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ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調 アルフレッド・コルトー(P)
シャルル・ミュンシュ指揮
パリ音楽院o.
78DSD-3032
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB3885/6)。録音:1939年5月12日、パリ、アルベール・スタジオ。
 モーリス・ラヴェル(1875-1937)は第1次世界大戦(1914-1918)で負傷し右手を失ったオーストリーのピアニスト、パウル・ヴィットゲンシュタイン(1887-1961)の依頼で「左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調」を作曲した。初演はヴィットゲンシュタインのソロ、ローベルト・ヘーガー(1886-1978)指揮で1931年ウィーンで行われた。ヴィットゲンシュタインは力量不足で楽譜通りに弾ききれず勝手に手を加えて演奏した上にピアノがあまりにも難技巧のため音楽性がないと曲を非難した。そのため以降このピアニストとラヴェルの仲は険悪となった。楽譜通りの初演は1933年にジャック・フェヴリエ(1900-1979)によってパリで行われた。アルフレッド・コルトー(1877-1962)の演奏は、彼のあらゆる録音の中の最高傑作ではなかろうか。この曲はSP時代にコルトーを含めて3種類の録音があり、そのいずれもシャルル・ミュンシュ(1891-1968)が指揮をしていた。録音時コルトーは62歳だった。
78CDR-3031
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(旧 78CDR-1031)
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モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216
 (カデンツァ:ジョルジュ・エネスコ)
ドゥニーズ・ソリアーノ(Vn)
ジュール・ブーシュリ指揮 o.
78DSD-3031
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 仏 PATHE PAT127/9。録音:1937年6月3-4日、パリ。
 ドゥニーズ・ソリアーノ(1916-2006)はパリ音楽院の名ヴァイオリン教授ジュール・ブーシュリ(ブシュリ)(1878-1962)に師事したカイロに生まれたフランスの女流ヴァイオリニスト。1932年16歳でパリ音楽院の一等賞を得た。1934年にはピアノのマグダ・タリアフェロと録音したフォーレ:ヴァイオリン・ソナタ第1番がディスク大賞を受賞した。ソリアーノはソリストとしての活動の傍ら、ブーシュリ教授の片腕として後進の指導にあたった。ソリアーノは2006年3月5日パリの病院で90歳の生涯を閉じた。この録音は師のブーシュリが愛弟子のために指揮棒を取った唯一の録音。ヴァイオリニストとしてのブーシュリは機械式録音時代に録音はあるが、電気録音になってからは録音をしなかった。ソリアーノはモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第40番 変ロ長調 K.454(78CDR-1027)をピアニストのタリアフェロと録音している。
78CDR-3030
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(旧 78CDR-1030)
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ボッケリーニ:チェロ協奏曲 変ロ長調 G.482 パブロ・カザルス(Vc)
ランドン・ロナルド指揮
LSO
78DSD-3030
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB3056/8)。録音:1936年11月29日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 パブロ・カザルス(1876-1973)が HIS MASTER'S VOICE で初めてのソロ協奏曲録音。録音はJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲第2番と第3番(78CDR-1004)の6日後に行われた。録音時カザルスは60歳。指揮者のサー・ランドン・ロナルド(1873-1938)はイギリス指揮界の長老で、コルトーやクライスラーの協奏曲録音も務めたベテラン。録音当時63歳だった。
78CDR-3029
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(旧 78CDR-1029)
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ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ ニ長調Op.1-13 ミシェール・ブーシノー(Vn)
モーリス・フォール(P)
78DSD-3029
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 仏 PATHE PDT 246/7 。録音:1951年6月16日、パリ、アルベール・スタジオ。
 ミシェール・ブーシノー(ブシノ)(1929-)はパリ音楽院で名教授ジュール・ブーシュリ(ブシュリ) (1878-1962)に師事し、1953年のロン=ティボー国際コンクールのヴァイオリン部門で入賞した。この年のコンクールの創設者のジャック・ティボー(1880-1953)が審査員を務めた最後の年になった。同年の9月に東南アジアから日本に向かう飛行機の事故でティボーは73歳の命を落としたからだ。コンクールの審査員の一人だったダヴィド・オイストラフ(1908-1974)はブーシノーをソ連政府を説得し助手にした。この録音はコンクールの2年前のものでSPレコード末期の貴重なもの。ブーシノーのSPはこのヘンデルだけでLP時代の録音もごく僅かしかない。ジョルジュ・プレートル指揮のサン=サーンス:死の舞踏(EMI)の中でソロを聴くことができる。
78CDR-3028
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(旧 78CDR-1028)
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ベートーヴェン:
 ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調Op.24「春」(*)
J.S.バッハ:アダージョ・マ・ノン・トロッポ(#)
ジョアン・マッシア(Vn)
ブランシュ・セルヴァ(P)
78DSD-3028
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 仏 COLUMBIA LFX105/8 。録音:1929年3月13日&1930年6月2日(*)/1929年1月2日(#)、以上マドリッド。
 ピアノのブランシュ・セルヴァ (1884-1942)はパリ音楽院で学び、1895年に11歳で一等賞を得た。13歳でコンサート・デビューした後スコラ・カントルム音楽院でヴァンサン・ダンディ(1851-1931)のクラスで作曲を学んだ。1902年から同校で教鞭をとるようになり、彼女の死の1942年までつづいた。ジョアン・マッシアはカタロニア出身のヴァイオリニスト。1923年からセルヴァとデュオを組み演奏活動を始めた。セルヴァは1930年11月のコンサート中に卒中に襲われステージ活動を離れた。78CDR-1012のフランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調と共に希少SPレコードの復刻。
78CDR-3027
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(旧 78CDR-1027)
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モーツァルト:
 ヴァイオリン・ソナタ第40番 変ロ長調 K.454
マグダ・タリアフェロ(P)
ドゥニーズ・ソリアーノ(Vn)
78DSD-3027
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 英 COLUMBIA DX856/7(原録音:仏 PATHE PAT84/5)。録音:1937年4月22日&1937年5月11日、パリ録音)
 マグダ・タリアフェロ (1893-1986)はブラジル生まれのピアニスト。サンパウロ音楽院を経て1906年13歳でパリ音楽院に入り、9カ月後に一等賞を得た。その後コルトー(1873-1962)に師事した。ソリストとしての活動だけでなくジャック・ティボー (1880-1953)、ジュール・ブーシュリ (1878-1962)、パブロ・カザルス(1876-1973)などの弦楽器奏者、エドゥアール・リスレル (1873-1929)、ガブリエル・フォーレ (1845-1924)らとピアノ・デュオを組んだこともある。ヴァイオリンのドゥニーズ・ソリアーノ(1916-2006)はエジプトのカイロ生まれ。パリ音楽院でジュール・ブーシュリ(ブシュリ)(1878-1962)に師事した。ブーシュリのクラスは女流ヴァイオリニストを多く輩出している。ソリアーノは音楽院でブーシュリ教授の助手を務め、1958年に結婚しブーシュリ夫人となった。タリアフェロとは1934年に録音したフォーレのヴァイオリン・ソナタ第1番(仏 PATHE) があり、1934年の第1回ディスク大賞をとった。
78CDR-3026
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(旧 78CDR-1026)
[CD-R]
モーツァルト:
 ヴァイオリン・ソナタ第42番 イ長調 K.526
ユーディ・メニューイン(Vn)
ヘフツィバー・メニューイン(P)
78DSD-3026
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 仏 DISQUE "GRAMOPHONE" DB2057/8。録音:1933年9月29日、パリ、アルベール・スタジオ。
 ユーディ・メニューイン(1916-1999)はニューヨーク生まれ、サンフランシスコに移り3歳からヴァイオリンを習いシグムンド・アンカー、ルイ・パーシンガー(1887-1966)に師事した。1924年6歳の時アルフレッド・ヘルツ (1872-1942)指揮サンフランシスコso.でラロのスペイン交響曲を弾いてデビュー、神童として評判になった。その後パリでジョルジュ・エネスコ(1881-1955)、ドイツでアドルフ・ブッシュ (1891-1952)の手ほどきをうけた。1928年には12歳で初レコード録音を行い、同年ベルリンでブルーノ・ワルター(1876-1962)指揮BPOでバッハ、ベートーヴェン、ブラームスの "3大B" のヴァイオリン協奏曲を弾いた。このモーツァルトは17歳の録音。ピアノは妹のヘフツィバー・メニューイン(1920-1981)で当時彼女は13歳だった。この屈託のない生き生きとした演奏を聴いているとモーツァルトの生き写しのように思えるから不思議だ。
78CDR-3025
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(旧 78CDR-1025)
[CD-R]
ベートーヴェン:
 ヴァイオリン・ソナタ第6番 イ長調Op.30-1 (*)/
 ヴァイオリン・ソナタ第10番 ト長調Op.96 (#)
フリッツ・クライスラー(Vn)
フランツ・ルップ(P)
78DSD-3025
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB3296/3301。録音:1936年2月4日(*)/1936年6月19日(#)、以上ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 フリッツ・クライスラー (1875-1962)は1935年と1936年にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全10曲を録音した。これらはSPレコード27枚で"ベートーヴェン・ヴァイオリン・ソナタ・ソサイエティ" として4巻のアルバムで発売された。この第6番と第10番は第4巻にあたる。ここでのクライスラーは楽譜に書かれた一つ一つの音に生命の息吹が込めて音楽を創りあげている。さすがに60歳の大演奏家の芸術と言える。
78CDR-3024
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(旧 78CDR-1024)
[CD-R]
メンデルスゾーン:
 ヴァイオリン協奏曲 ホ短調Op.64
フリッツ・クライスラー(Vn)
ランドン・ロナルド指揮
LPO
78DSD-3024
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB2460/62。録音:1935年4月8日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ録音)
 フリッツ・クライスラー (1875-1962)はウィーン生まれの20世紀前半に活躍した大ヴァイオリニスト。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は電気録音初期の1926年に録音していたが、これはクライスラーが60歳の時の2回目の録音。指揮者のサー・ランドン・ロナルド(1873-1938)はロンドン生まれ。ベルリナーの平円盤レコードの黎明期から、当時ピアニストとして務めていたロンドンのコヴェントガーデン・オペラに出演した大歌手たちにレコード録音を薦めた功労者でもある。1909年にロイヤル・アルバート・ホールo.の指揮者となり、機械式録音の時代にも多くの録音を残している。電気録音になってからは協奏曲の指揮をとり、コルトー(1877-1962)とシューマンのピアノ協奏曲を1924年(機械式録音)、1927年と1934年の3回録音している。
78CDR-3023
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(旧 78CDR-1023)
[CD-R]
モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488
     (カデンツァ:ピエルネ)
マルグリット・ロン(P)
フィリップ・ゴーベール指揮
パリso.
78DSD-3023
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 米 COLUMBIA 68566D/68D (原録音:仏 COLUMBIA LFX408/10) 。録音:1935年12月13日、パリ。ご注意:SP原盤に小傷が多く、ご容赦下さい。
 マルグリット・ロン (1874-1966)はフランスのニームに生まれた。17歳でパリ音楽院の一等賞を得た後、1893年19歳でコンサート・デビュー。1906年32歳で母校パリ音楽院の教授に就任した。弟子にはサンソン・フランソワ(1924-1970)、イヴォンヌ・ルフェビュール(1898-1986)、リュセット・デカーヴ(1906-)、ジャン・ドワイヤン(1907-1982)、ジャック・フェブリエ(1900-1979)、ニコール・アンリオ=シュワイツァー(1925-2001)等初期LPの時代に活躍した人がいる。1943年ヴァイオリニストのジャック・ティボー (1880-1953)と共に若い優秀な音楽家を発掘する国際音楽コンクールをパリに創設した。ロンは高名な割に録音が少ない。
78CDR-3022
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(旧 78CDR-1022)
[CD-R]
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K.219
       (カデンツァ:ヨアヒム)
ヨーゼフ・ヴォルフシュタール(Vn)
フリーダー・ヴァイスマン指揮
ベルリン国立歌劇場o.
78DSD-3022
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[DVD-R]
 英 PARLOPHONE E10921/4 (原録音:独 ODEON O-7635/8) 。録音:1928年9月15日&19日、ベルリン。
 ヨーゼフ・ヴォルフシュタール (1899-1931)はウクライナのレンブルク (現リヴォフ) に生まれた。1912年13歳の時ベルリンの名教師カール・フレッシュ(1873-1944)につき厳格な指導を受け、3年後にデビュー。フレッシュは彼をオーケストラに入れることにし、ゲオルグ・クーレンカンプ(1898-1943)の後任としてブレーメン・フィルのコンサートマスターに就いた。1921年にはスウェーデンのオーケストランのコンサートマスターを務めた後、1922年からフレッシュのアシスタントとしてベルリンで後進の指導にあたった。1928年オットー・クレンペラー(1885-1973)がベルリンのクロル・オペラの指揮者に就任した時、彼をコンサートマスターに招いた。1930年11月にインフルエンザに感染、それをこじらせて翌1931年2月、32歳で他界した。レコード録音は機械式録音の後期1925年と電気式録音初期1928年にベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲をドイツ・ポリドールに録音している。このモーツァルトはベルリン・クロル・オペラのコンサートマスター就任の頃のもので、この曲の世界初録音だった。透明で銀色に光るヴァイオリンはSPレコード・ダイレクト・トランスファーだけで聴くことができる。
78CDR-3021
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(旧 78CDR-1021)
[CD-R]
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216
       (カデンツァ:フーベルマン)
ブロニスワフ・フーベルマン(Vn)
イサイ・ドブロウェン指揮
VPO
78DSD-3021
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[DVD-R]
 英 COLUMBIA LX494/6。録音:1934年6月14日、ウィーン。ご注意:復刻に使用した盤の第1面が他の面に比べて状態が良くないため、ノイズが多めです。
 ブロニスワフ・フーベルマン (1882-1947)はポーランドのヴァイオリニスト。6歳よりヴァイオリンを学び、1892年10歳の時ベルリンに出て大ヴァイオリニスト、ヨアヒム(1831-1907)の下で8ヵ月学び、師のヨアヒムの指揮でデビューした。その後ヨーロッパ各地で演奏し天才少年として名を高めた。名ソプラノ、アデリーナ・パッティ(1843-1919)が彼の演奏を聴いて感心し、ウィーンで1895年に開かれた「パッティ告別演奏会」に招かれ演奏した。また同年ブラームスのヴァイオリン協奏曲を作曲家の前で弾いて驚かせたという逸話もある。フーベルマンは活動拠点をウィーンに置き演奏会を開きながら子弟の育成をした。1933年にフルトヴェングラーからBPOの独奏者として招かれたとき、書簡でナチ専制国では演奏する意思のないことを表明した。1935年にはパレスチナを訪問しドイツを追われたユダヤ系の音楽家のためにオーケストラを組織した。それが現在のイスラエル・フィル。このSPレコードの生々しい演奏を聴くとフーベルマンが当時のヨーロッパの聴衆に受け入れられたのがよく理解できると思う。
78CDR-3020
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(旧 78CDR-1020)
[CD-R]
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.61
       (カデンツァ:レオナール)
アンリ・メルケル(Vn)
ウジェーヌ・ビゴー指揮
コンセール・ラムルーo.
78DSD-3020
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[DVD-R]
 仏 DISQUE "GRAMOPHONE" W1508/12。録音:1941年11月10-11日、パリ、アルベール・スタジオ。
 アンリ・メルケル (1897-1969)はスペイン交響曲やサン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番のSPレコード録音で知られているフランスのヴァイオリニスト。1929年からパリ音楽院o.のコンサートマスターを勤めた後ソリストに転向した。このベートーヴェンはフランスがドイツの占領下だった1941年11月の録音。フランスの名ヴァイオリニストだったレオナール(1819-1890)のカデンツァが聴ける唯一のレコードであろう。レオナールはティボー(1880-1953)、フレッシュ (1873-1944)、エネスコ (1881-1955)を弟子に持った名教師マルシック (1848-1924)の師にあたる。
78CDR-3019
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(旧 78CDR-1019)
[CD-R]
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ
         第2番 ニ短調 BWV 1004
ジョコンダ・デヴィート(Vn)
78DSD-3019
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[DVD-R]
 録音:1950年&1947年ロンドン, アビー・ロード第3スタジオ。
 ジョコンダ・デヴィート(1907-1994)はイタリア最高の女流ヴァイオリニスト。1944年ローマのサンタ・チェチーリア音楽院の終身教授に任命された。1947年からEMIに録音を始めた。最初に「シャコンヌ」が、残りの4つの楽章は3年後の1950年に録音された。燃える炎のようなバッハが聴ける。オリジナルはテープ録音と思われる。
78CDR-3018
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(旧 78CDR-1018)
[CD-R]
ショーソン:詩曲 Op.25 ジョルジュ・エネスコ(Vn)
サンフォード・シュルッセル(P)
78DSD-3018
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[DVD-R]
 日本コロムビア J7880/1 。録音:1929年ニューヨーク。
 ヴァイオリニスト、ピアニスト、指揮者、作曲家の全能音楽家だったエネスコ(1881-1955)がアメリカ・コロンビアに録音した電気録音6枚の中の一曲。全霊精根を傾けてひたすら弾くこのアーティストのベストフォームで、ヴァイオリン・レコードの最高峰。
78CDR-3017
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(旧 78CDR-1017)
[CD-R]
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調Op.47 ジネット・ヌヴー(Vn)
ワルター・ジュスキンド指揮
フィルハーモニアo.
78DSD-3017
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB9007/10。録音:1945年11月21日、ロンドン, アビー・ロード第1スタジオ。
 ジネット・ヌヴー(1919-1949)の極め付きの演奏で、彼女の初の協奏曲録音でもあった。SPレコードでの発売だがオリジナル録音はテープだと思われる。
78CDR-3016
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(旧 78CDR-1016)
[CD-R]
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.77 フリッツ・クライスラー(Vn)
ジョン・バルビローリ指揮
LPO
78DSD-3016
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB8127/31。録音:1936年6月18&22日、ロンドン, アビー・ロード第1スタジオ。
 フリッツ・クライスラー (1875-1962)が1936年に再録音したもの。録音が優れ、深みを増したクライスラーの心の襞を恐ろしいほど捉えている。ソロ・ヴァイオリンとオーケストラのバランスも最高。
78CDR-3015
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(旧 78CDR-1015)
[CD-R]
ベートーヴェン:
 ヴァイオリン・ソナタ第9番 イ長調Op.47
  「クロイツェル」
ジャック・ティボー(Vn)
アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3015
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB1328/31。録音:1929年5月27&28日、パリ, プレイエル音楽堂サル・ショパン。
 ジャック・ティボー (1880-1953)とアルフレッド・コルトー(1877-1962)が電気録音初期に録音したベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタの唯一の録音。ベートーヴェンの「大公」トリオと同様天馬空を行くごときの名演奏。
78CDR-3014
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(旧 78CDR-1014)
[CD-R]
ベートーヴェン:
 ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調Op.24「春」(*)/
 ヴァイオリン・ソナタ第4番 イ短調Op.23 (*)/
 ヴァイオリン・ソナタ第8番 ト長調Op.30-3 (#)
フリッツ・クライスラー(Vn)
フランツ・ルップ(P)
78DSD-3014
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB8054/60 。録音:1935年4月(*)/1936年2月(#)、以上ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ。
 フリッツ・クライスラー (1875-1962)が1935年と1936年に録音したベートーヴェンヴァイオリン・ソナタ全曲の第2巻とした発売されたSPレコード7枚組のセット。60歳を越えたクライスラーの深い音楽的心境が聴く者の心を打つ。
78CDR-3013
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(旧 78CDR-1013)
[CD-R]
ヴュータン:ヴァイオリン協奏曲第5番 イ短調Op.37 アルフレッド・デュボワ(Vn)
デジレ・ドゥフォー指揮
ブリュッセル王立音楽院o.
78DSD-3013
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 仏 COLUMBIA LFX14/6。録音:1929年9月27日、ブリュッセル。
 アルフレッド・デュボワ (1898-1949)はフランコ=ベルギー派の中核のヴァイオリニスト。ウジェーヌ・イザイ(1858-1931)を師に仰ぎ、アルテュール・グリュミオー(1921-1975)を弟子に持った。作曲家のアンリ・ヴュータン(1820-1881)はまたイザイの師にあたる。ハイフェッツの名演奏で知られるこの第5番の世界初録音であった。フランコ=ベルギー正統派の演奏が聴ける貴重盤。
78CDR-3012
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(旧 78CDR-1012)
[CD-R]
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 ジョアン・マッシア(Vn)
ブランシュ・セルヴァ(P)
78DSD-3012
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 英 COLUMBIA DX239/242。録音:1930年6月3&6日、パリ。
 ブランシュ・セルヴァ (1884-1942)はパリ音楽院でピアノを学び1895年に11歳で一等賞、1904年にJ.S.バッハのクラヴィーア曲集を全曲ピアノで演奏した。ヴァイオリンのジョアン・マッシアはカタロニア出身で1923年にセルヴァとデュオを組み演奏活動を始めた。セルヴァは1930年11月のコンサート中に卒中に襲われステージ活動を離れた。仏マリブラン(CDRG-177)にこのフランク以外のセルヴァの全録音が復刻されている。
78CDR-3011
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(旧 78CDR-1011)
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ハイドン:
 ヴァイオリン協奏曲第1番 ハ長調 Hob.VIIa-1
ミシェル・オークレール(Vn)
ジャック・ティボー指揮
パリ音楽院o.
78DSD-3011
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 仏 DISQUE "GRAMOPHONE" W1579/80 。録音:1943年10月7日、パリ、アルベール・スタジオ。ご注意:トラック2の終了時にボコノイズがあります。
 パリ音楽院の名ヴァイオリン教授ジュール・ブーシュリ(1878-1962)について学んだミシェル・オークレール(1924-2005)が1943年のロン=ティボー・コンクールで優勝し、そのお祝いとして師の一人のジャック・ティボーの指揮で録音した記念レコード。こぼれるような初々しい表情のヴァイオリンに父親のように暖かい手をさしのべるティボーが微笑ましく感じる。
78CDR-3010
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(旧 78CDR-1010)
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パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調Op.6 グィラ・ブスターボ(Vn)
フリッツ・ツァウン指揮
ベルリン市立o.
78DSD-3010
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 独 COLUMBIA LWX 354/5。録音:1942年ベルリン。
 グィラ・ブスターボ(1919-2002)はアメリカのウィスコンシン州生まれのイタリア系女流ヴィオリニスト。第2次世界大戦中ドイツで活躍した。ドイツ・コロンビアにシベリウスとパガニーニの協奏曲を録音していた。他に小品が数曲英コロンビアにあった。彼女は晩年インスブルックの音楽院で後進の指導にあたっていた。
78CDR-3009
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(旧 78CDR-1009)
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ベートーヴェン:
 ピアノ三重奏曲第7番 変ロ長調Op.97「大公」
アルフレッド・コルトー(P)
ジャック・ティボー(Vn)
パブロ・カザルス(Vc)
78DSD-3009
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB1223/7 。録音:1928年11月18日、ロンドン小クイーンズ・ホール。
 まさに人類の遺産とも言えるかけがいのない名演奏。アルフレッド・コルトー(1877-1962)、ジャック・ティボー(1880-1953)、パブロ・カザルス(1876-1973)のピアノ・トリオは電気録音の初期に数曲の録音をした。SP時代最高品質と言われたHIS MASTER'S VOICE 盤は盛大な雑音があるが、楽音の彫りの深さも圧倒的。ダイレクト・トランファーで3人の巨人の妙技に浸れる。原盤番号の末尾の△は電気録音の開発者ウェスタンエレクトリックの録音機を使用した記号。
78CDR-3008
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(旧 78CDR-1008)
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サン=サーンス:ピアノ協奏曲第4番 ハ短調Op.44 アルフレッド・コルトー(P)
シャルル・ミュンシュ指揮
パリ・フィルハーモニー協会o.
78DSD-3008
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 英HIS MASTER'S VOICE DB2577/9。録音:1935年7月9日、アビー・ロード第1スタジオ録音)
 1936年作曲家サン=サーンス (1835-1921)の生誕100年記念演奏会がパリとロンドンで開かれた。ロンドンの演奏会の直後にアビー・ロードのEMIスタジオで録音された。ソリストはコルトー、オーケストラはパリで活躍していたソリストや音楽院教師などで特別に編成され、シャルル・ミュンシュ(1891-1968)が指揮者に起用された。前出の78CDR-1000のコルトーによるショパン:ピアノ協奏曲第2番の翌日の録音。フランス人指揮者とフランスのオーケストラによるこの曲とイギリス人指揮者とイギリスのオーケストラによる比較ができる。SPレコード録音の極致とも言える音がダイレクト・トランスファーで聴ける。
78CDR-3007
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(旧 78CDR-1007)
[CD-R]
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.61 フリッツ・クライスラー(Vn)
サー・ジョン・バルビローリ指揮
LPO
78DSD-3007
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 英HIS MASTER'S VOICE DB2927/31 。録音:1936年6月16日。
 フリッツ・クライスラーは初期の電気録音時代の1926年にベートーヴェンを録音していて、この曲の決定盤と評価されていた。1936年のこの録音は61歳のクライスラーの録音。ヴァイオリン・ソナタ全集と同一時期のもので、ここでも人生経験を積んだ音楽家だけが持つ演奏を繰り広げてきる。EMI録音の完成期の見事な音はSP時代の再生法では再生不可能だった。
78CDR-3006
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(旧 78CDR-1006)
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ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ
         第9番 イ長調Op.47「クロイツェル」
ブロニスワフ・フーベルマン(Vn)
イグナツ・フリートマン(P)
78DSD-3006
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 仏Parlophone 59.532/5 (英Columbia LX72/5 と同一演奏)。録音:1930年9月12日、ウィーン,ミッテラー・コンツェルトザール。
 フーベルマンは「快刀乱麻」とあらえびす(1882-1963)が評した演奏。荒々しいまでのフーベルマンの演奏は復刻盤では古臭く聞こえるが、SPダイレクトでは圧倒的な力で迫ってくる。
78CDR-3005
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(旧 78CDR-1005)
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ルクー:ヴァイオリン・ソナタ ト長調 アンリ・コック(Vn)
シャルル・ファン・ランケル(P)
78DSD-3005
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 ソース: フランス POLYDOR 516549/52 (2010年4月プレス分以降)。録音:1932年。
 この名曲の世界初録音盤。この曲が日本で未だに人気があるのは、このSP盤に端を発している。アンリ・コックはフランコ=ベルギー派の名手でルクーのスペシャリストでもあった。骨太の筆致で奏でるルクーはSP時代のメニューインやLPのリュミオーと一味違う。この演奏はLP時代も復刻盤がなかった初復刻。
 # 78CDR-1005と、78CDR-3005 の初期には、復刻原盤ソースに "日本ポリドール 80104/7" が使用されていましたが、2010年4月プレス分より上記へ変更されています。演奏は同じですが、盤の変更に伴いタイミングが異なっており、分数表記なども変更されているとの事です。
78CDR-3004
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(旧 78CDR-1004)
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J.S.バッハ:
 無伴奏チェロ組曲第2番 ニ短調 BWV1008 /
 無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV1009
パブロ・カザルス(Vc)
78DSD-3004
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB8414/19。録音:1936年11月23日、ロンドン, アビー・ロード第3スタジオ。
 パブロ・カザルス(1876-1973)のJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲全6曲は2曲ずつ録音された。この第2番と第3番はアルバムの第1巻として発売された。この2曲だけがアビー・ロードでの録音。他の4曲は1938年と1939年に録音された。この録音の生々しさは1930年の半ばにしてEMIの録音技術は完成していたことの証。
78CDR-3003
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(旧 78CDR-1003)
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ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.77 ジネット・ヌヴー(Vn)
イサイ・ドブローウェン指揮
フィルハーモニアo.
78DSD-3003
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 英 HIS MASTER'S VOICE DB9126S/9130 。録音:1946年8月16-18日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ。
 フランスの女流ヴァイオリニスト、ジネット・ヌヴー(1919-1949)はアメリカに向かう航空機の事故で30歳の命を失った。ピアニストで実弟のジャン・ヌヴーも同乗していた。彼女の天才ぶりは1930年に11歳でパリ音楽院で一等賞を得たことでも推し量れる。第2次世界大戦が終わり占領下のパリが解放され、世界に羽ばたく緒端の期の録音。原録音は磁気テープと思われるが78回転SPで発売され、LPでは味わうことのできない実在感のあるヴァイオリンが聴ける。
78CDR-3002
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(旧 78CDR-1002)
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ベートーヴェン:
 ヴァイオリン・ソナタ第7番 ハ短調Op.30-2 (*) /
 ヴァイオリン・ソナタ第9番
  イ長調Op.47「クロイツェル」 (#)
フリッツ・クライスラー(Vn)
フランツ・ルップ(P)
78DSD-3002
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 英HMV DB3068/70 (*) / 英 HIS MASTER'S VOICE DB3071/74 (#)。録音:1936年2月6日(*)/1936年6月17, 18, 19日、11月8日(#)、以上ロンドン, アビー・ロード第3スタジオ。
 フリッツ・クライスラー(1875-1962)は1935年と1936年にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集を録音した。SPレコードで27枚が4巻のアルバムで発売された。ソナタ第7番 ハ短調と第9番 イ長調「クロイツエル」はアルバム第3巻(7枚組)として発売された。1935年に60歳を迎えたクライスラーのベートーヴェンソナタ全曲は、人生経験を積んだ音楽家のもつ深い思慮で紡ぎ出された演奏。クライスラーの音色もまたこれまでの復刻盤では、十分に再現できていなかったことが、お分かりいただけると思う。
78CDR-3001
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(旧 78CDR-1001)
[CD-R]
ショパン:エチュードOp.10 (全12曲) アルフレッド・コルトー(P)
78DSD-3001
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB2207/09。録音:1933年7月4&5日、,ロンドン,アビー・ロード第3スタジオ。
 アビー・ロードに設置されたEMIの自社開発による録音システムが稼働しはじめて間もなくの録音(原盤番号の後に□のマークで区別)だが、今は聴けないエラール社のピアノの音が光輝いている。コルトーは曲順を楽譜通りではなく配列して曲の相互に関連性を持たせているのも聞きどころ。
 #プレス盤「フルトヴェングラー 1937年「運命」&1950年「未完成」(78CD-3001)はリンク先からどうぞ(上記内容は別アイテムです)。
78CDR-3000
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(旧 78CDR-1000)
[CD-R]
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調Op.21 アルフレッド・コルトー(P)
ジョン・バルビローリ指揮o.
78DSD-3000
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[DVD-R]
 英 HIS MASTER'S VOICE DB8658/61。録音:1935年7月8日、アビー・ロード第1スタジオ。
 ピアニストのアルフレッド・コルトー (1877-1962)がどんなに輝かしい音を出していたか、どの復刻盤(LPを含めて)も再現していなことが、このCD-Rを聴くと分かる。オーケストラの録音もいささかも古さを感じさせない。
 #プレス盤「フルトヴェングラー&VPOの 英雄 1947 」(78CD-3000)はリンク先からどうぞ(上記内容は別アイテムです)。


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